初恋の呪縛

泉南佳那

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5・忘れられなくてもかまわない

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 他の誰も、わたしをこんなふうに見ない。

 気恥ずかしいような、悪いことをしているような、複雑な思いに駆られる。

 これから話すことを、この人はどう受け止めてくれるのだろう。

「この間のお話、わたしなりにいろいろ考えました」

 彼は酒杯を傾けたまま、視線で続きを促した。

 深呼吸をひとつして、口を開いた。
「室長のお察しの通り、わたしは都築が好きです」

 わたしの言葉に、彼はかすかに眉を寄せた。
「それで?」
  その言葉に促され、わたしは話を続けた。

 都築に出会った当時のこと、彼を好きになったときのこと、片思いで終わったこと、そして、いまだに彼への気持ちを引きずっていることを。

 室長は時に頷きながら、耳を傾けていた。
 そして言った。

「話してくれてありがとう。君の気持ち、良くわかったよ」

 室長は滑らかな箸使いで、平目の刺身を一切れ、口に運び、それから尋ねた。

「で、つまり、僕には一縷の望みもないってことかな」

 彼はまっすぐわたしを見た。

「室長のお気持ちは本当にありがたいのですけれど……こんなふうに都築への想いを引きずっている自分が、室長とお付き合いするなんて失礼じゃないかと」

「でも、それじゃ、君は一生、都築に囚われつづけるつもりなのかい。他の男を受けつけずに」
「仕方がないのかな、と思ってます」

 室長は酒杯を手にしたまま、下を向いて少し考えこんだ。
「たぶん……」
 杯を飲み干して、彼はもう一度、わたしに視線を合わせた。

「こういうことじゃないかな。生まれたばかりのひな鳥がはじめて見たものを母鳥だと思いこむように、君の心には初めて本気で好きになった都築がしっかりと根付いてしまった。だから消そうにも消せない」

「そうかもしれません」

「でも、それは果たして恋と言えるのかな。言ってみれば……呪縛に近い気がするけど」

「呪縛……それはまた物騒な言葉ですね」

 でも、確かにそうかもしれない。

 あの夜に閉じ込められたまま、一歩も外に出られていないのだから。

 彼はまた少し思案して、それから軽く頷くと、迷いのない声で言い放った。

「君の心に都築がいても構わないと言ったら?」

 えっ?
 どきっとして目をあげた。
「でも……そんな」

「君がどうしても都築の幻に殉じたいというなら、無理にとは言わないけど。とりあえず付き合ってみるっていうのはどう?」

 わたしの視線と彼の視線が交わり、しばらくそのまま見つめ合っていた。

 そして気づいた。
 ああ、そうか。今日、メールを出した時点で、……どこかで期待していたんだ、わたしは。

 自分ひとりでは断ち切れない都築への思いに、室長が引導を渡してくれるのではないかと。

 ずるい話だ。
 自分に好意を寄せてくれた人を、ある意味、利用するのだから。
 本当にそれでいいんだろうか。室長は。

「いいんですか? それでも」

 彼は頷く。
「ああ、君が僕のことを嫌っているなら話は別だけど」

「嫌いなんて……そんなはずありません」
「じゃあ、問題なしだ」
 そう言って微笑む彼を見て、思った。

 この人なら、わたしのなかに根を張る都築への想いを枯らしてくれるかもしれない。

 都築より好きになれるかもしれない。

 次の瞬間、思わず頭を下げた。
「室長がそれで良ければ……どうかよろしくお願いします」
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