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11巻
11-3
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「津田驍廣様ご一行ですな。無事のお着き、祝着に存じます。領主安劉様より言付けを預かっております。『ご一同のご助力には感謝のしようがない。本来ならば、貴殿らの成した豊樹の郷からの数々の功績は大々的に喧伝して然るべきところなれど、そのようなことをしては、迷惑でしかないであろう。街の民へは、此度の戦で武威を示した儂と麗華、さらには甲竜街の擁彗殿と墨擢殿が携えし武具は、鍛冶師・津田驍廣が鍛えたものである! とだけを知らせることとした。後日改めて私人として感謝を申し上げる所存。もし、何か困りごとが起きたときには儂の力が及ぶ限り、津田殿らの力になりたいので、遠慮なく申し出てもらいたい』とのことでございます」
そう告げて、周りに気付かれないように軽く頭を下げると、衛兵は元いた位置に戻り、改めて、他の街門を通る者に対してと同じく「翼竜街にようこそ!」と告げた。
衛兵の粋な計らいと安劉の気遣いを照れ臭く思いつつも、俺たちは笑みを返し、門を潜った。
街門から続く天竜通りは、凱旋した安劉たちの勇姿を我がことのように喜び、祝杯を挙げる者で溢れかえっていた。
随分と酒を酌み交わしているのだろう、赤ら顔の者が多いが、その顔はどれもにこやかな笑みを湛えていた。彼らの様子を見ながら通りを歩き、俺たちはスミス爺さんの鍛冶場へと向かった。
本心を言えば、色々と厄介事に巻き込まれ、ようやく帰り着いたのだから、さっさと旅装を解き、公衆浴場に行ってゆっくりと風呂に浸かり、旅の垢を落としたいところだった。だが、翼竜街への帰還を、師匠であるスミス爺さんに知らせないわけにはいかないし、ダッハートから預かることとなった天都とタウロのことも話しておきたかった。
「ニャ~、斡利ぃ、それに驍廣さんも、甲竜街から帰ってきたのニャァ~⁉ 凛さ~ん、斡利が帰ってきたニャ~ァ!」
天竜通りから脇道に入り、職人街を通り抜ける途中、斡利の実家である曽呂利拵え工房に近づいたとき、工房から傑利がタイミングよく顔を出して声を上げた。その途端、工房の中からものが落ちる音が響いたかと思うと、ものすごい勢いで斡利の母親である凛さんが飛び出してきた。
「斡利~! 斡利、無事なんだね? よかった、甲竜街と天樹国が戦になったと聞いて、心配していたのよ。斡利~~‼」
斡利を見つけるなり、目に涙を溜めつつも、笑顔で息子を抱きしめる凛さん。斡利は少し恥ずかしそうだったが、
「ただいま帰りましたニャ、お袋様。確かに甲竜街は天樹国と戦をすることになりましたが、見ての通り、怪我一つしていないニャ。大丈夫ニャ!」
と、凛さんに返した。二人の姿に傑利は満足そうに何度か頷き、俺の方に歩み寄る。
「改めて驍廣さん、紫慧さん、アルディリアさん、お帰りなさいニャ。詳しいことは聞いていないのニャが、大変だったようだニャ。なんにしろ皆無事に帰ってきてよかったニャ。旅姿のままということは、これからスミス翁のところに行くのニャ。きっと顔を見せたらスミス翁も喜ぶニャ!」
そう言うと、息子の手を離そうとしない凛さんも連れて、スミス爺さんの鍛冶場へと歩き出した。
途中、アルディリアの姿を見つけた職人街の住人たちからも「お帰り!」の声をかけられつつ、奥にある鍛冶場に近づくと、金属鋼を打つ鎚の音とともに、懐かしい銅鑼声が聞こえてきた。
「テル! 何をやっておるのじゃ、打点を外しおって。驍廣や紫慧がいないからと腑抜けておるではないぞ‼」
「そ、そんな! そんなことはありません、たまたま今手が滑っただけで……。今日は安劉様が騎獣団を率いて凱旋したんですよ、街じゃお祭り騒ぎだっていうのに……そろそろ仕事を切り上げて、僕たちも祝杯を挙げに行きませんか? お腹も空いてきたことですし……」
そんな泣きを入れる若い声が、鍛冶場の外まで漏れてきた。俺と紫慧は、その懐かしい声に表情を緩めると、少し小走りに鍛冶場に駆け寄る。
「「スミス爺さん(お爺さん)! テル(君)! ただいま‼」」
声を上げると同時に、俺たちは勢いよく扉を開けて中に飛び込む。それに驚いて大金鎚を振り上げたまま硬直したテルミーズと、同じく一つ目を大きく見開き俺と紫慧を見つめるスミス爺さん。
と、次の瞬間、二人は金鎚を持ったまま、俺たちに抱きついてきた。
「驍廣! 紫慧! よう戻ったぁ‼ アルディリアも、そして斡利も元気そうで何よりじゃ」
「驍廣さん、紫慧さん、お帰りなさい!」
大きな声が鍛冶場に響き、続いて大きくゴツゴツとした職人の手が、俺と紫慧の背中を何度も叩いた。いつもの銅鑼声と、背中を叩く手の感触に、翼竜街に帰ってきたことを実感した……ものの結構痛かった。
アルディリアは、手荒い歓迎を受ける俺と紫慧に苦笑し、すぐに助け舟を出してくれた。
「スミス翁! 驍と紫慧が戻ってきて嬉しいのは分かりますが、そんなに背中を叩いては。見てください、二人とも顔を顰めているではありませんか!」
その言葉で、スミス爺さんもテルミーズも俺たちの様子に気が付いたようで、少しばつの悪そうな顔をした。しかし、嬉しさがこみ上げてくるのか、あっという間に満面の笑みを浮かべた。
この輪の中に曽呂利一家も加わり、しばし旅からの無事な帰還を喜び合っていると、鍛冶場の外からそっと中を覗き込む二つの影があった。
「津田殿、おいたちも中に入ってもよかですか?」
少し申し訳なさそうに大きな体を小さくして声をかけてくるタウロと、彼の背後から興味深そうにこちらを覗いている天都だった。俺は慌てて二人に声をかけた。
「ああ! すまない、中に入ってくれ。スミス爺さんに紹介しないといけないからな」
「それじゃ、お邪魔します」
「入らせてもらうよ!」
おずおずと大きな体を縮めて入ってくるタウロと、好奇心全開で元気よく飛び込んでくる天都。と、二人の姿を見たテルミーズが声を上げた。
「タロスさん! ゲッ、天都」
その反応に噛みついた天都。
「何が『ゲッ、天都』よ! 先輩に対してなんなのその態度は――ウゴウゴウゴ……」
食ってかかる天都を、慌てて羽交い締めにしながら口を塞いだタウロは、テルミーズに優しげな苦笑を浮かべた。
「テルミーズ、久しぶりだのぉ元気で何よりだ。じゃっどん、先輩に対してその反応はよくなか。天都もいちいち食ってかかるな」
テルミーズとの再会を喜びつつも、天都に対する態度を注意するタウロ。そんな彼の腕の中で天都はジタバタと暴れて拘束から逃れようとするものの、二人には幼児と大人ほどの体格差があるため、いくら暴れようともどうにもならない。やがて天都は諦めて、タロスの腕の中でダラリと力を抜いて身を預け、不貞腐れた。
「……驍廣、なんじゃこの者たちは。テルミーズと知り合いなのか?」
挨拶もしないうちに騒ぐテルミーズとタウロたちのやり取りを見ていたスミス爺さんは、静かになるのを見計らって、少し呆れたように苦笑した。
俺も、顔をあわせた途端の出来事にどうしたものかと言葉に詰まっていると、俺に代わってタウロが口を開いた。
「スミス・シュミート殿でごわすな。お初にお目にかかりもす。おいは甲竜街で鍛冶工房を開くダッハート・ヴェヒター様に師事し修業させていただいております、タロス・エレロと申す者でごわす。そして、おいに拘束されておるコヤツは、おいと同じくダッハート様の工房で修業をしていた目占天都という者でごわす。羅漢獣王国の出身で、ダッハート様の噂を聞いて、どうしても鍛冶師として一人前になり、故郷に錦を飾りたいと、弟子入りを志願した者でごわす」
「ほ~。お師匠の工房で修業か、では儂らは同門ということじゃな。それで、テルミーズとも顔見知りというわけか、なるほどのぉ。して、その二人が何ゆえ驍廣とともに翼竜街に来たのじゃ?」
タウロの挨拶に、スミス爺さんは嬉しそうにしながらも、修業中の者が師匠のもとを離れた理由を問い質した。
「実は、甲竜街で津田殿の鍛冶の業前を目の当たりにしたのでごわす。津田殿と紫慧殿が、おいたち甲竜街の鍛冶師が見ている中、瞬く間に擁彗様と墨擢様の武具を鍛え上げたのでごわす。その業の見事だったこと! おいたちは感嘆し、その腕前に魅了されもした。そして、是非とも津田殿の業を己のものにしたいと切望したのでごわす。しかし、津田殿は甲竜街の御人ではなく、翼竜街のスミス翁の鍛冶場の御方。『鍛冶の業前を甲竜街の鍛冶師の前で披露』し終えたら、翼竜街に戻られると聞き、おいと天都は甲竜街を離れても津田殿に師事したいとダッハート様に願い出たでごわす。ダッハート様も『できるならば、ご自身が翼竜街に赴きご教授いただきたいところなれど、天樹国との戦が終わったばかりの甲竜街を留守にするわけにはいかない。おいたちのことを津田殿にお願いし、おいたちは業をご教授いただき甲竜街に持ち帰るように!』と送り出していただいたのでごわす。スミス殿は津田殿のお師匠に当たるとお聞きしもした。ならばご挨拶とともに津田殿に師事するお許しをいただければと。なにとぞよろしく願いいたしもす」
そう言うと、タウロはもちろん、テルミーズ相手に暴れようとしていた天都まで神妙な顔つきで、スミス爺さんに深々と頭を下げた。そんな二人の姿に、スミス爺さんは戸惑い、頭を下げたままの二人にどう声をかけたらいいのか判断に迷い、俺をギョロリと睨みつけた。
「どういうことなんじゃ? 説明せい、驍廣!」
「いや、説明も何も、今タウロが言っただろ。ダッハート殿に二人を頼むと押しつけられたんだよ。それにアルディリアからも、二人を預かった方がいいって……」
俺がアルディリアに話を振ると、彼女は待ってましたとばかりに、一歩前に出た。
「スミス翁、不幸なことに勃発してしまった甲竜街と天樹国との争い。その際に安劉様と麗華嬢、さらに擁彗様に墨擢様と武威をお示しになられた方々が手にしていた武具の多くが、驍が鍛えたものでした。ゆえに、甲竜街へ勝ちを引き寄せたのは驍の武具だったと見る者もおります。一方、敗走した天樹国の者たちが用いた武具や防具は、全てが響鎚の郷で鍛えられたものでした。あの戦いの最中、脆くも砕け散る響鎚の郷の武具や防具を目の当たりにした妖精族は少なくありません。自分たち天樹国軍が敗走した原因の一端は響鎚の郷の武具や防具にある! そう考える者も多いはず。これから先、響鎚の郷ではなく驍の武具を求める者は必ず多くなります。ですが……」
「驍廣といえども、一人では求めに応じられるほどの武具を鍛えることなど不可能。少しでも驍廣の業を知る鍛冶師を増やさねばならん、ということか」
呆れた様子のスミス爺さんに、アルディリアは大きく頷いた。
「ええ⁉ それじゃタロスさんとこの天都も、この鍛冶場で一緒に仕事をするってことですか? でもそれじゃ、甲竜街のダッハート様の工房は人手が足らなくなるんじゃ……まさか、二人と入れ替わりに、僕が甲竜街に戻るってことですか? お払い箱になるってことですか⁉」
半泣き状態で声を上げたテルミーズ。そんな彼を、スミス爺さんは一瞥してから考える素振りを見せると、どこか意地の悪い表情を浮かべ――
「おお! テルの言う通り、それはいいかもしれんのぉ。驍廣と紫慧ちゃんが甲竜街に向けて街を発ってからというもの、鍛冶仕事に対して真剣みが足らぬように感じていたからのぉ。一度甲竜街に戻り、ダッハート様に叱咤してもらった方がいいかもしれん」
などと言うものだから、テルミーズは顔を真っ青にしてポロポロと涙を溢し、スミス爺さんの足に縋りついた。
「そんなこと言わないでください。僕は僕なりに鍛冶仕事と向き合っています。真剣みが足らないと言われるなら、言われないように取り組みますから、お願いします、スミス翁~!」
泣いて縋りつくテルミーズに、スミス爺さんは困った顔をした後で破顔し、テルミーズがつけているお揃いの革製前掛けの紐をムンズと掴むと、顔が同じ高さに来るように持ち上げた。
「今の言葉、忘れるでないぞ。もし、忘れて腑抜けた仕事をしようものなら、容赦なく甲竜街へ追い返すからのぉ」
そう諭すと、テルミーズを足元に降ろし、改めてタウロと天都へと視線を向けた。
「さて、タロス・エレロに目占天都だったのぉ、目占? はて、どこかで聞いたことのある姓じゃが……まあいい。甲竜街から遠路ご苦労じゃ。じゃが、儂の鍛冶場は見ての通り炉が一つしかないのでのぉ。わざわざ来てもらったのじゃが、お主らも一緒に仕事を、というわけにもいかん。驍廣たちのおかげで、燃え尽きそうだった儂の鍛冶師としての本能に再び火がつき、このところ精力的に仕事をこなしてきて、ようやく若かりし頃の体のキレが戻ってきたところなのじゃ。甲竜街から驍廣たちが帰ってきたら、テルと四人で賑やかに切磋琢磨しようと思っていたのでなあ。そこにさらに二人増えるとなると、どうしたものか……」
スミス爺さんは、困ったように顔を顰めた。
「スミス翁、僭越ではありますが、その件に関しまして、ワタシに腹案があります。ですが、この案を話す前に、ギルドなどに諸々の確認を取る必要があるのです。それが終わるまで、軽々に口にすることは憚られます。本日は驍をはじめ甲竜街に向かった者たちの帰街と、驍を慕って甲竜街から同道した鍛冶師の顔見せということで、この場は収めていただけぬでしょうか」
苦り顔のスミス爺さんに対して、アルディリアが声を上げた。爺さんは彼女をジロリと見つめた後、鍛冶場に集まった者たちを一通り見回し、頬を緩めた。
「そうじゃな、お主らの顔を見て嬉しくなり、ついつい長話をしてしまったが、その様子を見れば街に戻ったその足で訪ねてきてくれたようじゃ。分かった、アルディリアに何か考えがあるというなら任すとしよう。驍廣、紫慧とともに月乃輪亭へ行って旅装を解き、風呂で旅の垢を流してくるがよい。その後、甲竜街への旅がどのようなものであったか聞くとしよう。もちろん酒とともにのぉ♪」
そう言うと、俺たちを鍛冶場の外に出し、笑みを浮かべてテルミーズに鍛冶場の片付けを命じた。そんなスミス爺さんに呆気にとられるタウロや天都を見て、俺や紫慧のようにスミス爺さんのことをよく知る者たちは、笑いながら鍛冶場を後にした。
宿に向かう途中で、曽呂利一家と月乃輪亭での集合を約束し、またアルディリアもギルドに翼竜街帰還の報告に行かねばならないと、一旦別れることになった。
「驍、スミス翁にも告げたが、ダッハート様から話を持ちかけられたときから考えていたことがあるのだ。しかし、ワタシの一存では決められない話なのだ。諸々の雑事が発生することでもあるし、総支配人の翔延李様にも事前に話を通しておく必要がある。十中八九ご承諾いただけると思うが、ぬか喜びをさせては申し訳ない。しばしワタシに任せてほしい」
そう告げて、アルディリアは颯爽とギルドへと去っていった。その後ろ姿は相変わらず凛としていて、天都が思わず『カ、カッコいい……』と呟くほどだった。俺と紫慧はクスリと笑い、アルディリアに見蕩れる天都を促し、月乃輪亭に急いだ。
「ごめんください、誰かいませんかあ!」
併設されている食堂で夕餉の接客に忙しいのか、月乃輪亭宿屋の受付には誰もいなかった。そこで、食堂まで届くように少し大きめの声で呼びかけると、すぐに返事があった。
「は~い、ちょっとお待ちくださいねぇ~」
元気な声とともにパタパタと足音を響かせて顔を見せたのは、狐人族のルナールさんだった。
「はい、お待たせしましたぁ。ご宿泊で……驍廣くんに紫慧ちゃんじゃないのぉ! 女将さ~ん、旦那さ~ん‼」
ルナールさんは俺と紫慧の顔を見た途端、目を大きく見開いて大慌てで食堂へと取って返した。
「なんだい大きな声を上げて、泊まり客かい? 部屋の空きはあまりないんだ、あたしらに確認を取るほどのことでもないだろうに。団体のお客さんかい、申し訳ないねえ。部屋の空きがほとんどないんだよ、悪いんだけど別の宿に……って、驍廣に紫慧ちゃん⁉ 街に帰ってきたのかい‼」
ルナールさんに呼ばれて、洗い物でもしていたのか、濡れた手を前掛けで拭きながら食堂から姿を現したウルスさん。彼女は俺と紫慧を見た途端、驚きつつも笑みを浮かべて両の手を大きく広げると、俺と紫慧を纏めて抱きしめて、食堂の方に向かって大声を上げた。
「アンタ! 驍廣と紫慧ちゃんだよ! 驍廣と紫慧ちゃんが帰ってきたよぉ‼」
ウルスさんの大声が月乃輪亭中に響き渡り、間を置かずに食堂から姿を見せたのは、料理の最中に呼ばれて慌てたのだろう、俺が鍛えた包丁を持ったままのオルソさんだった。
「驍廣さん! 紫慧ちゃん‼」
オルソさんは俺たちの名を呼ぶと、ウルスさんに抱きしめられて身動きの取れない俺たちに突進してきて、包丁を持ったままウルスさんごと抱きつこうとしてきた。
そんなオルソさんに、俺は慌てて制止の声を上げた。
「オ、オルソさん! 包丁、包丁。危ないぃ‼」
「二人ともよく戻ってきたねぇ。怪我もないようだしよかったよ。突然、ご領主様が騎獣団を率いて翼竜街を発ち、何が起こったのかとご近所の人たちと話してたら、すぐにギルド総支配人の翔延李様から甲竜街に天樹国が侵攻してきたんで、その援軍に出陣されたと聞かされてねえ。ご領主様のお言いつけで甲竜街に向かったあんたたちも戦に巻き込まれてやしないかって心配してたんだ。でも、こうして二人の無事な姿を見られて、本当によかったよ」
包丁を持ったまま抱きつこうとしたオルソさんを何とか押し止め、ようやく落ち着きを取り戻した月乃輪亭の方々。すると、ウルスさんは何事もなかったように、俺たちの無事を喜んでくれた。
「その恰好を見ると、今さっき街に着いたところのようだね。顔を見せてくれたってことは、またウチの宿を使ってくれるんだろ?」
ニコニコと恵比須顔で訊ねてくるウルスさんに、紫慧は満面の笑み浮かべ、俺は苦笑した。
「ああ、先にスミス爺さんのところに顔を出したから、宿を取るには遅い時間になったが、部屋が空いているなら是非お願いしたい。ただ、部屋は空いてるのか? さっき部屋の空きは少ないと言っていたようだが」
そう返した俺に、ウルスさんは少し不満そうな顔をした。
「何を言ってんだい! 甲竜街へ出かけるときに言っただろう。あんたたちの部屋は空けておくって。一度約束したことを違えるような肝っ玉の小さい月乃輪亭じゃないよ。いつあんたたちが帰ってきてもいいように掃除や換気はもちろん、布団も干しておいたからね。場所は前使っていた部屋だよ。荷物を置いたらさっさと風呂にでも行って、旅の汗と埃を洗い流しといで。その間に、旦那に言って美味い夕食を用意させとくからね♪」
そう言うと、ウルスさんは俺と紫慧を以前宿泊していた部屋へ促した。だが俺はそれに待ったをかけた。
「ウルスさんちょっと待った! 実は厄介になりたいのは、俺たちだけじゃないんだよ」
と、後ろに控えていた天都とタロスを指差した。指し示されてようやく俺たちの背後にいた二人に気が付いたウルスさんは、少々バツが悪そうだった。
「おや! これは申し訳ないことをしたねえ。こちらの妖鼠人族のお嬢さんと単眼巨人族のあにいさんは驍廣の連れかい?」
「ああ。甲竜街で披露した俺たちの鍛冶の腕を見て、弟子にと押しかけてきたんだ。一応スミス爺さんにも許可をもらったから、これから一緒に翼竜街で鍛冶仕事をすることになりそうなんだ。すまないが、この二人の部屋も頼めるだろうか?」
すると、ウルスさんは顔を顰めた。
「う~ん。困ったねえ、空いてる部屋がほとんどないんだよ。一部屋だったらあるんだけど、いくら小柄な妖鼠人族だとは言っても、単眼巨人族のしかも異性と同じ部屋にってわけにもいかないだろうしねぇ。強いてあげればリリスの部屋だけど、あの部屋にはリリスの荷物が置いてあるから……って、そう言えばリリスはどうしたんだい? 確か、あの子の故郷に寄るって言ってたろ。あの子には会えたのかい?」
荷物を残したまま豊樹の郷へ帰ったリリスのことを思い出したのか、ウルスさんは俺に詰め寄ってきた。俺は彼女の剣幕にたじろいだ。そんな俺に助け舟を出したのは、それまで静かに俺とウルスさんのやり取りを見つめていた紫慧だった。
「リリスは元気にしてるよ。もうそろそろアリアの養父母を連れて、甲竜街から豊樹の郷に向かう頃じゃないかなあ。きっと郷に着いたら、婚儀の準備に追われることになると思うから、荷物を取りにくるのはもう少しかかると思うよ♪」
あっけらかんと爆弾を投下する紫慧に、ウルスさんは目を白黒させた。
「婚儀? あのリリスが結婚するってのかい⁉」
驚きの声が月乃輪亭中に響き渡り、給仕に戻っていたルナールさんと片手鍋を持ったオルソさんが再び食堂から飛び出してくるという騒ぎを巻き起こすこととなった。
「は~、なるほどね。豊樹の郷でそんなことが」
ルナールさんとオルソさんを宥めて食堂に戻ってもらい、豊樹の郷でのこととリリスとルークスの結婚について軽く説明をすると、ウルスさんは感慨深げに大きな溜息を一つ吐いた。
「この宿に泊まるお客、特に若い子たちは、わたしら夫婦にとっちゃ子供のようなものだからね。そんな中でも、リリスは長らくこの宿にいたから、その思いもひとしおさ。驍廣たちも知っているだろうけど、よくギルドの仕事でイライラが溜まると食堂で酔い潰れて、わたしが担いで部屋まで連れていって寝かせたもんさ。そんな一番手がかかったあの子が、郷の幼馴染と結婚かい……そうなると、リリスの部屋はもう片付けた方がいいかもしれないね。いつ帰ってきてもいいように荷物もそのままにしておいたけど、もし翼竜街に来るとしたって、今度は幼馴染の旦那と一緒だろ。今までの一人部屋にってわけにはいかないからね」
ウルスさんは少し考える素振りをしたかと思うと、パンと手を叩いた。
「そういうことなら、そっちの妖鼠人族のお嬢ちゃん。え~と、なんて言ったかね」
天都の方を見ながら訊ねるウルスさんに、天都は慌てて自分の名前を告げた。
「天都です。目占天都!」
「天都ちゃんね。あんた、リリスが使った部屋でもいいなら泊まるといいよ。そうすれば、単眼巨人族のあにいさんともども家の宿に泊まれるよ。どうするね? もちろん、リリスが使った部屋も掃除はしてあるし、布団もちゃんと洗ってあるから、荷物さえ片付ければ何の問題もないからね」
この提案に、天都は満面の笑みを浮かべた。
「はい! ありがとうございます。そうさせていただければ嬉しいです♪ よかった。タウロ、これで翼竜街での寝床が確保できたから、後は津田殿のもとで鍛冶の腕を磨くことに集中できる!」
天都はタウロと手を打ち合わせて、喜びとともにやる気を漲らせた。
「はいはい! 宿の玄関先ではしゃぐのはそのくらいにして、スミス爺さんのところに顔を出してきたんなら、どうせウチの食堂で宴会なんだろ。旦那に言って、美味しい夕食をたらふく用意しておいてあげるから、部屋に荷物を置いてさっさと公衆浴場で旅の埃と垢を落としといで!」
ウルスさんはそう言って、オルソさんのいる食堂へと姿を消した。そんな彼女に呆気にとられていると、食堂の方から再び声が飛んできた。
「何を愚図愚図してるんだい! さっさと行っといで! それから、アルディリアもちゃんと連れてくんだよ! あの娘のことだ、どうせ報告があるとか何とか言って、ギルドに向かったんだろ。報告なんて明日でもいいのに、本当に融通が利かない娘だよ、まったく。いいかい、必ずアルディリアも風呂に入れて、宴会に連れてくるんだよ!」
その声に急き立てられ、俺たちは自分の部屋に荷物を放り込み着替えを持つと、ギルドへ駆け出した。
夜の帳が下り、周りの商家や住居から零れる温かい光が照らす通りを抜けてギルドへ向かう。そこは旅立った頃と変わらず煌々と明かりが灯され、中で動く人の喧騒が通りまで漏れてきていた。
いつものように開け放たれている扉を潜ると、魔獣を仕留めた討伐者や冒険者、今日の仕事を切り上げて様々な製品を手に職人や商人などが、各々が目的とするギルド窓口に並び、自分の順番を待っていた。
そんな中、窓口では一番奥にある討伐者窓口、そのそばにあるギルドの奥へと繋がる扉の前から、間延びした懐かしい声が聞こえてきた。
「分かりましたぁ。甲竜街から訪れた鍛冶師二人分の宿泊場所ですねぇ。大丈夫、いざとなったらギルド内の宿泊所が使えますからぁ。アルディリアは旅から帰ってきたばかりなのですから、今日くらいはゆっくり休んでぇ、詳しい報告は明日改めてでいいですからぁ!」
「いや、宿泊場所の確保もそうだが、スミス翁の鍛冶場に、驍廣たちの他にさらに二人も鍛冶師が集うことになると、手狭になり仕事にも支障が出る。そのために今日中に打開策をだな……」
「二人とも、ここでそういう言い争いはやめてもらえないだろうか? するのであれば、奥に入って人目の付かないところでだなあ……」
「総支配人は口を出さないでもらえますか! アルディリア、あなたの言いたいことも分かりますぅ。ですがぁ、いくら驍廣さんが働き者さんだからって、旅から帰ってきた翌日から鍛冶仕事なんてしないでしょ。というよりも、明日はギルドに来てもらいたいのでぇ、ちゃんと伝えておいてください! ちょっと確認したいことがあるんですからぁ」
「フェレース! 驍をわざわざギルドに呼んで聞くことなどないだろう。旅での出来事は、ワタシが報告すると言っているのだから……」
何やら揉めているアルディリアとフェレースの声。そして、二人を仲裁しようとしたものの、取りつく島もなく所在なさげなギルド総支配人翔延李の声だった。
長身のアルディリアと小柄なフェレースが顔を突き合わせて睨み合い、二人の間で立派な体躯を誇る延李がオロオロしている。そんな様子を思い浮かべて、俺と紫慧は苦笑する。そして、戸惑いを隠せない天都たちを引き連れて近づいていった。
「アリア!」
「ひゃい! ……驍⁉ いきなり背後から声をかけて驚かすなんて、酷いではないか!」
可愛い声を上げたのが恥ずかしかったのか、少し頬を赤くして怒った表情で抗議してくるアルディリアを宥めつつ、
「延李殿、フェレース、甲竜街から戻ってきたよ」
と、俺が帰還の報告をすると、延李は取り繕うように慌てて表情を引き締めた。
「驍廣殿、紫慧殿、よく戻ってきた、道中大変な目に遭ったようだな。旅の話を聞きたいところだが、街に着いたばかりで疲れていることだろう。今日はゆっくり休んで、明日改めて話を聞かせて欲しい。アルディリアも今日は休め。明日、驍廣殿らとともに報告するように、いいな!」
そう告げると、フェレースを促してそそくさとギルドの奥へと姿を消した。が――
「すまぬ! 驍廣殿、甲竜街からのお客人の宿だが、取れないときにはギルドの宿泊所をお貸しする。職員に申し出てもらえればすぐに案内できるように手配をしておく。貴殿からお伝えしてくれ」
一度姿を消した扉から顔だけ出し、それだけを言って顔を引っ込めるという、なんとも締まらない総支配人に、アルディリアは力が抜けたのか、肩を落とした。俺と紫慧は、ギルドに入って何度目かの苦笑を浮かべることとなった。
そう告げて、周りに気付かれないように軽く頭を下げると、衛兵は元いた位置に戻り、改めて、他の街門を通る者に対してと同じく「翼竜街にようこそ!」と告げた。
衛兵の粋な計らいと安劉の気遣いを照れ臭く思いつつも、俺たちは笑みを返し、門を潜った。
街門から続く天竜通りは、凱旋した安劉たちの勇姿を我がことのように喜び、祝杯を挙げる者で溢れかえっていた。
随分と酒を酌み交わしているのだろう、赤ら顔の者が多いが、その顔はどれもにこやかな笑みを湛えていた。彼らの様子を見ながら通りを歩き、俺たちはスミス爺さんの鍛冶場へと向かった。
本心を言えば、色々と厄介事に巻き込まれ、ようやく帰り着いたのだから、さっさと旅装を解き、公衆浴場に行ってゆっくりと風呂に浸かり、旅の垢を落としたいところだった。だが、翼竜街への帰還を、師匠であるスミス爺さんに知らせないわけにはいかないし、ダッハートから預かることとなった天都とタウロのことも話しておきたかった。
「ニャ~、斡利ぃ、それに驍廣さんも、甲竜街から帰ってきたのニャァ~⁉ 凛さ~ん、斡利が帰ってきたニャ~ァ!」
天竜通りから脇道に入り、職人街を通り抜ける途中、斡利の実家である曽呂利拵え工房に近づいたとき、工房から傑利がタイミングよく顔を出して声を上げた。その途端、工房の中からものが落ちる音が響いたかと思うと、ものすごい勢いで斡利の母親である凛さんが飛び出してきた。
「斡利~! 斡利、無事なんだね? よかった、甲竜街と天樹国が戦になったと聞いて、心配していたのよ。斡利~~‼」
斡利を見つけるなり、目に涙を溜めつつも、笑顔で息子を抱きしめる凛さん。斡利は少し恥ずかしそうだったが、
「ただいま帰りましたニャ、お袋様。確かに甲竜街は天樹国と戦をすることになりましたが、見ての通り、怪我一つしていないニャ。大丈夫ニャ!」
と、凛さんに返した。二人の姿に傑利は満足そうに何度か頷き、俺の方に歩み寄る。
「改めて驍廣さん、紫慧さん、アルディリアさん、お帰りなさいニャ。詳しいことは聞いていないのニャが、大変だったようだニャ。なんにしろ皆無事に帰ってきてよかったニャ。旅姿のままということは、これからスミス翁のところに行くのニャ。きっと顔を見せたらスミス翁も喜ぶニャ!」
そう言うと、息子の手を離そうとしない凛さんも連れて、スミス爺さんの鍛冶場へと歩き出した。
途中、アルディリアの姿を見つけた職人街の住人たちからも「お帰り!」の声をかけられつつ、奥にある鍛冶場に近づくと、金属鋼を打つ鎚の音とともに、懐かしい銅鑼声が聞こえてきた。
「テル! 何をやっておるのじゃ、打点を外しおって。驍廣や紫慧がいないからと腑抜けておるではないぞ‼」
「そ、そんな! そんなことはありません、たまたま今手が滑っただけで……。今日は安劉様が騎獣団を率いて凱旋したんですよ、街じゃお祭り騒ぎだっていうのに……そろそろ仕事を切り上げて、僕たちも祝杯を挙げに行きませんか? お腹も空いてきたことですし……」
そんな泣きを入れる若い声が、鍛冶場の外まで漏れてきた。俺と紫慧は、その懐かしい声に表情を緩めると、少し小走りに鍛冶場に駆け寄る。
「「スミス爺さん(お爺さん)! テル(君)! ただいま‼」」
声を上げると同時に、俺たちは勢いよく扉を開けて中に飛び込む。それに驚いて大金鎚を振り上げたまま硬直したテルミーズと、同じく一つ目を大きく見開き俺と紫慧を見つめるスミス爺さん。
と、次の瞬間、二人は金鎚を持ったまま、俺たちに抱きついてきた。
「驍廣! 紫慧! よう戻ったぁ‼ アルディリアも、そして斡利も元気そうで何よりじゃ」
「驍廣さん、紫慧さん、お帰りなさい!」
大きな声が鍛冶場に響き、続いて大きくゴツゴツとした職人の手が、俺と紫慧の背中を何度も叩いた。いつもの銅鑼声と、背中を叩く手の感触に、翼竜街に帰ってきたことを実感した……ものの結構痛かった。
アルディリアは、手荒い歓迎を受ける俺と紫慧に苦笑し、すぐに助け舟を出してくれた。
「スミス翁! 驍と紫慧が戻ってきて嬉しいのは分かりますが、そんなに背中を叩いては。見てください、二人とも顔を顰めているではありませんか!」
その言葉で、スミス爺さんもテルミーズも俺たちの様子に気が付いたようで、少しばつの悪そうな顔をした。しかし、嬉しさがこみ上げてくるのか、あっという間に満面の笑みを浮かべた。
この輪の中に曽呂利一家も加わり、しばし旅からの無事な帰還を喜び合っていると、鍛冶場の外からそっと中を覗き込む二つの影があった。
「津田殿、おいたちも中に入ってもよかですか?」
少し申し訳なさそうに大きな体を小さくして声をかけてくるタウロと、彼の背後から興味深そうにこちらを覗いている天都だった。俺は慌てて二人に声をかけた。
「ああ! すまない、中に入ってくれ。スミス爺さんに紹介しないといけないからな」
「それじゃ、お邪魔します」
「入らせてもらうよ!」
おずおずと大きな体を縮めて入ってくるタウロと、好奇心全開で元気よく飛び込んでくる天都。と、二人の姿を見たテルミーズが声を上げた。
「タロスさん! ゲッ、天都」
その反応に噛みついた天都。
「何が『ゲッ、天都』よ! 先輩に対してなんなのその態度は――ウゴウゴウゴ……」
食ってかかる天都を、慌てて羽交い締めにしながら口を塞いだタウロは、テルミーズに優しげな苦笑を浮かべた。
「テルミーズ、久しぶりだのぉ元気で何よりだ。じゃっどん、先輩に対してその反応はよくなか。天都もいちいち食ってかかるな」
テルミーズとの再会を喜びつつも、天都に対する態度を注意するタウロ。そんな彼の腕の中で天都はジタバタと暴れて拘束から逃れようとするものの、二人には幼児と大人ほどの体格差があるため、いくら暴れようともどうにもならない。やがて天都は諦めて、タロスの腕の中でダラリと力を抜いて身を預け、不貞腐れた。
「……驍廣、なんじゃこの者たちは。テルミーズと知り合いなのか?」
挨拶もしないうちに騒ぐテルミーズとタウロたちのやり取りを見ていたスミス爺さんは、静かになるのを見計らって、少し呆れたように苦笑した。
俺も、顔をあわせた途端の出来事にどうしたものかと言葉に詰まっていると、俺に代わってタウロが口を開いた。
「スミス・シュミート殿でごわすな。お初にお目にかかりもす。おいは甲竜街で鍛冶工房を開くダッハート・ヴェヒター様に師事し修業させていただいております、タロス・エレロと申す者でごわす。そして、おいに拘束されておるコヤツは、おいと同じくダッハート様の工房で修業をしていた目占天都という者でごわす。羅漢獣王国の出身で、ダッハート様の噂を聞いて、どうしても鍛冶師として一人前になり、故郷に錦を飾りたいと、弟子入りを志願した者でごわす」
「ほ~。お師匠の工房で修業か、では儂らは同門ということじゃな。それで、テルミーズとも顔見知りというわけか、なるほどのぉ。して、その二人が何ゆえ驍廣とともに翼竜街に来たのじゃ?」
タウロの挨拶に、スミス爺さんは嬉しそうにしながらも、修業中の者が師匠のもとを離れた理由を問い質した。
「実は、甲竜街で津田殿の鍛冶の業前を目の当たりにしたのでごわす。津田殿と紫慧殿が、おいたち甲竜街の鍛冶師が見ている中、瞬く間に擁彗様と墨擢様の武具を鍛え上げたのでごわす。その業の見事だったこと! おいたちは感嘆し、その腕前に魅了されもした。そして、是非とも津田殿の業を己のものにしたいと切望したのでごわす。しかし、津田殿は甲竜街の御人ではなく、翼竜街のスミス翁の鍛冶場の御方。『鍛冶の業前を甲竜街の鍛冶師の前で披露』し終えたら、翼竜街に戻られると聞き、おいと天都は甲竜街を離れても津田殿に師事したいとダッハート様に願い出たでごわす。ダッハート様も『できるならば、ご自身が翼竜街に赴きご教授いただきたいところなれど、天樹国との戦が終わったばかりの甲竜街を留守にするわけにはいかない。おいたちのことを津田殿にお願いし、おいたちは業をご教授いただき甲竜街に持ち帰るように!』と送り出していただいたのでごわす。スミス殿は津田殿のお師匠に当たるとお聞きしもした。ならばご挨拶とともに津田殿に師事するお許しをいただければと。なにとぞよろしく願いいたしもす」
そう言うと、タウロはもちろん、テルミーズ相手に暴れようとしていた天都まで神妙な顔つきで、スミス爺さんに深々と頭を下げた。そんな二人の姿に、スミス爺さんは戸惑い、頭を下げたままの二人にどう声をかけたらいいのか判断に迷い、俺をギョロリと睨みつけた。
「どういうことなんじゃ? 説明せい、驍廣!」
「いや、説明も何も、今タウロが言っただろ。ダッハート殿に二人を頼むと押しつけられたんだよ。それにアルディリアからも、二人を預かった方がいいって……」
俺がアルディリアに話を振ると、彼女は待ってましたとばかりに、一歩前に出た。
「スミス翁、不幸なことに勃発してしまった甲竜街と天樹国との争い。その際に安劉様と麗華嬢、さらに擁彗様に墨擢様と武威をお示しになられた方々が手にしていた武具の多くが、驍が鍛えたものでした。ゆえに、甲竜街へ勝ちを引き寄せたのは驍の武具だったと見る者もおります。一方、敗走した天樹国の者たちが用いた武具や防具は、全てが響鎚の郷で鍛えられたものでした。あの戦いの最中、脆くも砕け散る響鎚の郷の武具や防具を目の当たりにした妖精族は少なくありません。自分たち天樹国軍が敗走した原因の一端は響鎚の郷の武具や防具にある! そう考える者も多いはず。これから先、響鎚の郷ではなく驍の武具を求める者は必ず多くなります。ですが……」
「驍廣といえども、一人では求めに応じられるほどの武具を鍛えることなど不可能。少しでも驍廣の業を知る鍛冶師を増やさねばならん、ということか」
呆れた様子のスミス爺さんに、アルディリアは大きく頷いた。
「ええ⁉ それじゃタロスさんとこの天都も、この鍛冶場で一緒に仕事をするってことですか? でもそれじゃ、甲竜街のダッハート様の工房は人手が足らなくなるんじゃ……まさか、二人と入れ替わりに、僕が甲竜街に戻るってことですか? お払い箱になるってことですか⁉」
半泣き状態で声を上げたテルミーズ。そんな彼を、スミス爺さんは一瞥してから考える素振りを見せると、どこか意地の悪い表情を浮かべ――
「おお! テルの言う通り、それはいいかもしれんのぉ。驍廣と紫慧ちゃんが甲竜街に向けて街を発ってからというもの、鍛冶仕事に対して真剣みが足らぬように感じていたからのぉ。一度甲竜街に戻り、ダッハート様に叱咤してもらった方がいいかもしれん」
などと言うものだから、テルミーズは顔を真っ青にしてポロポロと涙を溢し、スミス爺さんの足に縋りついた。
「そんなこと言わないでください。僕は僕なりに鍛冶仕事と向き合っています。真剣みが足らないと言われるなら、言われないように取り組みますから、お願いします、スミス翁~!」
泣いて縋りつくテルミーズに、スミス爺さんは困った顔をした後で破顔し、テルミーズがつけているお揃いの革製前掛けの紐をムンズと掴むと、顔が同じ高さに来るように持ち上げた。
「今の言葉、忘れるでないぞ。もし、忘れて腑抜けた仕事をしようものなら、容赦なく甲竜街へ追い返すからのぉ」
そう諭すと、テルミーズを足元に降ろし、改めてタウロと天都へと視線を向けた。
「さて、タロス・エレロに目占天都だったのぉ、目占? はて、どこかで聞いたことのある姓じゃが……まあいい。甲竜街から遠路ご苦労じゃ。じゃが、儂の鍛冶場は見ての通り炉が一つしかないのでのぉ。わざわざ来てもらったのじゃが、お主らも一緒に仕事を、というわけにもいかん。驍廣たちのおかげで、燃え尽きそうだった儂の鍛冶師としての本能に再び火がつき、このところ精力的に仕事をこなしてきて、ようやく若かりし頃の体のキレが戻ってきたところなのじゃ。甲竜街から驍廣たちが帰ってきたら、テルと四人で賑やかに切磋琢磨しようと思っていたのでなあ。そこにさらに二人増えるとなると、どうしたものか……」
スミス爺さんは、困ったように顔を顰めた。
「スミス翁、僭越ではありますが、その件に関しまして、ワタシに腹案があります。ですが、この案を話す前に、ギルドなどに諸々の確認を取る必要があるのです。それが終わるまで、軽々に口にすることは憚られます。本日は驍をはじめ甲竜街に向かった者たちの帰街と、驍を慕って甲竜街から同道した鍛冶師の顔見せということで、この場は収めていただけぬでしょうか」
苦り顔のスミス爺さんに対して、アルディリアが声を上げた。爺さんは彼女をジロリと見つめた後、鍛冶場に集まった者たちを一通り見回し、頬を緩めた。
「そうじゃな、お主らの顔を見て嬉しくなり、ついつい長話をしてしまったが、その様子を見れば街に戻ったその足で訪ねてきてくれたようじゃ。分かった、アルディリアに何か考えがあるというなら任すとしよう。驍廣、紫慧とともに月乃輪亭へ行って旅装を解き、風呂で旅の垢を流してくるがよい。その後、甲竜街への旅がどのようなものであったか聞くとしよう。もちろん酒とともにのぉ♪」
そう言うと、俺たちを鍛冶場の外に出し、笑みを浮かべてテルミーズに鍛冶場の片付けを命じた。そんなスミス爺さんに呆気にとられるタウロや天都を見て、俺や紫慧のようにスミス爺さんのことをよく知る者たちは、笑いながら鍛冶場を後にした。
宿に向かう途中で、曽呂利一家と月乃輪亭での集合を約束し、またアルディリアもギルドに翼竜街帰還の報告に行かねばならないと、一旦別れることになった。
「驍、スミス翁にも告げたが、ダッハート様から話を持ちかけられたときから考えていたことがあるのだ。しかし、ワタシの一存では決められない話なのだ。諸々の雑事が発生することでもあるし、総支配人の翔延李様にも事前に話を通しておく必要がある。十中八九ご承諾いただけると思うが、ぬか喜びをさせては申し訳ない。しばしワタシに任せてほしい」
そう告げて、アルディリアは颯爽とギルドへと去っていった。その後ろ姿は相変わらず凛としていて、天都が思わず『カ、カッコいい……』と呟くほどだった。俺と紫慧はクスリと笑い、アルディリアに見蕩れる天都を促し、月乃輪亭に急いだ。
「ごめんください、誰かいませんかあ!」
併設されている食堂で夕餉の接客に忙しいのか、月乃輪亭宿屋の受付には誰もいなかった。そこで、食堂まで届くように少し大きめの声で呼びかけると、すぐに返事があった。
「は~い、ちょっとお待ちくださいねぇ~」
元気な声とともにパタパタと足音を響かせて顔を見せたのは、狐人族のルナールさんだった。
「はい、お待たせしましたぁ。ご宿泊で……驍廣くんに紫慧ちゃんじゃないのぉ! 女将さ~ん、旦那さ~ん‼」
ルナールさんは俺と紫慧の顔を見た途端、目を大きく見開いて大慌てで食堂へと取って返した。
「なんだい大きな声を上げて、泊まり客かい? 部屋の空きはあまりないんだ、あたしらに確認を取るほどのことでもないだろうに。団体のお客さんかい、申し訳ないねえ。部屋の空きがほとんどないんだよ、悪いんだけど別の宿に……って、驍廣に紫慧ちゃん⁉ 街に帰ってきたのかい‼」
ルナールさんに呼ばれて、洗い物でもしていたのか、濡れた手を前掛けで拭きながら食堂から姿を現したウルスさん。彼女は俺と紫慧を見た途端、驚きつつも笑みを浮かべて両の手を大きく広げると、俺と紫慧を纏めて抱きしめて、食堂の方に向かって大声を上げた。
「アンタ! 驍廣と紫慧ちゃんだよ! 驍廣と紫慧ちゃんが帰ってきたよぉ‼」
ウルスさんの大声が月乃輪亭中に響き渡り、間を置かずに食堂から姿を見せたのは、料理の最中に呼ばれて慌てたのだろう、俺が鍛えた包丁を持ったままのオルソさんだった。
「驍廣さん! 紫慧ちゃん‼」
オルソさんは俺たちの名を呼ぶと、ウルスさんに抱きしめられて身動きの取れない俺たちに突進してきて、包丁を持ったままウルスさんごと抱きつこうとしてきた。
そんなオルソさんに、俺は慌てて制止の声を上げた。
「オ、オルソさん! 包丁、包丁。危ないぃ‼」
「二人ともよく戻ってきたねぇ。怪我もないようだしよかったよ。突然、ご領主様が騎獣団を率いて翼竜街を発ち、何が起こったのかとご近所の人たちと話してたら、すぐにギルド総支配人の翔延李様から甲竜街に天樹国が侵攻してきたんで、その援軍に出陣されたと聞かされてねえ。ご領主様のお言いつけで甲竜街に向かったあんたたちも戦に巻き込まれてやしないかって心配してたんだ。でも、こうして二人の無事な姿を見られて、本当によかったよ」
包丁を持ったまま抱きつこうとしたオルソさんを何とか押し止め、ようやく落ち着きを取り戻した月乃輪亭の方々。すると、ウルスさんは何事もなかったように、俺たちの無事を喜んでくれた。
「その恰好を見ると、今さっき街に着いたところのようだね。顔を見せてくれたってことは、またウチの宿を使ってくれるんだろ?」
ニコニコと恵比須顔で訊ねてくるウルスさんに、紫慧は満面の笑み浮かべ、俺は苦笑した。
「ああ、先にスミス爺さんのところに顔を出したから、宿を取るには遅い時間になったが、部屋が空いているなら是非お願いしたい。ただ、部屋は空いてるのか? さっき部屋の空きは少ないと言っていたようだが」
そう返した俺に、ウルスさんは少し不満そうな顔をした。
「何を言ってんだい! 甲竜街へ出かけるときに言っただろう。あんたたちの部屋は空けておくって。一度約束したことを違えるような肝っ玉の小さい月乃輪亭じゃないよ。いつあんたたちが帰ってきてもいいように掃除や換気はもちろん、布団も干しておいたからね。場所は前使っていた部屋だよ。荷物を置いたらさっさと風呂にでも行って、旅の汗と埃を洗い流しといで。その間に、旦那に言って美味い夕食を用意させとくからね♪」
そう言うと、ウルスさんは俺と紫慧を以前宿泊していた部屋へ促した。だが俺はそれに待ったをかけた。
「ウルスさんちょっと待った! 実は厄介になりたいのは、俺たちだけじゃないんだよ」
と、後ろに控えていた天都とタロスを指差した。指し示されてようやく俺たちの背後にいた二人に気が付いたウルスさんは、少々バツが悪そうだった。
「おや! これは申し訳ないことをしたねえ。こちらの妖鼠人族のお嬢さんと単眼巨人族のあにいさんは驍廣の連れかい?」
「ああ。甲竜街で披露した俺たちの鍛冶の腕を見て、弟子にと押しかけてきたんだ。一応スミス爺さんにも許可をもらったから、これから一緒に翼竜街で鍛冶仕事をすることになりそうなんだ。すまないが、この二人の部屋も頼めるだろうか?」
すると、ウルスさんは顔を顰めた。
「う~ん。困ったねえ、空いてる部屋がほとんどないんだよ。一部屋だったらあるんだけど、いくら小柄な妖鼠人族だとは言っても、単眼巨人族のしかも異性と同じ部屋にってわけにもいかないだろうしねぇ。強いてあげればリリスの部屋だけど、あの部屋にはリリスの荷物が置いてあるから……って、そう言えばリリスはどうしたんだい? 確か、あの子の故郷に寄るって言ってたろ。あの子には会えたのかい?」
荷物を残したまま豊樹の郷へ帰ったリリスのことを思い出したのか、ウルスさんは俺に詰め寄ってきた。俺は彼女の剣幕にたじろいだ。そんな俺に助け舟を出したのは、それまで静かに俺とウルスさんのやり取りを見つめていた紫慧だった。
「リリスは元気にしてるよ。もうそろそろアリアの養父母を連れて、甲竜街から豊樹の郷に向かう頃じゃないかなあ。きっと郷に着いたら、婚儀の準備に追われることになると思うから、荷物を取りにくるのはもう少しかかると思うよ♪」
あっけらかんと爆弾を投下する紫慧に、ウルスさんは目を白黒させた。
「婚儀? あのリリスが結婚するってのかい⁉」
驚きの声が月乃輪亭中に響き渡り、給仕に戻っていたルナールさんと片手鍋を持ったオルソさんが再び食堂から飛び出してくるという騒ぎを巻き起こすこととなった。
「は~、なるほどね。豊樹の郷でそんなことが」
ルナールさんとオルソさんを宥めて食堂に戻ってもらい、豊樹の郷でのこととリリスとルークスの結婚について軽く説明をすると、ウルスさんは感慨深げに大きな溜息を一つ吐いた。
「この宿に泊まるお客、特に若い子たちは、わたしら夫婦にとっちゃ子供のようなものだからね。そんな中でも、リリスは長らくこの宿にいたから、その思いもひとしおさ。驍廣たちも知っているだろうけど、よくギルドの仕事でイライラが溜まると食堂で酔い潰れて、わたしが担いで部屋まで連れていって寝かせたもんさ。そんな一番手がかかったあの子が、郷の幼馴染と結婚かい……そうなると、リリスの部屋はもう片付けた方がいいかもしれないね。いつ帰ってきてもいいように荷物もそのままにしておいたけど、もし翼竜街に来るとしたって、今度は幼馴染の旦那と一緒だろ。今までの一人部屋にってわけにはいかないからね」
ウルスさんは少し考える素振りをしたかと思うと、パンと手を叩いた。
「そういうことなら、そっちの妖鼠人族のお嬢ちゃん。え~と、なんて言ったかね」
天都の方を見ながら訊ねるウルスさんに、天都は慌てて自分の名前を告げた。
「天都です。目占天都!」
「天都ちゃんね。あんた、リリスが使った部屋でもいいなら泊まるといいよ。そうすれば、単眼巨人族のあにいさんともども家の宿に泊まれるよ。どうするね? もちろん、リリスが使った部屋も掃除はしてあるし、布団もちゃんと洗ってあるから、荷物さえ片付ければ何の問題もないからね」
この提案に、天都は満面の笑みを浮かべた。
「はい! ありがとうございます。そうさせていただければ嬉しいです♪ よかった。タウロ、これで翼竜街での寝床が確保できたから、後は津田殿のもとで鍛冶の腕を磨くことに集中できる!」
天都はタウロと手を打ち合わせて、喜びとともにやる気を漲らせた。
「はいはい! 宿の玄関先ではしゃぐのはそのくらいにして、スミス爺さんのところに顔を出してきたんなら、どうせウチの食堂で宴会なんだろ。旦那に言って、美味しい夕食をたらふく用意しておいてあげるから、部屋に荷物を置いてさっさと公衆浴場で旅の埃と垢を落としといで!」
ウルスさんはそう言って、オルソさんのいる食堂へと姿を消した。そんな彼女に呆気にとられていると、食堂の方から再び声が飛んできた。
「何を愚図愚図してるんだい! さっさと行っといで! それから、アルディリアもちゃんと連れてくんだよ! あの娘のことだ、どうせ報告があるとか何とか言って、ギルドに向かったんだろ。報告なんて明日でもいいのに、本当に融通が利かない娘だよ、まったく。いいかい、必ずアルディリアも風呂に入れて、宴会に連れてくるんだよ!」
その声に急き立てられ、俺たちは自分の部屋に荷物を放り込み着替えを持つと、ギルドへ駆け出した。
夜の帳が下り、周りの商家や住居から零れる温かい光が照らす通りを抜けてギルドへ向かう。そこは旅立った頃と変わらず煌々と明かりが灯され、中で動く人の喧騒が通りまで漏れてきていた。
いつものように開け放たれている扉を潜ると、魔獣を仕留めた討伐者や冒険者、今日の仕事を切り上げて様々な製品を手に職人や商人などが、各々が目的とするギルド窓口に並び、自分の順番を待っていた。
そんな中、窓口では一番奥にある討伐者窓口、そのそばにあるギルドの奥へと繋がる扉の前から、間延びした懐かしい声が聞こえてきた。
「分かりましたぁ。甲竜街から訪れた鍛冶師二人分の宿泊場所ですねぇ。大丈夫、いざとなったらギルド内の宿泊所が使えますからぁ。アルディリアは旅から帰ってきたばかりなのですから、今日くらいはゆっくり休んでぇ、詳しい報告は明日改めてでいいですからぁ!」
「いや、宿泊場所の確保もそうだが、スミス翁の鍛冶場に、驍廣たちの他にさらに二人も鍛冶師が集うことになると、手狭になり仕事にも支障が出る。そのために今日中に打開策をだな……」
「二人とも、ここでそういう言い争いはやめてもらえないだろうか? するのであれば、奥に入って人目の付かないところでだなあ……」
「総支配人は口を出さないでもらえますか! アルディリア、あなたの言いたいことも分かりますぅ。ですがぁ、いくら驍廣さんが働き者さんだからって、旅から帰ってきた翌日から鍛冶仕事なんてしないでしょ。というよりも、明日はギルドに来てもらいたいのでぇ、ちゃんと伝えておいてください! ちょっと確認したいことがあるんですからぁ」
「フェレース! 驍をわざわざギルドに呼んで聞くことなどないだろう。旅での出来事は、ワタシが報告すると言っているのだから……」
何やら揉めているアルディリアとフェレースの声。そして、二人を仲裁しようとしたものの、取りつく島もなく所在なさげなギルド総支配人翔延李の声だった。
長身のアルディリアと小柄なフェレースが顔を突き合わせて睨み合い、二人の間で立派な体躯を誇る延李がオロオロしている。そんな様子を思い浮かべて、俺と紫慧は苦笑する。そして、戸惑いを隠せない天都たちを引き連れて近づいていった。
「アリア!」
「ひゃい! ……驍⁉ いきなり背後から声をかけて驚かすなんて、酷いではないか!」
可愛い声を上げたのが恥ずかしかったのか、少し頬を赤くして怒った表情で抗議してくるアルディリアを宥めつつ、
「延李殿、フェレース、甲竜街から戻ってきたよ」
と、俺が帰還の報告をすると、延李は取り繕うように慌てて表情を引き締めた。
「驍廣殿、紫慧殿、よく戻ってきた、道中大変な目に遭ったようだな。旅の話を聞きたいところだが、街に着いたばかりで疲れていることだろう。今日はゆっくり休んで、明日改めて話を聞かせて欲しい。アルディリアも今日は休め。明日、驍廣殿らとともに報告するように、いいな!」
そう告げると、フェレースを促してそそくさとギルドの奥へと姿を消した。が――
「すまぬ! 驍廣殿、甲竜街からのお客人の宿だが、取れないときにはギルドの宿泊所をお貸しする。職員に申し出てもらえればすぐに案内できるように手配をしておく。貴殿からお伝えしてくれ」
一度姿を消した扉から顔だけ出し、それだけを言って顔を引っ込めるという、なんとも締まらない総支配人に、アルディリアは力が抜けたのか、肩を落とした。俺と紫慧は、ギルドに入って何度目かの苦笑を浮かべることとなった。
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