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 二人で一番最初にいた車両まで向かうと、ヒューマが座席の上でぴょんぴょんと跳ねた。

 「おねえちゃん、どこにいっていたの?」
 「ごめんね、ひとりにして」

 彼女の代わりに彼が説明してくれた。

 「少しボクとお話をしていたのですよ。切符を拝見してもよろしいですか?」
 「はあい」

 ヒューマが切符を差し出すと、彼はそれをぱちんと切った。そして去り際、小声で教えてくれた。

 「夜までは黄泉には着きませんので、ゆっくりとお過ごしください。…それと、最後に一つだけご忠告いたします。帰るまでは何も口にすることができずお腹が空くかと思いますが、くれぐれも黄泉の食べ物は絶対に口にしないでください」

 すっかり忘れていた。
 朝ご飯だって食べていないのに、これからは空腹に耐えなければいけないのだという。

 「いいですか、水も飲んではいけません。なんであれ、黄泉のものを口にすれば、その瞬間からあなたは黄泉の国の住人になってしまいますので…それでは失礼いたします」
 「…分かりました」

 彼はにこりと笑って次の客の方へ向いた。
 待ち侘びていたようにヒューマが再び膝によじ登った。かなり甘えん坊らしい。

 「おねえちゃんはなんていうの?」

 自分の名前を聞かれてふとあの車掌の名前はなんというのだろうと思った。聞いたところで死者である彼とは恋になんて発展できないだろうけれど。

 「霏々季だよ」
 「ぼくのともだちにもひびきちゃんがいるよ!」
 「そうね、ひびきという響きは珍しくないもんね」

 意図せずだじゃれを言ってしまった。
 ただ漢字の並びは自分でもかなり珍しいと思う。おかげで初見で正確に読まれたことはほとんどない。

 「ヒューマくんはどうしてぬいぐるみに取り憑いてるの?」

 他の乗客の中にもちらほらと変わった姿形をしている者もいるが、大多数は生前の人間の姿をしている。
 ヒューマが取り憑いているのは、黄緑と黄色の格子柄のくまのぬいぐるみで、桃色の肉球が愛らしい。彼は霏美生を見上げながら元気よく答えた。

 「これはね、たんじょうびにもらったの!でもひゅうま、なんかいかしかだっこできなかったから、そのままおいていくのはかわいそうでしょ?だからつれてきたの!」
 「そっか、くまさんも寂しいよね、ご主人様がいなくなったら」

 きっと誕生日にもらって少ししてヒューマは命を落としたのだろう。彼女は胸が苦しくなってぎゅっと抱き締めた。

 「ほんとうはね、おかあさんをつれていきたかったけど、きっぷをくれたひとが、まだじゅみょうがのこっているからだめっていったの。だから、かわりにくまさんをつれていってもいい?ってきいたら、いいっていったの」

 ぞっとした。
 後を追うようにして亡くなったとよくいうけれど、ヒューマのように早く死んだ人が連れて行くからなのかもしれない。もし切符を渡したひとが止めていなければ、今頃母親と一緒に列車に乗っていたことだろう。

 「あ、おなかすいちゃったねえ。ぼく、ちょこれいとをもってきたんだ!たべる?」

 うんしょと、言いながらヒューマは再びファスナーを下げて中から小さな個包装のチョコレートを取り出した。どこでも取り扱っている有名企業の商品だ。
 そのありがたいことといったら!

 「ありがとう、ヒューマくん!」
 「どおいたしまして」

 いつもならろくに味わうこともせずにみ砕いてしまうのに、今回ばかりはチョコレートが口の中でゆっくり溶けるさまを楽しんだ。
 甘くて幸せな味だった。少しだけ落ち着きを取り戻せたような気がする。
 ヒューマも丸い手で器用に包装を破って、ぱくりと口に入れた。

 「おいしいねぇ」
 「ねー」

 それからしばらくヒューマとたわいもないことを話しながら、流れていく景色を眺めた。
 不思議な景色だった。
 宇宙のような空間を走っている為、木や空は全くない。星屑らしき銀色のものが散らばっている。     
 それを見ているとやはり生者の国から遠く離れた場所に行こうとしているのがよく分かった。
 さすがに喋ることがなくなってくると、霏々季は壁にもたれて眠ってしまった。
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