【完結】赤い糸の先に運命はあるか

瀬川香夜子

文字の大きさ
7 / 24

07

しおりを挟む



 二週間後、遠足当日は天候にも恵まれ、朝から燦々と晴れた陽気に包まれていた。
 遊園地には、電車で一時間ほどかかってしまうので、陽希は朝日が強く差し込む時間帯に家を出た。
 陽が出てからそう時間が経っていないせいか、青空が広がりつつも、どこか涼しい空気にはひっそりと残った夜の気配を感じた。
 早朝の空気はスッと陽希の中に入り込み、全身を綺麗に濯いでくれるような気分になる。息をすることすら、気分がいい。
 向かっている遊園地は都内にあった。
 早い時間帯とはいえ、駅も電車も人は多く、とくに陽希の乗車した上り線は満員電車で結構窮屈なものだった。
 普段はスクールバッグを使っているが、今日は校外学習なので動きやすいようにリュックサックで来た。そのリュックを前で背負って胸に抱え、陽希は出来るだけ体を小さくして電車に揺られていた。
 そうして人混みの向こう――窓の外で陽光に照らされてキラキラと光るビルたちをぼんやり眺めていた。
(電車って滅多に乗らないけど、たまにはこういうふうに過ごすのもいいな……)
 さすがに、毎日満員電車に揉まれるのは憂鬱だが、ときどきなら新鮮でいいかもしれない。特に、朝になったばかりの景色は見ていて気持ちが良かった。
 人が減っては同じだけ増え、たまにごっそりと人が少なる駅もあって。そうやって新しいことを発見するのも楽しかった。一人で色んなことに目移りしているうちに、気がつけば目的の駅に到着した。
 アナウンスから聞こえた駅名に、ハッとして陽希は慌てて電車を降りた。
 ここは遊園地の最寄り駅で、真っ直ぐ歩道橋を歩くと遊園地の受付に辿り着くのだ。きっと降りた人のほとんどは、陽希と同じ場所が目的地だろう。
 ほとんどは私服姿の一般の客だが、時々ちらほらと見知った制服を着た生徒の姿が見えた。
(結局、青島くんから遠足の話は出なかったな……)
 不意に残念に思ってしまった自分に気づき、ハッとしてぶんぶんと頭を振ってそんな思考を振り切った。
 いけない。いけない。欲張らないと、つい先日誓ったばかりなのだ。
 青島と一緒にいることが、陽希にとっての日常になり始めているせいか、気を抜くとすぐに欲が出てしまう。
 今だって、もし会えたら写真ぐらいは撮りたいな……なんて思わず考えてしまった。
 改札を抜けてから案内板に沿って歩くと、そう経たずに遊園地の入場ゲートが見えた。その手前にはすでに数え切れないほどの人の列が出来ている。
 開演時間までまだ時間はあるが、こうして早くから並んで待機するのは普通らしい。
 むしろ、十分に園内を楽しみたいなら、そうしないといけない、と事前に調べたときに見た解説サイトに記されていた。
 しかし、こうして眼の前にすると膨大な人の数と、ワクワクと心弾ませる人々の興奮や熱気に圧倒されてしまう。
(すごいなあ。こんなに遊びに来てるんだ……それにみんなすごく楽しそう)
 楽しみな様子を前面に出して顔を明るくしている人々に、見ている陽希も微笑んでしまう。
 友人同士ではしゃぐ若い集団や、それに混じって年配の人も意外と多い。
 ふと陽希は、小さな子ども連れの家族に眼をとめた。
 五歳ぐらいの男の子だ。その子を真ん中にして、左右には両親と見られる男女が寄り添っている。
 両手を父と母に握られた男の子は、入場したらどのアトラクションに行くんだ、と少し離れた陽希にまで届く声で楽しそうに言った。
 声が大きいよ。そう注意するように母親が腰を屈めて口元に指を立てた。けれど、その表情は笑みが浮かんでいて、楽しそうな我が子に対する愛情が見える。
 子供も子供で、はーいと頷きながら、今度はクスクス笑った。父親はそんな二人を見下ろして口の端を上げていた。
 温かくて、愛の詰まった光景だ。
 ツキン、と陽希は胸に小さな痛みを覚えた。あの光景は、陽希が経験できなかったものだ。
 家族で遊びに行ったことなどないし、両親と手を繋いだこともない。楽しそうに二人の顔を見上げて、自分の気持ちを述べたことなどない。
 よくよく見てみると、さっきの男の子の家族のような人たちは、そこら中に溢れていた。
 さっきまでぽかぽかしていた胸の内が急激に冷えて、世界に一人ぼっちになったような気持ちになった。
 ここは陽希の知らないことばかりだ。自分はここにいてはいけない。そんな気分になって、陽希は慌てて一般客の列から眼を逸らした。
(こっちは一般入場口だから、団体客用はの待機場所は……あっちか)
 少し離れた場所にあった案内板を見つけ、陽希は足を向けた。一般客が並ぶ列を囲うようにあった植え込みの向こう側は、大型バスなどが停まる大きな駐車場だ。
 他にも制服を着て集まっている学校があり、そちらはバスで揃って来ているようだった。こちら側もやはり人が多い。
 だが、同じ服装をして固まっているので、陽希の学校の待機列はすぐに分かった。
 無事にたどり着けたことにひとまず安堵した。そうして近づいていくと、教師陣はすでに揃っていて雑談まじりに生徒を待っていた。
 当たり前だが太田もいて、近づいてきた陽希に気づくと、稲葉! と手を上げた。
「さすが委員長、早いな!」
 と、陽希の肩を叩く。今日も相変わらず、ワンサイズは大きいぶかっとしたスーツ姿だ。
 太い黒縁の眼鏡がずれ、太田はそれを慣れた手つきで押し上げる。
「ぼちぼち集まってきてるから、点呼取っといてくれるか? 集合時間の十分前に一旦報告してくれ」
「はい、分かりました」
 すんなりと頷く陽希に、太田は満足そうに口角を上げて他の教員の輪に戻った。
 とりあえず、今いる生徒だけでも確認をしておこうと思ったところで、不意に隣から呼ばれた。
「稲葉くん。私、女子のほう確認してくるよ」
 同じクラスの早波だ。重たく見える黒いショートヘアを揺らした、物静かで大人しい雰囲気の彼女は、本来は数学の係を担当している。
 だが、陽希たちのクラスの数学は担任の太田が受け持っていて、数学の授業の用事も全て学級委員である陽希に回ってくる。
 彼女はそれを悪いと思っているのか、陽希が用事を言いつけられると、時々こうして手伝いを申し出てくれるのだ。
「早波さん……本当にいいの?」
「うん。そんなに人数多くないし……女子と男子バラバラに固まってるから、分けた方がやりやすいでしょ?」
 多分、人数が揃ってくればきちんと整列を促すのだろうが、今はクラスもごちゃ混ぜで、男女ともにそれぞれ仲の良い生徒と輪になっている。
(たしかに女子も俺が急に割り込むより、早波さんから声をかけてもらったほうがいいかな……)
 頼まれた仕事を押しつけるのは悪い気もしたが、ここは甘えさせてもらおう。そう思って、陽希は申し訳ないと眉を落としつつ、微笑んで頷いた。
「じゃあ、女子生徒のほうお願いしてもいい?」
「うん。任せて」
 早波は控えめに……けれど、随分と嬉しそうに笑った。そのまま体を反転させて生徒のほうに向かうかと思いきや、すんでの所でもう一度振り返った。
「あのさ、稲葉くん」
「どうしたの?」
「今日の遊園地……誰かと一緒に回るの?」
 おずおずと訊ねられて、陽希は一度大きく眼を瞬いた。そして内心にこみ上げた淋しさを隠してクスリと笑う。
「ううん。今日は一人でゆっくり回る予定。早波さんは……友達と?」
「あ、そうなんだね……そっか。ゆっくり見るのもいいもんね。うん。私は友達と一緒に回る予定なんだ」
 彼女の強張っていた肩から力が抜けていく。それがなんだか落胆しているようにも見えて、陽希は不思議そうに首を傾げた。
 どうしたのかと訊ねる前に、彼女は「じゃあ点呼とってくるね」と駆けていってしまった。
 わざわざ追いかけるほどのことでもないかと、陽希も男子の点呼に向かった。
 集合時間は遊園地の開演時間三十分前に設定されており、そう経たないうちに生徒は集合した。
 各クラスの点呼が終わってから、羽目を外しすぎないようにという形式的な学年主任の話を聞いた。
 そして少しの待機時間の末、入場ゲートが開かれる。それとともに生徒たちも自由行動を言い渡された。
 流れに押されて歩いていると、人混みの隙間から、青島のあのミルクティーの髪が一瞬見えた気がした。けれど一瞬のことで、あっと思ったときにはすでに見失っていた。少し、残念に思う。
 楽しそうに話をして散らばっていく生徒を後目に、陽希は初めて見る遊園地の景色を楽しむことにした。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

僕がそばにいる理由

腐男子ミルク
BL
佐藤裕貴はΩとして生まれた21歳の男性。αの夫と結婚し、表向きは穏やかな夫婦生活を送っているが、その実態は不完全なものだった。夫は裕貴を愛していると口にしながらも、家事や家庭の負担はすべて裕貴に押し付け、自分は何もしない。それでいて、裕貴が他の誰かと関わることには異常なほど敏感で束縛が激しい。性的な関係もないまま、裕貴は愛情とは何か、本当に満たされるとはどういうことかを見失いつつあった。 そんな中、裕貴の職場に新人看護師・宮野歩夢が配属される。歩夢は裕貴がΩであることを本能的に察しながらも、その事実を意に介さず、ただ一人の人間として接してくれるαだった。歩夢の純粋な優しさと、裕貴をありのまま受け入れる態度に触れた裕貴は、心の奥底にしまい込んでいた孤独と向き合わざるを得なくなる。歩夢と過ごす時間を重ねるうちに、彼の存在が裕貴にとって特別なものとなっていくのを感じていた。 しかし、裕貴は既婚者であり、夫との関係や社会的な立場に縛られている。愛情、義務、そしてΩとしての本能――複雑に絡み合う感情の中で、裕貴は自分にとって「真実の幸せ」とは何なのか、そしてその幸せを追い求める覚悟があるのかを問い始める。 束縛の中で見失っていた自分を取り戻し、裕貴が選び取る未来とは――。 愛と本能、自由と束縛が交錯するオメガバースの物語。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

処理中です...