69 / 140
第一部
69 距離
しおりを挟む
早苗に出産祝いの品を選んでもらい直樹はペンション『セレナーデ』に向かった。
『もしもし。大友です』
『あ、お。少々お待ちください』
そばに緋紗でもいたのだろう、和夫は少しして話し始めた。
『すまん。ちょっと立て込んでて。珍しいな電話よこすなんて』
『出産祝い持ってきたんですけど下の駐車場で渡しましょうか。後五分で着きます』
『えーっと。わかった。行くから待っててくれ』
『はい』
ペンションから離れた駐車場で直樹は待った。
しばらくして和夫がやってきた。
「おっす。元気か」
「ええ。まあ。これお祝いです」
「ありがとうなあ。いやー直樹が祝ってくれるなんてなあ」
直樹は笑って、「それぐらい、さすがにしますよ」と、言った。
「小夜子も喜ぶよ。会ってやってほしいんだが」
「また今度にしますよ。そうそう子供陶芸教室始めたらしいですね」
「ああ。よく知ってるな」
「ええ。チラシ見ましたよ」
和夫はそうかという顔をして、
「緋紗ちゃんは黙っててほしいと言っててな」
と、極まりが悪そうに言った。
「そうですか」
直樹はペンションのアトリエがある場所に目をやった。
「会いたいか?」
和夫はまっすぐに直樹を見て訊いた。
直樹は首を振って、
「今はよします」
と、珍しく謙虚な態度をとる。
「そうか。緋紗ちゃんって変わった子だな。欲がないのはやっぱ伯母さんが震災で大変な目にあったからかね」
「え。そうなんですか?」
「ああ。知らないのか。なんでも伯母さんは阪神淡路の震災で夫を亡くしてから、十年一人で過ごして亡くなったそうだよ。子供もいなかったから緋紗ちゃんをよく可愛がってたようでいつも人生の大事なものついて話してたらしい。そういう人の話を聞いて育ったんだ。普通の女の子とやっぱり違うだろうな」
和夫の話をじっと聞きながら、直樹は緋紗の純粋な率直さと欲のなさを思い出す。
「緋紗は若いけど大事なものを知ってますからね」
「うん」
「で、どうするんだ。今年の冬は来るか?今、緋紗ちゃんがいてくれてるから人手が足りてることは足りてるがな」
「しばらく来ませんよ。緋紗にも内緒にしておいてください。俺もすこし計画があるので。緋紗はどうですか?」
「元気だし陶芸教室も軌道に乗りそうだよ。とにかくよく頑張ってる。薪まで割ってくれてさ」
直樹は緋紗のすんなりした背中を目に浮かべた。
「あんな子滅多にいないよな」
「小夜子さん以外にでしょ」
直樹に言われて和夫は照れながら、
「まあそうだな」
と、顔を綻ばせた。
「夏までにまた来ます。それまで緋紗をよろしくお願いします」
「おう。まかせとけ。お前も頑張れよ」
和夫は軽く会釈をして去る少し雰囲気の変わった直樹を見て(ちゃんと迎えに来いよ)と心の中でつぶやいた。
『もしもし。大友です』
『あ、お。少々お待ちください』
そばに緋紗でもいたのだろう、和夫は少しして話し始めた。
『すまん。ちょっと立て込んでて。珍しいな電話よこすなんて』
『出産祝い持ってきたんですけど下の駐車場で渡しましょうか。後五分で着きます』
『えーっと。わかった。行くから待っててくれ』
『はい』
ペンションから離れた駐車場で直樹は待った。
しばらくして和夫がやってきた。
「おっす。元気か」
「ええ。まあ。これお祝いです」
「ありがとうなあ。いやー直樹が祝ってくれるなんてなあ」
直樹は笑って、「それぐらい、さすがにしますよ」と、言った。
「小夜子も喜ぶよ。会ってやってほしいんだが」
「また今度にしますよ。そうそう子供陶芸教室始めたらしいですね」
「ああ。よく知ってるな」
「ええ。チラシ見ましたよ」
和夫はそうかという顔をして、
「緋紗ちゃんは黙っててほしいと言っててな」
と、極まりが悪そうに言った。
「そうですか」
直樹はペンションのアトリエがある場所に目をやった。
「会いたいか?」
和夫はまっすぐに直樹を見て訊いた。
直樹は首を振って、
「今はよします」
と、珍しく謙虚な態度をとる。
「そうか。緋紗ちゃんって変わった子だな。欲がないのはやっぱ伯母さんが震災で大変な目にあったからかね」
「え。そうなんですか?」
「ああ。知らないのか。なんでも伯母さんは阪神淡路の震災で夫を亡くしてから、十年一人で過ごして亡くなったそうだよ。子供もいなかったから緋紗ちゃんをよく可愛がってたようでいつも人生の大事なものついて話してたらしい。そういう人の話を聞いて育ったんだ。普通の女の子とやっぱり違うだろうな」
和夫の話をじっと聞きながら、直樹は緋紗の純粋な率直さと欲のなさを思い出す。
「緋紗は若いけど大事なものを知ってますからね」
「うん」
「で、どうするんだ。今年の冬は来るか?今、緋紗ちゃんがいてくれてるから人手が足りてることは足りてるがな」
「しばらく来ませんよ。緋紗にも内緒にしておいてください。俺もすこし計画があるので。緋紗はどうですか?」
「元気だし陶芸教室も軌道に乗りそうだよ。とにかくよく頑張ってる。薪まで割ってくれてさ」
直樹は緋紗のすんなりした背中を目に浮かべた。
「あんな子滅多にいないよな」
「小夜子さん以外にでしょ」
直樹に言われて和夫は照れながら、
「まあそうだな」
と、顔を綻ばせた。
「夏までにまた来ます。それまで緋紗をよろしくお願いします」
「おう。まかせとけ。お前も頑張れよ」
和夫は軽く会釈をして去る少し雰囲気の変わった直樹を見て(ちゃんと迎えに来いよ)と心の中でつぶやいた。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる