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第5章 〈レッスン2〉 アフタヌーン・キス

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「ここでパーティーなんて、映画とかドラマそのものです……ね」

 今度はごまかしきれなかった。
 つい、固い声でそう言い、表情を曇らせてしまったわたしに気づいて、玲伊さんは静かに問いかけてくる。


「ねえ、どうしてなんだ。楽しく過ごしているときに限って、優ちゃんはときどき、たまらなく寂しそうな顔をする」
「ごめんなさい」
「謝ることはない」
 そう言って、彼はゆっくり首を振る。

「玲伊さん……」
「ただね、その寂しさの正体を突き止めたくなるんだよ、いつも」

 それは……
 玲伊さんが優しすぎるから。

 そう告げたら、彼はどんな顔をするんだろう。

 玲伊さんに優しくしてもらうと、この上なく嬉しい。
 でも、同時に身が引き割かれそうになるほど、つらくなる。

 自分が彼の〈妹ポジション〉にしか、居られないことが。


「なんでもないです。ごめんなさい。玲伊さんがせっかくご褒美を用意してくれたのに」

「だから、謝るなって」
 
 玲伊さんは手を伸ばし、わたしの頬にそっと触れた。
「優ちゃんの寂しそうな顔を見るたびにたまらない気持ちになる。そして、どうしてもその傷を癒してあげたくなるんだ」

「そんなに……優しくしないでください」
 眼の縁に涙がたまってきて、すっと頬を流れ落ちた。

 もう限界だった。
 玲伊さんを好きになりすぎた。
 
「優ちゃん……」

「すみません。今日は……もう帰ります。ごちそうさまでした」
 わたしは席を立って、出口に向かった。

 すると彼もすばやく席を立った。
 後ろからわたしの腕をつかんで引き寄せ、そのまま強い力で抱きしめてきた。

 その瞬間、玲伊さんのコロンの香りに包まれた。
 その香り、彼の体温、何もかもに惑わされ、そして耐えられないほどつらくなる。

 身をよじって、わたしは言った。

「言いましたよね。ハグは嫌だって」
 
 玲伊さんは何も言わない。
 わたしを抱きしめたまま、離してくれない。

「離して……」
 さらに体をよじって無理やり離れると、彼はわたしの肩をつかんで引き寄せた。

「玲伊さん、離してってば」
「そんな顔、するなって」

 そう呟いた次の瞬間、玲伊さんはわたしの後頭部に手を添えて、覆いかぶさるように口づけた。

 ……なんで、そんなことするの。

「やめて!」
 渾身の力をふりしぼって、彼の胸を両手で押した。

「やめてください! 誰かと間違えてキスするほど、酔っているんですか!」

「違うよ。優ちゃんがあんまり悲しそうな顔をするから……」

 その言葉が刃のようにわたしの心を貫いた。

「同情でキスなんかしないで!」

「違う……優ちゃん、聞いてくれ」
「何を聞くんですか? だって……だって玲伊さん、彼女がいるのに!」

「彼女? 彼女なんていない」
「嘘! だって、わたし見たんですから。日曜日、外苑前で笹岡さんと玲伊さんがデートしているところ」
「デート? いや、それはね……」

 そのとき、玲伊さんのスマホに着信があった。
 彼は舌打ちしてポケットから出し、画面を見た。
 無視できない電話だったようだ。

「はい、香坂です……えっ? どういうこと?」
 
 緊急な要件らしい慌てた声で応答している。
 話はすぐ終わりそうになかった。

 その隙に、わたしは屋上を出て、置いてあった荷物を手に取ると、玲伊さんの部屋を飛び出した。

 頭ががんがんする。
 スパークリングワインのせいもあったけれど、それだけじゃない。

 玲伊さん、なんでキスなんかしたんだろう。

 彼には、笹岡さんがいるのに。
 わたしより数百倍も聡明で美しい、あの人が。
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