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次に目が覚めたのは、ヒューマの柔らかい肉球によって頬を押された時だった。
「ひびきちゃん、おきて。とおちゃくしたよぉ」
不機嫌そうに眉をひそめながら目を開けると、扉からぞろぞろと死者達が降りているところが目に入った。自分はともかく、ヒューマは降ろさなければならない。
「ヒューマくん、今までありがとう。わたしは列車からは降りられないから、ヒューマくんはあのひと達について行って」
「ひびきちゃんもいっしょじゃないの?」
「ごめんね、ここでお別れなの」
わがままを言うこともなく、ヒューマは膝から降りると、扉まで近づいた。
「ばいばい」
「ばいばい」
彼女は見えなくなるまで手を振った。
しばらくは一人きりで列車の中で過ごさねばならない。
てっきり車掌が様子を見に来てくれるものだと思っていたが、彼は現れなかった。代わりに半魚人の姿をした係員が点検がてらやって来た。
「お客さん、早く降りなきゃ。女王は待たされるのが好きじゃないから、急いで急いで」
「あ、あの、わたし、ここにいたいんですけど、だめですか?」
「何を言ってるの、これは回送列車だから。降りた降りた」
半ば強引に降ろされて、霏々季は途方に暮れる。
最悪だ。
それにしてもこんなところにまで女王がいたとは。
生者の国と同じように王族がこの死者の国を治めているらしい。
仕方なしに霏々季は駅構内の端に座り込んだ。
一応あの世に着いたようだが、駅から出られないのでいまいち実感は湧かないし、何より一人では寂しい。本来ならとっくに学校も終わって今頃家に帰っているはずなのに。
当たり前だが電話は繋がらず、何かアプリケーションを見て暇を潰すことも叶わず、顔を膝に埋めた。
お母さん、まだ怒っているのかな…。
でもわたしは悪くないし…!
そもそもお母さんが追い出さなければ、家出なんかしなくて済んだのに。そうしたら、黄泉なんかに来なかったのに…!
などとつまらないことを考えていると、足音が近づいて来た。ぱっと顔を上げたが、あの車掌ではなかった。
「やっと見つけたぞ!こんなところに隠れやがって!」
霏々季はあまりの恐怖に言葉を失った。怖そうな黒人の中年男が睨みつけてきたからだ。
おとなしくしていたのに、生者だとばれてしまった!
逃げなければ!
決して俊足の持ち主ではなかったが一生懸命に走り出す。
「こらっ!」
しかし無情にも彼女は捕まってしまった。
折れそうなほど細い腕を力強く引かれて、ずるずると駅構内を突っ切って行く。
抵抗せずに従った方が刑は軽くなるのか?
それともなんとしてでも逃げたほうがいいのか?
色々考えを巡らす彼女をよそに男は怒鳴る。
「全く…主役が仕事を放り出して!みんなに迷惑をかけたんだから、戻ったらちゃんと謝れよ!」
男の太い腕に噛みつこうとして、ぴたっとその動きを止めた。
主役?仕事?
どうやら互いに勘違いをしているらしい。
「あの、主役ってなんですか?人違いじゃ…」
「黙れ!お前は何も喋るな!」
「いや、あの本当にわたしじゃないと思います!」
「黙れ!」
再び怒鳴りつけられて、霏々季はすっかり縮こまってしまった。罪人だと知られなくてよかったけれど、今度は人違いされるなんて。
なんという不運。
話を聞いてもらえそうにないし、とりあえず従うしかないようだ。
駅の改札から抜け出すと、生者の国以上に賑わっている街が目の前いっぱいに広がっていた。様々な屋台が立ち並び、至る所が明かりで飾りつけられている。大きな花火もどーんどーんと上がっていた。
酒を飲む労働者風の男達。仲睦まじい恋人達。追いかけっこをするこども達。皆とても死んだ風には見えないくらいに楽しそうだ。
男に捕まってさえいなければ、霏々季も楽しめただろう。黄泉はてっきり怖い所だと思っていたので、すっかり裏切られてしまった。
これなら間違って来てしまったとはいえ、生者の国に戻らない方がいいのではないか。
帰ったところで待っているのは同級生とうまく付き合えない現実と受験勉強だけ。
ここで毎日お祭りのような暮らしができるなら、それに越したことはない。彼女は心が揺れ始めていた。
そんなことを考えている内に男に連れて行かれたのは、寂れた劇場の控室だった。
「ひびきちゃん、おきて。とおちゃくしたよぉ」
不機嫌そうに眉をひそめながら目を開けると、扉からぞろぞろと死者達が降りているところが目に入った。自分はともかく、ヒューマは降ろさなければならない。
「ヒューマくん、今までありがとう。わたしは列車からは降りられないから、ヒューマくんはあのひと達について行って」
「ひびきちゃんもいっしょじゃないの?」
「ごめんね、ここでお別れなの」
わがままを言うこともなく、ヒューマは膝から降りると、扉まで近づいた。
「ばいばい」
「ばいばい」
彼女は見えなくなるまで手を振った。
しばらくは一人きりで列車の中で過ごさねばならない。
てっきり車掌が様子を見に来てくれるものだと思っていたが、彼は現れなかった。代わりに半魚人の姿をした係員が点検がてらやって来た。
「お客さん、早く降りなきゃ。女王は待たされるのが好きじゃないから、急いで急いで」
「あ、あの、わたし、ここにいたいんですけど、だめですか?」
「何を言ってるの、これは回送列車だから。降りた降りた」
半ば強引に降ろされて、霏々季は途方に暮れる。
最悪だ。
それにしてもこんなところにまで女王がいたとは。
生者の国と同じように王族がこの死者の国を治めているらしい。
仕方なしに霏々季は駅構内の端に座り込んだ。
一応あの世に着いたようだが、駅から出られないのでいまいち実感は湧かないし、何より一人では寂しい。本来ならとっくに学校も終わって今頃家に帰っているはずなのに。
当たり前だが電話は繋がらず、何かアプリケーションを見て暇を潰すことも叶わず、顔を膝に埋めた。
お母さん、まだ怒っているのかな…。
でもわたしは悪くないし…!
そもそもお母さんが追い出さなければ、家出なんかしなくて済んだのに。そうしたら、黄泉なんかに来なかったのに…!
などとつまらないことを考えていると、足音が近づいて来た。ぱっと顔を上げたが、あの車掌ではなかった。
「やっと見つけたぞ!こんなところに隠れやがって!」
霏々季はあまりの恐怖に言葉を失った。怖そうな黒人の中年男が睨みつけてきたからだ。
おとなしくしていたのに、生者だとばれてしまった!
逃げなければ!
決して俊足の持ち主ではなかったが一生懸命に走り出す。
「こらっ!」
しかし無情にも彼女は捕まってしまった。
折れそうなほど細い腕を力強く引かれて、ずるずると駅構内を突っ切って行く。
抵抗せずに従った方が刑は軽くなるのか?
それともなんとしてでも逃げたほうがいいのか?
色々考えを巡らす彼女をよそに男は怒鳴る。
「全く…主役が仕事を放り出して!みんなに迷惑をかけたんだから、戻ったらちゃんと謝れよ!」
男の太い腕に噛みつこうとして、ぴたっとその動きを止めた。
主役?仕事?
どうやら互いに勘違いをしているらしい。
「あの、主役ってなんですか?人違いじゃ…」
「黙れ!お前は何も喋るな!」
「いや、あの本当にわたしじゃないと思います!」
「黙れ!」
再び怒鳴りつけられて、霏々季はすっかり縮こまってしまった。罪人だと知られなくてよかったけれど、今度は人違いされるなんて。
なんという不運。
話を聞いてもらえそうにないし、とりあえず従うしかないようだ。
駅の改札から抜け出すと、生者の国以上に賑わっている街が目の前いっぱいに広がっていた。様々な屋台が立ち並び、至る所が明かりで飾りつけられている。大きな花火もどーんどーんと上がっていた。
酒を飲む労働者風の男達。仲睦まじい恋人達。追いかけっこをするこども達。皆とても死んだ風には見えないくらいに楽しそうだ。
男に捕まってさえいなければ、霏々季も楽しめただろう。黄泉はてっきり怖い所だと思っていたので、すっかり裏切られてしまった。
これなら間違って来てしまったとはいえ、生者の国に戻らない方がいいのではないか。
帰ったところで待っているのは同級生とうまく付き合えない現実と受験勉強だけ。
ここで毎日お祭りのような暮らしができるなら、それに越したことはない。彼女は心が揺れ始めていた。
そんなことを考えている内に男に連れて行かれたのは、寂れた劇場の控室だった。
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