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5・忘れられなくてもかまわない
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しおりを挟む厄介な初恋だった。
あの日の高揚感とその後の失墜感。
初めて経験した、甘くてひりつく感情は、強烈な印象を残したまま、心の奥底に横たわった。
普通なら、たとえ失恋で傷ついた記憶であっても、時間が風化してくれるものだろう。
でも、幸か不幸か、都築は今でもそばにいる。
彼が結婚してからは、学生時代のように、ふたりで会ったり、飲みに行くようなことはしなくなったけれど、会社に行けば、嫌でも顔を合わせる。
もちろん、わたしもただ都築を想いつづけていた訳ではない。
他の人と付き合おうとしたこともある。
販売員をしていた入社2年目の夏。
バイトに来ていた大学生に告白されて何回かデートを重ねた。
でも、都築を想っていたときの、あのジェットコースターに乗っているような激しい感情の浮き沈みを彼に対して感じることは一度もなかった。
そんなふうに比べてばかりいたら、うまく行くはずがない。
結局、3ヶ月で自然消滅した。
都築にまったく相手にされなければ、単なるイタい片思いの思い出というだけで済んだのだ。
でも、わたしは縛られつづけている。
都築が残した戯れの言葉に。
――なあ、キスしていい?
もし、あのとき、わたしが頷いていたら……
キスしていたら……
この想いは叶ってたのではないか。
今思えば、酔った勢いだろうがなんだろうが、大したことじゃなかった。
どうして拒んでしまったのか。
それがどうしても頭から離れない。
かと言って、今さら、あのときのあれ、酔ってただけ? なんて聞けるはずもなく。
そうこうしているうちに7年が経った。
我ながら間抜けな話だ。
いい加減、すっぱりと都築を思い切りたいというのも、偽らざる正直な想いだった。
佐藤室長に告白されてから2週間。
毎日、顔を合わせるたびに早く返事をしなければと焦る気持ちに苛まれる。
彼は催促めいたことは一切しない。
だから余計、申し訳なくて。
でも、どう考えても、わたしはまだ都築に惹かれている。
室長にはお断りしなければ。
こんな気持ちを抱えたまま付き合うなんて、彼に対して、失礼だ。
わたしはようやく、室長にメールを打った。
《今晩、お話がしたいです》と。
***
「うれしいよ、君のほうから誘ってくれて」
訪れたのは赤坂の裏通りにあるこじんまりした小料理屋。
彼の行きつけだそうだ。
「ここの料理はどれも美味しくてね。特に釜焚きのごはんが最高なんだ」
それぞれの席に季節の花が慎ましく生けてあるような、細部にまで心配りがなされた、感じのいい店だった。
「素敵なお店ですね」
「和食は好き?」
「はい、とっても。最近、脂っこい料理よりあっさりしたほうが良くなってきて」
室長は微笑んだ。
「まだ、そんな年じゃないだろう」
「でも来年27ですから」
「そんなこと言われると、来年35の僕が困るんだけど」
日本酒で乾杯をして、お通しの〝鯛の梅昆布和え〟に箸をつける。
ん!
「美味しい」
「気に入ってもらえてよかった」
室長は目を細めてわたしを見つめてくる。
慈しみのこもった眼差しで。
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