20 / 59
20
しおりを挟む繭子は、よし、と覚悟を決めると、実家の母親に電話をした。会社を辞めたことを伝えるためだ。中々言い出せずに延ばし延ばしにしていたが、いつまでも隠してはおけない。
「あ、お母さん、繭子だけど」
『繭子! ちょうどよかった、あなたに話があるから連絡しようと思ってたところだったの!』
話って何だろうと思ったが、先に嫌なことを済ませてしまおうと繭子は切り出した。
「私も伝えたいことがあって。実は、会社を辞めたの。今は在宅でデータ入力とかの仕事をしてる」
『えっ! 会社辞めたって…いつ?』
「5ヶ月くらい前」
『何ですぐに言わなかったの!? で、今はどうしてるの? 転職したの?』
「ごめん、中々言いづらくて…。今は家でデータ入力とかの仕事をしてる。私に合ってるみたいで、仕事の依頼は途切れてないし、まだ前の会社ほどではないけど収入も上がってきているし大丈夫だから」
『大丈夫って…ちゃんと生活できてるの? 会社辞めたならこっちに戻ってきなさいよ』
「今までの貯金もあるから心配しないで。それに、今の仕事をしながら転職先も探してるからまだここにいさせて」
本当は転職先なんて探していないが、母親がそう言うのを予想していたので繭子は申し訳ないと思いながら嘘をついた。
「それより、私に話って何?」
『そうそう! あなたにいいお見合いの話があるの! 会社辞めたんなら逆にちょうどいいわ!』
母親が声を弾ませた。
繭子はため息をついた。
「お母さん…私、お見合いなんかしないから断って。仕事もあるし、無理だから」
それに、私には大切に想っている人がいるし…。
『仕事って言っても在宅でしょ? それなら結婚したってできるんじゃない? それに新しい転職先もまだ決まってないんでしょう? まあ、お母さんは結婚したら仕事をするのは反対だけどね』
「あのねぇ、今は時代が違うの、女性も働かないとやっていけないの」
繭子の言葉をスルーして母親は続けた。
『私の知り合いの方から頂いたお話なんだけど、一流商社にお勤めの広岡智久さんという30歳の方で、とても落ち着いた雰囲気で素敵な人なの! 真面目で仕事熱心でその年齢ですでに係長なのよ。エリートコース間違いなしでしょ! それで、先方はあなたに会ってもいいっておっしゃってるの』
「えっ!? ちょっと困る! 勝手に話を進めないでよ!」
『繭子、あなたはもう結婚を考えなければいけない年なのよ。ね、お願い! お相手にも返事しちゃったのよ。1回だけでもいいからお母さんの顔を立てて会ってちょうだい! その知り合いの方から、大人同士なんだし親は抜きの方が話しやすいんじゃないかと言われて、広岡さんご夫婦も私たちも了承してそういうことになったから。広岡さんは再来週の土曜日ならご都合がいいそうよ』
私の都合は聞かずに勝手に…。それに、最初から2人きりで会うなんて逆に緊張するんですけど…。でもそこまで話が進んでしまっているなら仕方がない……。繭子は渋々承知した。
「しょうがないな…分かった、1回だけだからね。それに、どんな人だろうと私は断るから」
『大丈夫、間違いなく気にいるから! じゃあ、時間や場所はまた連絡する。それから、ちゃんとした服は持ってるの? なければお金を送るからデパートでいいものを買うのよ、いいわね?』
そう言うと母親はさっさと電話を切ってしまった。
もう…何でお見合いなんて…ああ、憂鬱だな…。その気がないのにお見合いなんて時間の無駄だし、第一、相手の男性に失礼だ。でも、一流商社に勤めるエリートなら恋人でも結婚相手でも選びたい放題だろうし、お母さんの話だとルックスもいいみたいだけど。なのに、どうしてこんな普通の一般家庭のどうってことない私とお見合いする気になったのだろう。たぶんあちらも強く頼まれて断り切れなかったんだろう。なら、あちらに気を遣わせる前に私がさっさと断ってしまおう。
0
あなたにおすすめの小説
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
苺の誘惑 ~御曹司副社長の甘い計略~
泉南佳那
恋愛
来栖エリカ26歳✖️芹澤宗太27歳
売れないタレントのエリカのもとに
破格のギャラの依頼が……
ちょっと怪しげな黒の高級国産車に乗せられて
ついた先は、巷で話題のニュースポット
サニーヒルズビレッジ!
そこでエリカを待ちうけていたのは
極上イケメン御曹司の副社長。
彼からの依頼はなんと『偽装恋人』!
そして、これから2カ月あまり
サニーヒルズレジデンスの彼の家で
ルームシェアをしてほしいというものだった!
一緒に暮らすうちに、エリカは本気で彼に恋をしてしまい
とうとう苦しい胸の内を告げることに……
***
ラグジュアリーな再開発都市を舞台に繰り広げられる
御曹司と売れないタレントの恋
はたして、その結末は⁉︎
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる