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第5章 〈レッスン2〉 アフタヌーン・キス
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また涙が出てきた。
「ただいま」
乱暴に袖で涙をぬぐって鼻を啜りながら、店の引き戸を開けると、最悪なことに兄が来ていた。
「お、優紀。季節外れのハロウィーンか、そんな恰好して……え、お前、泣いてるのか」
「なんでもない」
すぐ降りてくるから、とレジ前にいた祖母に声をかけて、奥に入ろうとすると、ぐっと腕を掴まれた。
「ばあちゃんが言ってたが、お前、玲伊のところに行ってたんだよな。あいつに何かされたのか」
「そんなはずないでしょう! なんにもないよ」
「じゃあ、どうして泣いて帰ってきたんだ」
「ごめん。割れそうに頭痛いから、話は後にして」
そう言って、二階に上がろうとしたところ、また最悪なタイミングで玲伊さんが店に入ってきた。
兄はつかつかと玲伊さんに歩みより、彼の胸倉をつかんだ。
「前に言ったよな。優紀を泣かせるようなことをしたら容赦しないって」
「お兄ちゃん、乱暴はやめて! 本当になんでもないんだから!」
大きな声を出したら、また頭ががんがん痛みだす。
もう、嫌だ。
玲伊さんはまったく抵抗を見せずに、兄に掴まれたままの恰好で頭を垂れた。
「浩太郎。頼む。5分だけでいいから、優ちゃんと二人で話をさせてくれ」
兄は玲伊さんの目をまっすぐに見た。
彼も目を逸らさない。
少しの間、ふたりともそのままの状態でいた。
「どうしてもか」
「ああ」
兄が先にふっと体から力を抜くと、玲伊さんから手を離し、わたしを見た。
「お前はどうなんだ。玲伊と話がしたいのか」
「わたしは……話したくない。玲伊さん、もう帰ってください」
「いや、優ちゃん」
どんな言い訳も聞きたくなかった。
わたしは「失礼します」と頭を下げて、居間に上がってしまった。
でも少しだけ、その場にとどまって、外の様子を伺った。
兄と玲伊さんが低い声で話しているのが聞こえてきたけれど、喧嘩してはいなかったので、ほっと息をついてからわたしは二階に上がった。
部屋に入ると、力が抜けて、その場に座りこんだ。
頭痛はまったく収まらない。
酔いざましの水を飲んだほうがいいんだろうとは思ったけれど、それすら億劫だった。
しばらくそのままでいると、階段を上がる足音が聞こえ、ふすまの向こうから兄が話しかけてきた。
「玲伊は帰ったぞ」
「そう」
わたしはのろのろ立ち上がり、ふすまを開けて兄に言った。
「お兄ちゃん、おばあちゃんに頭が痛いから今日は休ませてって言ってきてくれる?」
「ああ、わかった」
それから洗面所で頭痛薬を飲み、借りたワンピースを脱いでハンガーにかけ、部屋着に着替えてベッドに倒れこんだ。
仰向けになって、指で唇に触れた。
まだ、玲伊さんのキスの感触が残っている。
でも、大好きな人とのはじめてのキスがこんなに苦いなんて。
そんなこと、想像したこともなかった。
そう思うと、また涙がこみあげてくる。
そのまま、暗くなるまでベッドで横になっていた。
店を閉めた祖母が、部屋に入ってきて明かりをつけた。
まぶしくて、わたしはぎゅっと目を閉じた。
彼女はベッドに腰を下ろすと、わたしの額に手を当ててきた。
「ただいま」
乱暴に袖で涙をぬぐって鼻を啜りながら、店の引き戸を開けると、最悪なことに兄が来ていた。
「お、優紀。季節外れのハロウィーンか、そんな恰好して……え、お前、泣いてるのか」
「なんでもない」
すぐ降りてくるから、とレジ前にいた祖母に声をかけて、奥に入ろうとすると、ぐっと腕を掴まれた。
「ばあちゃんが言ってたが、お前、玲伊のところに行ってたんだよな。あいつに何かされたのか」
「そんなはずないでしょう! なんにもないよ」
「じゃあ、どうして泣いて帰ってきたんだ」
「ごめん。割れそうに頭痛いから、話は後にして」
そう言って、二階に上がろうとしたところ、また最悪なタイミングで玲伊さんが店に入ってきた。
兄はつかつかと玲伊さんに歩みより、彼の胸倉をつかんだ。
「前に言ったよな。優紀を泣かせるようなことをしたら容赦しないって」
「お兄ちゃん、乱暴はやめて! 本当になんでもないんだから!」
大きな声を出したら、また頭ががんがん痛みだす。
もう、嫌だ。
玲伊さんはまったく抵抗を見せずに、兄に掴まれたままの恰好で頭を垂れた。
「浩太郎。頼む。5分だけでいいから、優ちゃんと二人で話をさせてくれ」
兄は玲伊さんの目をまっすぐに見た。
彼も目を逸らさない。
少しの間、ふたりともそのままの状態でいた。
「どうしてもか」
「ああ」
兄が先にふっと体から力を抜くと、玲伊さんから手を離し、わたしを見た。
「お前はどうなんだ。玲伊と話がしたいのか」
「わたしは……話したくない。玲伊さん、もう帰ってください」
「いや、優ちゃん」
どんな言い訳も聞きたくなかった。
わたしは「失礼します」と頭を下げて、居間に上がってしまった。
でも少しだけ、その場にとどまって、外の様子を伺った。
兄と玲伊さんが低い声で話しているのが聞こえてきたけれど、喧嘩してはいなかったので、ほっと息をついてからわたしは二階に上がった。
部屋に入ると、力が抜けて、その場に座りこんだ。
頭痛はまったく収まらない。
酔いざましの水を飲んだほうがいいんだろうとは思ったけれど、それすら億劫だった。
しばらくそのままでいると、階段を上がる足音が聞こえ、ふすまの向こうから兄が話しかけてきた。
「玲伊は帰ったぞ」
「そう」
わたしはのろのろ立ち上がり、ふすまを開けて兄に言った。
「お兄ちゃん、おばあちゃんに頭が痛いから今日は休ませてって言ってきてくれる?」
「ああ、わかった」
それから洗面所で頭痛薬を飲み、借りたワンピースを脱いでハンガーにかけ、部屋着に着替えてベッドに倒れこんだ。
仰向けになって、指で唇に触れた。
まだ、玲伊さんのキスの感触が残っている。
でも、大好きな人とのはじめてのキスがこんなに苦いなんて。
そんなこと、想像したこともなかった。
そう思うと、また涙がこみあげてくる。
そのまま、暗くなるまでベッドで横になっていた。
店を閉めた祖母が、部屋に入ってきて明かりをつけた。
まぶしくて、わたしはぎゅっと目を閉じた。
彼女はベッドに腰を下ろすと、わたしの額に手を当ててきた。
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