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第七章 桜降る春に

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「結論から言うと、父は貴族の出だったんだ。まあ、あの写真から貴族階級だろうと予想はしていたが。ただ自分の父親かどうか確信が持てなかったけれどね」

 天音の父の名はパーシー・セシル。
 エディング伯ウィリアム・セシルの四男であった。

 そして母は、かつて長崎の丸山遊郭で、一、二の人気を誇った小万こまんという名の娼妓であった。
 
 詳しいいきさつは不明だそうだが、二人は上海の共同租界で出会い、恋仲となり、その後、英国に渡った。 

 だが、日本人の娼妓であった母を、由緒正しき家系であるセシル家が、息子の正式な妻と認めるはずはなかった。

 そのため、パーシーは家を出て、倫敦の狭い共同住宅で小万と暮らし、そして天音が生まれた。

 けれど、幸せな日々は長く続かず、パーシーは天音がまだ一歳に満たないうちに病気で亡くなってしまった。

「ここからは俺の想像だけど、母はおそらくセシル家から、いくばくかの手切れ金をもらって、父やセシル家のことを俺には一切話すなと口止めされていたんじゃないかな。のちのち、俺が難癖をつけて継承権を求めてきたら困ると思って」

「では、天音には英国貴族の血が流れているということなのね」

 その話を聞いても、桜子は不思議ともなんとも思わなかった。
 逆に大いに納得できる話だった。
 なぜなら、天音には生来の気品が備わっていると、常々思っていたから。
 
「とはいえ、吉田伯爵は俺を桜子の夫とは認めてくれないだろうな。結局のところ、単なる一庶民にすぎないんだから」

「いえ、父が何と言おうと、わたくしは貴方の妻ですから」

 桜子の決然とした言葉を耳にしたとたん、天音は起き上がり、布団の上に正座した。

「桜子」
 名を呼ばれ、桜子も彼の前に座した。
 
 天音は真剣な表情を浮かべて、桜子の手を取った。

「桜子、俺は英国で生きていきたいと思っている。一緒に来てくれるか」

 桜子は天音の瞳をまっすぐ見つめた。
「お尋ねになるまでもありませんわ。わたくし、貴方と一緒であれば、どこへでも参ります」

「だが、英国は遠いよ。言葉も違う」
「わたくしにとっては、どんな苦労より天音と離れることのほうがよっぽどつらい、いえ、貴方と一緒でなければ、わたくしは生きていけませんから」
「桜子……」

 天音は桜子を思いきり抱きしめ、言った。
 
「命に代えて、桜子と、それから春子を大切にする」
「天音……」

 桜子のなかで、天音を愛おしむ気持ちが膨れあがって、出口を求めて暴れはじめた。

 その思いをぶつけるように、天音の首に腕を回し、自らその唇に口づけた。

 唇を離すと、天音は少し驚いた顔をして、そして桜子の唇を指でなぞった。

「そんなことをされると、また桜子が欲しくなる」
「かまいませんわ。わたくしも……」
 
 さすがにそれ以上は口に出せない。

 桜子は言葉の代わりにもう一度、天音に唇をよせた。
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