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ダンジョン①

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早朝六時。シルヴァレンス学園の中庭の中央に設置された鐘塔の鐘が鳴り響き、朝の訪れを知らせる。
僕はベッドから起き上がると欠伸をしながら、身体を伸ばした。

ようやく実家とは違う天井にも慣れてきた。

起床の鐘の後しばらくすると洗面所は生徒達でごった返すので、パジャマのまま洗面所へ向かい、手早く着替え以外の身支度を整える。
自室に戻って少しのんびりしてから、制服に着替えて寮内の食堂へと向かう。

七時ぴったり。食堂はビュッフェ形式で、僕はいつもキュウリのサンドイッチとヨーグルト、焼いたウインナーにオレンジジュースをチョイスしていた。
サンドイッチを頬張っていると、僕のトレーの横に別のトレーが置かれる。
顔を上げると、そこには小麦色の肌とそばかすがチャームポイントの小柄な少年、レオニスが居た。
入学初日に、ダリオン王子とファルクにメッセンジャーにされた男子生徒である。

「ふぁあ……おはよ、レイル」

レオニスは眠たそうな目を擦りながら、隣の席に座った。

「おはよう、レオニス。今日も眠たそうだね」
「授業が終わった後に訓練してるからさ、流石に疲れて毎日爆睡だよ。シコる余裕もないぜ」
「運動で発散出来てるとか健全じゃん」
「お前は良いよな、一人部屋だからシコり放題だろ?」
「羨ましかろう」

レオニスと僕は朝からこんな下ネタを楽しめるくらいには打ち解けていた。

王子襲来の次の日、僕が教室で「ダリオン殿下とどんな会話したの?」「一緒に居たのってアリス王女の御子息のファルク様でしょ? どういう関係なの!?」などと質問責めにあって困っている所に助け舟を出してくれたのがレオニスだった。
レオニスとは商会の次男という共通点もあり、それ以来こうやってよく話すようになった。
レオニスは騎士を目指しており、本当は騎士クラスに入りたかったらしいのだが実技試験の馬術が駄目で、仕方なく適性の高かった魔法クラスに入ったのだと言う。
それでも騎士の道を諦めきれなかったレオニスは、騎士クラスの教授に土下座する勢いでお願いして、進級時に騎士クラスに移れるように放課後に訓練をつけてもらっているらしい。

……というかクラスを移るとかそういうのアリなんだね。

「騎士の馬術や剣術を教えられるような人って、貴族が多いからウチみたいな新興の商会だと金があっても相手にしてくれないんだよな。騎士クラスの生徒の殆どが貴族なのも当然だぜ」
「へー、そういうもんなんだ」
「そうだよ。まーレイルん所みたいに歴史があると色々ツテもあるんだろうけど……」

レオニスはパスタをくるくる、くるくるとフォークに巻き付けながら話す。そして巻き付けられすぎて球体みたいになったそれをパクリと口に入れた。
しかし朝から凄い量だな。流石体育会系……。
口の中のパスタを飲み込むとレオニスはぱっと笑顔を向けてきた。

「つーかさ、今日だよな! ダンジョン!」
「うん、楽しみだね!」

思わず僕の声も弾む。

ダンジョンと呼ばれる地下迷宮はこの世界でシルヴァレンス王国にしか存在しない。しかもたった一箇所だけ。
ダンジョンがいつから存在するのか、どういう仕組みなのか、ゲーム知識で未来を知っている僕以外にそれを知るものはいない。
仕組みを知らずとも深く潜れば有用な素材が取れて、低階層であれば安全に実戦訓練が出来ると、ダンジョンはシルヴァレンス王国では古くから大事に管理されてきた。
宗教的にも重要な場所扱いされている。今は。

なので入れる人間は本来限られているのだが、シルヴァレンス学園の生徒は特別にダンジョンに入る事を認められている、というか推奨されている。
普通だったら何故学生に?と疑問に思うようなルールだけど、歴史が断絶してシルヴァレンス学園の設立の理由が失われてもそれだけは伝統として残り続けたんだと思う。
シルヴァレンス学園が騎士、魔法、治癒の三クラスに分かれているのもダンジョンに一度に潜れるのが三人だからに違いない。

前衛火力、後衛火力、サポーター。うん、実にバランスが良いね。

とにかくシルヴァレンス学園とダンジョンは切っても切れない関係なので、実際にダンジョンを探索する実践訓練なども普通にある。

今日は僕ら一年生が初めて学校の敷地内にあるダンジョンに潜る日だった。
そして『セブンスリアクト』の主人公が初めてダリオン様と接触するのもこの授業だった筈だ。

緊張するけど、色んな意味で楽しみだ。

ーーーーーーーーーーーーーー

初めての三クラス合同授業、そして初めてのダンジョン。
心なしか皆そわそわと浮き足立っているようだ。

ダンジョン探索用の黒い修道服のようなローブを着た事により、更に悪の暗黒呪術師みたいな風貌に磨きがかかっている僕も、遠足前の子供のようにウッキウキだった。
余談だが鏡に映る自分を見た時にはニヤニヤした表情も相まって、自分自身の姿に驚いて「うぉっ!??」と声をあげてしまったくらい不気味な魔法使い感が凄かった。
通報されないかな。大丈夫かな。

まぁ、それは良いとして、とにかく楽しみだった。

──だって、ダンジョンだ。やり込みまくったゲームが進化して超豪華なVRゲームになったみたいなもんだ。興奮するに決まってる。
……分かってる。これは現実だ。慢心は良くない。いくら低階層だとは言え、全く命の危険が無い訳ではない。
この傷痕も右脚も、ゲームではクソ雑魚だった魔獣にやられたんだから。
……でも、やっぱりワクワクが止められない。
どんな風に攻略しようかなぁ。

ダンジョンは校舎から十分ほど歩いた先にあった。岩山と一体化するように門と扉が設置されており、見張りの兵士が二人立っていた。
ダンジョンの前の整地された広場のような所で、引率してくれていた教授が止まる。

「それでは予定通り、君達にはこれからダンジョンを攻略して貰います。予め説明していた通り、地下三階に出没するバブルクラブの爪を持って帰って来れれば合格です。さぁ、各自なるべく別のクラスの生徒と三人パーティを組んで、パーティが組めたら私の所に報告しに来て下さい。それでは始めて下さい」

はーい、三人組組んで~ってやつ……!!
やっとの事で魔法クラスに慣れ始めた僕が、他クラスの人間に話しかけられる訳が無いだろうが!

困ったようにきょろきょろしていると、治癒クラスの列に並ぶ一際目立つ女生徒を見つけた。

デフォルトネームはセーラ。『セブンスリアクト』の主人公様である。

白のローブ姿も可愛いなぁってうっかりぼんやり見ていたらめちゃくちゃばっちり目が合ってしまった。
あわあわしてると、ふんわりと微笑まれて僕はほっぺたを赤くしながらぺこりと会釈をした。
女の子耐性が皆無なせいで、こんなやりとりだけで心臓がドキドキと跳ねてしまう。だってとても可愛いんだ。
俯き胸を押さえながら、はぁー……と息を吐いているとポンと肩を叩かれる。

いつの間に近付いてきたのか、すぐ近くにセーラが居た。

「あのー……良かったら、私と組みませんか?」

花が咲くような笑顔と共にそう声をかけられる。
初めて聞いた主人公の声は、秋の空のように澄み切った高い声で、僕は現実逃避からか(すげー良い声……)と謎の感動をしていた。

私と、クミ、クミマセンカ……? クミマセンカとは? 花の名前か?
くみ……組みませんか!?

驚愕の余り僕はいつもはぼんやりした目をかっぴらいてセーラをまじまじと見た。
彼女は微笑みを携えたまま首を傾げた。ぐぅっ……!

女の子耐性皆無の僕がこれから数々のイケメンを虜にするでろう主人公様に抗えるわけなく、……僕はこくりと頷いてしまった。

──いやいや駄目だって! 主人公がここでダリオンと組む事によって『セブンスリアクト』の恋愛要素がスタートするんだから!

「私、治癒クラスのセーラ・エーテリアと言います。よろしくお願いします」
「ほぁっ! は、はい。ぼ、僕は魔法クラスのレイル・ヴァンスタインと言います。よよよ、よろしくお願いしますっ」

セーラがにこにこしながら手を差し出してきたので、僕はカチコチの笑顔を浮かべつつその手を握った。

……もう今更断れる感じじゃない……。な、なんで僕なんかを……?

僕の葛藤を他所に、セーラは「あと一人、どうしましょうか」とざわつく生徒達を目で追っていた。
綺麗に組むなら騎士クラスの人と組めるのが一番なんだけど、レオニスの言ってた通り騎士クラスはほぼ全員が貴族、しかも上級貴族ばかりだからこちらからは声を掛けにくい。

ん……騎士クラス……?

「レイル。ごめんね、途中捕まって来るのが遅くなってしまった」

聞き慣れた低く甘い声で名前を呼ばれ、振り返ると銀色の鎧を装備したファルクが居た。
鎧と言ってもフルアーマーではなくて、白の軍服っぽいデザインの服に、肩当て、胸当て、脛当て、籠手と鮮やかな青いマントを着けたいかにもファンタジックな鎧装備だ。
その聖騎士風の装いは、人ならざるものっぽい美しさのファルクによく似合っていた。
僕の幼馴染は今日も神の如くかっこいい。

……そっか、合同授業だからファルクと一緒に組めるのか。すっかり失念していた。

「彼女は……?」

ファルクは僕の隣に居るセーラを見て眉を上げると、首を傾げた。ファルクの右手が僕の腰に回り、そばに抱き寄せられる。
表情には出さないが、何やら警戒しているようだ。

「彼女は治癒クラスのセーラ・エーテリアさん。一緒に組む事になったんだ」

僕は眉を下げて笑った。
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