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第8話
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さも可笑しそうに、楽しそうに笑う。安部は、あなたも充分に狂っていますよ、という言葉を飲み込んだ。
出だしこそは、諭すように東は続けた。
「良いか?人殺しってのは殺害人数じゃなく、思考の問題なんだよ。なんでかって?そりゃ、殺人が許される時代ってのが間違いなくあったからだ!数が殺人を正当化する時代があったからだ!安部さん、アンタの言うように、この世界ってのは、狂ってんだよ!イカれてんだよ!特殊性癖、感情の欠落、異常信仰者、そんな異常者共が蔓延る環境が、人を狂わせんだ!これからどんどん増えてくだろうぜ、そんな奴等がよ!」
周囲の環境により、人は容易く変わる。そう高々と宣言した。東以外の人間が言ったら、そんなことはない、有り得ないと一蹴出来るが、奇妙な説得力をもって安部に突き刺さった。
喉が乾き、乾燥した舌がざらつく。口を開けたままだったことに今更気付いた。
隣に座る小柄な男は、かつて人殺しだった男だ。残忍な手口で数十名を殺害し、福岡県への入口とも言われる小倉で逮捕された指名手配犯、そのニュースは全国を一斉に駆け巡った。
知っていたからこそ、安部は、立場を利用して、拘留されていた東に近付き、幾度となく面会を重ね、今回の混乱に乗じて解放した。自身を守るボディーガード、そして、友人としてだ。
だが、安部はもう少しばかり距離を詰めなかったのは、浅慮だったかもしれないと思う。今のままだと、もしも、立場が危うくなった際、東が安部を裏切れば、躊躇などしないだろう。人殺しに人殺しは理解出来ない。裏を返せば、理解出来ないからこそ、東は独自に調べ、理解しようとしたのだ。その結果、今のような考えにシフトしていったのだろう。
若干の警戒心が芽生えた安部の心中を見抜いたかのように、東が微笑した。
「安部さんよぉ、アンタは俺を理解しろよ?俺はアンタを理解してやる。理解者ってのは、大切な存在だし、互いにそうしている限り、異常者じゃなくなるからよ。だから、これからアンタが行う行為を自覚しろ。大勢の人間から奪う覚悟をしろや。そうすりゃぁ、アンタは本当の英雄になれる。そうだな、言うなれば、俺とアンタは一心同体ってやつだ」
安部は何も言わず、ただ前だけを向いていた。
車は黒埼駅前通りを通過し、背の高いビル群が並ぶ通称ふれあい通りを抜け、市立図書館を右折、まっすぐに直進した先には、使徒の進行を、軋みをあげる門一枚で防いでいる八幡西警察署がある。
東は、後方を見やった。追従するように並ぶ使徒の人数は三十を裕に越えていた。熊手四つ角を更に進み、門前にいる使徒が、一様に警察署へ腕を伸ばしている様子を確認し、確証を持って安部に尋ねた。
「......覚悟は出来たか?」
安部は、教会に置いてきた切り抜きに紹介されていた少女の話を暗唱する。まるで、読経のような抑揚のない口調だった。一面灰色になったような世界で、深く息を吸い込み、汚れた空気を肺にため、理解への一歩として、一言だけ洩らす。
「行きましょう、東さん」
ガラスのように冷たかった声が微妙な熱を帯びていることに気付き、嬉々として叫んだ。
「そうこなくっちゃなあ、兄弟!」
東は、砕くような力強さでアクセルを踏み抜いた。八幡西署はもう目の前だ。
※※※ ※※※
慌ただしさも一段落し、警察署内は銃に弾を込める音か、傷ついた者が苦痛に身を捩る衣擦れの音しか聞こえなかった。
閑散とした雰囲気と殺伐した空気が同調した署内を祐介は居場所なく、さ迷っていたが、阿里沙と加奈子がいる二階の武道場へ足を運ぼうと、階段を見上げた。そこにいたのは、彰一だ。
「......なんだよ?」
「別になんでもない。そこ、邪魔になるからどいてくれ」
「あ?誰に物言ってんだよお前」
出だしこそは、諭すように東は続けた。
「良いか?人殺しってのは殺害人数じゃなく、思考の問題なんだよ。なんでかって?そりゃ、殺人が許される時代ってのが間違いなくあったからだ!数が殺人を正当化する時代があったからだ!安部さん、アンタの言うように、この世界ってのは、狂ってんだよ!イカれてんだよ!特殊性癖、感情の欠落、異常信仰者、そんな異常者共が蔓延る環境が、人を狂わせんだ!これからどんどん増えてくだろうぜ、そんな奴等がよ!」
周囲の環境により、人は容易く変わる。そう高々と宣言した。東以外の人間が言ったら、そんなことはない、有り得ないと一蹴出来るが、奇妙な説得力をもって安部に突き刺さった。
喉が乾き、乾燥した舌がざらつく。口を開けたままだったことに今更気付いた。
隣に座る小柄な男は、かつて人殺しだった男だ。残忍な手口で数十名を殺害し、福岡県への入口とも言われる小倉で逮捕された指名手配犯、そのニュースは全国を一斉に駆け巡った。
知っていたからこそ、安部は、立場を利用して、拘留されていた東に近付き、幾度となく面会を重ね、今回の混乱に乗じて解放した。自身を守るボディーガード、そして、友人としてだ。
だが、安部はもう少しばかり距離を詰めなかったのは、浅慮だったかもしれないと思う。今のままだと、もしも、立場が危うくなった際、東が安部を裏切れば、躊躇などしないだろう。人殺しに人殺しは理解出来ない。裏を返せば、理解出来ないからこそ、東は独自に調べ、理解しようとしたのだ。その結果、今のような考えにシフトしていったのだろう。
若干の警戒心が芽生えた安部の心中を見抜いたかのように、東が微笑した。
「安部さんよぉ、アンタは俺を理解しろよ?俺はアンタを理解してやる。理解者ってのは、大切な存在だし、互いにそうしている限り、異常者じゃなくなるからよ。だから、これからアンタが行う行為を自覚しろ。大勢の人間から奪う覚悟をしろや。そうすりゃぁ、アンタは本当の英雄になれる。そうだな、言うなれば、俺とアンタは一心同体ってやつだ」
安部は何も言わず、ただ前だけを向いていた。
車は黒埼駅前通りを通過し、背の高いビル群が並ぶ通称ふれあい通りを抜け、市立図書館を右折、まっすぐに直進した先には、使徒の進行を、軋みをあげる門一枚で防いでいる八幡西警察署がある。
東は、後方を見やった。追従するように並ぶ使徒の人数は三十を裕に越えていた。熊手四つ角を更に進み、門前にいる使徒が、一様に警察署へ腕を伸ばしている様子を確認し、確証を持って安部に尋ねた。
「......覚悟は出来たか?」
安部は、教会に置いてきた切り抜きに紹介されていた少女の話を暗唱する。まるで、読経のような抑揚のない口調だった。一面灰色になったような世界で、深く息を吸い込み、汚れた空気を肺にため、理解への一歩として、一言だけ洩らす。
「行きましょう、東さん」
ガラスのように冷たかった声が微妙な熱を帯びていることに気付き、嬉々として叫んだ。
「そうこなくっちゃなあ、兄弟!」
東は、砕くような力強さでアクセルを踏み抜いた。八幡西署はもう目の前だ。
※※※ ※※※
慌ただしさも一段落し、警察署内は銃に弾を込める音か、傷ついた者が苦痛に身を捩る衣擦れの音しか聞こえなかった。
閑散とした雰囲気と殺伐した空気が同調した署内を祐介は居場所なく、さ迷っていたが、阿里沙と加奈子がいる二階の武道場へ足を運ぼうと、階段を見上げた。そこにいたのは、彰一だ。
「......なんだよ?」
「別になんでもない。そこ、邪魔になるからどいてくれ」
「あ?誰に物言ってんだよお前」
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