銀に白鹿、春嵐

佐久間マリ

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16年目のリベンジ2

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「お二人は白銀に来てどれくらいなんですか?」



 場を和ませようと、春鹿が二人に話題を振る。



「俺はえーっと七年くらいかな。千世ちゃんは……まだ三年?」



三年です! 確かにまだ三年でもありますけど……」



「当時は若い女の子が入ってくるー! って工房はお祭り騒ぎだったんですよ。けど、今では小姑だもんなぁ」



「戸田くん!」



 本気で怒っているらしい千世をよそに、戸田は飄々と、

「でも、芸大出のエリートなんで現場の俺らが知らないこと知ってて、刺激もあるけど千世ちゃんから学ぶことも多くて。ね、ランさん」



「ああ、技術とセンスがあるどごろに、大学仕込みの理詰めでこられぢゃこっぢはたまんねよ。千世はすげーべ」



「……ランさん、皮肉ですかそれ」



「いや、本音。普段がら思ってるげど。改まっていう機会もねし」



「褒められて伸びる子なんですけど、私……」



「褒めでる」



 千世は照れているのか居心地悪そうに俯いて、

「戸田くんだって、いいセンスしてるじゃないですか。いろいろフォローもしてくれて、ありがたいと思ってます……」



「なになに、俺を褒めてもなんも出ないよー?」



 確かにこんな機会でもないと互いへの思いをぶつけることはない。

 閉鎖的な環境で、毎日同じ面子で息の詰まる作業。みんな好きなことを選んでここへ来たとはいえ、この二人のおかげで村に活気が出たのは確かだ。

 そちらの面でも晴嵐は感謝している。



「あ、でも三年ってことは千世ちゃんは知らないかー。春鹿さんの花簪。ランさんつくったやつ」



 戸田が晴嵐と春鹿を交互に見た。



「……知らないです。たまに戸田君から話に聞くくらいで」



「春鹿さん、ご結婚されたのってもっと前ですよね」



「うん、四、五年前……かな?」



 春鹿が首をかしげる。そんなことも覚えていないらしい。



「あれ、マジで傑作だったんだから。ランさんの最高傑作。どこかに出展してほかった」



 うっとりとした目で言う戸田に、

「そうなの? 私、銀細工の技巧的なことは詳しくわからないけど」



「村の伝統工芸なのに、知らないんですか」



 千世のきつい一言を春鹿は苦笑でかわして、

「うん、ごめん、興味なくて……。でも、すごくすごくきれいで、あれで認識が改まったよ」



「仕事終わって毎日寝ずに作ってましたからね。ランさんがよなべーをして、はなかんざしつくってくれたー。泣かせるー」



「んな、事情をバラすんでねよ。かっごつがねべ」



「なのに、写真も撮ってないって言うから! 春鹿さーん、よかったら結婚式の写真見たいです! 春鹿さんの白無垢姿も見てみたい!」



「いや、簪なら実物あるよ? 家にある。すぐ見せられるよ」



「えっ!?」



 戸田はマイク代わりに手に握っていたおしぼりを、机に勢いよく置いた。



「家って吾郎さんの家? こっち?」



「うん。よかったら明日にでも持って行くけど」



「てか、春鹿さんって、いつ東京に帰るんですか? 会社ってそんなに長く休んでいいんですか?」



 しばしの間があり、春鹿が晴嵐を窺ったので視線があった。



「……晴嵐、言ってくれてなかったの?」



「いや、普通は言わねだろ。勝手に言っだらダメなやつだべ」



「え? なになに、なんですか?」



 きょろきょろとする戸田に、

「あー、私離婚してね。……いわば出戻り? だから、白銀にずっといます」



「え……」



 千世がぽろりと箸を落とした。



「えーっと、そうなんですか……すみません、そんな、デリケートな話題だと思わなくて……」



 気まずそうにした戸田に、春鹿が慌てておどけて見せる。



「ううん、全然。傷心じゃないし隠してるわけでもなくて……。村でいろいろ噂されるだろうから面倒だなってくらいで。でも、確かに晴嵐がべらべら喋ってたらそれはそれでこいつの人間性疑うって話だよね」



「だべ? フン」



 晴嵐は鼻を鳴らして正当性を主張する。



「そっかー。春鹿さん、ずっといるんですね! あ、だから車! 吾郎さんが乗るのかと思ってたけど。仕事はどうするんですか? 探すっつっても、東京でバリバリやってた方がする仕事なんて……」



「ああ、それは今もすでにリモートでやってて。月に一、二回、東京に戻って会社に顔出せばいいみたい」



「へぇ、いい世の中になりましたねぇ!」



 酒の手も止まってしまって、すっかり聞き役に徹していた千世だったが、突然独り言を零すように言った。



「……ヨリ戻すんですか?」



「え? ヨリ?」



 驚いた声を出したのは戸田だ。

 たいして、晴嵐はまるで他人事かのように、肘をついた姿勢で取り皿に盛られたからあげを黙々と食べている。



「え、え、何の話? 戻すって何が? 誰と?」



「春鹿さんとです! ヨリ戻すんですか、ランさん!」



 四人のテーブルがしんとなって、他の席の騒がしさが一気に耳につく。店員のオーダーを復唱する声がうるさい。



 千世は強い視線で問い直したが晴嵐が答えるより先に、再び驚かされた格好になった戸田は、

「……え? えー!? お二人、そうだったんですかぁ!? 知らなかったっすよ! てか、千世ちゃんはなんで知ってんのー?」



 晴嵐と千世、二人を交互に見て忙しい。

 

「杉林さんに聞いた」



「杉さん、俺には教えてくれてないよ!」



「春鹿さんはランさんと付き合ってたんですよね? 村を出て行くまで」



「昔の話だよ、高校生の時の話! それにしたって、カレカノっていうよりいつも一緒にいたからなんとなく恋人っぽく見られてたってだけだし。相手だって選べるほどいないし、恋かどうかも怪しいもんだったし!」



「うわー、つかランさん。元カノの簪、あんな全力で作ってたんですか……ドMだ……」



「ヨリ、戻すんですか……?」



「いやいや、私はバツイチだし。晴嵐は工房継がなきゃいけないんだから、村で暮らしてくれるいい人でないと。って、ちょっと、晴嵐からも何か言ってよ」



「……何がって、何をだ」



「てかなんでまだ独身なのよ」



 晴嵐への問いにはすかさず戸田が答えた。



「いやー、村にいたらそれこそ出会いとかないですよー。でもやっぱランさんはご子息なんで、見合いってほどでもないけど、どこそこの誰はどうかとかいう話は結構ありますよね? 田舎なんでいろいろ世話焼かれがちっていうか、まぶっちゃけ余ってる人も多いっていうか。な?」



 千世に同意を求めるも、千世は千世でだんまりだ。



 晴嵐はようやく、ウーロン茶の残りを飲み干したかと思うと、注文のベルを鳴らした。今日は運転手なのでノンアルコール担当らしい。

 元気よく駆けつけて来た若い店員に、再びウーロン茶とからあげの追加注文をしてから、

「まだ半人前だし、稼ぎもびっくりするほど少ねしな。そもそもこんな零細伝統工芸なんて、一人前んなっだとごろで何どかやっど食ってげる程度だ。結婚なんて到底、無理な話だべ。戸田、おめも苦労すんぞー。ハハ、がんばれよ」



「いや、そこは給料アップ頼みますよォ!」



 それ以降、テーブルの雰囲気は一転し、終始和やかなムードで、工房の三人が日頃の話をするのを、春鹿は疎外感ではなく、感慨深く聞いていた。







「千世、帰るぞ」



 会計を済ませて戻って来た晴嵐が、テーブルに突っ伏して寝てしまっている千世を揺さぶる。

 相手は若い女性だというのに触れることに容赦ない晴嵐とは反対に、春鹿は対応をためらっている。



「千世ちゃん? 大丈夫……?」



 今やすっかり酔っぱらって意識がないとはいえ、春鹿が千世を抱きかかえて起こすには関係性が浅い気がした。

 声をかけるのが精一杯だ。



「いつもこうだべ、心配いらね」



「そうなの?」



「ランさぁん、千世ちゃんは俺がぁ……」



「おめなぁ、一人で歩くのがやっどだぐせによぐ言う」



 同じく、千世よりは意識があるが半分寝ている戸田の椅子を蹴り、

「オラ、帰るべ。起ぎろ、歩げー」



「歩けないー。ハルさん、助けてー」



「ハル、そいづはそごらに放置で構わね、放っどけ放っどけ」



 戸田はふにゃふにゃ言い、寝顔を見る限りいい夢を見ているようだ。

 突然、千世の鞄を押しつけられる。



「ハル、悪ぃ、ごれ持っでやっで」



「え」



「ほらよ」



 千世の側に晴嵐がかがみこんだ。



「あるけません……」



「ハイハイ、わがっでる」



 晴嵐が向けた背に、目を閉じたまま千世がゆらりと覆いかぶさる。

「よっ」と気合を入れて、立ち上がる。



「え、……と、戸田君……行くよ。晴嵐たち、行っちゃった」



 すたすたと出口に向かっていくのに、春鹿は慌てて戸田に声をかけた。



 終電の時刻はとっくに過ぎ、店内の客は混雑時の半分以下に減っていた。

 忙しく動き回っていたたくさんの店員も今は一人二人しかおらず、しかし、深夜に不似合いな元気さで見送られる。



 店を出ると、空気の冷たさに驚かされた。

 息を吐き出してみたくなる寒さだ。



 町はほぼ眠っていて、看板の電飾はちらほらまだ残っているが、人は一人も歩いていなかった。



 気温に似合わない半袖で、千世をおんぶする晴嵐の少し後ろをついて行く。

 駐車場に車を停めているらしい。

 戸田はふらふらしながらも、どうにか後をついて来ている。



「……千世が悪がっだな。せっがく来でぐれたのによ。こいつ、かわいぐねぇ態度ばかりで」



 晴嵐が前を向いたまま言った。



「……ううん、私こそ、厚かましく参加させてもらったけどやっぱり配慮が足りなかったかも。千世ちゃんに申し訳なかった」



「そんなごとはねよ。けんど、内輪で盛り上がって、おめには全くおもしろくなかったべ? すまねな」



 春鹿は少し驚いてから、笑い、

「全然。会社の飲み会とか接待に比べれば」



「そっが、だらいいげど」



「工房の雰囲気いいのが伝わってきて、なんか嬉しかったよ」



「……お陰様でこいづら来でがら退屈はしねくなっだかな」



「そういえば、杉林って村の? 働いてるの?」



「ああ、杉林の長男さ。職人になるっで脱サラしでな。他のとごてやりたがったみたいだけんど、今、村で弟子取ってる工房がウチだげでな」



「杉林さんとこの長男さんって、わたし達より学年けっこう上だったよね? それはそれで、なんか、ちょっとやりにくくない?」



「ま、そうでもねぇべ。真面目な人だし、大学も出てらども、俺なんかのごと立ててくれでな。心底、銀細工が好ぎな人なんだべ」



 春鹿は、千世の身体を支えて組まれている背中の両腕に目をやった。



 素直に晴嵐のことをすごいなと思った。

 のんきに村で家業を継いで、などということはもう二度と思わないだろう。



「っていうか、何なのよ。最初、私の都合とか無視してがつがつ来たくせに、急にしおらしくなって。気とか遣ってくれて、なんなの」



「嫌んなっで、また出で行っぢまうがもしれねと思ったはんで」



「……そんな、もう子どもじゃないんだから」



「それに俺がおめに嫌がらせするんのはいいけんど、他人がハルに嫌な思いさせでんのはだめだろ」



「なにその俺様理論。あんたもやめてよ。小学生か」

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