最優先事項~Barter.4~

志賀雅基

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第19話

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 書類半分こ作戦で何とかタケオカ工業社長との面談には間に合った。

 だが話の内容などまるで分からない。
 そこで京哉はおもむろに伊達眼鏡を外して微笑み、あとは柚原の注釈だけで乗り切って、タケオカ工業社長には気分良くお帰り頂いた。

 他人に対して京哉が過剰に愛想良くしたのが気に食わず、ガードとして背後に立ち続けた霧島はご機嫌斜めらしかったが他に手がなかったのだから仕方ない。そもそも顔面偏差値に気付いていなかった京哉に現実を囁いて墓穴を掘ったのは霧島である。

 面談が終わるとすぐに外出だった。黒塗りの助手席に柚原秘書、後部座席で京哉を挟み霧島とガード一名、シルバーの社用車にガード二名という配置は出社時と同じである。二台の車はスムーズに白藤市内のサカエ化学社屋に到着し、運転手を残して全員降車した。

 そうして案内された応接室で社長と面談したが、ここでも京哉は眼鏡を外し微笑むだけで乗り切ることに成功する。もはやガードというより京哉の行動を見張るため背後に立ち続けた霧島はますます機嫌の角度を傾斜させたが、これも仕方ない。

 笑うばかりで話など殆どしなかったので面談も予定より早く終わった。お蔭で早く到着したマイスノーホテルにて京哉は至福の煙草休憩だ。
 一緒に霧島も休憩していたが、ムッとした顔つきで何も喋ろうとしない年上の男には京哉も当たらず障らずで、ただひたすらニコチン補給して次のイヴェントへの英気を養う。

 県会議員の某氏との夕食会も前の二件と同じだ。京哉は同席した柚原に丸投げし、自分は微笑んで食うだけ食った。ガードは皆ここの控室で夕食を摂っていたので灰色の険しい視線もなく笑い放題である。議員某氏は大層喜んで最後には京哉の両手を握りハグまでして帰って行った。

 議員の姿が見えなくなると京哉は微笑み仮面の張り付いた顔を両手でほぐす。

「あー、明日からは顔にセロテープ貼って固定しようかな」
「我が社の『顔』で顔芸はやめて下さい」

 ジョークに対し突っ込むでもなく柚原こそが顔を固定したまま言った。

「分かってますって。で、今日の予定は終了ですよね?」
「はい。お疲れさまでした。では保養所に戻りましょう」

 ガードたちと合流し、霧島がピタリと傍についてくれて京哉もホッとした。

 黒塗りで天根市内の保養所に戻ったのは二十二時前だった。霧島も京哉も三階に上がりそれぞれの部屋に戻ったが、バスルームを使ってから夜着に着替えた京哉は静かに隣室へと移動する。霧島のご機嫌を斜めのまま放置する訳にいかないからだ。

 ご苦労なことに、ここに至ってもガード三人が支社長の私室の前で張り番していたのは会長を誘拐されてセキュリティ部門が過剰なまでに敏感になっているのかと京哉は思う。
 だが構うことなく会釈だけでクリアして隣室のドアノブを回した。予測していたのかロックは解かれていた。

 霧島の部屋に入ると待っていたかのように、霧島も夜着に着替えてセミダブルベッドに腰掛けていた。そのまま抱き合い、もつれ合ってベッドに倒れ込む。

 だが真夜中まで甘く濃く愛し合った二人が疲れて眠ってから約一時間後だった。

 ロックした筈のドアがゆっくりと開き、常夜灯の中で密やかだが濃厚にパルファムが香る。明らかに誰かがベッドに近づいてきた。しかし他人の侵入に気付かず暢気に眠っている二人ではない。シグの銃口を侵入者に向けている。

 同時に霧島がリモコンで天井のライトを点けていた。

「きゃあっ! 撃たないで、殺さないで!」

 メイドの中の誰かかと思いきや、それは由梨花だった。薄く肌が透けるようなガウン一枚というあられもない格好をしている。勝手に入ってきたのに勝手に甲高い声で叫びながら由梨花は両手で顔を隠すと、唖然とした二人の前から勝手に走り去った。 
 
 おもむろにベッドから降りた霧島が再びドアロックする。

「もしかして忍さんに夜這いをかけたんでしょうか?」
「おそらくは。だがこうなるといよいよ単独行動は避けねばならん。京哉、お前も気を付けてくれ。メイドは全員お前狙いだ。きっと今頃支社長の私室はメイドがサーヴィス訪問中だぞ」
「げっ、本当ですか? 来てて良かった。でも乗っかられたらどうしてました?」
「どうもしない。あとで私が不能だという噂が流れるかも知れんが」

「ふうん。僕は安心ですけど秋波の送り甲斐のない人だと早く悟って欲しいですね」
「とっくに告げてある。それでもこれだ。互いに防波堤になるしかないな」
「じゃあ明日からガード付きの僕の部屋に引っ越して下さい。もう寝ましょうよ」
「寝る前に……なあ、京哉。いいだろう?」

 さっきもあんなにしたとか明日歩けないと困るとか、色々と言い訳を京哉は思い浮かべたが、何より年上の愛しい男の低く甘い声に弱い。
 更には間違っても由梨花に渡したくない思いから結局は自分で逞しい躰に抱きついた。
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