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第29話 画像解説付属
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弾丸の直径は七.八ミリ、その胴体を包んだ薬莢は直径八.五ミリ、全長が二十五ミリの弾薬である。
一般人が見たら『何だ、これで人が死ぬのか?』と訝しく思われそうな小さなものだ。何処かにヒントがある筈だと思って二人はじっと見つめた。
銃の弾薬は弾丸と薬莢、装薬と呼ばれる火薬、雷管の組み合わせだ。構造を単純に云えば薬莢の底にプライマを取り付け、薬莢の中に装薬を詰めて蓋するように上から弾丸を嵌め込んである。
銃の発射方式は複数あるが機捜が使用するシグ・ザウエルP230JPは撃鉄方式で、これも単純に云えばトリガを引くとハンマーが落ちる。落ちたハンマーが撃針なるファイアリング・ピンを叩き、ファイアリング・ピンの先がプライマに当たって衝撃を与え発火し装薬に引火する。
その装薬の爆発的燃焼エネルギーにより弾丸が撃ち出される仕組みだ。
二人とも黙って一発の弾薬を眺めていると秘書室から柚原秘書がやってきた。
「支社長。残念ながらまだシンデレラは見つかっておりませんが、必ずや捜し出して差し上げますので、お力落としなさらず心穏やかに……それは弾薬ですか?」
「そうだ。本物を見るのは初めてじゃないのか?」
「いえ、これでもわたしはかつて一任期二年間ながら陸上自衛隊におりましたので」
「柚原さんってば意外な体育会系の過去。じゃあ銃も撃った経験があるんですね?」
「はい。でも下っ端ですから拳銃ではなく小銃と呼ぶライフルでしたが」
そこで互いの知っている世界の裏話をして暫し盛り上がる。
「いやもう自衛隊の射撃は飛んでいく弾丸より空薬莢の方が大事なんです。何せ一発でも失くしたら一大事ですから空薬莢を数えるという論理は分かるんですがね」
「あ、でも射場って砂が敷いてありますよね、跳弾防止に」
「だから大変なんです、たまに埋まっちゃいまして。空薬莢の行方を皆が血まなこで追って、それを捕まえる専用の捕虫網まであるほどなんですよ」
「警察学校でも似たようなものですけど、軍隊でそれは本気で大変そう」
意外にも話し好きだった柚原秘書と京哉は更に話を弾ませた。
「これは超極秘事項ですが、はっきり言って飛んでいった弾丸の方の管理は緩くて、柔らかい土にめり込んだ形の綺麗なものをアクセサリーにしている隊員もいました」
「へえ、それはいい記念になるかも。柚原さんは記念の品、持ってないんですか?」
「じつは持っています。配属先の整備の先輩が加工してくれてキィホルダーに着けているんですが、これ見て下さい。何処も潰れていないライフルマークも綺麗に残った逸品でしょう。もう一度空薬莢に嵌めたら撃てるんじゃないかと思うほど――」
「それだ!」
ふいに霧島が大声で叫び、京哉と柚原秘書は驚いてビクリと肩を揺らした。何事かと思ったが霧島は説明もせずに携帯を超速で操作して何処かにメールを送る。
「どうしたんですか、忍さん。いったい何を思いついたんです?」
「まず訊く。お前が撃って豊原から摘出した弾丸があるとする。それが柚原の記念品くらい綺麗な代物だったとする。仮にそれを一回り大きい、そうだな、九ミリ口径の薬莢に詰めて撃ったらどうなる?」
「一ミリ以上も隙間ができます。装薬が洩れるのは勿論、何とか装填してプライマを叩いても燃焼エネルギーが洩れて弾丸はまともに発射されません」
「通常ならそうだろう」
「通常でない方法があるんですか? ……あっ、そうだ!」
手を打った京哉も既に気付いていた。
霧島が笑みを浮かべて頷く。
「分かったか? ここにいる三人ともプロか元プロ、想像してくれ。プライマを取り付け装薬を詰めた九ミリ口径の空薬莢を用意し、そこにお前の撃った弾丸を差し込む。だが、ただ差し込んでも意味がない。理由は京哉の言った通りだ」
銃口から弾丸が飛び出せばマシ、だが威力不足で用をなさないだろう。
「でも隙間が塞がれば問題ありませんよね。熱で瞬時に溶ける接着剤で隙間を塞ぐとかすれば……それじゃあ弾丸に異物が残留しちゃうかな?」
「接着剤でなくともゴムか丈夫な布か何かを弾丸に巻いて隙間ができないよう包み込んでから、九ミリ口径薬莢にキッチリ詰め込めば発射可能の筈だ」
「そっか。そっちの方が現実的かも。それに富樫は以前にスナイパーを飼っていました、パクられたけど。だから弾薬のハンドロード機材くらい持ってるかも」
工場で新しい薬莢を使い作られる弾薬をファクトリーロードといい、使い回しの薬莢で作られた弾薬をファクトリーリロードという。
対して個人が自作した弾薬を手詰め又はハンドロードと呼ぶのだ。
「そうだったな。そのハンドロード機材を使ってお前の撃った弾丸を何かで包み、九ミリ口径の薬莢に仕込む。そしてその弾薬を九ミリ弾使用銃で発射するんだ」
「それなら径の大きなバレルを通過する弾丸にライフルマークは殆ど付かないし、超至近距離なら直進性能も関係ない。事実マル害は至近距離で撃たれていました」
「殆ど押し付けて撃った火薬輪もあったな。ともかく撃ったあとは巻いた物と空薬莢を回収、持参した三十二ACPの空薬莢を転がしておけばいい」
「うわあ、すっごい! カラクリが解明されちゃいましたよ!」
仰け反った京哉は天井を仰いで大きく溜息を洩らした。何が何やら分からずに柚原秘書はツーポイントの眼鏡を押し上げて目を瞬かせている。
「実際、日本で三十二口径は珍しい方だし、でも九ミリ弾使用銃ならヤクザ屋さんの世界ではある意味ありふれていますしね。すごいすごい!」
「但し、これはまだ我々がこね上げた偶像だ。それに予測が当たっているなら同輩に証拠品を持ち出す虫がいると確定する。本部長の返事が遅いな、ビンゴかも知れん」
「富樫にカネで釣られたか脅されたかは知らないけど、鑑識は大変そうですよね」
そこでタイミング良く、本部長からのメールが霧島の携帯に入った。
「っと、本部長から【証拠品を紛失せり。内部調査中】だそうだ」
「そっかあ。でも良かった。もしこれで任同されても反証のネタは揃いましたよ」
声を上げて笑う京哉の瞳に力が湧いた。余裕ができたので柚原秘書にかいつまんで話をし、更にもし任同された場合でもすぐに釈放されると説明した。
それを聞きながら水を差すことはせず、しかし霧島は考え続けていた。こんな手の込んだ犯行に及ぶより京哉が一発の弾丸を発射する方が簡単なのは明白だからだ。
この理屈で京哉に懸けられた嫌疑が晴れるとは思えない。まだ足らない。
物証がなければ京哉はスケープゴートにされる。逮捕は時間の問題だった。
傍では京哉と柚原秘書がまた盛り上がり、笑い声を響かせていた。
一般人が見たら『何だ、これで人が死ぬのか?』と訝しく思われそうな小さなものだ。何処かにヒントがある筈だと思って二人はじっと見つめた。
銃の弾薬は弾丸と薬莢、装薬と呼ばれる火薬、雷管の組み合わせだ。構造を単純に云えば薬莢の底にプライマを取り付け、薬莢の中に装薬を詰めて蓋するように上から弾丸を嵌め込んである。
銃の発射方式は複数あるが機捜が使用するシグ・ザウエルP230JPは撃鉄方式で、これも単純に云えばトリガを引くとハンマーが落ちる。落ちたハンマーが撃針なるファイアリング・ピンを叩き、ファイアリング・ピンの先がプライマに当たって衝撃を与え発火し装薬に引火する。
その装薬の爆発的燃焼エネルギーにより弾丸が撃ち出される仕組みだ。
二人とも黙って一発の弾薬を眺めていると秘書室から柚原秘書がやってきた。
「支社長。残念ながらまだシンデレラは見つかっておりませんが、必ずや捜し出して差し上げますので、お力落としなさらず心穏やかに……それは弾薬ですか?」
「そうだ。本物を見るのは初めてじゃないのか?」
「いえ、これでもわたしはかつて一任期二年間ながら陸上自衛隊におりましたので」
「柚原さんってば意外な体育会系の過去。じゃあ銃も撃った経験があるんですね?」
「はい。でも下っ端ですから拳銃ではなく小銃と呼ぶライフルでしたが」
そこで互いの知っている世界の裏話をして暫し盛り上がる。
「いやもう自衛隊の射撃は飛んでいく弾丸より空薬莢の方が大事なんです。何せ一発でも失くしたら一大事ですから空薬莢を数えるという論理は分かるんですがね」
「あ、でも射場って砂が敷いてありますよね、跳弾防止に」
「だから大変なんです、たまに埋まっちゃいまして。空薬莢の行方を皆が血まなこで追って、それを捕まえる専用の捕虫網まであるほどなんですよ」
「警察学校でも似たようなものですけど、軍隊でそれは本気で大変そう」
意外にも話し好きだった柚原秘書と京哉は更に話を弾ませた。
「これは超極秘事項ですが、はっきり言って飛んでいった弾丸の方の管理は緩くて、柔らかい土にめり込んだ形の綺麗なものをアクセサリーにしている隊員もいました」
「へえ、それはいい記念になるかも。柚原さんは記念の品、持ってないんですか?」
「じつは持っています。配属先の整備の先輩が加工してくれてキィホルダーに着けているんですが、これ見て下さい。何処も潰れていないライフルマークも綺麗に残った逸品でしょう。もう一度空薬莢に嵌めたら撃てるんじゃないかと思うほど――」
「それだ!」
ふいに霧島が大声で叫び、京哉と柚原秘書は驚いてビクリと肩を揺らした。何事かと思ったが霧島は説明もせずに携帯を超速で操作して何処かにメールを送る。
「どうしたんですか、忍さん。いったい何を思いついたんです?」
「まず訊く。お前が撃って豊原から摘出した弾丸があるとする。それが柚原の記念品くらい綺麗な代物だったとする。仮にそれを一回り大きい、そうだな、九ミリ口径の薬莢に詰めて撃ったらどうなる?」
「一ミリ以上も隙間ができます。装薬が洩れるのは勿論、何とか装填してプライマを叩いても燃焼エネルギーが洩れて弾丸はまともに発射されません」
「通常ならそうだろう」
「通常でない方法があるんですか? ……あっ、そうだ!」
手を打った京哉も既に気付いていた。
霧島が笑みを浮かべて頷く。
「分かったか? ここにいる三人ともプロか元プロ、想像してくれ。プライマを取り付け装薬を詰めた九ミリ口径の空薬莢を用意し、そこにお前の撃った弾丸を差し込む。だが、ただ差し込んでも意味がない。理由は京哉の言った通りだ」
銃口から弾丸が飛び出せばマシ、だが威力不足で用をなさないだろう。
「でも隙間が塞がれば問題ありませんよね。熱で瞬時に溶ける接着剤で隙間を塞ぐとかすれば……それじゃあ弾丸に異物が残留しちゃうかな?」
「接着剤でなくともゴムか丈夫な布か何かを弾丸に巻いて隙間ができないよう包み込んでから、九ミリ口径薬莢にキッチリ詰め込めば発射可能の筈だ」
「そっか。そっちの方が現実的かも。それに富樫は以前にスナイパーを飼っていました、パクられたけど。だから弾薬のハンドロード機材くらい持ってるかも」
工場で新しい薬莢を使い作られる弾薬をファクトリーロードといい、使い回しの薬莢で作られた弾薬をファクトリーリロードという。
対して個人が自作した弾薬を手詰め又はハンドロードと呼ぶのだ。
「そうだったな。そのハンドロード機材を使ってお前の撃った弾丸を何かで包み、九ミリ口径の薬莢に仕込む。そしてその弾薬を九ミリ弾使用銃で発射するんだ」
「それなら径の大きなバレルを通過する弾丸にライフルマークは殆ど付かないし、超至近距離なら直進性能も関係ない。事実マル害は至近距離で撃たれていました」
「殆ど押し付けて撃った火薬輪もあったな。ともかく撃ったあとは巻いた物と空薬莢を回収、持参した三十二ACPの空薬莢を転がしておけばいい」
「うわあ、すっごい! カラクリが解明されちゃいましたよ!」
仰け反った京哉は天井を仰いで大きく溜息を洩らした。何が何やら分からずに柚原秘書はツーポイントの眼鏡を押し上げて目を瞬かせている。
「実際、日本で三十二口径は珍しい方だし、でも九ミリ弾使用銃ならヤクザ屋さんの世界ではある意味ありふれていますしね。すごいすごい!」
「但し、これはまだ我々がこね上げた偶像だ。それに予測が当たっているなら同輩に証拠品を持ち出す虫がいると確定する。本部長の返事が遅いな、ビンゴかも知れん」
「富樫にカネで釣られたか脅されたかは知らないけど、鑑識は大変そうですよね」
そこでタイミング良く、本部長からのメールが霧島の携帯に入った。
「っと、本部長から【証拠品を紛失せり。内部調査中】だそうだ」
「そっかあ。でも良かった。もしこれで任同されても反証のネタは揃いましたよ」
声を上げて笑う京哉の瞳に力が湧いた。余裕ができたので柚原秘書にかいつまんで話をし、更にもし任同された場合でもすぐに釈放されると説明した。
それを聞きながら水を差すことはせず、しかし霧島は考え続けていた。こんな手の込んだ犯行に及ぶより京哉が一発の弾丸を発射する方が簡単なのは明白だからだ。
この理屈で京哉に懸けられた嫌疑が晴れるとは思えない。まだ足らない。
物証がなければ京哉はスケープゴートにされる。逮捕は時間の問題だった。
傍では京哉と柚原秘書がまた盛り上がり、笑い声を響かせていた。
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