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3 太極府

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 門の前に兵士が二人槍をもって立っている。晶鈴は着物の汚れを簡単に払い、首から下げていた札を兵士に見せる。

「どうぞ」
「ありがとう」

 兵士たちとは顔見知りで、お互いのことを知っているが、規則にのっとり太極府への通行札を見せるのだ。敷居をまたぎ石畳を歩く。医局は薬草などの植物だらけの場所と違い、太極府は庭は主に石で構成されていた。細長い黒い石と白い石が、易の卦を表している。晶鈴はポンポンっと一つ飛ばしに黒い石だけを歩いていく。今はまだ日が高いので、みな屋内にいるが、夕暮れ時からは星読みがぞろぞろと外に出てくる。
 晶鈴は青色の厚手の靴を脱ぎそろえる。太極府のものはみな青い靴を履くことになっている。慶明は医局の色である白の靴を履かされるだろう。そういえば王子の隆明の靴の色を見る余裕はなかったことを思い出した。おそらく王子、王女の身に着ける黒であろう。今頃になって隆明の瞳と髪が、漆黒であったことを思い出す。

「わたしや慶明みたいな庶民とはやはり違うものねえ」

 少し栗色をした毛先を眺め、慶明の黒いがゆるくくねった髪を思った。

「もし、ほんとうに友達になれたら……」

 漆黒の絹のような髪に触れてみたいと思うのだった。

「これ、晶鈴。帰宅が遅いぞ」

 長い白いひげを蓄えた、長身のほっそりした陳賢路老師が声をかけてくる。

「すみません。陳老師。今日は出会う人が多かったものですから」
「ほうほう。どれこっちで話を聞かせてもらおうかの」

 老師のあとについて晶鈴は占術の邪魔をしないように静かに歩いた。隔てる壁やついたてはなく、占い師たちは各々研鑽している。細長い棒を何本も持つもの、水晶の玉をのぞき込んでいるもの、札を何枚も扱っているもの様々だった。
 話をするときだけ、小部屋に入る。

「で、今日はどうであったかな」

 優しそうに孫娘に語り掛けるようなまなざしを向ける。この太極府で一番権力を持つ彼だが、晶鈴は緊張することなく安心して話すことができる。

「えっと、あ、うーんと」
「どうした?」

 王子のことを占ったことをどうごまかそうかと思案しているうちに、老師に続きを言われてしまう。

「今日は二回占ったであろう」
「はっ、あ、はい……」
「だから遠慮せずに申すがよい」

 老師には隠し事ができないなと、晶鈴は詳細を話した。

「なるほど。友が二人。一人は王子か」
「隆明さまはどんなお方なのですか?」
「隆王子はとても聡明な方でな。学問もよくお出来になるし。この曹家の長子であるが、生みの母であった王后が亡くなられておる」

 曹隆明は王の嫡男で王太子の身分ではあるが、現在の新しく建てられた王后に次男の博行が生まれたところだった。老師の暗い表情に晶鈴も不安になる。

「隆王子の代で、この曹王朝はますます発展するはずだが……」
「大丈夫ですよ」
「隆王子はお寂しいはずじゃからな、陰ながらお仕えしなさい。表にはあまり出ぬように」
「わかってます」

 幼いながらも晶鈴には自分の立場がよくわかっている。孤独をよく知っている晶鈴は、隆明の孤独もよくわかった。今度誰もいないところで会えたなら、「隆兄さま」と呼ぼうと頭の中で練習した。

「さて、そろそろ石を増やそうかの」

 陳老師は棚から小さな濃紺の包みを取り出す。晶鈴の目の前で、そっと包みを広げていく。中には透明感のある紫の小石が多くある。

「これはなんですか?」

 初めて見る美しい宝玉のような石に晶鈴はうっとりする。

「これは流雲ルーン石というものじゃ、ほらここに文字があるじゃろう」

 老師は印が刻まれたほうを上に向け説明を始める。色々な印があり、それぞれに意味があるようで、偶然を使って占い卜術の道具だった。

「こんなにきれいな石を占いに使うんですか」
「うむ。この石は霊力のある石で、むしろ占いにしか使えない。下手に装飾品などにすると、体調不良を起こしかねん」
「へえ」

 綺麗な石よりも、輝かせる瞳で晶鈴は流雲石を眺める。老師はやはりこの道具を扱えるものは晶鈴しかいないと思っていた。

「晶鈴の住んでいた村よりもはるか西方のかなたから伝わったものだ」
「わたしの村よりも、もっともっと西……」

 故郷の草原に思いを馳せ、さらに心を西に旅させる。手のひらに一つ紫の石を置いてみると、ひんやりとして硬いが、柔らかさも感じた。晶鈴の持つ力をこの石はより増幅させていくのだった。
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