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すれ違い聖女が追放されたら結婚できました  ~ 貴方は、私が結婚できるように祈って下さい ~

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「騎士団長は、さっき帰ったよ。礼拝堂で2時間は待っていたかな」

 ここは王宮の離れにある礼拝堂です。管理人の小柄なオジサンが教えてくれました。

「そうですか」

 私は聖女の一人、ギンチヨです。今日、3時に、ここで騎士団長と待ち合わせして、彼のケガを治癒する予定でした。

 私の服装は、修道女の濃い灰色のロングスカートで、シスターベールとマスクで、髪と顔を隠しています。
 聖女の白い衣装は、汚れると面倒なので、カバンに入れて持ってきています。


「騎士団長さんは、どのような方でした?」

「う~ん、ゴリラみたいだった」
 ゴリラですか、さすが“辺境の英雄”と呼ばれている方ですね。筋骨隆々で、厳つい顔つきなんですね。

    ◇

 神殿に戻るため、礼拝堂の玄関に来ました。外は雨……通り雨でしょうか。馬車が到着するまで、まだ30分あります。

「時間が余ってしまいました」

 玄関を挟んで、何か思い詰めた様な男性が、雨が止むのを待っています。

 平民用の旅行パーカーを羽織っています。長身で、筋肉は引き締まっていて、イケメン体形です。

「ヤッホー、雨だね」

「そうだな」


「私は、たった今、婚期を逃した、哀れな女性ですが、貴方は、幸せですか?」

「え? 今の俺は、騎士団の雑用をしている。命があっただけ、幸せだと思う」

 自分の不幸を恨まないで、前向きに生きる、素晴らしい平民男性さんですね。


「騎士団長さんは、屈強なゴリラみたいな方だと聞きましたが、怖くはありませんか?」

「ご、ゴリラ? ゴリラは優しい性格だと聞いています。……でも、今は……剣を振れない、ただのブタです」

 今は、騎士団が剣を振る必要がない、平和な王国だと言いたいのですね。


「貴方の、その黒髪と黒の瞳は、クロヒョウを連想させます。私は、貴方の幸運を祈りますので、貴方は、私が結婚できるように祈って下さい」

「は?」


「馬車が来ました。では、お先に失礼しますが、肩が少し濡れているようなので、これで拭いてください」

 私は持っていた、犬の刺繍が施されたハンカチを渡しました。



「あの~、聖女様ですよね?」
 馬車に乗ると、御者さんが訊いてきました。

「ええ、そうです。でも、なぜですか?」

「その衣装ですと、聖女様に見えませんから」

 そうでした。この衣装なら、修道院で働く女性に見えますよね。


「楽しいひと時でした。あのクロヒョウさんと、また会えると、いいな」

 動き出した馬車の窓から、遠い景色を眺めると、雨は止んで、雲の隙間から、青空が見えます。


    ◇


「聖女ギンチヨを、辺境へ追放する」

 神殿へ王宮から使者が来て、王命を読み上げました。

「辺境は、食べ物が美味しいと聞きますが、何かのご褒美ですか?」

「違う! 騎士団長様のキズを治癒するため、13時に待ち合わせしたのを、すっぽかした罰だ」

 あれ? 3時と書いてありましたけど。


「辺境の英雄との約束を反故にしたお前は、騎士団の全員を敵に回したと思え」

 使者が、カリカリしています。胃でも痛いのでしょうか?


    ◇


「馬車での移動、と言うより、罪人の護送ですね」

 辺境への追放は、馬車で行われました。しかも、騎士団数名による護衛も付いています。

「このままだと、太りそうです」

 食事は、騎士団員の半分以下だと言われましたが、一日中、何も動かない私には、少し多いです。

 明日、辺境に着きます。


    ◇


「北の塔って、造りが頑丈で、魔法を試すのに最適の部屋ですね」

 辺境に着きましたが、私に仕事は無く、北の塔から出なければ、一日中、自由にしてて良いそうです。

「三食、昼寝付き、最高です」


 寝室は最上階です。階段の上り下りで、良い運動になります。馬車での移動で、少し太ったので、体を動かして、体型を戻したいと思います。

「質素で、大豆、脂肪の無いお肉、ゆで卵など、高たんぱく・低脂肪の食事です」

 こんなに良くしてもらって、ありがたいです。

    ◇

「偽聖女め、そろそろ根を上げたらどうだ。幽閉生活は苦しいだろう」

 屈強な兵士が、食事を運んできました。

「辺境の英雄様に逆らった野郎は、こうだ!」

 兵士は毎日のように、私へ大きな石を投げつけてきます。私は、石をパシッと受け止め、筋トレのダンベルの代わりに使っています。ありがたいです。


「王都では、聖女が不足して困っているそうだが、偽聖女なんて、いらないそうだ、ワハハ」

 兵士は、意地悪そうな顔で、言い放ちます。王都の情報を、ありがとうございました。


「さらに、異世界から、聖女を召喚するよう、準備が進んでいるそうだ。王都に帰れなくて、残念だったな」

 捨て台詞を残し、鉄の扉に外からカギをかけ、彼は持ち場に帰りました。


「私の魔力がないと、異世界の扉は開くことが出来ないはずですが、何か良い方法を見つけたのでしょうか?」

 まぁ、王都のことなど、もう知りませんけど。

 でも、クロヒョウさんとは、もう一度、お話をしたいな。


    ◇


 北の塔の最上階で、気を集中し、辺境の状況を感じるのも、毎日の日課です。

「最近、魔獣の気配が近づいていますね。結界を張ったほうが良いのかしら。でも、何もするなと言われたし」

 私の体型は戻ってきたので、そろそろ、魔獣でも殴って、実戦のトレーニングをしたいです。


「それにしても、今日の食事は遅いですね」

 兵士は時間に正確で、時計の代わりになっていたのに、今日は何か変です。

 一階に降りて、外の音を聞きます。

「魔獣の討伐に行った自警団長が、ケガを負った」
 誰かの慌てた声が聞こえました。
 
 あらら、塔の外は大変な事態になっているようです。


 鉄の扉を押してみます。

「バギ!」

 変な音がして、扉が開きました。
 外の光がまぶしいです。

 小さな錠前が、足元に落ちています。

「あらやだ、錠前が小さいからですよ、私の体が重いせいじゃありませんから」

 言い訳をしましたが、周りには誰もいませんでした。

「と、とりあえず、目の前の屋敷に入ってみましょうか」



 屋敷の中は騒がしいです。すれ違っても、私を不審に思う人などいませんでした。不用心ですね。

 とりあえず、血の匂いのする部屋に入ってみました。

「そこの修道女、ボケっとしてないで、早く血止めをしろ!」

 誰かが叫びました。修道女って、あぁ私のことですね。服装のことを忘れていました。

「はいはい、血止めですね。エリア・ヒール」

 久しぶりの治癒魔法なので、奮発して、ケガをしている皆さんを、全回復させました。


「「え? えぇぇ!」」

 驚かないでください、私、聖女ですから。


    ◇


「これで魔獣は全て退治しましたね、自警団長さん」

 ここ数日間、私は、魔獣で実戦トレーニングをしています。

「はい、ギンチヨ姉さんのおかげです、ありがとうございました」

 熊のような団長さんが、頭を下げてきます。


「でも、聖女様が、攻撃魔法まで使えるとは、知りませんでした」

「攻撃魔法は、私の趣味です。ほかの聖女さんたちは使えませんよ」

 私は笑って答えましたが、団長さんたちの顔はこわばっています。もっとリラックスしてください。


「頂いたこの戦闘服は、機能的で良いですね」

 カモフラージュの草木が付いたヘルメットを外し、銀髪を整え、頭の後ろで一つに結びなおします。

 最近は、修道女の服ではなく、自警団の戦闘服を着ています。

 上下一体型のパンツルックは、辺境の草木の色で染め上げた丈夫な生地で、作られています。

 足元は紐結びのブーツで……

「あれ? これは異世界召喚の魔法陣……」

 私の足元に魔法陣が展開していて、光の粉が、私を包みました。


    ◇


 光の粉と魔法陣が消えると、周りには召喚用の服を着た数人が立っています。

「成功しました、国王陛下」

 見渡すと、ここは王宮の礼拝堂です。これは、異世界召喚を実行したに違いありません。

 そして失敗して、辺境にいた私を、転移させただけですか。周りの術士の顔には、見覚えがありません。闇の術士かもしれません。


「皆さん、お元気ですか?」
 私の第一声です。

「おぉ、女神様のようなお言葉、このお方は草木をつかさどる女神さまにちがいない」

 国王陛下が、とぼけたことを言います。


「早速、騎士団長を連れて来い。肩のキズを女神様に治癒して頂こう」

 辺境で熊のような自警団長を治癒し、王宮ではゴリラのような騎士団長を治癒することになりそうです。

 でも、扉を開けて入ってきたのは、あのクロヒョウさんでした。

「よろしくお願いします、女神様」

 クロヒョウさんは、私だと気が付かないようです。しかも、肩のキズは治っています。


「キズは治っています。肩に当てている魔力の宿った布か何かが、治癒させたようですね」

「あとは、リハビリすれば、元のように動けますよ」

 聖女らしく、微笑んでみました。

「ありがとうございます。名も知らぬ修道女様からハンカチを頂き、ずっと肩に当てています」

 あぁ、あの時の、犬の刺繍のハンカチですね。


「さすが、女神様です。どうですか、この騎士団長と結婚して頂けませんか」

 また、国王陛下がとぼけたことを言います。

 でも、彼と話をしていて楽しいし、高収入で、スタイルが良くてイケメン、こんな超優良物件と結婚出来たら、私はうれしいですけど。


「申し訳ありません。俺は、ハンカチを下さった修道女様のことが、忘れられません、好きなんです」

 あらら、クロヒョウさん、それ私だから。でも、追放された身なので、少し様子を見ないと、言い出せません。

「国王陛下、必ず、名も知らぬ修道女様を探し出しますので、俺と修道女様との結婚を認めて下さい」

「修道女様は、辺境に追放された聖女様に、間違いないと考えます。どうかお願いします」

 クロヒョウさんは、あまりにも真剣で、いまさら私が名乗り出れる雰囲気ではありません。


「では、辺境に魔獣が出て困っていると聞いている。騎士団長が援軍を率いて、辺境に討伐へ行くのはどうだ」

 またまた、国王陛下がとぼけたことを言います。辺境の魔獣は私が全て討伐しましたから。

「わかりました、俺が討伐して、聖女様に真偽を確かめてきます」

 クロヒョウさんは、片ヒザをついて、国王陛下に忠誠を誓います。

 なんだか、感動の場面のようですけど。私は取り残されて……そうだ。

「私も、その部隊に同行し、この世界での見聞を広げてきます」



    ◇



 早速の辺境への馬車の旅は、クロヒョウさんがいるので、退屈はしませんでした。

 でも、辺境へ着く頃には、やっぱり、太りました。


「辺境の英雄様へ敬礼!」

 辺境では、自警団が整列して、騎士団を迎えてくれました。

 自警団長も元気なようです。

「久しぶりだな、自警団長。今回は、国王陛下の命により、魔獣を討伐に来た。魔獣はどこだ?」

「申し上げます。魔獣は、全てギンチヨ姉さんが討伐しました」

 自警団長は、姿勢を正したまま、クロヒョウさんへ報告しました。

「え? 終わったの?」
 騎士団たちがざわつきます。


「わかった。だが、俺の一番の目的は、聖女様に合うことだ」

「聖女様は、どこにいらっしゃる?」

 クロヒョウさんは、恥ずかしいことを、力一杯話しました。

 今度は、自警団たちが、ざわつきます。


「どうした? 聖女様に何かあったのか」

「ギンチヨ姉さん、いえ、聖女様は、辺境の英雄様の横に立っておられますので、我々はどうしたらよいのか、分かりません」

「え?」
 騎士団たちがざわつきます。


「ヤッホー、聖女だよ」

 私は、場を和ませようとしましたが、どうも逆効果だったようです。


    ◇


 その夜は、騎士団と自警団とで、盛大なパーティーが行われました。

 私は太ると困るので、早々に切り上げて、日が沈む外の風で火照りを冷まします。

 戦闘服は自警団に返し、以前の修道女の服に着替えています。

 シスターベールは着用していませんので、夕暮れに低く浮かぶ満月の明りに、銀髪が輝きます。


「ギンチヨ様、よろしいですか」

 クロヒョウさんが会場を抜け出して、私のところへ来ました。

 突然、片ヒザをつきました。これは求婚のポーズです。

「俺は、貴女とすれ違ってしまいました。でも、これからは、貴女を離さないと誓います。どうか、結婚してください」

 手を差し伸べてきました。

 うわー、どう答えたらいいのでしょう。

「はい」
 私は、彼の手に、手を重ねます。


「「おめでとう」」

 どこで見ていたのか、騎士団、自警団のみんなが走り寄ってきました。

 誰が用意したのか、たくさんの花びらが、私たちの周りに雨のように降り注ぎました。逆フラワーシャワーです。

 皆さん、笑顔です。なんだか、私も楽しくなりました。きっと、これが、幸せというものなのですね。


 クロヒョウさんが、私を抱きしめてくれました。

 私は、彼の腕の中で、雨やどり……



 ━━ FIN ━━
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