3 / 127
3 太極府
しおりを挟む
門の前に兵士が二人槍をもって立っている。晶鈴は着物の汚れを簡単に払い、首から下げていた札を兵士に見せる。
「どうぞ」
「ありがとう」
兵士たちとは顔見知りで、お互いのことを知っているが、規則にのっとり太極府への通行札を見せるのだ。敷居をまたぎ石畳を歩く。医局は薬草などの植物だらけの場所と違い、太極府は庭は主に石で構成されていた。細長い黒い石と白い石が、易の卦を表している。晶鈴はポンポンっと一つ飛ばしに黒い石だけを歩いていく。今はまだ日が高いので、みな屋内にいるが、夕暮れ時からは星読みがぞろぞろと外に出てくる。
晶鈴は青色の厚手の靴を脱ぎそろえる。太極府のものはみな青い靴を履くことになっている。慶明は医局の色である白の靴を履かされるだろう。そういえば王子の隆明の靴の色を見る余裕はなかったことを思い出した。おそらく王子、王女の身に着ける黒であろう。今頃になって隆明の瞳と髪が、漆黒であったことを思い出す。
「わたしや慶明みたいな庶民とはやはり違うものねえ」
少し栗色をした毛先を眺め、慶明の黒いがゆるくくねった髪を思った。
「もし、ほんとうに友達になれたら……」
漆黒の絹のような髪に触れてみたいと思うのだった。
「これ、晶鈴。帰宅が遅いぞ」
長い白いひげを蓄えた、長身のほっそりした陳賢路老師が声をかけてくる。
「すみません。陳老師。今日は出会う人が多かったものですから」
「ほうほう。どれこっちで話を聞かせてもらおうかの」
老師のあとについて晶鈴は占術の邪魔をしないように静かに歩いた。隔てる壁やついたてはなく、占い師たちは各々研鑽している。細長い棒を何本も持つもの、水晶の玉をのぞき込んでいるもの、札を何枚も扱っているもの様々だった。
話をするときだけ、小部屋に入る。
「で、今日はどうであったかな」
優しそうに孫娘に語り掛けるようなまなざしを向ける。この太極府で一番権力を持つ彼だが、晶鈴は緊張することなく安心して話すことができる。
「えっと、あ、うーんと」
「どうした?」
王子のことを占ったことをどうごまかそうかと思案しているうちに、老師に続きを言われてしまう。
「今日は二回占ったであろう」
「はっ、あ、はい……」
「だから遠慮せずに申すがよい」
老師には隠し事ができないなと、晶鈴は詳細を話した。
「なるほど。友が二人。一人は王子か」
「隆明さまはどんなお方なのですか?」
「隆王子はとても聡明な方でな。学問もよくお出来になるし。この曹家の長子であるが、生みの母であった王后が亡くなられておる」
曹隆明は王の嫡男で王太子の身分ではあるが、現在の新しく建てられた王后に次男の博行が生まれたところだった。老師の暗い表情に晶鈴も不安になる。
「隆王子の代で、この曹王朝はますます発展するはずだが……」
「大丈夫ですよ」
「隆王子はお寂しいはずじゃからな、陰ながらお仕えしなさい。表にはあまり出ぬように」
「わかってます」
幼いながらも晶鈴には自分の立場がよくわかっている。孤独をよく知っている晶鈴は、隆明の孤独もよくわかった。今度誰もいないところで会えたなら、「隆兄さま」と呼ぼうと頭の中で練習した。
「さて、そろそろ石を増やそうかの」
陳老師は棚から小さな濃紺の包みを取り出す。晶鈴の目の前で、そっと包みを広げていく。中には透明感のある紫の小石が多くある。
「これはなんですか?」
初めて見る美しい宝玉のような石に晶鈴はうっとりする。
「これは流雲石というものじゃ、ほらここに文字があるじゃろう」
老師は印が刻まれたほうを上に向け説明を始める。色々な印があり、それぞれに意味があるようで、偶然を使って占い卜術の道具だった。
「こんなにきれいな石を占いに使うんですか」
「うむ。この石は霊力のある石で、むしろ占いにしか使えない。下手に装飾品などにすると、体調不良を起こしかねん」
「へえ」
綺麗な石よりも、輝かせる瞳で晶鈴は流雲石を眺める。老師はやはりこの道具を扱えるものは晶鈴しかいないと思っていた。
「晶鈴の住んでいた村よりもはるか西方のかなたから伝わったものだ」
「わたしの村よりも、もっともっと西……」
故郷の草原に思いを馳せ、さらに心を西に旅させる。手のひらに一つ紫の石を置いてみると、ひんやりとして硬いが、柔らかさも感じた。晶鈴の持つ力をこの石はより増幅させていくのだった。
「どうぞ」
「ありがとう」
兵士たちとは顔見知りで、お互いのことを知っているが、規則にのっとり太極府への通行札を見せるのだ。敷居をまたぎ石畳を歩く。医局は薬草などの植物だらけの場所と違い、太極府は庭は主に石で構成されていた。細長い黒い石と白い石が、易の卦を表している。晶鈴はポンポンっと一つ飛ばしに黒い石だけを歩いていく。今はまだ日が高いので、みな屋内にいるが、夕暮れ時からは星読みがぞろぞろと外に出てくる。
晶鈴は青色の厚手の靴を脱ぎそろえる。太極府のものはみな青い靴を履くことになっている。慶明は医局の色である白の靴を履かされるだろう。そういえば王子の隆明の靴の色を見る余裕はなかったことを思い出した。おそらく王子、王女の身に着ける黒であろう。今頃になって隆明の瞳と髪が、漆黒であったことを思い出す。
「わたしや慶明みたいな庶民とはやはり違うものねえ」
少し栗色をした毛先を眺め、慶明の黒いがゆるくくねった髪を思った。
「もし、ほんとうに友達になれたら……」
漆黒の絹のような髪に触れてみたいと思うのだった。
「これ、晶鈴。帰宅が遅いぞ」
長い白いひげを蓄えた、長身のほっそりした陳賢路老師が声をかけてくる。
「すみません。陳老師。今日は出会う人が多かったものですから」
「ほうほう。どれこっちで話を聞かせてもらおうかの」
老師のあとについて晶鈴は占術の邪魔をしないように静かに歩いた。隔てる壁やついたてはなく、占い師たちは各々研鑽している。細長い棒を何本も持つもの、水晶の玉をのぞき込んでいるもの、札を何枚も扱っているもの様々だった。
話をするときだけ、小部屋に入る。
「で、今日はどうであったかな」
優しそうに孫娘に語り掛けるようなまなざしを向ける。この太極府で一番権力を持つ彼だが、晶鈴は緊張することなく安心して話すことができる。
「えっと、あ、うーんと」
「どうした?」
王子のことを占ったことをどうごまかそうかと思案しているうちに、老師に続きを言われてしまう。
「今日は二回占ったであろう」
「はっ、あ、はい……」
「だから遠慮せずに申すがよい」
老師には隠し事ができないなと、晶鈴は詳細を話した。
「なるほど。友が二人。一人は王子か」
「隆明さまはどんなお方なのですか?」
「隆王子はとても聡明な方でな。学問もよくお出来になるし。この曹家の長子であるが、生みの母であった王后が亡くなられておる」
曹隆明は王の嫡男で王太子の身分ではあるが、現在の新しく建てられた王后に次男の博行が生まれたところだった。老師の暗い表情に晶鈴も不安になる。
「隆王子の代で、この曹王朝はますます発展するはずだが……」
「大丈夫ですよ」
「隆王子はお寂しいはずじゃからな、陰ながらお仕えしなさい。表にはあまり出ぬように」
「わかってます」
幼いながらも晶鈴には自分の立場がよくわかっている。孤独をよく知っている晶鈴は、隆明の孤独もよくわかった。今度誰もいないところで会えたなら、「隆兄さま」と呼ぼうと頭の中で練習した。
「さて、そろそろ石を増やそうかの」
陳老師は棚から小さな濃紺の包みを取り出す。晶鈴の目の前で、そっと包みを広げていく。中には透明感のある紫の小石が多くある。
「これはなんですか?」
初めて見る美しい宝玉のような石に晶鈴はうっとりする。
「これは流雲石というものじゃ、ほらここに文字があるじゃろう」
老師は印が刻まれたほうを上に向け説明を始める。色々な印があり、それぞれに意味があるようで、偶然を使って占い卜術の道具だった。
「こんなにきれいな石を占いに使うんですか」
「うむ。この石は霊力のある石で、むしろ占いにしか使えない。下手に装飾品などにすると、体調不良を起こしかねん」
「へえ」
綺麗な石よりも、輝かせる瞳で晶鈴は流雲石を眺める。老師はやはりこの道具を扱えるものは晶鈴しかいないと思っていた。
「晶鈴の住んでいた村よりもはるか西方のかなたから伝わったものだ」
「わたしの村よりも、もっともっと西……」
故郷の草原に思いを馳せ、さらに心を西に旅させる。手のひらに一つ紫の石を置いてみると、ひんやりとして硬いが、柔らかさも感じた。晶鈴の持つ力をこの石はより増幅させていくのだった。
0
お気に入りに追加
95
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
竜人族の末っ子皇女の珍☆道☆中
秋月一花
ファンタジー
とある国に、食べることが大好きな皇女がいた。
その皇女は竜人族の末っ子皇女として、とても可愛がられながら育ち、王宮で美味しい料理に舌鼓を打っていた。
そんなある日、父親である皇帝陛下がこう言った。
『そんなに食べることが好きなのなら、いろんな国を巡ってみてはどうだ?』
――と。
皇女は目を輝かせて、外の世界に旅をすることに決めた。
これは竜人族の末っ子皇女が旅をして、美味しいものを食べる物語である!
「姫さま……それはただの食べ歩きになるのでは」
「良いじゃろ、別に。さあ、今日も美味しいものを探しに行くぞ、リーズ!」
「……まぁ、楽しそうでなによりです、シュエさま」
……ついでに言えば、護衛の苦労談でもあるかもしれない?
※設定はふわっとしています。
※中華風~西洋風の国を旅します。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
碧天のノアズアーク
世良シンア
ファンタジー
両親の顔を知らない双子の兄弟。
あらゆる害悪から双子を守る二人の従者。
かけがえのない仲間を失った若き女冒険者。
病に苦しむ母を救うために懸命に生きる少女。
幼い頃から血にまみれた世界で生きる幼い暗殺者。
両親に売られ生きる意味を失くした女盗賊。
一族を殺され激しい復讐心に囚われた隻眼の女剣士。
Sランク冒険者の一人として活躍する亜人国家の第二王子。
自分という存在を心底嫌悪する龍人の男。
俗世とは隔絶して生きる最強の一族族長の息子。
強い自責の念に蝕まれ自分を見失った青年。
性別も年齢も性格も違う十三人。決して交わることのなかった者たちが、ノア=オーガストの不思議な引力により一つの方舟へと乗り込んでいく。そして方舟はいくつもの荒波を越えて、飽くなき探究心を原動力に世界中を冒険する。この方舟の終着点は果たして……
※『side〇〇』という風に、それぞれのキャラ視点を通して物語が進んでいきます。そのため主人公だけでなく様々なキャラの視点が入り混じります。視点がコロコロと変わりますがご容赦いただけると幸いです。
※一話ごとの字数がまちまちとなっています。ご了承ください。
※物語が進んでいく中で、投稿済みの話を修正する場合があります。ご了承ください。
※初執筆の作品です。誤字脱字など至らぬ点が多々あると思いますが、温かい目で見守ってくださると大変ありがたいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる