感染

saijya

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第10話

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    煙草を床に押し付けると、彰一は座り込んだ。馴染んではいる不良座りから、尻を地べたにつける方に変え、背中を壁に預ける。

「そんなときだったよ。祐介と阿里沙や加奈子と会ったのはさ。正直、最初は何も分かってない奴だと思ってたけどよ、それは俺の方だった」

 彰一の一人語りは、ようやく浩太が知っている三人にまで行き着き、声を出さずに浩太は相槌を打った。

「死者に対抗する手段を持ってる俺とは違って、何も持ってないんだよ三人は......誰かに守られなきゃ生きていけない、情けない奴らだ。けどな、あいつらは俺に欠けていたものを沢山持ってた」

「......例えば?」

 彰一は一瞬だけ言い淀むが、はっきりとこう口にした。

「自分の命を投げ出してでも助けてくれる家族」

 彰一は浩太を見上げ、自分だけが自覚できる憎しみや悲しみを隠すように、満面の笑みを浮かべた。その奥にあるのは、暗い感情ではなく、憧憬にも似た明るさなのだろうか。浩太は、胸の奥に針を刺されたような鋭い痛みを覚えた。
 浩太、真一、祐介、阿里沙、加奈子、今の仲間は誰一人欠けることなく彰一を信頼している。他人からの信頼や絆を求め続けた少年が、ようやく手にしたにも関わらず、死者が蔓延る九州地方では、指の隙間をすり抜ける砂のように容易く落ちてしまうような気がしたからだ。
 本来、そういった気持ちは平穏の中で育み、より強固にしていくべきものである。浩太は掛けるべき言葉が見つからなかった。憐愍の情が表情に浮き出ていたのか、彰一は立ち上がりつつ溜め息を吐いた。

「なあ......そんな顔しないでくれよ。俺にとっちゃ全部、過去の話しだし、本当の家族の形ってやつを知れて良かった。だから俺は......」

 彰一は煙草の催促をすると、取り出す為に浩太が顔を背けた瞬間に、囁くような小声で言った。

「......みんなを家族と思ってる」

「......ん?なんか言ったか?」

「......なんでもねえよ!」

 引ったくるように煙草を奪った彰一の背中を、少し荒々しい高い声が叩いた。

「二人共!ちょっと来て!」

 阿里沙の慌てた声に、彰一はいち早く煙草を捨て子供部屋に向かった。ワンテンポ遅れて浩太が続く。
 阿里沙と加奈子は、子供部屋の奥にある窓の側で床へ視線を落としており、二人に気付くと、その状態のまま阿里沙が手招きをする。まるで、目を離す訳にはいかないとばかりに、頑なに視線を上げようとしなかった。二人は、互いに首を傾げる。

「どうしたよ?なんかあったのか?」

 彰一は問いかけつつ近寄り、二人の双眸の先を見た。なんの変哲もない足跡があるだけで、彰一は更に頭を傾ける結果となった。

「これがなんだってんだ?」

「加奈子ちゃんが見付けたんだけど、この足跡、他とは踵の形が違わない?」

 浩太が覗きこむように足跡を凝視する。確かに、スニーカーのように独特の窪みがない。
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