鍛冶師ですが何か!

泣き虫黒鬼

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11巻

11-2

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「リヒャルトよ、そう言うな。彼奴ラクリアはその道の玄人プロじゃ。お主たちのように、人間どもと直接対峙し、彼らの魔術の恐ろしさを肌で感じることがなかった者たちに、女狐ラクリアの術を看破せよと言ったところで、それは酷というものじゃ。しかも、お主たちの豊樹の郷は輪状山脈外周に位置し、彼奴きゃつのいた輝樹の郷からは遠く、接触することもごく限られておった。そうでなければ、いくらお主たちでも女狐の術に操られておったやもしれぬぞ。なにせ彼奴きゃつ狂信者クレールスどもの枢機卿すうききょうの一人じゃからな」

 リヒャルトの発言を補足するように発した黒子虎の言葉に、族長たちは愕然がくぜんとする。
狂信者クレールスの枢機卿』とは、人間の国で最も人間を賛美し、人間による他種族の支配をかかげる宗教国家『聖職者の国クレールス・ナルシオン』を主導する最高権威――『教皇』を支える者たちの階位名だったからだ。
 これまで『聖職者の国』は妖人族の国『妖魔の聖域ネダイラ・カダフィデオ』に対して『よこしまなる妖人族の抹殺まっさつ』を意図した『聖戦』を仕掛けていた。抵抗する妖人族は、今や山岳地帯に立てもり、地形を生かした遊撃ゲリラ戦を行う七部族を残すのみとなっていた。
 各種族は、次に狂信者たちの矛先ほこさきが向くのはどこの種族なのか気にしていた。にもかかわらず、その狂信者たちの枢機卿が何年も前に天樹国に潜り込み、中枢に深く食い込んでいたという。
 しかし、何年もの間『妖精至上主義』などという妄想に浸りきっていた各氏族の者たちは、黒子虎の言葉を認めることができなかった。

「なにを言うか! 我ら妖精族が人間の魔術に操られていたというのか⁉」
「そ、そのような馬鹿なことがあるはずがない! 獣が! 我らを愚弄ぐろうするな‼」

 口汚くののしる氏族長たちの姿に、リヒャルトは怒りの表情を浮かべたが、ののしられる黒子虎は歯牙にもかけぬ様子で、時折耳の後ろを後ろ足でいている。そんな姿にさらに激高げきこうし、円卓の中央で鎮座する黒子虎になぐりかかろうと、立ち上がる者まで現れた。
 それを見て、今まで息を殺していたヨゼフが、千載一遇せんざいいちぐうの好機が来たと、声を張り上げた。

「よく見れば、貴様は翼竜街から我が郷にやって来て、郷を混乱におとしいれた薄汚い亜人とともにいた不埒者ふらちものではないか! 貴様のようなやからの言葉が信じられるものか‼ リーリエ殿! なぜこの不埒者ふらちものを我ら妖精族の行く末を討議する場に入れたのだ。しかも、このような悪口雑言あっこうぞうごんなど許されぬこと。これは会合をもよおした貴殿の責だぞ‼」

 声高にリーリエの責任を問おうとするヨゼフの言葉が響き渡った。だが、その言葉に反応を示したのは、リーリエでもリヒャルトでもなく、ましてや黒子虎でもなかった。

「『薄汚い亜人』とは、どなたのことを指しているのですか?」

 一瞬にして会場の温度が氷点下に達したのではと思わせる寒気さむけが、妖精族たちの身に襲った。
 寒気さむけの発生源に目を向けた者は、思わず息をんだ。それまでフワフワの綿毛のごとく愛らしい姿だった樹光が、殺気をはらんだ眼光でヨゼフをにらみつけていたからだ。そして、当のヨゼフは心臓を鷲掴わしづかみにされたかのような強張こわばった表情を浮かべてガタガタと震えていたが、やがて立っていられなくなったのか椅子の上に崩れ落ち、ついには股間を濡らすこととなった。

「は~。あの悪女ラクリアにいいように手玉にとられていたとはいえ、ここまでの愚か者に堕落しているとは。これがかつて『精霊の友』と呼ばれた者たちの今の姿とは、なんと嘆かわしいことでしょう」

 樹光は大きな溜息ためいきとともに落胆の言葉を口にすると、それまで放出していた殺気を収める。リーリエをはじめ氏族長たちの多くは、寒気さむけやわらいだことに多少安堵あんどしたものの、心に刻みつけられた恐怖をすぐにぬぐい去ることはできず、樹光に畏怖いふの念を抱き、戦々恐々としていた。そんな中、それまで一言も発せずに会合の様子を眺めていた者が口を開いた。

樹光蛇竜シュグァンシェ゛アノン……光翼竜蛇様、そう落胆されることはないのではありませんか。そもそも今この場に妖精族の各氏族長が集まっているのは、ラクリアによってゆがめられた妖精族の行いを改め、『精霊の友』と呼ばれた本来の姿に立ち返るための第一歩なのですから」

 沈黙を破ったリヒャルトの言葉に驚く氏族長たち。そんな周囲の反応に構うことなく、続いて口を開いたのは黒子虎フウだった。

「そうじゃぞ、樹光よ。大体、あの女狐ラクリアの暗躍を許したおぬしがこの者たちを責めるなどおかしいじゃろうが。あまり無体なことをするというのなら、このこと、驍廣に話すがそれでもよいか? あやつのことじゃ、このことを知ったら、あまりいい顔はせぬじゃろうなあ」

 リヒャルトとフウにたしなめられた樹光は、自らの行いをかえりみて羞恥しゅうちを覚えたのか、体を萎縮いしゅくさせた。リヒャルトもフウも、これで騒ぎは収まり会合が続けられると気をゆるめた。しかし、周りの様子がおかしいことに気付き、樹光に向けていた視線を動かした二人の目に飛び込んできたのは、困惑する妖精族の顔だった。

「リ、リヒャルト様。今そちらの御方を『光翼竜蛇様』とお呼びになられましたか? それは、真のことにございますか……」

 震える声で問いただすリーリエと、答えを固唾かたずんで待つ氏族長たち。リヒャルトはいさめるためとはいえ不用意に名を呼んでしまった迂闊うかつさを恥じるも、これはこれで好都合だと頭を切り替えた。

「うむ。こちらにおわす御方こそ、天樹のいただきに居を構え、長年にわたり我ら妖精族を見守っておられた光翼竜蛇様……またの名を玄尊精君げんそんせいくんが一柱、樹光蛇竜様であらせられる。穢呪の病によって立ち枯れ、天樹が穢液アイエキへと倒木する間際、かたわらにおられるフウ様――雲嵐虎ユンランフウ様の説得により、天樹を離れて、穢呪の病がはらい清められたことで精霊たちが集い、緑あふれる地となった我が豊樹の郷にお越しになった」

 続けてリヒャルトに代わり、再び樹光が口を開いた。

「穢呪の病によって天樹が朽ち果てようとしたとき、わたくしも天樹とともにこの身を没する覚悟でおりました。そんなわたくしに雲嵐虎様は、このまま穢呪の病に没しその精を狂信者にもてあそばれていいのかと問われたのです。わたくしは、この身を永らえ、清浄なる地となった豊樹の郷に新たなる天樹を育てる道を選んだのです。此度こたびは、豊樹の郷に清湖の郷からの使者が訪れ、妖精族の長が一堂に会すると聞き、リヒャルト殿に無理を言ってこの地に足を向けました。勝手に推参し、集いを開くに尽力したリーリエ・クアーレとロンバルト・ゲッペルスには相すまぬ仕儀となりました。ただ、わたくしはこれより、豊樹の郷にて天樹をはぐくみながら妖精族の行く末を見守るつもりでおります。そのことを伝えておきたかったのです」

 この樹光の言葉に、氏族長たちは一斉に歓喜の声を上げた。
 天樹の倒木とともに姿を消したと思われた光翼竜蛇が健在であり、新たな天樹を育てながら妖精族を見守るという言葉を聞けたからだ。精神的支柱だった天樹を失い、これから妖精族は一体どうなるのかと不安を抱えていた。そんな彼らに、再び心の支えが戻ってきたことを意味していた。
 そして、このことで全てが決してしまった。
 元々、天樹国は天樹と光翼竜蛇をあがめるべく集まった妖精族が、各氏族間のもめごとなどの調整を行うため、便宜上『国』という形を取ったのが始まりだった。
 その中心である光翼竜蛇が新たな天樹の所在を豊樹の郷にすると決めたとなれば、豊樹の郷に住むダークエルフ氏族に対する先のいくさでのわだかまりなど、些細ささいなこととなる。つまり、ヨゼフたちが非難しようにもできない状況に一変していた。
 さらに、新たな天樹の苗床となる豊樹の郷の住人であるダークエルフ氏族こそがハイエルフ氏族に代わり妖精族の中心になることが相応ふさわしいと、話が進みそうになった。だが、これに待ったをかけたのは、当のリヒャルトだった。

「待て! それでは、我らがハイエルフ氏族に代わるだけの話ではないか。今はハイエルフ氏族の失態を教訓にすることができる。しかし時が経つにつれその思いは薄れ、同じ間違いを犯すかもしれぬ。それでは、天樹を失った悲しみを繰り返すだけとなる。今後は一つの氏族が中心になって妖精族をまとめていくのではなく、妖精族全体で物事を考え、決めていくべきではないだろうか? お集まりの氏族長の中には、此度こたびの諸々の出来事はハイエルフ氏族の責任と考えておられる方もおられるだろうが、そうではないのではないか? ハイエルフ氏族に天樹国という枠組みのまつりごとを押しつけ、安穏と過ごしていた我々にも責があったのではないだろうか。これからは皆で考え、皆等しく責任を負い進んでいく方がいいと考えるが、いかがであろう?」

 リヒャルトの問いかけが呼び水となり、各氏族長からも活発に意見が出されることとなった。
 しかし、光翼竜蛇こと樹光蛇竜が居とする天樹が育まれることとなった豊樹の郷を治めるリヒャルトの意見に否を口にする氏族長はいない。
 これより後は、今回リーリエの呼びかけで集まったように、各氏族長が一堂に会し、合議によってまつりごとを進めていくことが決められた。
 また、合議の場は一ケ所に定めるのではなく、各氏族の郷の持ち回りで開催することとなった。これは、ハイエルフ氏族の輝樹の郷において天樹国のまつりごとが定められていたことへの反発であり、合議の場を持ち回りとすることでより公平に討議ができるのではないかとの考えもあったからだった。
 この決定によって、妖精族は改めて『国』としての体裁を整えることとなった。
 そんな中、氏族長たちは天樹の下で、合議の場を設けてもらいたいと要請したが、リヒャルトは存命中、その要請を拒否し続けた。
 リヒャルトは、豊樹の郷が妖精族間の主導権争いに巻き込まれることを嫌った。また、ダークエルフ氏族の本分は樹光蛇竜の住む天樹と同胞たる妖精族をまもることであるとして、合議の場では努めて発言を控え、自らの主張をじ込むことはなかった。
 だが、そんなリヒャルトの姿と外敵(人間)から妖精族をまもるために自らの犠牲ぎせいいとわないダークエルフたちの働きは、後に荒廃した響鎚の郷の地に郷を移したデュラハン氏族とともに、妖精族の『盾』『矛』と呼ばれ、多くの尊敬を集めることとなった。



  第一章 翼竜街に戻りますが何か!



 甲竜街と天樹国との争い、後に『精竜の役』と呼ばれるいくさが終わってからすでに半季(半月)が過ぎた。俺――津田驍廣つだたけひろは、翼竜街よくりゅうがい領主・耀安劉ヨウアンルが率いる騎獣団及び翼騎獣隊とともに、翼竜街へ戻ることとなった。
 侵攻してきた天樹国軍は撤退し、いくさは甲竜街陣営の勝利で終結したものの、甲竜街領主・壌擁掩ジョウヨウエンをはじめ、第一分団に所属していた衛兵の多くが帰らぬ人となった。甲竜街は戦勝による歓喜はなく、肉親や隣人を失った悲しみに包まれていた。
 領主の弟・壌擁彗ヨウスイは衛兵の死をいたみ、擁掩の妻エクラと子息・擁恬ヨウテンを代表にすえて、大規模な合同葬儀をおこない、いくさで死んでいった者たちの御霊みたまが無事冥界へ辿たどり着けるようにと祈りを捧げた。
 葬儀には、ともに戦った翼竜街の衛兵に、安劉や麗華レイカ、さらにダークエルフ氏族族長リヒャルト・アーヴィンらも参列し、甲竜街をまもり死んでいった者たちに哀悼あいとうの意を示した。
 もちろん、俺も紫慧しえやアルディリア、斡利あつとしたちとともに葬儀に参加している。
 合同葬儀が終わりを迎える頃、代表者として挨拶あいさつに立ったエクラから驚きの発言が飛び出した。
 エクラは、領主の座を空位とし、義弟の擁彗に街の統治を託し、自身は擁恬を連れて竜賜ロンシにいる義父の擁建ヨウケンのもとに身を寄せて、次期領主となる擁恬の教育をし直すと宣言したのだ。
 当初、いくさから戻ってきた擁彗に、甲竜街の領主にいてもらいたいと告げたエクラだったが、彼はこれを固辞した。擁掩亡き後の領主は、実子である擁恬でなければならないと、譲らなかったのだ。
 彼は、今後浮上する天樹国(妖精族)との関係改善を考えていた。その上で、擁掩が戦死した後の甲竜街陣営の指揮をり、いくさを勝利へと導いた擁彗が領主では、天樹国側との戦後協議はともかく、その後の関係改善を模索する中で障害になりうるのではないか、と懸念した。
 不幸にもいくさは起こってしまったが、天樹国と甲竜街は、長らく隣人として深い付き合いを重ねてきた間柄。今後、再び『よき隣人』となるためには、自身が領主となるよりも、甲竜人族の擁掩とハイエルフ氏族のエクラの間に生まれた擁恬の方が相応ふさわしいと判断してのことだった。
 それを聞いたエクラは、擁彗の姿勢に感銘を受け、義弟の意向を尊重することにした。そこで一旦領主の座は空位とし、擁恬は良き領主となるために名領主とのほまれ高い擁建のもとで一から教育をし直す。そして、彼が成人となり擁建からの許しを得るまでの間は、代理として擁彗に甲竜街を治めてもらいたいと願い出た。
 擁彗も、再三にわたる義姉の願いを固辞し続けることはできず、ついには承諾した。
 エクラの宣言は驚きをもって受け止められたが、秦正路シンセイロやダッハート・ヴェヒター、さらに第一分団が壊滅したことで再編を余儀なくされた甲竜街衛兵団で団長に就任した墨擢ボクテキと、副団長となった儘欽ジンキンなどからの賛同を得た。
 内政においては、以前から擁掩の無茶な要求に対して正路とともに調整に当たり、甲竜街に害が及ばぬように奔走ほんそうする擁彗の姿は、心ある者たちには届いていた。
 また対外的には、確かにいくさの指揮をった者として、天樹国には悪感情を持たれる可能性があった。しかし翼竜街や豊樹の郷などは、年少の頃より交流を持ち、いくさでもともに肩を並べ戦った者たちとの繋がりから、問題はないだろうと判断された。
 もちろん、エクラの発表に異議を唱える者もいないわけではなかった。その声の主は、アヴァールとともにこれまで擁掩にび、甘言をろうして甘いみつを吸っていた、一部の商人たちだった。
 彼らは擁掩亡き後も、擁恬が領主にけば容易たやす懐柔かいじゅうすることができ、前と同じように甘いみつが吸えると考えていた。ところが、擁彗が甲竜街を治めるようになれば、そうもいかなくなることを懸念し、声を上げたのだ。
 擁彗は以前からへつらう者の意見に耳を傾けることがほとんどなく、むしろダッハートなどの諌言かんげんする者の意見を多く取り入れていた。
 一部の商人が抱いた懸念は、擁彗が領主代理に就任すると早々に現実のものとなった。
 擁彗は、衛兵やギルド職員などに対し、賄賂わいろを受け取ることを強くいましめ、また甘言とともに賄賂わいろを手に近づいてきた者は捕縛ほばくすると同時に、このことを街民に広く知らしめた。
 結果、姑息こそくな手段によって富を得ようとする商人は嫌われ、廃業へ追い込まれる者さえ現れ、甲竜街からその手の商人は淘汰とうたされていった。


 なお、エクラによる擁彗の領主代理就任の宣言と同時に、安劉から耀家公女・耀緋麗華ヒレイカの擁彗への嫁入りも告げられた。
 甲竜街の街民の中には、『翼竜街の干渉か⁉』と色めき立った者もいたという。だがそこへ、安劉から嫁入りの時期は擁恬が晴れて甲竜街の領主として着任し、擁彗が領主代理から退いたときで、それまでの間は婚約状態に留め置く、と発表された。
 麗華は耀家のお転婆てんば娘として、天竜賜国てんりゅうしこくだけでなく広くその行状ぎょうじょうが知れ渡っており、これまでも舞い込んで来た婚姻話こんいんばなしはことごとく破談に終わっていた。もっともそれは本人が望んだこと。彼女の周囲には武辺者が多く、そんな中で物静かで知的な擁彗に幼少の頃からかれていた。
 そんな娘の思いを安劉も承知しており、擁彗と麗華の婚姻こんいんは、擁彗の父・擁建との間で話を詰めていて、天樹国とのいくさが起きなければ、近々実現する予定だった。
 しかし、今回の領主代理就任によって、擁彗の立場は変わった。代理とはいえ天竜賜国の生産街を指揮する立場にいたことで、甘い汁を吸おうとする者が現れるのは火を見るより明らかだった。
 独身の擁彗のふところに飛び込むとすれば、まず考えるのは『色』による籠絡ろうらく。そういった事態を未然に防ぐためには、擁彗のかたわらに立つ者をはっきりとさせることが一番だと思った擁建は、当初麗華との婚姻こんいんを予定よりも早く現実にしようとした。
『耀家のお転婆てんば娘』の良人おっとに色仕掛けをしようと思う者など、よほどの身のほど知らずしかいないと考えてのことだった。
 だが、そんな擁建の思惑に、安劉が待ったをかけた。娘の悪名を虫避けにされるのは娘の日頃の行いのせいなので自業自得。苦虫をつぶす思いはなきにしもあらずではあるが、相思相愛の二人の思いをげさせられることに繋がるため、否はない。しかし、領主代理の座にいた擁彗に麗華が嫁いでは、翼竜街耀家甲竜街壌家麗華を通じ、要らぬ横槍を入れるのではと危惧きぐされ、二人の婚姻こんいんが祝福されないのではないかと心配したのだ。
 そのようなことは、領主に連なる者ならば多かれ少なかれ受けるものなのだが、娘を思う父親の心は海よりも深い。ゆえに、正式な婚姻こんいんは擁彗が領主代理の任を退いてからとしたのだった。
 なお、この折衝せっしょうのために太郎坊晴鸞たろうぼうせいらん獅猛禽シームルグで甲竜街と竜賜の間を何度も往復する羽目となった。
 驚きの宣言が連発された葬儀だったが、おかげで甲竜街には、亡くなった者のことを思い暗く沈むだけではなく、これからの街に対する期待と前向きに進もうとする気運が生まれた。


 合同葬儀を終えて、甲竜街の人々の姿に安堵あんどした安劉が、翼竜街へ戻るというので、俺たちも便乗することにした。
 ここでは、ダッハートたちの前で金砕棒かなさいぼう双鞭そうべんを鍛えただけだったが、擁彗の指揮で動き出した鍛冶師たちの邪魔になってはいけない。それに、擁彗をはじめ、甲竜街を導く立場にいた者の多くと知己ちきを得た。もし何かあっても、いつでも甲竜街を訪れることはできるのだから、翼竜街に戻っても支障はないだろうと判断したのもあった。
 甲竜街を去る日、ダッハートからの呼び出しを受けて甲竜街ギルドにおもむいた俺たちを待っていたのは、ギルド総支配人の秦正路と、ダッハート、それにその弟子である単眼巨人キュクロプス族の鍛冶師タウロ・エレロと妖鼠人族ようそじんぞく火鼠ひねずみ)の鍛冶師目占天都めうらあまつだった。

「何か用か? 安劉殿にあわせて甲竜街をつから、あまり時間はないんだが」

 待ち構えていた面々を見ながら問いかける俺に、ダッハートと正路はこちらが引くような作り笑いを浮かべ、今にもみ手を始めるのではと思える声色で返してきた。

「おや、もうそんな刻限ですか。それは申し訳ない、ではさっそく本題に入りましょうか、ダッハート殿」
「そうじゃな。出立に遅れては申し訳ないからのぉ。殿、ここにいる我が弟子タウロ・エレロと目占天都の両名を、お主のもとで鍛冶師として修業させてもらいたい!」

 俺のことを『驍廣殿』と名前で呼んでいたダッハートが、甲竜街に着いたときと同じようにわざわざ『津田殿』と言い換え、唐突な申し出を口にした。
 俺がこれに面食らい、言葉を失っていると、神妙な面持ちでダッハートの脇に控えていたタウロと天都が一歩進み出てきた。そして、背筋をピンと伸ばした姿勢から体を二つ折りにするように深々と頭を下げた。

「「お願い(しもす)します!」」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺のもとで修業? そんな急に言われたって……大体、俺だってまだ鍛冶師として修業の身だ。無理だよ‼」

 頭を下げたままの二人に戸惑い、思わず拒否した俺に、ダッハートが詰め寄ってきた。

「津田殿、鍛冶師などという者は、皆死ぬまで修業の身じゃよ。もちろん、わしとて変わらぬ。津田殿は儂らの目の前で、擁彗様と墨擢殿のために精獣宿る武具を鍛えた。それだけの技量があれば、この二人を手近に置き、修業させることなど、雑作ぞうさもなかろう。それでもと言うのであれば、タウロは先に送ったテルミーズとともにスミスのもとに預け、天都だけでも津田殿のもとに置いてはもらえぬか?」

 ギョロ目でにらんで詰め寄ってくるダッハートの迫力に内心タジタジになり、周囲に視線を彷徨さまよわせた俺の目に飛び込んできたのは、顔を上げて固唾かたずんで俺を見つめる二人の視線だった。
 タウロの単眼はともかく、天都のつぶらな黒目がちの瞳(妖鼠人族と言ってもネズミというよりハムスターに近い容姿のつぶらな瞳)でジッと見つめられては、おいそれと断りの言葉が出てこない。

「ねえ、驍廣。こんなにお願いされてるんだから、受けてあげたら?」

 隣で話を聞いていた紫慧が口を出した。その途端、タウロも天都も満面の笑みになるのを無理やりこらえているような顔になった。そんな二人に断りの言葉を告げたら、天国から地獄へ落とすようなもの。さすがにそんな外道げどうじみたことはできず、がっくりと肩を落とし、渋々しぶしぶながらも承諾するしかなかった。

「やった~♪ タウロ、あたしたちあのすごい鍛冶のわざを何度も目にできるよ。やるよ~、絶対あのわざを自分のものにしてみせる!」
「うむ。おいも気張るでごわす!」

 歓喜の声を上げ、やる気をみなぎらせる二人。彼らをよそに、俺は紫慧をうらみがましくにらみつけたが、俺の視線など『暖簾のれんに腕押し』『ぬかくぎ』とばかりに笑顔を返されてしまい、苦笑するしかなかった。
 ――バッシッ!

殿、そう邪険にするではない。儂の予想じゃが、先のいくさで大いに武威を示した安劉様と麗華殿、このお二人が使用する武具が驍廣殿の手によるものだと知れ渡れば、腕に覚えのある討伐者や冒険者が驍廣殿のところに押しかけてくるじゃろう。二人を連れていけば、驍廣殿と同等のものは無理でも、近いものは鍛えることができるかもしれん。今の内に備えておいて悪いことはないと思うがのぉ♪」

 気落ちする俺の背中を、ダッハートの鍛冶仕事でごつくなった手でたたかれ、痛みに思わず眉間みけんしわを寄せてにらみつけたのだが、彼は無骨な笑顔でそう予告した。

「なるほど。確かに此度こたびいくさを契機に、驍の名と鍛えた武具の話が広まれば、その懸念は大いにあるな。う~ん、これは翼竜街に戻ったら、スミス翁に相談しなければ。事と次第では……」

 それまで黙って成り行きを見守っていたアルディリアも、納得顔を浮かべ思案しはじめた。
 そして、俺は一人蚊帳かやの外に置かれ、アルディリアや紫慧は、ダッハートや天都などと今後のことについて勝手に盛り上がっていた……


         ◇


 いくさで多くの死傷者を出した精竜街道では、魔気が増加したことによる魔獣の出現などが懸念された。そこで、領主代行となった擁彗が手始めに指示したのは、墨擢たち甲竜街衛兵団による甲竜街周辺の治安維持だった。
 しかし、甲竜街衛兵団もいくさによって人員を減らしていたため、翼竜街騎獣団五十騎とともに麗華が協力を申し出て、甲竜街に残ることとなった。そんな彼女と行動をともにすると言って、リリスやルークス、それにヴェティス、ゆう賦楠ふくすの三人も甲竜街に残った。
 アルディリアの養父母・ダンカンとエレナは、甲竜街の周囲が落ち着いたら、リリスとルークスが豊樹の郷へ連れていくことで話がまとまり、彼らともここで別れることとなった。
 俺たちは彼らにしばしの別れを告げ、安劉率いる翼竜街騎獣団とともに甲竜街をち、わずか五日で翼竜街に到着した。ただし、俺たちはさすがに安劉や騎獣団と一緒に、というわけにはいかず、翼竜街に近づいたところで一旦離れ、シュバルツティーフェの森へと向かった。
 翼竜街では、先行した翼騎獣隊によっていくさ顛末てんまつが伝えられていたようで、到着した安劉と騎獣団は歓呼の声で迎えられたそうだ。
 いわく『翼竜街の衛兵は人間の侵攻だけでなく、妖精族の侵攻に際しても、自らの武威を示し、甲竜街の危難を救った!』と。
 もちろん、擁彗たちの活躍によりいくさに勝ったことは、翼竜街の者たちも理解している。だが、やはり自分たちが暮らす街の衛兵が甲竜街の窮地きゅうちを救うために戦場に駆けつけ、勝利に大きく貢献したと聞いて、誇りに感じたのだろう。
 街民の歓呼の声に、安劉は片手を上げてこたえ、騎獣団の衛兵たちも誇らしげに街門から天竜通りを凱旋がいせんしたという。
 一方、シュバルツティーフェの森に向かった俺たちはというと――

「色々とあったが、楽しき旅であった。また、機会があればお主たちとともに旅をしたいものじゃ」

 サビオはそう言って笑みを浮かべると、紫慧から離れるのを嫌がるアロウラを鼻で押しながら、シュバルツティーフェの森へと帰っていった。
 そんな二頭を、俺たちは姿が見えなくなるまで手を振りながら見送る。紫慧もアロウラに情が移っていて、何度も振り返りながら森へと消えていく姿に、目に涙をめて手を大きく振っていた。やがて、姿が見えなくなった途端、大粒の涙をボロボロとこぼした。
 もっとも、紫慧だけでなく、アルディリアや斡利も、サビオたちとの別れをしんだ。そして、あらためて一路翼竜街へ。
 翼竜街をち豊樹の郷に近づいてからこれまで、緊張の連続だった。
 特に斡利にとっては、父親でありこしらえ師の師匠でもある曽呂利傑利そろりけつとしから一人立ちの許しを得て、ハレの旅となるはずだった。
 ところが、最初の訪問地である豊樹の郷に近づいた途端、魔獣に襲撃される。次いで寄った鍛冶師の郷として名高い響鎚の郷でも騒動にい。しまいには、旅の目的地だった甲竜街ではいくさに巻き込まれる……というとんでもない旅に付き合わせることになってしまった。
 だから、彼が紫慧やアルディリアだけでなく、甲竜街で出会った天都やタウロとも楽しげに語り合いながら歩く姿を見て、俺は人知れずホッと胸をで下ろしていた。
 ちなみに、元々好奇心旺盛おうせいで人見知りしない斡利は、人のふところに飛び込むのが得意だったそうだ。翼竜街でも他の職人たちが尻込みする中、周囲と一線を引いていたアルディリアに傑利とともに物怖じせず話しかけていたという。甲竜街でもその能力はいかんなく発揮され、気難しい天都とも親しくなっていた。
 もっとも、天都が斡利と親しく話すようになったのは、別の理由がある。いくさの最中に、街に残った一部の衛兵がダッハートたち甲竜街に住む妖精族を捕らえようと甲竜街ギルドを襲撃してきたとき、斡利が衛兵たち相手に獅子奮迅ししふんじんの活躍を見せたのを目の当たりにしたかららしい。
 俺が鍛えた武具のこしらえを見事に仕上げる職人の顔だけでなく、体格が倍以上ある武装した衛兵と対峙し、一歩も引かず対等以上に渡り合い武威を示したことで、一目置いたのだとか。
 色々と大変ではあったが、斡利にとっても収穫のある旅になったようだ。もしなんの収穫もなく、ただ危険な目にわせただけで終わっていたら、せっかく送り出してくれた曽呂利傑利・りん夫妻に顔向けできなかっただろう。
 陽も傾き、夕焼けであたりが真っ赤に染まる頃、俺たちは翼竜街に辿たどり着いた。
 先に翼竜街に到着した安劉率いる騎獣団を出迎えた街の者たちの歓喜の熱は、まだまだめていなかった。街のあちこちから、騎獣団をたたえる声が聞こえ、歓呼の声とともに杯をかかげる人々の姿が街門の外からでも見ることができた。
 そんな翼竜街の様子にほおゆるめながら街門を潜ろうとした俺たちに、それまで直立不動だった街門の守衛を務めている衛兵の一人が、そっと近づいてきた。


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第5回集英社Web小説大賞、奨励賞受賞。書籍化します。 書籍化に伴い、この作品はアルファポリスから削除予定となりますので、あしからずご承知おきください。 【第七部開始】 召喚魔法陣から逃げようとした主人公は、逃げ遅れたせいで召喚に遅刻してしまう。だが他のクラスメイトと違って任意のスキルを選べるようになっていた。しかし選んだ成長率マシマシスキルは自分の得意なものが現れないスキルだったのか、召喚先の国で無職判定をされて追い出されてしまう。 一方で微妙な職業が出てしまい、肩身の狭い思いをしていたヒロインも追い出される主人公の後を追って飛び出してしまった。 だがしかし、追い出された先は平民が住まう街などではなく、危険な魔物が住まう森の中だった! 突如始まったサバイバルに、成長率マシマシスキルは果たして役に立つのか! 魔物に襲われた主人公の運命やいかに! ※小説家になろう様とカクヨム様にも投稿しています。 ※カクヨムにて先行公開中

おっさん鍛冶屋の異世界探検記

モッチー
ファンタジー
削除予定でしたがそのまま修正もせずに残してリターンズという事でまた少し書かせてもらってます。 2部まで見なかった事にしていただいても… 30超えてもファンタジーの世界に憧れるおっさんが、早速新作のオンラインに登録しようとしていたら事故にあってしまった。 そこで気づいたときにはゲーム世界の鍛冶屋さんに… もともと好きだった物作りに打ち込もうとするおっさんの探検記です ありきたりの英雄譚より裏方のようなお話を目指してます

エルティモエルフォ ―最後のエルフ―

ポリ 外丸
ファンタジー
 普通の高校生、松田啓18歳が、夏休みに海で溺れていた少年を救って命を落としてしまう。  海の底に沈んで死んだはずの啓が、次に意識を取り戻した時には小さな少年に転生していた。  その少年の記憶を呼び起こすと、どうやらここは異世界のようだ。  もう一度もらった命。  啓は生き抜くことを第一に考え、今いる地で1人生活を始めた。  前世の知識を持った生き残りエルフの気まぐれ人生物語り。 ※カクヨム、小説家になろう、ノベルバ、ツギクルにも載せています

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

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