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第27話
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ニュース映像を食い入るように見ていた京哉が素早く霧島に指差して見せる。
「今映った『メロウ号』っていうかなり大きいクルーザーですよ、気分の悪くなった真っ赤なドレスの女性が乗ったのは。昨日はちゃんと歩み板が渡してありました」
「なるほど、メロウ号か。それもヒントになるかも知れんな」
「あとは柚原さんに昨日のパーティーの参加者名簿を手に入れて貰わなきゃ。もし参加者の中に僕と踊った女性がいたら事情を聴いて、証言も頼んで――」
コーヒーで睡眠不足気味の頭にも血が巡り始めたのか、京哉は建設的な発言を始めた。
またチャイムが鳴り霧島が開けると望月執事が立っていて恭しく礼をする。
「おはようございます。柚原さまがお迎えにおいでです」
すぐに出ると告げて望月執事を帰し、二人同時に腕時計を見ると既に八時を過ぎていた。すっかり二人の部屋になってしまった京哉のゲストルームでクローゼットからスーツのジャケットを取り出すと二人は羽織る。
互いにタイを直し合って部屋を出るとガード三名と一緒に階段を降りながら京哉が肩を竦めた。
「何だか悪い気がしますね」
「どうしてだ?」
「だって僕らは誘拐の捜査に来たのにそっちは実際、二の次になっちゃって」
「気にするな。今は最優先事項に集中しろ。いいか、本部長ではないが誘拐と全ての件は繋がっている。ならば今回の件も繋がっている可能性が高い。誘拐保険金詐欺を半ば認めた富樫が私に宣戦布告した、そのタイミングで案件が発覚したんだぞ」
京哉も霧島から富樫の話は全て聞いていた。富樫が『ラヴレター』を送るほど自分たちを恨んでいる以上、方法は不明ながら京哉を陥れたのはやはり富樫と思える。
「何れにせよ厄介な相手が敵に回りましたよね。でも分かっているでしょうけど僕に容疑が掛かったことで警察サイドが食いついて会長二人誘拐が表面化すると拙いし、間違ってもミラード支社長が逮捕される訳にはいきませんよ?」
「そうだな。仕方ない、今日から支社長は交代だ」
二人して溜息をつきながら一階のロビーに降りる。一階ロビーで柚原秘書が眼鏡を拭きつつ望月執事と喋っていた。二人に気付くと眼鏡を掛け直し朝の挨拶をする。
「おはようございます。本日の予定を申し上げます。午前中に白藤市内で――」
「パス! 今日から僕は天根支社長の第二秘書です」
「私が天根支社長だ。今日の私は胆石の発作で会合・面談は全てキャンセルする」
「支社長の交代とは……そう簡単に言われても困ります! 様々な登記上の手続きその他諸々で決済も滞るのはご存じの筈です。ミラード自体が窮地に陥っている今現在支社が足を引っ張る訳には参りません!」
「だが京哉は私より大きな胆石でいつ入院・手術になるか分からん身だ。それに後付けでの支社長交代は二度目、お手のものだろう?」
ガックリとうなだれながらも柚原秘書は恨めしそうに霧島と京哉を見た。
「はあ……胆石ですか?」
「別に逆まつ毛でも構わんぞ」
「あ、いえ、説得力に欠けるので胆石でも宜しいかと。それで何かご予定でも?」
立ち直りも早く訊かれ、任同まで約一日のリミットだけを強く意識していた京哉は口先だけで喋る。けれど練り上げた嘘しかついたことがないのでテンションが狂った。
「支社長は昨夜の赤いドレスのシンデレラを探すと申されております」
「ええっ、霧島さまは昨日鳴海さまと踊った女性を娶られたいと仰るのですか!?」
「は? あの、そこまでは仰っていないんですけど……」
喩え方が悪かったと京哉が気付いた時にはもう遅い。霧島忍という男は大概の人間に性癖まで知られていた。お蔭で柚原秘書は盛り上がってしまう。
「霧島さまがご結婚を考えられているとは一大事、霧島カンパニー会長にも早速お知らせしなければなりません! きっとご嫡子の誕生を心待ちに……いや、逸るな柚原則行よ、まずは我がミラード天根支社が一丸となってそのシンデレラをお探し申し上げるのだ!」
「おい、私はそんな意味で女を探すと言った覚えはないぞ!」
「照れることはございません。ささ、まずは社に移動してシンデレラを探そうではありませんか。我が社の情報収集能力をご覧に入れる良い機会でもあります。さあ!」
じんわりとした切れ長の目を意識しながら、京哉は三十分後にはパソコンのディスプレイに映った女性のバストショットを一枚一枚クリックしていた。
霧島も一緒に眺めているがずっと無言なのが怖い。
だがお蔭でアリバイ確保作業も超スピードで進んでいる。女性が見つかるまでは周囲を勘違いさせておく方が良さそうだった。
「うーん、見つかりませんねえ」
「おかしいですね。参加者名簿に記載の女性は全てピックアップした筈なんですが」
「やっぱり向こう側なのかも。上手く紛れ込んだとすると主か従か、どっちにしても有利な証言してくれそうにないなあ。柚原さん、誰かの名代とか女性を知ってそうな参加者も当たれますか?」
「わたしを舐めて頂いては困ります。とうに我が社の情報部門から聞き込み部隊が出ており参加者各位ご協力を取り付け済み。シンデレラ発見は時間の問題でしょう」
そんな会話を秘書二人がしている間に霧島は秘書室に入り、五分ほどで出てくる。
「斑目公造会長誘拐の方だが、今朝方ヨグソトスから三度目の連絡があった」
「要求ですか?」
「ああ。《新札を使わず三億円を用意しボストンバッグ五つに分け、今夜零時にマリーナに係留したメロウ号のキャビンに積み込め》なる電話だったそうだ」
「メロウ号……ってことは、やっぱり?」
「そうだ。メロウ号も海棠組の富樫にとって都合良く使える道具という訳だ」
「つまりシンデレラも富樫の支配下、僕のアリバイも証明不能ですね。はあ~っ」
「今映った『メロウ号』っていうかなり大きいクルーザーですよ、気分の悪くなった真っ赤なドレスの女性が乗ったのは。昨日はちゃんと歩み板が渡してありました」
「なるほど、メロウ号か。それもヒントになるかも知れんな」
「あとは柚原さんに昨日のパーティーの参加者名簿を手に入れて貰わなきゃ。もし参加者の中に僕と踊った女性がいたら事情を聴いて、証言も頼んで――」
コーヒーで睡眠不足気味の頭にも血が巡り始めたのか、京哉は建設的な発言を始めた。
またチャイムが鳴り霧島が開けると望月執事が立っていて恭しく礼をする。
「おはようございます。柚原さまがお迎えにおいでです」
すぐに出ると告げて望月執事を帰し、二人同時に腕時計を見ると既に八時を過ぎていた。すっかり二人の部屋になってしまった京哉のゲストルームでクローゼットからスーツのジャケットを取り出すと二人は羽織る。
互いにタイを直し合って部屋を出るとガード三名と一緒に階段を降りながら京哉が肩を竦めた。
「何だか悪い気がしますね」
「どうしてだ?」
「だって僕らは誘拐の捜査に来たのにそっちは実際、二の次になっちゃって」
「気にするな。今は最優先事項に集中しろ。いいか、本部長ではないが誘拐と全ての件は繋がっている。ならば今回の件も繋がっている可能性が高い。誘拐保険金詐欺を半ば認めた富樫が私に宣戦布告した、そのタイミングで案件が発覚したんだぞ」
京哉も霧島から富樫の話は全て聞いていた。富樫が『ラヴレター』を送るほど自分たちを恨んでいる以上、方法は不明ながら京哉を陥れたのはやはり富樫と思える。
「何れにせよ厄介な相手が敵に回りましたよね。でも分かっているでしょうけど僕に容疑が掛かったことで警察サイドが食いついて会長二人誘拐が表面化すると拙いし、間違ってもミラード支社長が逮捕される訳にはいきませんよ?」
「そうだな。仕方ない、今日から支社長は交代だ」
二人して溜息をつきながら一階のロビーに降りる。一階ロビーで柚原秘書が眼鏡を拭きつつ望月執事と喋っていた。二人に気付くと眼鏡を掛け直し朝の挨拶をする。
「おはようございます。本日の予定を申し上げます。午前中に白藤市内で――」
「パス! 今日から僕は天根支社長の第二秘書です」
「私が天根支社長だ。今日の私は胆石の発作で会合・面談は全てキャンセルする」
「支社長の交代とは……そう簡単に言われても困ります! 様々な登記上の手続きその他諸々で決済も滞るのはご存じの筈です。ミラード自体が窮地に陥っている今現在支社が足を引っ張る訳には参りません!」
「だが京哉は私より大きな胆石でいつ入院・手術になるか分からん身だ。それに後付けでの支社長交代は二度目、お手のものだろう?」
ガックリとうなだれながらも柚原秘書は恨めしそうに霧島と京哉を見た。
「はあ……胆石ですか?」
「別に逆まつ毛でも構わんぞ」
「あ、いえ、説得力に欠けるので胆石でも宜しいかと。それで何かご予定でも?」
立ち直りも早く訊かれ、任同まで約一日のリミットだけを強く意識していた京哉は口先だけで喋る。けれど練り上げた嘘しかついたことがないのでテンションが狂った。
「支社長は昨夜の赤いドレスのシンデレラを探すと申されております」
「ええっ、霧島さまは昨日鳴海さまと踊った女性を娶られたいと仰るのですか!?」
「は? あの、そこまでは仰っていないんですけど……」
喩え方が悪かったと京哉が気付いた時にはもう遅い。霧島忍という男は大概の人間に性癖まで知られていた。お蔭で柚原秘書は盛り上がってしまう。
「霧島さまがご結婚を考えられているとは一大事、霧島カンパニー会長にも早速お知らせしなければなりません! きっとご嫡子の誕生を心待ちに……いや、逸るな柚原則行よ、まずは我がミラード天根支社が一丸となってそのシンデレラをお探し申し上げるのだ!」
「おい、私はそんな意味で女を探すと言った覚えはないぞ!」
「照れることはございません。ささ、まずは社に移動してシンデレラを探そうではありませんか。我が社の情報収集能力をご覧に入れる良い機会でもあります。さあ!」
じんわりとした切れ長の目を意識しながら、京哉は三十分後にはパソコンのディスプレイに映った女性のバストショットを一枚一枚クリックしていた。
霧島も一緒に眺めているがずっと無言なのが怖い。
だがお蔭でアリバイ確保作業も超スピードで進んでいる。女性が見つかるまでは周囲を勘違いさせておく方が良さそうだった。
「うーん、見つかりませんねえ」
「おかしいですね。参加者名簿に記載の女性は全てピックアップした筈なんですが」
「やっぱり向こう側なのかも。上手く紛れ込んだとすると主か従か、どっちにしても有利な証言してくれそうにないなあ。柚原さん、誰かの名代とか女性を知ってそうな参加者も当たれますか?」
「わたしを舐めて頂いては困ります。とうに我が社の情報部門から聞き込み部隊が出ており参加者各位ご協力を取り付け済み。シンデレラ発見は時間の問題でしょう」
そんな会話を秘書二人がしている間に霧島は秘書室に入り、五分ほどで出てくる。
「斑目公造会長誘拐の方だが、今朝方ヨグソトスから三度目の連絡があった」
「要求ですか?」
「ああ。《新札を使わず三億円を用意しボストンバッグ五つに分け、今夜零時にマリーナに係留したメロウ号のキャビンに積み込め》なる電話だったそうだ」
「メロウ号……ってことは、やっぱり?」
「そうだ。メロウ号も海棠組の富樫にとって都合良く使える道具という訳だ」
「つまりシンデレラも富樫の支配下、僕のアリバイも証明不能ですね。はあ~っ」
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