明治ハイカラ恋愛事情 ~伯爵令嬢の恋~

泉南佳那

文字の大きさ
上 下
29 / 59
第四章 避暑地の別荘

しおりを挟む
***

 しばらくしてから父母に勧められて、桜子は高志と二人きりでボートに乗ることになった。

 オールを手にした高志は、ぐいぐいと力強く漕いでゆく。

 湖面に水流が起こり、小さな魚の群れが驚いて逃げてゆくのが見える。

 ボートはあっという間に湖の中央に到達した。

 そこまで来ると、高志はオールから手を離し、桜子に話しかけてきた。

「始終、浮かぬ顔だな。そんなに嫌か、俺と夫婦になるのが」
「……いいえ、そんなことは」

 嫌だと正直に答えたところで、どうなるものでもない。
 それをわかっているのに、あえて聞いてくるのだ、高志という人は。

 高志は口角を上げ、皮肉めいた笑みを唇にたたえると、じっと桜子に目を据えた。
 心の奥まで見透かされそうで、桜子は思わず目をそらす。

 すると、高志は長い腕を伸ばし、桜子の顎を掴むと自分のほうに向けた。
「おやめください」
 彼女は首を振って、彼の手から逃れた。

「まあいい」

 そう一言漏らすと、高志はオールを握り、岸に向けてボートを操りはじめた。

 高志は無言だ。

 桜子は少しでも早く彼と離れたい。
 そればかりを願っていた。



 岸につくと先に高志が下り、舟をもやい杭に縛りつけ、それから桜子に向かって手を伸ばした。

「ほら、足元に気をつけろ。揺れるぞ」

 それを拒むのはさすがに礼を失すると思い、彼の手を握って立ち上がった。

 だが桟橋に足がついた瞬間、強い力で引っ張られ、高志の胸に引き込まれていた。

「おやめください。お戯れがすぎます」
 桜子は高志の腕から逃れようと、必死で身体をよじった。

「やはりつれないな。俺は未来の夫だというのに」

 高志は背に回していた腕をほどき、今度は彼女の肩を掴み正面から見据えた。

「お前、惚れた男がいるのだろう」 
 射るような眼差しでそう問われる。

 桜子は恐ろしさに身が縮む思いがしたけれど、目はそらさなかった。

「いいえ、そんな者おりません。ねえ、離して」
「ではなぜ、俺をそんなに拒絶する」

 言ってどうなるものでもないことは分かっている。

 でも、桜子は言わずにいられなかった。

 高志の何もかもが嫌だった。
 見下すような眼差しも、高圧的な物言いも。

「貴方が……大嫌いだからですわ」
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

紀尾井坂ノスタルジック

涼寺みすゞ
恋愛
士農工商の身分制度は、御一新により変化した。 元公家出身の堂上華族、大名家の大名華族、勲功から身分を得た新華族。 明治25年4月、英国視察を終えた官の一行が帰国した。その中には1年前、初恋を成就させる為に宮家との縁談を断った子爵家の従五位、田中光留がいた。 日本に帰ったら1番に、あの方に逢いに行くと断言していた光留の耳に入ってきた噂は、恋い焦がれた尾井坂男爵家の晃子の婚約が整ったというものだった。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

【完結】人生で一番幸せになる日 ~『災い』だと虐げられた少女は、嫁ぎ先で冷血公爵様から溺愛されて強くなる~

八重
恋愛
【全32話+番外編】 「過去を、後ろを見るのはやめます。今を、そして私を大切に思ってくださっている皆さんのことを思いたい!」  伯爵家の長女シャルロッテ・ヴェーデルは、「生まれると災いをもたらす」と一族で信じられている『金色の目』を持つ少女。生まれたその日から、屋敷には入れてもらえず、父、母、妹にも虐げられて、一人ボロボロの「離れ」で暮らす。  ある日、シャルロッテに『冷血公爵』として知られるエルヴィン・アイヒベルク公爵から、なぜか婚約の申し込みがくる。家族は「災い」であるシャルロッテを追い出すのにちょうどいい口実ができたと、彼女を18歳の誕生日に嫁がせた。  しかし、『冷血公爵』とは裏腹なエルヴィンの優しく愛情深い素顔と婚約の理由を知り、シャルロッテは彼に恩返しするため努力していく。  そして、一族の中で信じられている『金色の目』の話には、実は続きがあって……。  マナーも愛も知らないシャルロッテが「夫のために役に立ちたい!」と努力を重ねて、幸せを掴むお話。 ※引き下げにより、書籍版1、2巻の内容を一部改稿して投稿しております

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

もう、愛はいりませんから

さくたろう
恋愛
 ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。  王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。

その溺愛も仕事のうちでしょ?〜拾ったワケありお兄さんをヒモとして飼うことにしました〜

濘-NEI-
恋愛
梅原奏多、30歳。 男みたいな名前と見た目と声。何もかもがコンプレックスの平凡女子。のはず。 2ヶ月前に2年半付き合った彼氏と別れて、恋愛はちょっとクールダウンしたいところ。 なのに、土砂降りの帰り道でゴミ捨て場に捨てられたお兄さんを発見してしまって、家に連れて帰ると決めてしまったから、この後一体どうしましょう!? ※この作品はエブリスタさんにも掲載しております。

処理中です...