スカーレットオーク

はぎわら歓

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第一部

16 静岡へ

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 電話をしてから三日くらいで新幹線のチケットが送られ、『普段着で来てください』と硬質な字で書かれたメモが同封されていた。
バイトということなのでジーンズとトレーナーをメインにバッグに詰め出発の日を待った。


  帰省ラッシュで岡山駅はごった返し、新幹線の自由席は廊下にも立っている客でいっぱいだ。しかしチケットは指定席で、落ち着いて座ることが出来る緋紗は直樹の気配りに感謝した。――ああ、そうだ。電話しなきゃ。
  あれからお互いに電話はしていない。
 二度目の電話だが緊張しながら名前を見る。――大友直樹

  何か音楽が少し流れてつながる。
 『はい。おはよう。ひさ?』
 『そうです。おはようございます。今、岡山出発しました。なので十一時四十分にそちらの駅に到着すると思います』
 『うん。迎えに行くから北口の一般乗降場というところにいてくれる?改札を通ってすぐだからわかると思うけど迷ったら電話して』
 『わかりました。じゃまたあとで』
 『あとでね』

  ドキドキして電話を切った。
 電話の直樹の声は実際のそれより硬質な感じで事務的であり、それがまた緋紗にはセクシーに感じる。
 窓から景色を見ようとしたが、直樹に会うことに気持ちが集中し始めると何も見る気がしなくなったので、目を閉じて体力の温存に努めた。


  直樹が斧で薪を割っているとペンションのオーナー、吉田和夫が声をかけてきた。
 「もうそろそろ迎えの時間だろ」
 「ああ。もうそんな時間ですか」
 「今日はもう、こんなもんでいいぞ」
 「そうですか?また帰ってきたら続きやりますけど」
 「いいよいいよ。今夜は今夜であれをやってもらうつもりだし。午後は連れに仕事を教えてやってくれ」
 「わかりました。じゃあそろそろ行ってきます」

  直樹がここで年末年始のバイトを始めてから四年目になる。
 林業に就いてから講習会で知り合ったのが吉田和夫で、元々東京で営業マンだったのだが田舎暮らしがしたくなり、都会の生活を捨て四十歳を期にIターンしてきた。

 知り合いになるきっかけだった講習会は『薪づくり』だった。
 講習会では四十代五十代のやはりUターン、Iターン希望者が多い中、一人二十代であり、すでに林業に就いているにも関わらず参加している直樹に吉田は興味を持つ。
 吉田には二十代で仕事の時間以外を、また仕事のような時間に費やすことが不思議に映ったらしい。
しかも吉田が二十代の時は『休みは女性と遊ぶもの』だったので直樹のような草食男子が異端だったのだ。

  今でも直樹の草食っぷりが不思議だがペンションをやるにあたって少し男手がほしかったのと、ストイックな感じが安心できたので直樹にアルバイトの話を持ち掛けた。
 最初の一年は月一で手伝ってもらっていたが、ペンションの経営が落ち着くのと吉田の慣れによって、今は年末年始の直樹の休みの時にだけ手伝ってもらっている。
しかし直樹の環境が変わればこの年末年始のアルバイトもどうなるかわからない。――彼女とかいないのかねえ。
  手伝ってくれるのはありがたいのだがずっと独りでいる直樹に心配をしなくもなかった。


  新幹線が到着したが混雑していてなかなか先に進めない。
もどかしい気持ちで緋紗は出口を探し、初めての町に少し興奮しながら駅を出て待ち合わせ場所へ急いぎ、一般乗降場の看板を見つけほっとする。
キョロキョロして立っていると目の前に軽トラックが止まり直樹が降りてきた。
スーツ姿ではなくグレーのデニムのツナギを着ていて、ワイルドだ。

 「やあ。来たね」
 「こ、こんにちは」
  雰囲気がいつもと違うので緋紗は少し緊張した。
 「荷物それだけ?」
 「はい。そうです」
  緋紗の手からボストンバッグを取ってやすやすと車の荷台に乗せる。
 「ありがとうございます」
 「うん。じゃ乗って。行こう」
  直樹がドアを開けて乗せてくれた。

 「軽トラでごめんね。十五分くらいで着くから我慢してくれるかな」
 「全然大丈夫です。軽トラ好きですよ」
 「そう。よかった」
  直樹はにっこりして発進した。
 軽トラックはマニュアルだがギアチェンジも滑らかで全然揺れず、緩い上り坂を進む。
 乗り物にそんなに得意ではない緋紗だが、直樹の丁寧な運転で酔わずにすみ、気分よく乗っていると目の前に大きな富士山が迫ってきた。

 「大きいー。私本物の富士山見るの初めてなんです」
 「ああ。そうなんだ。なかなかいいでしょ」
 「はい。でもなんか大きいカレンダーみたいですね」
  緋紗の言いように直樹は笑った。

 「あの。ペンションって何したらいいんでしょうか」
 「基本的には食事作りの手伝いとベッドメイキングと掃除くらいかな。これから行くペンションはオーナーが趣味でやってる陶芸教室もあってね。よかったらそれも手伝ってあげて」
 「へー陶芸できるところなんですかー」
 「朝が少しはやくて、夜まで片付けがあるけど重労働ではないよ」
 「弟子の身分なので大抵のことは平気ですよ」
 「ああそうだ。温泉があるよ。混浴ね」
 笑いながら言う直樹に緋紗はドキッとしたが平静を装って、「それは楽しみです」と、言っておいた。
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