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第6章 甘い計略
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レジデンスに戻ろうと歩きだしときだった。
うめき声のような音が聞こえてきたのは。
鳥の鳴き声? それとも野犬?
周囲を見回すと、木の陰で死角になっていたベンチに人の姿があった。
遠目で見ても、明らかに様子がおかしい。
何かの発作を起こしているみたいだ。
わたしは急いでそのベンチに駆け寄った。
「どうされたんですか?」
そう尋ねると、息も絶え絶えな様子で「これを……開けてくださらんか」と言った。
海老茶色の和服を着た老人だった。
手に銀色のアルミに包まれた薬のようなものを持っている。
「ちょっと待っていてくださいね」
わたしは包みを開けて、老人に手渡した。
まだ苦しそうだ。
水があったほうがよさそう。
わたしは自動販売機まで走った。
こういうとき、ほんと、この端末は便利。
財布は持っていなかったけれど、時計型端末はビレッジ内の自動販売機でも使えるので、本当に助かる。
急いで戻って、キャップを開けて水を渡した。
まだ息が少し荒かったけれど、数分経つと、老人の土気色の顔に血色が戻っていった。
「すまなかったね。お陰で命拾いした。狭心症の発作だよ。こうして薬を飲めば収まるんだが」
「病院までご一緒しましょうか?」
「もう少しここで休めば、大丈夫だ」
「でも、すぐそこですし。お医者様に診ていただいたほうが安心ですよ」
「いや、家に戻ってから往診を頼むから心配いらん……」
老人は顔を上げたとたん、驚きの声をあげた。
「ち、蝶吉じゃないか……なんでこんなところに?」
「えっ?」
目をしばたたかせて、その人は改めてわたしの顔を凝視した。
「いや、蝶吉はとうに死んだはずだ。しかし、まあよく似ている」
「お知り合いのどなたかに似ているんですか、わたしが」
うめき声のような音が聞こえてきたのは。
鳥の鳴き声? それとも野犬?
周囲を見回すと、木の陰で死角になっていたベンチに人の姿があった。
遠目で見ても、明らかに様子がおかしい。
何かの発作を起こしているみたいだ。
わたしは急いでそのベンチに駆け寄った。
「どうされたんですか?」
そう尋ねると、息も絶え絶えな様子で「これを……開けてくださらんか」と言った。
海老茶色の和服を着た老人だった。
手に銀色のアルミに包まれた薬のようなものを持っている。
「ちょっと待っていてくださいね」
わたしは包みを開けて、老人に手渡した。
まだ苦しそうだ。
水があったほうがよさそう。
わたしは自動販売機まで走った。
こういうとき、ほんと、この端末は便利。
財布は持っていなかったけれど、時計型端末はビレッジ内の自動販売機でも使えるので、本当に助かる。
急いで戻って、キャップを開けて水を渡した。
まだ息が少し荒かったけれど、数分経つと、老人の土気色の顔に血色が戻っていった。
「すまなかったね。お陰で命拾いした。狭心症の発作だよ。こうして薬を飲めば収まるんだが」
「病院までご一緒しましょうか?」
「もう少しここで休めば、大丈夫だ」
「でも、すぐそこですし。お医者様に診ていただいたほうが安心ですよ」
「いや、家に戻ってから往診を頼むから心配いらん……」
老人は顔を上げたとたん、驚きの声をあげた。
「ち、蝶吉じゃないか……なんでこんなところに?」
「えっ?」
目をしばたたかせて、その人は改めてわたしの顔を凝視した。
「いや、蝶吉はとうに死んだはずだ。しかし、まあよく似ている」
「お知り合いのどなたかに似ているんですか、わたしが」
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