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第五章 逃避行
六
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「でも、いったいどうしたんだい? こんなふうに呼び出したりして」
「天音にどうしてもお話ししなければならないことがあって」
そう前置きしてから、桜子はかいつまんで事情を説明した。
天音は眉根を寄せた険しい表情のまま、桜子の話を訊いていた。
「わたくしの被害妄想かもしれないけれど……」
「いや、万が一そんなことになったら大変だ。ここを出た方がいいだろうね。俺も一緒に行くよ」
「ありがとう、天音。でもわたくし一人で行きます。貴方はどうかここに残って」
天音はさも心外だと言うように、目を大きく見開いた。
「何を言ってるんだ。桜子を一人で行かせるなんてありえないよ」
「だって」
桜子は真剣な眼差しで天音を見つめた。
「もし見つかってしまったら、貴方がどんな目に合わされるか、それを思うと……」
言い終わる前に、天音は桜子の顎をすくい上げ、その唇を奪った。
有無は言わせない。
天音の気持ちが伝わってくるような、熱のこもった口づけだった。
桜子はしばし、長いこと待ち焦がれていた、その感触に酔った。
天音は唇を離し、桜子を自分の胸に抱き寄せ、その髪を優しく撫でながら、言った。
「ねえ桜子……俺たちが離れられると、本気で思っているのか」
天音のために、この手を振り切らなければならないとわかっている。
でも、できない。
天音の言うとおりだ。
わたくしはもうひとときも天音から離れてなどいられない。
桜子は天音を見上げ、ゆっくりと首を横に振った。
天音は笑みを浮かべ、自信に満ちた声で言った。
「大丈夫。絶対、捕まるようなヘマはしない。なんの心配もいらないよ」
「わかりましたわ。もう一人で行くなんて言いません」
そう。見つかって天音にもしものことがあったら、わたくしも後を追えばいいだけだわ。
ロメオの後を追った、あのジュリエットのように。
「そうと決まれば、善は急げ、だ」
二人は厩舎の扉の隙間から邸内の様子を伺った。
いつもと変わることなく、しんと鎮まりかえっている。
まだ誰も桜子がいなくなったことに気づいていない様子だ。
「さあ、行くよ」
天音が言い、桜子は大きく頷いた。
別荘の門扉には外灯がついているので、そこだけは明るいが、その先は闇だ。
かすかな星明かりをたよりに、二人は手を取り合って、闇に向かって駆けだした。
雲ひとつない星月夜。
天の川がひときわ美しく見える。
群青の空に長く伸びる星の帯が、二人の道行の前途を祝しているように、桜子には思えた。
「天音にどうしてもお話ししなければならないことがあって」
そう前置きしてから、桜子はかいつまんで事情を説明した。
天音は眉根を寄せた険しい表情のまま、桜子の話を訊いていた。
「わたくしの被害妄想かもしれないけれど……」
「いや、万が一そんなことになったら大変だ。ここを出た方がいいだろうね。俺も一緒に行くよ」
「ありがとう、天音。でもわたくし一人で行きます。貴方はどうかここに残って」
天音はさも心外だと言うように、目を大きく見開いた。
「何を言ってるんだ。桜子を一人で行かせるなんてありえないよ」
「だって」
桜子は真剣な眼差しで天音を見つめた。
「もし見つかってしまったら、貴方がどんな目に合わされるか、それを思うと……」
言い終わる前に、天音は桜子の顎をすくい上げ、その唇を奪った。
有無は言わせない。
天音の気持ちが伝わってくるような、熱のこもった口づけだった。
桜子はしばし、長いこと待ち焦がれていた、その感触に酔った。
天音は唇を離し、桜子を自分の胸に抱き寄せ、その髪を優しく撫でながら、言った。
「ねえ桜子……俺たちが離れられると、本気で思っているのか」
天音のために、この手を振り切らなければならないとわかっている。
でも、できない。
天音の言うとおりだ。
わたくしはもうひとときも天音から離れてなどいられない。
桜子は天音を見上げ、ゆっくりと首を横に振った。
天音は笑みを浮かべ、自信に満ちた声で言った。
「大丈夫。絶対、捕まるようなヘマはしない。なんの心配もいらないよ」
「わかりましたわ。もう一人で行くなんて言いません」
そう。見つかって天音にもしものことがあったら、わたくしも後を追えばいいだけだわ。
ロメオの後を追った、あのジュリエットのように。
「そうと決まれば、善は急げ、だ」
二人は厩舎の扉の隙間から邸内の様子を伺った。
いつもと変わることなく、しんと鎮まりかえっている。
まだ誰も桜子がいなくなったことに気づいていない様子だ。
「さあ、行くよ」
天音が言い、桜子は大きく頷いた。
別荘の門扉には外灯がついているので、そこだけは明るいが、その先は闇だ。
かすかな星明かりをたよりに、二人は手を取り合って、闇に向かって駆けだした。
雲ひとつない星月夜。
天の川がひときわ美しく見える。
群青の空に長く伸びる星の帯が、二人の道行の前途を祝しているように、桜子には思えた。
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