初恋の呪縛

泉南佳那

文字の大きさ
上 下
18 / 30
5・忘れられなくてもかまわない

しおりを挟む
 
 厄介な初恋だった。

 あの日の高揚感とその後の失墜感。 

 初めて経験した、甘くてひりつく感情は、強烈な印象を残したまま、心の奥底に横たわった。

 普通なら、たとえ失恋で傷ついた記憶であっても、時間が風化してくれるものだろう。

 でも、幸か不幸か、都築は今でもそばにいる。

 彼が結婚してからは、学生時代のように、ふたりで会ったり、飲みに行くようなことはしなくなったけれど、会社に行けば、嫌でも顔を合わせる。

 もちろん、わたしもただ都築を想いつづけていた訳ではない。
 
 他の人と付き合おうとしたこともある。

 販売員をしていた入社2年目の夏。
 バイトに来ていた大学生に告白されて何回かデートを重ねた。

 でも、都築を想っていたときの、あのジェットコースターに乗っているような激しい感情の浮き沈みを彼に対して感じることは一度もなかった。

 そんなふうに比べてばかりいたら、うまく行くはずがない。

 結局、3ヶ月で自然消滅した。
 
 都築にまったく相手にされなければ、単なるイタい片思いの思い出というだけで済んだのだ。

 でも、わたしは縛られつづけている。
 都築が残した戯れの言葉に。

――なあ、キスしていい?

 もし、あのとき、わたしが頷いていたら……
 キスしていたら……

 この想いは叶ってたのではないか。

 今思えば、酔った勢いだろうがなんだろうが、大したことじゃなかった。 

 どうして拒んでしまったのか。
 それがどうしても頭から離れない。

 かと言って、今さら、あのときのあれ、酔ってただけ? なんて聞けるはずもなく。

 そうこうしているうちに7年が経った。

 我ながら間抜けな話だ。

 いい加減、すっぱりと都築を思い切りたいというのも、偽らざる正直な想いだった。

 佐藤室長に告白されてから2週間。

 毎日、顔を合わせるたびに早く返事をしなければと焦る気持ちに苛まれる。

 彼は催促めいたことは一切しない。
 だから余計、申し訳なくて。

 でも、どう考えても、わたしはまだ都築に惹かれている。

 室長にはお断りしなければ。

 こんな気持ちを抱えたまま付き合うなんて、彼に対して、失礼だ。

 わたしはようやく、室長にメールを打った。
《今晩、お話がしたいです》と。

***

「うれしいよ、君のほうから誘ってくれて」
 訪れたのは赤坂の裏通りにあるこじんまりした小料理屋。
 彼の行きつけだそうだ。

「ここの料理はどれも美味しくてね。特に釜焚きのごはんが最高なんだ」

 それぞれの席に季節の花が慎ましく生けてあるような、細部にまで心配りがなされた、感じのいい店だった。

「素敵なお店ですね」
「和食は好き?」
「はい、とっても。最近、脂っこい料理よりあっさりしたほうが良くなってきて」

 室長は微笑んだ。
「まだ、そんな年じゃないだろう」
「でも来年27ですから」
「そんなこと言われると、来年35の僕が困るんだけど」
 
 日本酒で乾杯をして、お通しの〝鯛の梅昆布和え〟に箸をつける。
 
 ん!
「美味しい」
「気に入ってもらえてよかった」

 室長は目を細めてわたしを見つめてくる。
 慈しみのこもった眼差しで。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ハイスペックでヤバい同期

衣更月
恋愛
イケメン御曹司が子会社に入社してきた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

国宝級イケメンのキスは極上の甘さです

はなたろう
恋愛
完結、さっと読める短いストーリーです。 久しぶりに会えたのに、いつも意地悪で私をからかってばかりの恋人。キスを拒めるくらい、たまには強がってみたいけど……

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

国宝級イケメンのファインダーには私がいます

はなたろう
恋愛
毎日同じ、変わらない。都会の片隅にある植物園で働く私。 そこに毎週やってくる、おしゃれで長身の男性。カメラが趣味らい。この日は初めて会話をしたけど、ちょっと変わった人だなーと思っていた。 まさか、その彼が人気アイドルとは気づきもしなかった。 毎日同じだと思っていた日常、ついに変わるときがきた? ※2025/2/20 短編をこちらに集約します

処理中です...