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入学

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シルヴァレンス学園は王都より少し離れた山沿いに位置しており、我がヴァンスタイン家があるサンブールの領地からだと馬車で七時間以上はかかる。

その為、僕とファルクは入学のちょっと前から王都入りしていた。

王都ではサンブールの別邸でお世話になっている。
そちらにはファルクの父方の祖父母が暮らしており、サンブール侯爵も仕事の都合上こちらにいる事の方が多いようだ。
アリスおば様の威光が凄い本邸とは違って、こちらではやはり僕のような平民は余り歓迎されていない。
表立って何かされたりとか、言われたりする訳じゃないけどこういうのってなんか分かる。
特にファルクの祖父母なんかは笑顔が引き攣っているような気がする。

まぁ、仕方ない。平民だし、陰気臭い見た目だし、顔にでかい傷もあるし、オドオドしてるし。
ファルクの祖父母はオールドタイプな貴族っぽいから、僕みたいなの見たくもないんだろうな。

それに何より、可愛い可愛い王家の血を引く自慢の孫が甲斐甲斐しく僕の世話をしているのも知っているんだ。笑顔を保ててるだけ凄い。

そんな理由もあって、本当は一人で気楽に宿を取って王都観光ウェイウェイと洒落込みたかったんだけど、(主にアリスおば様に)危ないから駄目だと言われてしまった。
ファルクが一緒なら許可すると言われたけど、流石に久々に孫が泊まりに来るとそわそわしているだろう老人達の期待を裏切らせるのは心苦しく、僕が我慢する事にした。

お互い我慢しているんだからイーブンだよね。

一人で王都観光ウェイウェイとはいかなかったけど、ファルクと二人で平民街を見て回った。
ファルクはもう見た目からしてお貴族様なのがバレバレなので、店員さんや街の人は萎縮したり見惚れたりで大変そうだったな。
僕は多分ファルクの従者か何かだと思われてたと思う。
注目されっぱなしで疲れはしたが、変わった色の混ざり方をした魔法石や『マニアックな生活魔法』という本を手に入れられたし観光は楽しかった。

意外だったのはファルクがお菓子屋さんで苺の飴がたくさん詰まった可愛らしい瓶を買った事。あんまりお菓子を買うイメージが無かったから驚いたなぁ。

そんなこんなで入学の日を迎えたのである。
サンブール家の馬車で僕とファルクは優雅にシルヴァレンス学園に到着した。
ゲームやアニメの中で見ていた建物を前に、僕は密かに感動していた。
元々来る気が無かったとはいえ、やはり好きな作品の舞台に訪れるのはテンションが上がる。聖地巡礼気分だ。

これから『セブンスリアクト』が始まるんだ……!

まずは寮に荷物を運び入れる為、ファルクと別れる事にした。……のだがファルクが何故か着いてくる。
ファルクは王族や上級貴族が入る鷲寮、僕は下級貴族や平民が入る隼寮で建物も別々な筈なんだけど。

「えーと、ファルク?」
「なんだい、レイル」
「鷲寮はあっちだよ」
「ああ、俺の荷物はシャーリー達に任せたから。俺はレイルについていくよ」

なるほど。確かに鷲寮では使用人らしき人達が荷物を下ろしてる。貴族のご子息達が自分で荷下ろしはしないか。
ちなみにシャーリーというのはサンブール家のメイドさんの名前で、従者のウィルさんと共にファルクのお世話をしにきている。
とはいえ、シルヴァレンス学園に使用人を連れ込むのは禁じられているので入寮の準備だけしたら彼らは帰るのだけど。

僕が抱えたカバンをファルクが奪おうとするので、僕はぶんぶんと首を振って死守する。
持ってくれようとしているのは分かるけど、貴族のファルクが使用人に荷物を運ばせて、平民の僕が貴族のファルクに荷物を持たせるのは何か色々とおかしい。
既にもう注目されているのだから、下手な事はしたくない。
平民街でもそうだったけどファルクはもう貴族丸出しの見た目だから、隼寮にいると目立つ目立つ。
「寮間違えてない……?」とかのひそひそ声が聞こえる。

彼は遊びに来ているだけです。

えーと、僕の部屋は……あった。
一階の角部屋。本当だったら僕は家の格的には二階になるんだけど、脚の事もあるから一階にしてもらったのだ。
その分一人部屋なので、ゆっくり出来ると思う。
扉を開けると中には備え付けのベッドと学習机だけが置いてあった。窓には青いカーテンがかかっている。
元は二人部屋だったのを一人で使わせてもらうので広さは充分だ。
僕は荷物を置くと、ファルクを部屋の外に残したまま扉を閉めた。
そして改めて扉を開いて、キョトンとしているファルクに悪戯っぽくにいっと笑いかけた。

「ようこそ、僕の城へ! ファルクが初めてのお客さんだよ」

なんて事ないごっこ遊びだ。

……うん。やっぱりちょっと初めて親元から離れた事でテンションが上がってるのかもしれない。

少し恥ずかしくなっていると、何故か僕はファルクの腕の中に閉じ込められていた。
ぎゅうぎゅうと抱き締められて少し苦しい。ファルクは「かわいすぎる」とか「かわいいの天才」とかよく分からない事をぶつぶつ言ってる。

ファルクは日本の若い女性並みに「可愛い」を多用するんだよな。

僕は「可愛い」という言葉に拒否感がある男子ではないので、普通に褒め言葉として認識してるけど多用しすぎはどうかと思うな。

「ほら、オリエンテーション始まっちゃうよ。荷物も置いたし早く行こ」
「はぁ……やっぱり、レイルも鷲寮に入らないかい? それか俺がこっちに来るのはどう?」
「もうそれは散々話しただろ。駄目だって、決まりなんだから」
「だってクラスも別々なんだよ……本当に一人で大丈夫?」
「大丈夫だって」

行きたくないと駄々を捏ねるファルクの手を引いて校舎に向かう。
再びざわつく周囲の気配をシャットアウトする。
……はいはい、暗黒世界の呪術師みたいな男が美しい貴族の子息様の手を引いてる姿はさぞかし奇妙だろうね。

シルヴァレンス学園では騎士クラス、魔法クラス、治癒クラスの三つのクラスに分かれて授業が行われる。もちろん試験はあるが、本人の希望制である。
僕は魔法クラスで、ファルクは騎士クラス。

──このクラス決めも大変だった……。

『セブンスリアクト』でファルクは騎士クラスだったから絶対に騎士クラスに入って貰わなきゃいけないのに、僕が魔法クラスだからファルクも当然のように魔法クラスを選ぼうとした。
確かにファルクはどこのクラスでもトップ取れるような超ハイスペック男子なんだけど、『セブンスリアクト』のファルクは鎧を纏って剣と盾を構えた戦闘スタイルなんだ。杖を片手に魔法をバンバン撃ったりはしないのだ。
僕が騎士クラスに行ける訳もないので、この説得には多大な労力を使った。主に精神的に。

膝抱っこスタイルは当然として、最終的には「ファルクが剣で戦う姿が一番格好良くて好き」が決め手だったような気がする。

そんな賞賛普段から沢山貰ってそうなのに、やっぱり人間って煽てられるのに弱いんだな。
でも剣で戦うファルクは惚れ惚れするくらいに格好良いから、嘘をついた訳じゃない。三クラスの中で一番適性があると思う。

ゲーム内でもよく出てきた大講堂に着くと、入り口で待機していた教授にクラス毎に分かれるように指示される。
ファルクがとても不安そうにしている。うん、これは自分自身の事じゃなくて僕の事が不安なんだろうな。過保護過ぎる。

「何かあったらすぐ言うんだよ」
「分かったよ」
「脚が痛くなってもすぐ言うこと」
「分かったって」
「あぁ、心配だ……このまま帰ろうか?」
「帰りません」

たっぷり十秒くらいハグをしてから名残惜しそうにするファルクと離れた。

全く、ファルクは仕方ないなぁ。いつまで僕の事を幼児だと思ってるんだろ。
そりゃ頼り甲斐があるかと言えば無いけど、脚だって杖があればかなり長い時間歩けるようになったし、魔法だって勉強だってココに入れるくらいの実力はあるんだから。
もうファルクにくっついてた泣き虫じゃない。

魔法クラスが集まってる列の一番後ろの席に座り、不自然にならない程度に周囲を見回す。

──さて、主人公はどこかな……あ、いた。多分あの子だ!

治癒クラスの列の真ん中くらいに座る、何故か目を奪われてしまう女の子。
肩くらいまでのピンクベージュの髪に、くりくりとした大きい目。空色の瞳は未知の世界に対する期待でキラキラ輝いていた。

か、かわいい……!

これなら確かにあのイケメン攻略対象達と相対しても戦える。
貴族の令嬢のような派手な美しさでは無いんだけど、野山に咲く小さな花のように可憐で庇護欲を抱かせるその佇まい。

思わずポエミーな喩えをしてしまうくらいに可愛い。

しっかし治癒クラスかぁ、攻略するなら騎士クラスか魔法クラスの方が楽だよなぁ。
治癒クラスだとチームdpsの殆どをパーティメンバーに委ねざるを得ないから自由度が減るんだよな……お相手がダリオン、ファルク、アルバートあたりじゃないとキツい。
僕がゲームをプレイしてた時は大体騎士クラスを選んでた。攻守のバランスが一番良くて、ソロでもそこそこいけるし、同じクラスで推しのアルバートとの好感度が上がりやすかったから。

そうだ、アルバートは居るかな。僕の推し。彼とのエンディングは何回も見た。
まぁ推しとは言ってもダンジョン攻略をする上で一番効率が良いから彼を選んでたに過ぎないんだが、単純接触効果というやつでキャラとしても一番愛着があった。
騎士クラスの列を見ると、アルバートは探す必要もないくらいにすぐに見つかった。

デッッカ。あんなデケェんだな、アルバート。
まだ子供らしさの残る周囲の生徒とはガタイが違う。
ファルクも結構デカい方だけど比じゃない大きさだ。まさに筋骨隆々ってやつ。
鼻筋の通った精悍そうな顔立ちで、短い黒髪も意志の強さを感じる黒い瞳もクールでかっこいい。
うーん、流石僕のアルバート。三次元になってもかっこいいな!
他にもメインヒーローのダリオン王子や、ルカス王子など主要キャラクターはほぼ揃っているようだ。
皆ディスプレイ越しに見ていた時と変わらず物凄い美形だ。

別世界って感じだな……。

そんな面々の中にファルクも入ってるんだよなぁ。
長い事一緒に居すぎて、『セブンスリアクト』のファルクってより、やたらと過保護な幼馴染のファルクとしての印象の方が強いんだけど、こうして離れて見ると僕なんかのそばに居てくれてるのが不思議なくらい遠い存在に思える。

少し寂しさを感じてファルクの方を見ると、目が合った。

え、もしかしてずっと見られてた?

照れ隠しに小さく手を振ると胸を押さえてなんか悶えてた。……うん、ファルクはファルクだな。

学園長の挨拶や学校についての簡単な説明が終わった後、僕らは魔法クラス担任のヘンリー教授に連れられて、地下の魔法クラスの教室へと足を踏み入れた。
席について、ここも見覚えあるー! なんて浮かれていられたのは最初のうちだけで、次第にこの入学初日特有の緊張感に苛まれて胃が痛くなってきた。

当然だけど知らない人ばかりだ……。
こ、心細くなってきたぞ。友達出来るかな……?

ゲームではモブ生徒の事なんて殆ど描写されなかったから魔法クラスがどんな雰囲気なのか分からない。
静かに教授の説明を聞く周りの生徒達が恐ろしく思えてきた。
あんな大口叩いておいて、僕はもう既にファルクが恋しかった。
ファルクー……僕人見知りだったよ……。
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