上 下
92 / 127

92 バダサンプ

しおりを挟む
 朱京湖ことラージハニは数日の旅の末、王に拝謁することになった。兵士に囲まれて王宮にはいり、王に拝謁する。跪き下を向いていたラージハニに「顔をあげよ」と声がかかる。
 王の顔を見てラージハニは驚いた。

「あ、あなたは!?」
「そうだ。私はいまや王なのだ」

 大臣の息子であったはずのバダサンプが王位についている。いつの間に王位を簒奪したのだろうか。

「王には世継ぎができなかったのだ。それで私が王位につくことになったのだよ」

 政権交代が穏やかに行われたはずはなかった、秘密裏に高官が何人も抹殺されているはずだ。考えられないほど、卑劣なやり方で王位についたであろうことは想像がつく。華夏国にいた時ですら、西国はどんどん税が重くなっていき庶民、それ以下の奴隷が苦しんでいる噂は聞いていた。

「さて、そなたは私の妃となる。喜べ」
「なっ!」

 立ち上がろうとしたラージハニを二人の兵士が抑えた。

「よいよい。すぐに婚礼を上げよう。支度をさせよ」

 ラージハニは引きずられるように兵士に連れていかれ、花嫁の支度をされることになった。

 沐浴のためにラージハニは兵士から、王宮に仕えている侍女たちに引き渡される。石でできた浴槽に水が張られ香り高い花びらが散らさせている。侍女たちに衣を脱がされ、手を引かれ水につかる。特に何もすることなく浸かっていると、また侍女たちに手を取られ浴槽から出される。身体を柔らかい布で拭きあげられるままじっとしていると「こちらは何でしょうか?」とラージハニの胸元を見る。首から小瓶がぶら下がっている。

「これは、美肌を保つ水よ。沐浴の後に肌に塗るものなの」
「あの、失礼ですが、中身を確かめさせていただいて宜しいでしょうか?」
「あら、怪しいかしら?」
「その、一応確認しないと……」

 木の蓋をとり瓶の中身を手のひらにとろりと出す。

「ほら。なめてみましょうか?」

 ラージハニはぺろりと舐めた後、全身に塗り始める。すっかり中身を出してしまい首筋から胸元、腰から足首まで身体中に塗る姿に侍女たちは大丈夫だろう判断しそのままにした。

「では、こちらを」

 今度は真紅の衣装を身に着ける。婚礼衣装のようで豪華さが増している。

「美しいですわ!」

 侍女たちの感嘆の声にラージハニは苦笑する。もう若い娘ではないのだ。美しい装いや豪華な髪飾りを嬉しくは思わなかった。髪と化粧を整えられたのち、また王宮に連れていかれる。

 王座ではバダサンプがふんぞり返ってラージハニ待っていた。若いころと変わらず、蛇のようにいやらしい目つきと、西国人にしては酷薄な薄い唇を歪めて笑っている。

「待ちかねたぞ。さあ王妃よ。こちらへ」

 ラージハニは王座の隣へ座らされる。

「さあ、わしは王妃を得た。皆で祝うがよい」

 大臣や兵士から歓声が上がると、バダサンプは立ち上がり、ラージハニの手を取った。

「どこへ?」

 嫌悪感で吐き気がするが、我慢して尋ねる。

「もちろん、寝室だ」
「今から祝宴では?」
「ああ、そうだ。ほかのものはわしらを祝う」
「では、わたくしたちもここで祝いを受けねばならないでしょう?」
「そんなことは後でいい。そんなことよりもそなたを早くわしのものにせねばな」

 いやらしく笑いバダサンプはラージハニの肩をがっちりと抱えるように、強引に引きずって寝室に向かった。ラージハニが無理やり連れていかれる姿に、誰もが見て見ぬふりをし、祝宴を続けた。

 しばらく引きずられるまま歩き、広い寝室へと連れていかれた。柔らかい寝具が敷き詰められた寝台に、ラージハニは投げ出されるように寝かされる。抵抗しても傷つけられるだけだろうことはわかっている。ラージハニは歯を食いしばってバダサンプにされるがままになっている。

「やっと手に入れた。これで望むものをすべて手に入れた。フッフッフフ」
「王になったなら、もっと若くて美しい女をいくらでも望めるはずでしょう?」
「ああ、そうだ。国中の女すべてわしのものにできる。だがわしはお前がいいのだ」
 
 バダサンプの這う指に嫌悪しながら、ここまでなぜ執着されなければならないのか疑問を口に出す。

「知りたいか?」
「ええ」
「わしの本当の身分はもっとも最下層の不可触民なのだ」
「え!?」
「驚いたか? 一番下どころか、人としても扱われないわしが今や国の王なのだ」
「なぜ……」
「顔が、大臣の息子と顔が似てたのさ」

 バダサンプは当時ラージハニの父と政敵であった大臣の跡取り息子と入れ替わっていたのだ。

「お前をやっと手に入れた」

 ラージハニに記憶はないが、バダサンプは彼女から施しを受けた。その時、バダサンプは恋をする。西国の花と呼ばれた美しい彼女に恋しない者はいないだろう。バダサンプは一生、不可触民としてゴミのような人生を送るのだと思っていたし、その生き方以外想像したこともなかった。ただ人生の岐路は誰にでも訪れる。

 バダサンプが町の清掃をしていた時だった。若い男が頭から血を流して倒れている。金持ちの息子が一本裏道に入ったために襲われたのだろう。若く背格好の似ている男は、バダサンプにそっくりだった。同じ顔の男の服装と、自分の服とは言えないのようなぼろ布を交換してみる。
「死んでるんだからもらってもいいだろう」
 丸裸で路上に転がすと、まるで自分が死んでいるみたいだった。気分が良くないと思い、自分のぼろを着せておいた。しばらく初めて着る上等な服を楽しんだ後、金に換えるつもりだった。しかし大臣の息子を探しに来ていた使用人にそのまま息子として屋敷へ連れていかれた。

「そのままわしは大臣の息子として過ごしてきたのだ」
「そんな……」
「身分の高いものは馬鹿なのか? 息子が入れ替わったことにも気づかなかった。しかもどんどん実権が奪われて行っていることにもだ」

 思い出しただけでも面白いと乾いた笑い声を立てる。確かに多忙な高官僚は、子供の教育は教育係にまかせっきりでかまう暇はない。ラージハニもあまり父や母、兄や姉と密な過ごし方はしたことがない。

「どうして暴政をしくの? 最下層の民の気持ちがわかるのだったら――」
「フハハハッ。やはり身分の高いものは愚かだな。わしはもう民の支配者なのだぞ? 民の気持ちなど分かったからどうだというんだ。ゴミはゴミのままでいいのだ」
「――。昔わたくしと間違えた華夏国の女はどうしたの?」
「華夏国の女? さあ、忘れたな。おそらく奴隷を欲しがっていた隊商にでも売ったのだろう」
「――晶鈴……」
「さあ、もうおしゃべりは良いだろう。不可触民が戦士階級の女を手に入れるのだ」

 何を言っても無駄なのは最初から分かっていた。美しい都(ラージハニ)は静かに大蛇(バダサンプ)に蹂躙されるのを待つ。

「さて、王妃よ、交わろうではないか」

 ラージハニの全身を味わったのちバダサンプはにやりと笑った。しかし次の瞬間「う、ぐっ」と胸をおさえた。

「く、な、なんだ。うっ、ぐ、ひゅっ、ぶっ」

 目をむき、口から泡を吐き出した。顔は青くなっり赤くなったり変化が激しい。

「み、水、を」

 喉が膨れ上がっているようで、呼吸もままならないバダサンプは、喉を掻きむしり寝台に臥せる。しばらくぴくぴくと手足の指が痙攣を起こしていたがそれも消えた。
 ラージハニはバダサンプのまだ生暖かい手首に指を置き脈を診る。もう脈を打つ音は聞こえなかった。

 彼女は、華夏国を出る前に医局長、陸慶明から毒を調合してもらっていた。それも少量ですぐ効果のあるものではなく、多量に服用することで効果があるものをだ。
 バダサンプが執拗な愛撫を施すだろうとラージハニは予想して、その毒を身体中に塗っておいた。


 寝台の近くにある水瓶を見つけ、ラージハニは頭から水をかぶる。

「もっと洗いたいわ」

 ふらふらと寝室から出たところを、兵士に取り押さえられた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

竜人族の末っ子皇女の珍☆道☆中

秋月一花
ファンタジー
 とある国に、食べることが大好きな皇女がいた。  その皇女は竜人族の末っ子皇女として、とても可愛がられながら育ち、王宮で美味しい料理に舌鼓を打っていた。  そんなある日、父親である皇帝陛下がこう言った。 『そんなに食べることが好きなのなら、いろんな国を巡ってみてはどうだ?』  ――と。  皇女は目を輝かせて、外の世界に旅をすることに決めた。  これは竜人族の末っ子皇女が旅をして、美味しいものを食べる物語である! 「姫さま……それはただの食べ歩きになるのでは」 「良いじゃろ、別に。さあ、今日も美味しいものを探しに行くぞ、リーズ!」 「……まぁ、楽しそうでなによりです、シュエさま」  ……ついでに言えば、護衛の苦労談でもあるかもしれない? ※設定はふわっとしています。 ※中華風~西洋風の国を旅します。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...