罪深き凡夫らの回旋

まる

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第四章

N4

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「殿下の元気がない」
 城から戻ったランディが、並んで座るなり言ってきた。
「え。だから何ですか……。それにそもそもあの人、そんな元気いっぱいなキャラでもないでしょうよ……」
「……憂いの気配を感じる」
「はあ」
「おまえ今日、俺のところからの帰りに殿下に会ったろう?」
「良くご存じで」
「……虐めたんだろう」
「いや、私があの人を虐めない方が少ないと思いますよ」
「……いつもより酷いことをしたんだろう」
「別に怪我させてませんよ」
「……心に傷を負わせた覚えは?」
「無くも無いですけど、別にあの程度、前にもしてます」
「なあ。……殿下はもう、本当におまえに惚れているぞ……その上で言われることは、前よりきついんじゃないのか」
「……そもそもこの関係性で本当に惚れるのが頭おかしいんですよ……」
「頭はおかしくない、無礼なことを言うな」
「はぁ……」
「……良く、虐めたのがばれないように、見えない場所を殴るという話があるだろう」
「あるんですか」
「おまえは絶対に見えない場所を強烈にぶん殴るようだな」
「人聞きが悪すぎて震えます」
「いや俺が震えたい」
「その流れだと殿下は真正のマゾということになりますが」
「ならない」
「いや、なるでしょ。虐めてくる相手なんて普通好きになりませんよ。少なくとも私は絶対になりません」
「それに関しては、個人的には俺もおまえに同意するが……ただ、おまえは自身の魅力を過少に見積もっていないか」
「魅力の化け物に言われても」
「一瞬褒められたのか貶されたのか分からなかった」
「褒めてますよ」
「……どうも。それでだ」
「はあ」
「外見はかなり美しいぞ」
「はあ……そうですか? どうも」
「反応薄いな。……それで胸も大きいしな。女性としてかなり分かり易く魅力的な外見だ」
「そうですか? 確かにおっぱいはでかいですよ。ちんぽもでかいですけどねえ」
「……もう少し詩的に情緒的に褒めた方がいいのか? どうせ通じないだろうと思って直接的に言ったつもりだが……」
「別にどちらでも。ランディの、何かこう褒めてやろうっていうお気持ちは有難く頂いておきます」
 んんん、とランディが呻いた。
「……要するに、特殊な嗜好のない男ならおしなべて多かれ少なかれ惹かれる外見だ」
「はあ。どうも」
「……それで、どこか空洞のような感がある」
「え。それは……色々失ったので、そういうことかもしれませんが」
「……埋めたくなるんだと思う」
「よして下さいよ。それ、特に王子様だと最悪な話ですよ。自分で穴作っといて」
 その話で行くならば、やはり元のままの普通の私より、でっかい穴を抱えた今の私の方が魅力があるということになる。そしてその穴にはみっしりと汚物が詰まっているのだが。
 王子様程の男を引っ掛ける為には有効だったのかもしれないが、そもそもそんな穴が生まれなければ、引っ掛けようとも思わない。
「それはそうかもしれないが……そういうのは理屈では無いしな」
「私は真正マゾ説を推しますが……何ですか、ランディも私を埋めたいと思ってくれるんですか?」
 笑ってそう言ってから、思う。
 私は彼にどぶ浚いを受けている気になっていたが、彼は私の汚物を直視する機会はとても少ない。だから単なる空洞に見えるのかもしれない。
「そうだ、と言ったら……それは愛の告白になるな」
 ランディが苦笑した。
「まあ、なっちゃいますねえ。でも取りあえず言っとけばいいんじゃないですか? 良い雰囲気になりますよ」
「そうだな。……俺も、おまえを埋めたいんだと思う。俺で」
「何なら埋めて下さいよ。私が、あなたで一杯になったら……」
 汚物の代わりにランディが詰め込まれたら、どうなるのだろう。耐えきれなくて、破けたりしそうな気もする。
「ふふ。まあ、面白そうではありますね」
 破けても構わないのかもしれない。特段どうなりたいという希望もない。綺麗に詰め込まれても、破れて形が無くなっても。
「そうなったらおまえは俺を愛するのか?」
 綺麗に詰め込まれるとはそういうことだろうか。
「さあ……そうかもしれませんね」
 一応頷くと、ランディが笑った。
「確かに良い雰囲気だな」
「ですね。いちゃいちゃしてるっぽいですよ」
「もっといちゃつくか?」
 ランディの腕が私の腰に回され、抱き寄せられた。
「ふふっ。いやですわあなた。おっぱい触ります?」
「……おまえっておっぱい推しだよな……」
「ランディはお尻推しですか」
「いや別にどちらも好き……いや。……そして雰囲気壊したがるよな」
「そんなつもりは無いんですけど。あとおっぱいもお尻も私も好きですよ。でっかくてもちっちゃくても好きですよ。基本的に女体を愛してますよ。最近は触る機会無いですが」
「えっ。男より女が好きだったのか……?」
「好みは幾らかあるにせよ女体の方がハードル低いです。男体はランディくらいじゃないと本気でそそられませんけど、よっぽどじゃなければ食えます。よっぽどでもまあ、目的があれば食えますが。いや、そう言ってみると実際あんまりハードル無いですね」
「なあ……本当、おまえみたいなのをヤリチンって言うんじゃないのか……?」
「見た目的にはランディの方が似合う言葉ですよ」
「ちんぽ的にはおまえの方が似合……」
「ちんぽって言った」
「男性器! 的には!」
「はいはい」
 適当にあしらうと、ランディが少しむうっとした顔をした後、妙に真剣に眉を寄せて中空を見た。
「どうしましたか」
「……おまえ、どこまでいけるんだ?」
「何がです」
「……目的があれば食える最下限の話だ」
「はあ。……そうですねえー。陛下くらいはいけますね。他に身近な例って誰だろ……」
「えっ! 俺なら絶対無理だぞ!? どうやって勃たせるんだ?? いや、命が掛かっていたり、家の一大事ならどうにかするかもしれないから分からんが!」
「まあ……ランディってそもそも、男もいけるにしたって別に取り立てていきたくもない人でしょう」
「それこそ必要でなければ特にそういきたい気はしない」
「私は、秤にかけたら女の方が美味しい気はしなくもないですが、何だかんだ言って結局男も美味しく頂けますので」
「このヤリチン」
「何です。何なら私の愛称それにしますか」
「いちいちそう呼ぶ俺の方がつらい」
「ははっ。確かにセックスの時とか面白すぎますね」
 私がげらげら笑うと、ランディが溜息を吐いた。酷い状況の想像でもしたのだろう。
 それを眺めながら言う。
「まあ、どうにも不衛生とか、もう見た感じから危険な病気の症状が分かるとか、そういう本能レベルに訴えかけてくるものが無ければ大体は……」
「俺はおまえが怖い」
「いえ、必要とあらばですよ、必要とあらば。必要無くてもこんなに触りたいのはランディくらいですよ。必要無ければ男性に対しては結構ハードル高いんですよ」
「……殿下は余裕でそのハードルを越えていて、良かったな」
「そうですね。余裕で勃起させられるのは楽で有り難いですね。……まあ、別に醜い豚みたいでもそれはそれでいいんですけど……」
 にや、と笑うと、ランディが嫌そうな顔をした。
「……そうしたらこれ幸いと、絶対に見えない場所を吐くまでぶん殴るんだろう」
「そうですね。現在の殿下よりぶん殴るネタが多くて良さそうです。あの人の容姿では、残念ながらそこは罵りようがないですからねえ。余程元王妃様がお美しかったのでしょうね」
「元王妃様がとてもお美しい方だったのは確かだ」
「今の王妃様もお美しいですけど……王太子様は、恐らく精神的負荷やら諸々で外見ももう総崩れですもんね」
「……まあ、不摂生がたたってはおられるご様子だな」
「……アレクサンダー殿下としては、そのまま不摂生が極まってなるようになったら嬉しいでしょうね」
「……そういうことは言うな」
 ランディはこの国の政治的な話はあまり私にしない。
 複雑なバックグラウンドを持つ第二王子と、腹心……とまで言えるのか私には分からないなりに、それなりに親しい友人である伯爵。少なくとも、私のような物を押し付けることが出来る程の間柄ではある。そんな彼らに、権力闘争のようなものも色々とあるだろうとは思う。
 しかしそれを明け透けに私に伝えたなら、うっかりすると敵側に通じる可能性がある……と思われていそうだし、実際私などこんな国滅びろと思っている方だから、それで正しいと思う。
「そうですね。失礼しました」
 私は適当に頷いた。

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