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11 太子と王太子妃

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 呂李華は真紅の婚礼衣装に身を包まれ、結い上げられた黒い髪には金と玉でできたかんざしがこれでもかというほど刺さっている。衣装と装飾品の重さは、姉、桃華の身代わりになっている重責に比べると軽いものだった。
 侍女たちに衣装の裾を持たれ、赤い靴の先が見える。慎重にやはり赤い布を敷かれた石の階段を上がる。最後の段を上るとき、よろけてしまった。

「あっ」

 転ぶ寸でのところで、さっと李華の手を取るものがいた。

「大事ないか?」
「はい」

 凛と張りつめ低いが透明感のある声がかかる。目の前は赤い布で覆われているので、声の主がわからない。しかし、王太子妃に触れられる男は太子しかいない。李華は支えられた大きくて硬い、しかし白く美しい手にため息が出た。この世の中にこのような美しい手の持つ男がいるだろうか。足元に気を付けなければいけないと思いながら、ついつい彼の手を見てしまう。
 そのまま手を引かれ「そこがそなたの席だ」と座らされた。そして目の前の赤い布が彼の手によって、顔から取り払われる。

「太子さま……」

 都に着いたときの煌びやかな様子に李華はとても驚いたが、目の前の太子、曹隆明の美しさにはかなわなかった。黒髪の艶と豊かさ、肌のきめと白さ、美しい血色の頬と唇。黒い瞳の中はまるで夜空の星が輝いているようだ。

「よくぞ参った」

 一言、隆明が言葉をかけ、席に着くと楽団がぞろぞろとやってきて華やかな演奏が始まった。赤い布が取り払われ、大きな広間に大臣たちと、楽団、舞踊団がひしめき合っていることに気づいた李華は驚くが、それよりも隣に座る隆明の存在のほうが大きい。雅な音楽も美しい舞も目に入ってこなかった。美しい太子がまぶしすぎて、李華はまた身代わりであることに心が重くなってくるのを感じた。

「もうじき終る」

 李華の暗い表情を見て、隆明は疲労だと思ったのだろう。いたわる声は優しい。

「ありがとうございます」

 2人のまた奥の席には王と王妃が座っている。変に思われてはいけないと思い、李華は姿勢を正し、舞を楽しんでいるそぶりを見せる。目の前をカラフルな薄絹が、滑らかな弧を描き、花が開いたり閉じたりするような舞踊はとても美しい。今の時代に奴隷も、宦官もなく、舞踊を生業とする者の地位は低くない。裕福な家の娘でも舞踊団に入っていたりする。艶やかな舞姫たちを眺めると、ますます李華は居心地が悪くなる。双子である桃華とは一卵性でそっくりな美貌を持つ彼女だが、あか抜けた都の女性たちには引け目を感じる。そもそもが姉と違った控えめな性格だからだ。ここまで来たからにはとにかくボロを出さず、自分は『桃華』であると言い聞かせた。

 宴が終り、李華は湯殿に連れていかれ、入浴することになった。熱い湯の表面は真っ赤な薔薇の花びらで埋め尽くされている。花の香りに酔いそうだ。ぼんやりと湯につかっていると、世話係の侍女がやってきて身体を洗い始めたので「自分で――」と、洗う布をとろうとすると「いえ、私の仕事なので」ときっぱりと拒否される。

「そうね。ごめんなさい」
「お許しください。王太子妃さま」
「あとで、洗うのがすごく上手だったと伝えておくわ」
「ありがとうございます!」

 風呂係の侍女は顔を輝かせる。自分の仕事を持ち、評価されることは当然賃金に結び付くのだ。これからは日常的に行っていたこともすべて、侍女たちにさせ彼女たちの生活の糧を奪わないように気を付けようと李華は、身を委ねた。そして李華の仕事は太子をよい気分にさせ、子を産み、育てることになる。自分の役割を考えていると、そろそろ湯から上がる時間だと告げられた。

 寝間着に着替えて、寝台に腰掛ける。敷かれた布団は最高の手触りで柔らかく温かく滑らかだった。初めての触り心地に李華は夢中になり何度も手を滑らせていると「太子さま、到着」と厳かな声がかかった。
 はっと顔を上げると、軽装になった太子の隆明が現れた。彼も入浴の後だろう、麗しい清涼感がある。

「下がってよい」

 供をしてきたものに声をかけると、侍従たちは寝所に入ることなく去った。より静かな空間になる。

「なにか不自由なことがあればすぐに言うといい」
「ありがとうございます」
「今日からよろし頼む」
「こちらこそお願いいたします」

 李華は姉に憤り、身の上を嘆いたが、美しい太子に触れられることによって幸せを感じられた。姉の頼みごとを聞いて、生まれてから初めて良かったと思う。甘い香が焚かれ、若く美しい太子夫婦を包み込んだ。
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