Even[イーヴン]~楽園10~

志賀雅基

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第32話

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 十分ほどファイバブロックで整地された建物の間を歩き、二階建てのユニット建築の中に入った。PXと呼ばれる売店と喫茶店が隣り合わせで営業している。
 ポンチョを脱いで喫茶店のオートドアをくぐり、喫煙席のテーブルに着いた二人はクレジットと引き替えにホットコーヒーを注文した。

「一時間半はヒマだな」
「でも雨だし、もう少し早く暗くなるかも」
「十八時半の課業終了で、整備班がとっとと撤収してくれればいいんだがな」

 煙草を咥えて火を点けたシドは紫煙を吐きつつもまだ眠たげで、鈍い銀色のオイルライターを弄んでいる。

「イマイチ緊張感がないなあ、一大破壊工作を目の前にしてるのに」
「それも運次第、監視されてたらアウトだ」
「うーん、それは心配してないんだけどね」

 二分の一の確率をイヴェントストライカが外す訳がない。とろとろと時間が過ぎ、一時間ほどで喫茶店を出るとPXを覗いて少々買い物してからゆっくりエプロンへと戻る。

 十八時半の課業終了にテラ連邦軍歌が放送で流れる頃には辺りは薄暮だった。輸送機にはひっきりなしにフォークリフトが往き来し、後部カーゴドアからコンテナを出し入れしている。

 ポンチョを着て雨に叩かれながら二人は夜を待った。

「この需品の人に気付かれないかなあ?」
「暗くなって堂々としてりゃ、分かるもんか」

 二十分ほどが経つと格納庫の屋根に取り付けられたライトが灯り、作業中のエプロンを照らし出す。五つ並んだ巨大な格納庫のうち四つまでが内部は真っ暗、いよいよ決行だ。

 バサバサ五月蠅いポンチョを脱ぎ後部座席に放り込む。シドは対衝撃ジャケットも脱いだ。せめてもの偽装に二人はPXで買った空軍用の紺色のジャンパーを羽織る。

 まずは一番管制塔に近い格納庫に忍び寄った。巨大格納庫の軒の真下はライトの投げる光から外れていて暗い。オートの大扉ではなく脇のドアに近寄るとシドはハイファに頷いた。

 自分の役回りを心得たハイファはドア脇のリモータチェッカをダマしに掛かる。

「開くよ」

 ノブを回して一人ずつ入れるだけの隙間を作ると二人は次々と中に滑り込んだ。シドが後ろ手にドアを閉める。中は非常灯だけが灯り、ぼんやりと機影を浮き上がらせていた。

「ここは訓練機と哨戒機の七機か」
「それでも十メートル以上はあるよ、どうやって壊すのサ。撃ったら響くし」
「それでこいつだ」

 ポケットからシドはボルトを一本取りだして見せる。ポイと放り投げて掌で掴んだ。手近な訓練機に近づくとリモータのバックライト機能を最大にして照らす。

「左右にターボファンエンジン がある。これだ」

 照らし出された中心部の膨らんだ円筒内には、コンプレッサーブレードと呼ばれる小さな羽根が何十もくっついた円形のファンがあった。その内側にも形がそっくりで直径だけが違うタービンという羽根車が円筒内に何段も重なり、後部排気口へと続いている。

「簡単に言えばこのファンが回って空気を圧縮し推力を得る訳だ。そこにこいつを放り込んだらどうなる?」

 シドは摘んだボルトをエンジンの中、手の届く限りの奥に押し込み落っことした。

「回ったファンが傷つく?」
「バードストライクっていってな、吸気口に飛んでる鳥一羽を吸い込んだだけでもエンジンがイカれることがあるんだ。金属部品を噛んだまま始動したらタービンはズタズタになるぜ」
「へえ。じゃあ、本当に部品一個で飛べなくなるんだ?」
「表面のファンじゃダメだ。できるだけ奥、燃焼部付近のタービンに挟み込め。飛行前点検でも見つからねぇようにな」
「両側のエンジン?」
「まさか片方やられて作戦行動はしねぇと思うが一応、片肺でも飛べるからな」
「ふうん、こんな大きなモノがボルト一本で壊せるなんて面白いね」
「反重力装置駆動じゃなくて助かったぜ」

 喋りながらも二人は次々にエンジンの中に腕を突っ込み、ボルトやナットをタービンに仕込んでゆく。五分もせずに格納庫ひとつは終わりだ。

「次、行くぞ」
「アイ・サー」

 扉から出てきちんとロックも掛け、隣の格納庫に移る。ここには十機の戦闘機が格納されていた。左右に五機ずつ綺麗にノーズを揃えて駐機されている。

 直径が一メートルはありそうなエンジンに頭を突っ込むようにして部品を仕込んでは、リモータのバックライトで見えないかどうか確認しながら、ここも十分と掛からず作業終了した。
 隣も同じく戦闘機が十機、難なく静かなサボタージュをこなす。

 だが四つ目の格納庫では難儀した。そこにあったのは巨大な輸送機が五機、どれもデカすぎてエンジンが五、六メートルの高さにあったのだ。それも左右二基ずつ四基である。

「わあ、どうするのこれ?」
「こっちに作業架台があるぞ。こいつに登るしかねぇな」

 黄色く塗られた縦長のジャングルジムのような作業架台には階段の他に車輪がついており、移動させるのは容易だった。
 しかし全部で二十基のエンジンを巡るのは分担しても結構な時間を食う。

「エンジンがデカいからな、二、三個は仕込んどけ」
「分かった。……わ、もう十九時半過ぎてる!」

 ここでの作業が終わり作業架台を元の位置に戻すと既に時刻は十九時五十分になっていた。慌てて二人は格納庫を出る。

「次が問題だぞ」

 五つ目、最後の格納庫は明かりが煌々と点いていた。ここはスクランブルと呼ばれる緊急発進に備え、要員が待機しているアラートハンガーだった。

「これじゃあ、中に入れないよ」
「少々手荒になるが、マジにブッ壊すしかないだろうな」

 雨の中を一旦管制塔近くまで二人は戻り、管制塔の強力なライトの光条を避けて滑走路へと走った。二本の滑走路を踏み越えると芝生の上を移動する。数百メートルを歩くとシドはびしょ濡れになるのにも構わず芝生の上に腹這いになった。

 大扉の開放されたアラートハンガーが見渡せる。小さく戦闘機二機が確認できた。

「撃つの?」
「ああ。他に何かあるか?」
「たぶん、ないね……距離、三百はあるよ」
「構わねぇよ」

 シドは巨大レールガンのパワーセレクタレバーを親指で弾いて有効射程五百メートルを誇るマックスパワーにセット、遥か彼方の豆粒のような戦闘機を照準。静かにトリガを引いた。

 ガシュッというレールガン独特の撃発音は雨が消した。続けざまに四発を連射する。発射されたフレシェット弾はアラートハンガー内の戦闘機に吸い込まれた。

「やった?」
「おそらく、な」

 起き上がったシドと共にハイファはまた数百メートルを戻ってエプロンへと歩いた。小走りでエプロンを縦断し、アラートハンガーの大扉から内部をそっと覗き込む。要員たちの声は中の事務所からしか聞こえてこない。

 よく見えないので反対側の大扉まで渡って中を見渡した。

「やったみたいだね」

 二機の戦闘機のエンジンは一部が砕かれ、タービンの破片が床に零れ落ちていた。

 ふうーっと溜息をついた二人のリモータが振動し始める。
 二十時ジャスト、輸送機が第三基地に帰る時間だった。
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