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93 父との別れ
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虚ろな日々を余儀なくされていた陸明樹は、父である医局長、陸慶明の処置によって徐々に力を回復していった。自分の家族がわかり、身体にも力が入るようになり起き上がることが出来るようになってから、中央に帰ってきていることを知る。
目を覚まして、天井を眺めている明樹に気づき、隣で休んでいた星羅は身体を起こす。
「あなた、気分は?」
「うん、悪くない」
明樹は天井を見つめたまま答える。星羅は寝台から降りて、息子の徳樹が眠っている籠を覗きに行った。彼はまだすやすやと眠りこけている。
ぼんやりと星羅は、西国に帰ってしまった母、朱京湖を想い、帰ってきた夫、明樹を感じる。明樹を取り戻せた喜びと、京湖を失った悲しみが複雑にブレンドされている。
「朝げの支度が出来ました」
陸家の下女の声に星羅はハッと現実に心を戻し「今行きます」と返した。明樹の具合が安定するまで、星羅と息子の徳樹も、陸慶明の屋敷に住んでいる。広い屋敷では親子三人が加わっても問題なかった。家のことも、使用人が何人もいるので星羅は客のように何もしなくてよかった。
明樹の容態が安定すると、星羅の養父、朱彰浩が西国に戻ると言い出した。京湖がいない華夏国に、彰浩がいる理由がないのだ。兄の京樹は華夏国に残る。彼には太極府で星を見る重要な仕事があるからだった。
「本当に父様行ってしまうの?」
「すまない」
「西国に戻っても母様とは会えないのに」
京樹は彰浩が西国に戻るメリットがまるでないと考える。
「ああ、わかっている。私は自分の住まいに帰ることにするよ」
元々京湖は臣下の中でも最上級の身分である戦士族で彰浩は市民階級だった。二人の身分差は大きく開いたもので、出会うことすらできなかった。
「出会う前に戻るだけだよ」
寂しそうに言う彰浩の目がとても切なく見えた。華夏国では王族は別格だが、奴隷も廃止され、職業的な身分はあっても、生まれた時から決まる身分などなかった。才よりも身分を優遇する西国の価値観に星羅はまったく理解ができないし、『身分』によって希望を持つこともできず、諦められる国民性に疑問を抱く。
京樹も同じだった。彼は西国人であるが、華夏国育ちのおかげで、身分に囚われることはない。彰浩も、華夏国に近いところに住み漢名をも持ち、20年以上暮らしてきたのに、やはり中身は西国人なのだ。
「もう二度と京湖には会えないだろうが、せめて同じ国土を踏んでいたいのだ」
控えめで静かに京湖を愛してきた彰浩の願いを、星羅も京樹も反対する気はなかった。
「寂しいわ……」
「お前たちがまだ幼ければ、一緒に西国へ連れていくのだが。二人とも立派になった」
自立した二人を彰浩はまぶしく見つめる。彰浩にとって、西国の花と呼ばれたラージハニこと京湖と過ごした日々は、子供たちを見れば夢でも幻でもなかったのだと実感する。しかし西国に帰って、自分の朽ち果てた陶房で今までの生活を夢のような日々だったと想像しながら過ごすのだろう。いい夢を見たと思いながら、静かに陶器を作る日々を彰浩はそんなに悪くないと思っている。
「手紙をかいてね」
「ああ、わかったよ」
最後の晩餐は、星羅がありったけのスパイスを使って咖哩を作った。彰浩も京樹も京湖の味がすると喜んだ。星羅もそう思ったが、もう二度と咖哩は作らないだろうと思っていた。
京樹も星羅も感傷的になりたくなくて仕事に精を出す。それでも京樹は西の空の星を見、星羅も西の地に思いを馳せる。
実際に感傷に浸っている暇はなかった、華夏国はますます冷え込んでいき、作物は枯れ始め、家畜は減少していった。北部からは南下してくる難民が増え、豊かで温かい南部では食料の買い占めが始まっている。国民を落ち着かせ、国力を保つために2人とも泣いていられなかった。
目を覚まして、天井を眺めている明樹に気づき、隣で休んでいた星羅は身体を起こす。
「あなた、気分は?」
「うん、悪くない」
明樹は天井を見つめたまま答える。星羅は寝台から降りて、息子の徳樹が眠っている籠を覗きに行った。彼はまだすやすやと眠りこけている。
ぼんやりと星羅は、西国に帰ってしまった母、朱京湖を想い、帰ってきた夫、明樹を感じる。明樹を取り戻せた喜びと、京湖を失った悲しみが複雑にブレンドされている。
「朝げの支度が出来ました」
陸家の下女の声に星羅はハッと現実に心を戻し「今行きます」と返した。明樹の具合が安定するまで、星羅と息子の徳樹も、陸慶明の屋敷に住んでいる。広い屋敷では親子三人が加わっても問題なかった。家のことも、使用人が何人もいるので星羅は客のように何もしなくてよかった。
明樹の容態が安定すると、星羅の養父、朱彰浩が西国に戻ると言い出した。京湖がいない華夏国に、彰浩がいる理由がないのだ。兄の京樹は華夏国に残る。彼には太極府で星を見る重要な仕事があるからだった。
「本当に父様行ってしまうの?」
「すまない」
「西国に戻っても母様とは会えないのに」
京樹は彰浩が西国に戻るメリットがまるでないと考える。
「ああ、わかっている。私は自分の住まいに帰ることにするよ」
元々京湖は臣下の中でも最上級の身分である戦士族で彰浩は市民階級だった。二人の身分差は大きく開いたもので、出会うことすらできなかった。
「出会う前に戻るだけだよ」
寂しそうに言う彰浩の目がとても切なく見えた。華夏国では王族は別格だが、奴隷も廃止され、職業的な身分はあっても、生まれた時から決まる身分などなかった。才よりも身分を優遇する西国の価値観に星羅はまったく理解ができないし、『身分』によって希望を持つこともできず、諦められる国民性に疑問を抱く。
京樹も同じだった。彼は西国人であるが、華夏国育ちのおかげで、身分に囚われることはない。彰浩も、華夏国に近いところに住み漢名をも持ち、20年以上暮らしてきたのに、やはり中身は西国人なのだ。
「もう二度と京湖には会えないだろうが、せめて同じ国土を踏んでいたいのだ」
控えめで静かに京湖を愛してきた彰浩の願いを、星羅も京樹も反対する気はなかった。
「寂しいわ……」
「お前たちがまだ幼ければ、一緒に西国へ連れていくのだが。二人とも立派になった」
自立した二人を彰浩はまぶしく見つめる。彰浩にとって、西国の花と呼ばれたラージハニこと京湖と過ごした日々は、子供たちを見れば夢でも幻でもなかったのだと実感する。しかし西国に帰って、自分の朽ち果てた陶房で今までの生活を夢のような日々だったと想像しながら過ごすのだろう。いい夢を見たと思いながら、静かに陶器を作る日々を彰浩はそんなに悪くないと思っている。
「手紙をかいてね」
「ああ、わかったよ」
最後の晩餐は、星羅がありったけのスパイスを使って咖哩を作った。彰浩も京樹も京湖の味がすると喜んだ。星羅もそう思ったが、もう二度と咖哩は作らないだろうと思っていた。
京樹も星羅も感傷的になりたくなくて仕事に精を出す。それでも京樹は西の空の星を見、星羅も西の地に思いを馳せる。
実際に感傷に浸っている暇はなかった、華夏国はますます冷え込んでいき、作物は枯れ始め、家畜は減少していった。北部からは南下してくる難民が増え、豊かで温かい南部では食料の買い占めが始まっている。国民を落ち着かせ、国力を保つために2人とも泣いていられなかった。
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