【完結】公爵令嬢は、婚約破棄をあっさり受け入れる

櫻井みこと

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婚約者視点

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 颯爽と去っていくマリエの後ろ姿を、グリーダは呆然と見つめていた。
 手を振り払われたことが、信じられない。
 あっさりと別れを告げられたことも。
 マリエは自分に夢中で、そのためにつらい妃教育も必死でこなしていたというのに。
 あまりにも優秀な彼女に少し嫉妬して、つい責めるような言葉を口にしたとき、マリエは優しい瞳で、あなたのためだと言ったのだ。
 グリーダのために、いずれ王太子になる婚約者のために、ふさわしい女性でありたいと言ってくれた。
 そしてグリーダも、マリエのことが好きだった。
 まだ幼い頃に、婚約者として引き合わせられたその日から、ずっと。
 少し赤味を帯びたストロベリーブロンドも、白くて柔らかそうな肌。澄んだ青い空のような美しい瞳も、すべてがグリーダの好みだった。いずれ彼女は自分のものになる。その日を心待ちにしていた。
 だが、マリエは人目を気にしているのか、常に他人行儀だった。
 婚約者なのだから、少しくらいは触れ合ってもよいだろうと思っているのに、触れることができるのは、エスコートするときに握る、彼女の手だけ。
 あまりにもつれない彼女に、他の女性を相手にするふりをしてみても、マリエは優雅に微笑んでいるだけだ。
 愛されている自信があるのだろう。
 たしかに、どんな女性を相手にしてみても、グリーダは常にマリエを目で追っていた。彼女に近づく男がいれば、駆け寄って追い払っていた。
 だが、そのせいでマリエは、いつしかきついことばかり言うようになっていた。
 友人が騙されて困っていたので助ければ、確固とした証拠もないのに王族が動いてはいけないと言う。親しくしていた女性が一方的に婚約を破棄されたと嘆いていたので、相手の男に婚約し直すように命じれば、第三者が口を挟んではいけないと言う。
 いかに愛しい婚約者でも、これ以上甘やかしてはいけない。
 そんなときにグリーダは、リィーナという女性と出逢った。
 彼女は子爵家の娘で、マリエほどではないが、とても愛らしい容姿をしていた。
 たまたま夜会で知り合ったのだが、その後はグリーダを見つけるたびに、嬉しそうに走り寄ってきた。こんなにも素直に好意を示されるのは初めてのことで、いつしかリィーナと会えるのを楽しみにしていた。
 もちろん、愛しているのはマリエだ。
 だが、近頃は同世代の女性と会合ばかりしていて、婚約者であるグリーダとの恒例であるお茶会ですら、欠席することがある。それなのに自分に近付くリィーナのことは気に入らない様子で、彼女から聞くことによると、ひどい嫌がらせばかりしていると言う。
(マリエは、愚かだな。そんなことをしたら、ますます気持ちが離れるだけだというのに)
 泣きながら訴えるリィーナが、不憫でならなかった。
 とうとう階段から突き落とされたと聞いて、グリーダはマリエを諫めようと、婚約破棄を言い渡した。さらに、  リィーナを正妃にするとまで言ってみた。
 きっと彼女は泣いて許しを請うだろう。そしてどれだけ自分が愚かだったのか、愛されていることを当然のように 思っていたのかを知り、反省するだろう。そうすれば以前のように、自分のために努力をしてくれるに違いない。
 そう思っていたのに。
 マリエはあっさりと頷いて、さっさと立ち去ろうとしていた。もう婚約者ではないのだから、ここにはいられない、と言う。
 やはり、ショックだったのだろう。
「お前が今までの非を詫びて許しを請えば、側妃くらいにならしてやってもいいぞ」
 そう言ったのは、いくらショックだったとはいえ、婚約破棄にあっさりと頷いたことに対する仕返しだった。
 それなのにマリエはそのつもりはないと笑顔で言った。さらに、自分との縁もこれまでだと言って、別れまで告げたのだ、
 やりすぎたと気が付いて、慌ててその後を追った。
 彼女が反省してくれたら、今まで通り婚約者として過ごせると思っていたのに。
 腕を掴んだ手は、打ち払われた。
 焦ってリィのことを口にしたが、彼女は不思議そうに首を傾げただけだ。
 さらに、最後に恐ろしいことを口にした。
「グリーダ様は社交辞令という言葉をご存知でしょうか。私の行動はすべて、そのひとことで片付くことです」
 その言葉を理解することができなくて、呆然とした。マリエが自分を愛していないなんて、思ったこともなかった。
「マリエ、どういうつもりだ。戻ってこい。お前は私のものだ」
 そう叫んだけれど、彼女は振り向きもしなかった。
 数日後、グリーダとマリエの婚約はあっさりと破棄された。
さらに、彼女と弟の婚約が発表され、弟が王太子になることが発表された。
「なぜだ。マリエも王位も、俺のものだったはずだ。なぜ、こんなことになっている?」
 問いかけてみても、答える者は誰もいない。
 王太子になれる見込みがなくなった瞬間から、かつて助けた友人も、側近も、リィーナさえ傍から消えた。
 いくら考えても、どうしてこうなったのかわからない。マリエはたしかに自分を愛していたはずだ。
 すべては弟の企みではないか。
 彼がマリエを奪い、王位さえも自分から掠め取ったのだ。
 そう思ったグリーダは、弟のエイダを襲った。彼を殺せば、すべてが戻って来ると信じて。
 でもグリーダが見たのは、エイダを守るように立ちはだかるマリエの姿だった。
 衛兵たちに引きずられながら、グリーダはいつまでもその景色を見ていた。
 どうしてこうなったのか。
 やはり、どれだけ考えてもわからなかった。









※馬鹿すぎて理解ができな……
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