上 下
124 / 127

124 大軍師

しおりを挟む
 諸外国との国交も順調で、華夏国も持ち直し安定している。国が安定していると学問に精が出るのか、軍師省では過去最高の人数が所属することとなった。それでも教官の孫公弘は「みなどうも小粒でなあ」と不満を口に出している。
 そこへ片腕を亡くし体力的な衰えを感じている郭蒼樹が教官になりたいと申し出る。孫公弘は大歓迎だ。

「まさか郭家の者が教官職につくとはなあ!」
「よくよく考えてみれば、自分が軍師になるよりも、軍師を多く育て上げることのほうが重要かと思いましてね」
「そうだ! そうだ! さすがよくわかっているじゃないか」
「軍師には星羅がいるし十分でしょう」
「うむ。次期大軍師は星羅だろう」

 誰もの予想通り、大軍師、郭嘉益が引退し、次期大軍師に星羅を指名する。当然の結果とは言え、まだまだ現役だろうと思っていた郭嘉益の引退に星羅は物申す。

「星羅、馬に乗れ。少し遠乗りしようぞ」
「え? 遠乗りですか? わかりました」

 都を離れ星羅は、郭家の汗血馬に乗り郭嘉益の後を追う。馬の優々はもういない。今はロバの明々の隣で安らかに眠っている。汗血馬は頑丈で駆ける速度が速い。ぼんやりしていると、試すかのように乗っているものを振り落そうとするので星羅は気が抜けない。前を走る郭嘉益は余裕で馬を走らせている。その雄々しく若々しい姿を見るだけで、まだまだ引退には時期尚早にみえる。

 乾いた土地を超え、まばらに樹木が生えている手つかずのような丘で郭嘉益はとまる。馬を降り、適当な木の枝に馬を繋いだので星羅もまねた。

「ここはどこですか?」

 気持ちの良い木陰がある場所だが何の変哲もない丘に見える。

「その茂みを超えてみるといい」
「はあ」

 ガザガザと身長くらいの草木を超えると都が一望できた。

「へえ。ここはいい見晴らしの場所ですね」
「うむ。銅雀台がよく見えるであろう」

 天高くそびえるような銅雀台を正面から見ることが出来る景観に星羅は感心する。

「では、こっちだ」

 また茂みに入りしばらく行くと草が刈られ土が大きく盛り上がった場所に出る。星羅があたりを見渡していると郭嘉益は地面に座りその盛り上がった部分に向かってひれ伏し、三回額づいた。

「こ、ここは!?」

 立ち上がった郭嘉益は「ここが高祖の墓なのだ」と静かに敬意をこめて発言した。

「こ、高祖のっ」

 星羅も慌てて額づき拝礼した。その姿に郭嘉益はうんうんと満足そうに頷いた。

「よい。立ちなさい」

 言われるまま立ち上がるが星羅はここに高祖が眠っているのだと思うと、高揚感と畏怖感が沸き上がる。

「高祖の墓は一般には幻の墓と言われておる。高祖は死後、自分の墓を暴かれぬように72基用意したからな」

 目を輝かせて星羅は話の続きを待つ。

「大軍師に就いたものだけが高祖の墓を知ることになる」
「大軍師だけ」
「そうだ。まさか息子ではなく、息子の嫁に教えることになるとは思わなかったがな。わはははっ」

 愉快そうに笑う郭嘉益に「やはり蒼樹には知らせてはいけないのですか」と問う。

「うむ。たとえ肉親でもだめじゃ。まあ、あやつは高祖の墓になど興味ないだろな」
「そうかも……」
「なるべくしてそなたが大軍師となったのだろう」
「義父上。お早くないですか? まだまだ現役でいられるでしょうに」
「いや、引き際が肝心だ。そなたは十分に資格がある。才は早く使わねばな。馬秀永大軍師には悪いことをした。わしが不甲斐ないばかりに長く就任させてしまったことよ」
「そんな……」
「矯めるなら若木のうちに。好機を逃してはならん」
「わかりました。精一杯務めさせていただきます」
「うんうん。しかし運命というのは不思議なものだ。高祖の血がそうさせたのだろうか」
「えっ」

 驚く星羅に、郭嘉益は優しい目を向ける。

「太極府と軍師省の上層部だけはそなたの出自を知っておる」
「そうなのですか!」

 太極府の陳賢路もなんとなく含みのある物言いをしていたが、星羅が王の曹隆明の娘だとやはり知っていたのだ。

「そなたの母は賢明であったな。もしも身籠った時に騒いでおれば……」

 星羅にも想像がつく。曹隆明の子を孕んだと、胡晶鈴が訴えればおそらく良くて冷宮送り、そして生かされていれば星羅も王の妃の誰かの公主として、後宮から出されず育ったことだろう。

「まさに運命的だと言わずにおれぬ。高祖の血を引くそなたが、王の娘が大軍師となり、そしてその息子が王になるのだからな」    

 郭嘉益はまた高祖の墓に額づき拝礼をした。星羅も隣に座り一緒になって心からの拝礼をささげる。高祖がいつまでも安らかな眠りについていられますようにと。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...