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第七章 桜降る春に
四
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桜子は天音から身を離し、言った。
「さ、湯につかってきてください。長旅でお疲れでしょう」
天音は意味ありげに目の端で桜子をら見つめた。
「一緒に、と言いたいところだが、そういうわけにはいかないだろうな」
桜子は頬を赤く染め、天音を軽くにらんだ。
「もちろん無理です。もう。戯言はよしにして早く行っていらして」
桜子は文句を言いつつ、こんなやり取りの一つ一つが小躍りしてしまいそうなほどうれしい。
その顔には自然と笑みが溢れていた。
***
桜子が湯あみから戻り、部屋のふすまを閉めると同時に、待ちかねていた天音に抱きすくめられた。
「桜子……何度言っても足りないよ。会いたかった。こうして抱きしめたかった」
「わたくしも……」
天音は桜子に顔を寄せ、激しく唇を奪った。
気持ちのこもった熱い口づけ。
桜子も恥じらう気持ちを捨てて、天音の背に手をまわし、彼の熱情にこたえた。
そのまま、もつれ合うように布団に向かう。
天音は桜子の帯を解きながら、自分も浴衣の袖を抜いた。
二人の肌が直接触れ合い、熱を帯びる。
天音にも、はじめてのときに見せたような余裕はまったくない。
せわしなく、桜子の中心を探り、すぐにひとつになった。
「ああ……」
ありったけの気持ちをこめて桜子を愛する天音に翻弄され、桜子も抑えきれない声をもらす。
その声がまた、天音を煽り、桜子を激しく求めさせる。
「桜子……愛している」
「あ、天音。ああ……」
二人は同時に忘我の極みにたどりついた。
***
荒い息が収まると、天音は桜子に手をまわし抱き寄せた。
天音の規則正しい心臓の音に耳を傾けながら、桜子はこの上ない幸せな時に浸っていた。
「ねえ、天音」
「ん?」
「今日までのこと、聞かせてほしいのだけれど」
天音はいいよ、と言い、桜子をさらに近くに抱き寄せた。
そして天井を見上げたまま、ぽつぽつと話しはじめた。
「とても幸運だったんだ。あの、吉田家を追い出された日、英国大使館の別荘で保護されてね。英国に渡るときも、秘書官のチャールズという人の帰国と同時だったから、倫敦での仕事先や住居の世話もしてもらえた」
「まあ、そんなことがあったのですね」
「ああ。自分で思っていたより英語が通じたのは良かったんだが、通訳見習いは覚えることが膨大で、寝る間もなかったよ」
天音は微笑み、彼女のほつれた髪を優しく整えた。
「でも、つらい時、いつも桜子の笑顔を思い浮かべていた。いつか必ず迎えにいく。そのためには必死で頑張らなければと」
桜子は天音の胸に顔を寄せた。
「それと父親のこともわかった」
「お会いになることができて?」
「いや、もうとっくに亡くなっていたよ」
日光で天音を救ってくれたバークリー英国大使は、約束を違えずに天音の出自についてきちんと調査してくれた。
調査はなかなか捗らなかったようで、返答をもらったのは、つい最近のことだった。
天音が英国に渡って二年、もう返事はないだろうと諦めていたころ、知らせがあった。
「さ、湯につかってきてください。長旅でお疲れでしょう」
天音は意味ありげに目の端で桜子をら見つめた。
「一緒に、と言いたいところだが、そういうわけにはいかないだろうな」
桜子は頬を赤く染め、天音を軽くにらんだ。
「もちろん無理です。もう。戯言はよしにして早く行っていらして」
桜子は文句を言いつつ、こんなやり取りの一つ一つが小躍りしてしまいそうなほどうれしい。
その顔には自然と笑みが溢れていた。
***
桜子が湯あみから戻り、部屋のふすまを閉めると同時に、待ちかねていた天音に抱きすくめられた。
「桜子……何度言っても足りないよ。会いたかった。こうして抱きしめたかった」
「わたくしも……」
天音は桜子に顔を寄せ、激しく唇を奪った。
気持ちのこもった熱い口づけ。
桜子も恥じらう気持ちを捨てて、天音の背に手をまわし、彼の熱情にこたえた。
そのまま、もつれ合うように布団に向かう。
天音は桜子の帯を解きながら、自分も浴衣の袖を抜いた。
二人の肌が直接触れ合い、熱を帯びる。
天音にも、はじめてのときに見せたような余裕はまったくない。
せわしなく、桜子の中心を探り、すぐにひとつになった。
「ああ……」
ありったけの気持ちをこめて桜子を愛する天音に翻弄され、桜子も抑えきれない声をもらす。
その声がまた、天音を煽り、桜子を激しく求めさせる。
「桜子……愛している」
「あ、天音。ああ……」
二人は同時に忘我の極みにたどりついた。
***
荒い息が収まると、天音は桜子に手をまわし抱き寄せた。
天音の規則正しい心臓の音に耳を傾けながら、桜子はこの上ない幸せな時に浸っていた。
「ねえ、天音」
「ん?」
「今日までのこと、聞かせてほしいのだけれど」
天音はいいよ、と言い、桜子をさらに近くに抱き寄せた。
そして天井を見上げたまま、ぽつぽつと話しはじめた。
「とても幸運だったんだ。あの、吉田家を追い出された日、英国大使館の別荘で保護されてね。英国に渡るときも、秘書官のチャールズという人の帰国と同時だったから、倫敦での仕事先や住居の世話もしてもらえた」
「まあ、そんなことがあったのですね」
「ああ。自分で思っていたより英語が通じたのは良かったんだが、通訳見習いは覚えることが膨大で、寝る間もなかったよ」
天音は微笑み、彼女のほつれた髪を優しく整えた。
「でも、つらい時、いつも桜子の笑顔を思い浮かべていた。いつか必ず迎えにいく。そのためには必死で頑張らなければと」
桜子は天音の胸に顔を寄せた。
「それと父親のこともわかった」
「お会いになることができて?」
「いや、もうとっくに亡くなっていたよ」
日光で天音を救ってくれたバークリー英国大使は、約束を違えずに天音の出自についてきちんと調査してくれた。
調査はなかなか捗らなかったようで、返答をもらったのは、つい最近のことだった。
天音が英国に渡って二年、もう返事はないだろうと諦めていたころ、知らせがあった。
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