Even[イーヴン]~楽園10~

志賀雅基

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第33話

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「向こうがこっちみたいなのじゃなくて良かったよ」
「全くだな」

 ナイトフライトを終えて第三基地のエプロンに降り立った二人は、五棟どれもに明かりの灯った格納庫を眺めた。中からは大勢の人の気配、それも飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎが聞こえてくる。革命前夜祭といった風だ。

「ダグラスの声まで聞こえるぜ」
「お祭り好きだから」
「とんでもねぇ音痴だな。……で、こっち担当のお前はどうするんだ?」
「僕はもっと手荒になるよ。ちょっと付き合って」

 フォークリフトが往き来する横を通り隊員宿舎の方に向かってハイファは歩き出した。雨は上がっている。十五分ほど歩いて隊員宿舎を通り過ぎ、更に歩いた。
 外灯が照らしているとはいえ足を踏み入れたことのない辺りまできてシドが訊く。

「何処まで行くんだよ?」
「補給倉庫の一階に武器庫があるの」
「ああ、なるほどな」

 辿り着いた補給倉庫自体への侵入は簡単だった。別室カスタムメイドリモータを前に四階建ての一階オートドアは難なく開く。ライトパネルが灯って明るい廊下は人の気配がなく真夜中の病院のような雰囲気だ。

「武器庫は……ここだね」

 さすがに武器庫の出入り口はフリーパスとはいかなかった。ハイファがキィロックコードを解読する。二十秒ほどでオートドアが開いた。中に踏み入ると二人の動きを感知して天井のライトパネルがオートで灯った。

 そこはデカ部屋くらいの広さがあった。オイルの甘ったるい匂いが充満している。

 小銃と呼ばれるライフルやレーザーガンがずらりと立て掛けられ、棚に並べられているのをハイファは検分してゆく。

「うーん、パルスレーザー小銃かサディばっかりだなあ」

 硬化プラスティック弾を撃ち出すサディM18ライフルはテラ連邦軍の制式小銃だ。プラ弾といえども充分殺傷能力はある。有効射程は三百メートル、それでもハイファは気に入らないらしい。ぐるりと室内を巡って部屋の片隅で足を止めた。

「わあ、いいモノみっけ!」

 弾んだ声に、後ろからハイファが手にしたものをシドは覗き込んだ。ハイファがソフトケースのジッパーを開けて持ち上げたのは、いわゆる狙撃銃というヤツだ。これもパウダーカートリッジ式の旧式機構である。

「さっすが異星系に近い実戦配備基地だけあるなあ。掘り出し物だよ」
「またデカブツだな」
「そうでもないよ、七キロくらいかな。ノーザナショナル社製アマリエットM720、使用弾は338ラプアマグナムを薬室チャンバ込みで八発。有効射程は千五百メートルってとこだね」

 ガンヲタの気があるハイファは嬉しそうだ。

「じゃあ俺はスポッタか」

 そう言ってシドはスポッティングスコープを探し始める。
 スポッタとはスナイパーの補佐であり護衛だ。スナイパーに狙撃以外のことを考えさせず、シューティングだけに専念させる女房役である。

 狙撃はスコープのレティクルの十字に標的を捉え、ただトリガを引けば当たるといったものではない。専用のスポッティングスコープという高倍率・大口径の望遠鏡で距離を測り、旋回しながら弧を描いて飛翔する弾丸のぶれを修正しなければならない。

 他にも気温・気圧・湿度・風向その他の条件によって弾薬の燃焼速度まで計算しなければ、決して弾丸は標的に当たらないのだ。

 それらの綿密な計算がスナイプ成功の鍵を握る。現代では計算自体は専用アプリで代用可能ではあるが、スナイプ中の護衛まではアプリはしてくれない。

 そうしてスナイパーとスポッタが連携し条件を全てクリアしてなお最終的にはスナイパーの腕が、センスがものをいう、狙撃とは繊細で過酷な作業なのである。

「スポッティングスコープ、これか。結構コンパクトだな」

 アタッシュケース型の箱から一式を取り出して傍にあったオリーブドラブ色の袋に詰め替える。その間にハイファは弾薬探しだ。これがなければ話にならない。

「うーん、十二発しか見当たらない」
「試射も要るだろ。弾薬庫、行くか?」
「さすがに弾薬庫には歩哨が就いてるだろうし、これでいいや」

 手に入れた分の338ラプアマグナム弾を戦闘ズボンのポケットに収めたハイファは、アマリエットM720のケースを担いでからポンチョを被った。
 雨は上がっていたがシドも同様にスポッティングスコープの袋を肩から提げてポンチョを着る。これで泥棒は分からない。

 必要なものを手に入れた二人はそっと武器庫を出て施錠し隊員宿舎へと戻った。

◇◇◇◇

 一二〇七号室に戻るなりハイファはデスクの上で早速アマリエットM720の分解清掃を始めた。ときに自分の命を預ける銃を使用前に目と手で確かめておくのは鉄則である。

「殆ど使ってないし、ちゃんと掃除もしてる。いい子いい子」
「このヲタが、嬉しそうだな」
「あーたにヲタをどうこう言われたくはアリマセン」
「しかしその細腕で七キロか」
「二十キロ近いアンチ・マテリアル・ライフルだって平気だよ」

 狙撃銃が重いのは仕方ない、軽いと撃発時の激しい反動で射手が後方に吹っ飛ばされてしまうからだ。限度はあるが狙撃銃は重いほど当たりやすくなる。

 分解清掃し再び組み上げると、今度は弾薬の一発一発を目で検分しながらマガジンに詰めてゆく。七発込め、確実に弾薬の雷管プライマを撃針が叩くようマガジンの後部をデスクの角に軽く何度かぶつけて後端を揃える。
 一度銃に装着してレバーを引いた。チャンバに送り込んで減った一発を再度詰め直してフルロードする。
 
 ソフトケースに仕舞ってリモータを見ると二十四時過ぎだった。

「やっと終わったか。あー、腹減ったぜ」
「そういや晩ご飯も食べてないんだっけ。喫茶室、終日営業だったよね」

 雨に濡れたままだったのも忘れていた二人は全身乾いたものに着替えると部屋を出た。誰にも捕まらないよう娯楽室の前をそそくさとクリアすると一階の喫茶室で夕食を摂る。

 腹を満たしてからPXに寄って少々の買い物をし部屋に戻った。交代でリフレッシャを浴びるとTシャツと下着になってベッドの下段に横になる。シドの腕枕で胸に寄り添いながらハイファはリモータ発振をセットした。

「明日は早いからね。おやすみ、シド」

 リモータでライトパネルの光量を落とすと、シドの規則正しい心音を心地良く思いながらハイファは目を瞑った。
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