75 / 419
第7部 邂逅
しおりを挟む
「例えばだ。ここに、殺されることを望んでいる人間がいるとする。次に必要なのは、誰かを殺してみたいという欲求がある人間だ」
中間市のショッパーズモールの二階、吹き抜けの渡り廊下で小柄な男が言った。
前を歩くのは、初老の男性だった。厳重に施された目隠しは、視覚による情報を遮断し、塞がれはしていない耳は、読経のような抑揚のない口調の語りと、階下に蔓延る使徒の呻吟の声を鋭敏に捉えている。男性の背中を、冷えた汗が伝う。
「こんな話がある。とある場所で知り合った二人組の男の話だ。一人は誰かに食べられたいと願い、一人は誰かを食べてみたいと思っていた。その後、二人は互いの欲を満たした」
腕は後ろ手に縛られ、余ったロープの先を小柄な男が握っている。完全に主導権を奪われるというのは、並外れた信頼関係がなければ、尋常ではない恐怖に襲われる。それは、命さえも相手に委ねることと、同義だ。
小柄な男が、階下を覗く。酷い腐臭を散らしながら、救いを乞うように両手を伸ばす使徒達の重なりあう唸りが合唱みたいだ。小柄な男は、タクトを片手に、演奏者に指揮を飛ばしている気分だった。そろそろ、この単調な音楽にも、刺激が必要だろうか。
「世界で数例、極めて珍しい猟奇的な合意殺人だ。だがよ、俺は考えた。果たして、それは本当に合意だったのか?死人に口が無いことをいいことに、ただただ欲求を満たす為だけに犯行に及んだんじゃないか?」
初老の男性は、髪の毛を掴まれ、手摺に顔面を打ち付けられた。鼻の骨が折れたのか、男性の鼻から流れ出した夥しい血が、手摺を伝い、使徒達の元へ届く。
苦痛による叫びは、使徒の歓声に似た呻きでかきけされた。男の耳元で、小柄な男が囁く。
「ところでよ、お前はアイツらを餌付けできるか興味ないか?あるよな、あるに決まってる。だから、いまから階下に落とす。だがな、これは殺人じゃあない。使徒と俺の好奇心と食欲という欲求を満たすだけだ」
「そんな......ことが......許されるはずが......」
息も絶え絶えに、初老の男性が絞り出した言葉に、小柄な男は、堪らないといった様子で笑った。
「言ったろ?死人に口はねえんだよ。あるのは、ただ、アンタが生きたまま喰われて、俺の好奇心を満たしてくれたっつう事実だけだ」
突如、よっ、と軽い声がしたかと思うと、腰に腕が回され、初老の男性は、浮遊感を覚えた。抱えられたのだと理解するまでに、さほど時間は掛からなかった。初老の男性から血の気が引いていく。
「やめろ!こんなことをして何の意味がある!貴様の好奇心になど、欠片も興味はない!」
「ひゃはははは!今の質問と俺の好奇心について、アンタが知る意味があるのかよ?安心しろよ、運が良ければ死なずに済むかもしれねえぞ!」
楽しそうな笑い声の後、初老の男性の背中が手摺までズレた。
腰まであと少しだ。
「頼む!やめてくれ!やめて下さい!」
「無理、もう待てねえよ」
切り落とすような言葉を吐き捨てられた初老の男性の腰が、手摺を過ぎた。宙吊りのような状態の男性に向かって、使徒達が食事を前にした獣のように白濁とした両目を向け、腕を伸ばす。
白髪混じりの頭を振り回し、見えない恐怖に喚き始め、小柄な男は顔をしかめた。
中間市のショッパーズモールの二階、吹き抜けの渡り廊下で小柄な男が言った。
前を歩くのは、初老の男性だった。厳重に施された目隠しは、視覚による情報を遮断し、塞がれはしていない耳は、読経のような抑揚のない口調の語りと、階下に蔓延る使徒の呻吟の声を鋭敏に捉えている。男性の背中を、冷えた汗が伝う。
「こんな話がある。とある場所で知り合った二人組の男の話だ。一人は誰かに食べられたいと願い、一人は誰かを食べてみたいと思っていた。その後、二人は互いの欲を満たした」
腕は後ろ手に縛られ、余ったロープの先を小柄な男が握っている。完全に主導権を奪われるというのは、並外れた信頼関係がなければ、尋常ではない恐怖に襲われる。それは、命さえも相手に委ねることと、同義だ。
小柄な男が、階下を覗く。酷い腐臭を散らしながら、救いを乞うように両手を伸ばす使徒達の重なりあう唸りが合唱みたいだ。小柄な男は、タクトを片手に、演奏者に指揮を飛ばしている気分だった。そろそろ、この単調な音楽にも、刺激が必要だろうか。
「世界で数例、極めて珍しい猟奇的な合意殺人だ。だがよ、俺は考えた。果たして、それは本当に合意だったのか?死人に口が無いことをいいことに、ただただ欲求を満たす為だけに犯行に及んだんじゃないか?」
初老の男性は、髪の毛を掴まれ、手摺に顔面を打ち付けられた。鼻の骨が折れたのか、男性の鼻から流れ出した夥しい血が、手摺を伝い、使徒達の元へ届く。
苦痛による叫びは、使徒の歓声に似た呻きでかきけされた。男の耳元で、小柄な男が囁く。
「ところでよ、お前はアイツらを餌付けできるか興味ないか?あるよな、あるに決まってる。だから、いまから階下に落とす。だがな、これは殺人じゃあない。使徒と俺の好奇心と食欲という欲求を満たすだけだ」
「そんな......ことが......許されるはずが......」
息も絶え絶えに、初老の男性が絞り出した言葉に、小柄な男は、堪らないといった様子で笑った。
「言ったろ?死人に口はねえんだよ。あるのは、ただ、アンタが生きたまま喰われて、俺の好奇心を満たしてくれたっつう事実だけだ」
突如、よっ、と軽い声がしたかと思うと、腰に腕が回され、初老の男性は、浮遊感を覚えた。抱えられたのだと理解するまでに、さほど時間は掛からなかった。初老の男性から血の気が引いていく。
「やめろ!こんなことをして何の意味がある!貴様の好奇心になど、欠片も興味はない!」
「ひゃはははは!今の質問と俺の好奇心について、アンタが知る意味があるのかよ?安心しろよ、運が良ければ死なずに済むかもしれねえぞ!」
楽しそうな笑い声の後、初老の男性の背中が手摺までズレた。
腰まであと少しだ。
「頼む!やめてくれ!やめて下さい!」
「無理、もう待てねえよ」
切り落とすような言葉を吐き捨てられた初老の男性の腰が、手摺を過ぎた。宙吊りのような状態の男性に向かって、使徒達が食事を前にした獣のように白濁とした両目を向け、腕を伸ばす。
白髪混じりの頭を振り回し、見えない恐怖に喚き始め、小柄な男は顔をしかめた。
0
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説


ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし
響ぴあの
ホラー
【1分読書】
意味が分かるとこわいおとぎ話。
意外な事実や知らなかった裏話。
浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。
どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。
本当にあった怖い話
邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。
完結としますが、体験談が追加され次第更新します。
LINEオプチャにて、体験談募集中✨
あなたの体験談、投稿してみませんか?
投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。
【邪神白猫】で検索してみてね🐱
↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください)
https://youtube.com/@yuachanRio
※登場する施設名や人物名などは全て架空です。
すべて実話
さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。
友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。
長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*
意味がわかると怖い話
邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き
基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。
※完結としますが、追加次第随時更新※
YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*)
お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕
https://youtube.com/@yuachanRio
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる