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 ナツからの着信が何度かあったので拒否設定にした。
 父から防犯ブザーを持たされた。
「ここを引っ張ったら物凄い音が鳴るから。あいつが来たらすぐに鳴らしなさい。わかったな?」
 仕事は休んでない。店は開けている。それなのにナツは一週間も会いに来ないのでやはり綾乃に近付いたのは父への復讐の為で今までのふるまいは全て嘘だったんだろうかと考える時間がたっぷりありすぎてもう会いたくないと思った。
 だけど火曜日の夕方、五時過ぎ、カウンターの中の椅子に座ってマフラーを編んでいる時だった。
「怒ってるの?」
 カウンターの向こう側にナツが立っている。髪は短いし服装も男性的である。ダボっとしたカーキ色のトレーナーに黒のワイドパンツ。これが本来の彼なんだろう。
 まっすぐに綾乃を見下ろすナツの顔は少し腫れている。右の頬骨の辺りに痣が出来て血が滲んでいるし口の端も切れている。
「お父さんに色々聞かれた?」
 ナツが意地悪に笑って言うので制御出来ずに涙が出た。
「もう私に構わないで」
「嘘だよ。ごめん。怒ったの?」
「え?」
「この前の嘘だよ」
「何が?」
「復讐がどうのとかあの辺のくだり。そんなわけないじゃん。今更そんなのめんどくさいよ。離れろとか言われてむかついたからちょっとからからかいたくなっただけだよ」
 ナツは少し笑って視線を落とした。カウンターの上に小さな赤い箱を置く。ケーキのような甘い匂いがする。
「あげる」
「何?」
 ナツは箱を開けながら言う。
「クレープ」
 プラコップに入っていてパフェのようにボリュームがある。チョコレートとイチゴが沢山。生クリームが美味しそうで目眩がした。
「……毒が入ってたりして」
「入ってないよ」
「私のこと殺しちゃえば復讐になる」
「俺、綾乃ちゃんのこと滅茶苦茶好きだよ」
「ずっと来なかった癖に」
「電話に出てくれないから」
 ナツはふっと笑った。
「寂しかったの?」
「そんなんじゃない」
「ちょっと揉め事があって綾乃ちゃん巻き込みたくなかったから来れなかったんだよ。でももう片付いた」
「何?」
「痴話喧嘩に巻き込まれた。でも俺何もしてないよ」
「最初から知ってたの? 私が娘だって」
「どうでもいいじゃん。俺のこと好きなんでしょ? 仕事終わったら俺んち行こうよ」
 腕を掴まれて咄嗟に手が出た。ナツの頬を叩いた。
「何考えてるのかわからない」
 取り乱して大きな声を出した。
「もう顔見たくない」
 ナツは綾乃の左右の手首を掴む。動揺して振り解こうとしたらナツの手を引っ掻いてしまった。彼の手の甲に鋭い傷が出来て血が滲むのを見て驚いた。怪我をさせるつもりじゃなかった。もうわけがわからない。
「ごめんなさい」
 涙が止まらない。
 ナツは無表情である。手の傷を見ても眉を顰めることもない。ナツはその右手で綾乃の頬を触って綾乃にキスをした。綾乃が顔を背けると綾乃の頬や顎を舐めて噛んだ。綾乃はナツの顔を触って押して距離を取る。店内に客がいなくてよかった。
「殴られたの? 喧嘩?」
「なんか変な言いがかりつけられてさ」
「まさかお父さんが何かしたんじゃ」
「これは違うよ。昔からこういうことよくあるんだよ」
「あっちに絆創膏あるから来て」
 奥に休憩室がある。ドアを開けると一畳分の土間があってそこで靴を脱ぐ。六畳の和室があって卓袱台と小さなテレビがある。卓袱台の上には透明の小さな花瓶が置いてあって白いマーガレットが活けてある。昨日香代が来て置いていった。
 テレビの横に薬箱が置いてある。それを取って卓袱台の上に置いて座った。
「こっち、座って」
「手当なんかいいよ」
 言いながら綾乃の横に屈む。
「でも一応……」
 ナツの手が綾乃の腰を触った。スカートを穿いていたので中に手を入れられて太股を触られた。
 ナツの頬を叩いて逃げると脚を掴まれて引き摺られた。咄嗟に卓袱台の脚を掴む。花瓶が落ちて花が散らばる。畳が水浸しになる。
「あの」
 女性の声が聞こえて振り向くと売り場の方からこちらを覗き込んでいる大学生風の客が立っている。ベージュのピーコート。グレーのロングスカート。ボブカットの髪の色は明るめの茶色。目も鼻も口も小造りで大人しそうなその女性は緊張した様子で携帯電話を持って綾乃に訊く。
「警察、呼びましょうか?」
 すぐに首を振る。
「大丈夫です、ごめんなさい」
 振り向いてナツを見る。彼は綾乃を見て微笑む。
 ナツは閉店まで居座って言い包められて結局彼のアパートに行くことになった。
 ナツが夕飯にオムライスを作ってくれて一緒に食べた。
 彼はずっと上機嫌で色んな話をする。綾乃を見習って自分も料理をするようになったとかキャベツが好きだとか近所の綺麗な川に鯉がいて餌をやっているお爺さんがいるとか早朝に近くの寺の鐘が鳴るとか。
 ナツが明るいので悲しくて仕方なかった筈なのにいつの間にか楽しくなってしまっていて二人で食器を洗って片付ける頃には九時を過ぎていたので帰ろうとしたら引き止められた。
「まだ大丈夫だよ」
 でも帰らないと父も母も心配する。
「じゃあ、あと三十分。ちゃんと送るから」
 ナツはテレビをつけてベッドに座る。ワンルームでソファがない。ナツがこっちを見て「おいでよ」と呼ぶ。彼の横に座るとナツが言う。
「さっき何編んでたの?」
「マフラー」
「店に置くの?」
「自分用」
「俺にも何か編んでよ。お金払うから」
「毛糸いっぱいあるからお金はいいよ。何がいい?」
「手袋かな。もうすぐ冬だし」
 部屋は前に来た時より片付いている。だけどまだ散らかっている。クローゼットが開いている。ヴェルサーチのシャツやバーバリーのジャケットがある。貰いものだろう。ブランドの派手な柄が似合う。耳にピアスの穴が沢山開いている。
「手見せて。サイズ見ないと」
 触りながら訊く。
「何色が好き?」
「緑」
「手、大きいね」
「よく言われる」
「いつから私のこと知ってるの? ずっと前から?」
 ナツは綾乃を抱き上げてベッドの上に乗せると向かい合う。
「俺の姉さん、ハルって名前でさ、ハルちゃんって呼んでたよ。轢き殺されちゃってさ、その犯人が無罪になって色々納得いかなくて調べたんだよ。犯人のこと全部。家族のことも。やっぱりどう考えても無実ではなかったから俺が復讐してやらないとハルちゃんが可哀想だと思って犯人を殺しに行ったけど失敗してさ。何度か襲撃したんだけど悉く失敗したよ。まだ子供だったしもっと大人にならないと難しいと思った。だから殺せるようになるまで待つことにしたんだ。忘れないように定期的に犯人のことを見に行くようにした。そうしたら犯人の家族も目に入るようになって、それからずっと、綾乃ちゃんのことも毎日じゃないけどたまに遠くから眺めてたよ。綾乃ちゃんに酷いことをして滅茶苦茶にしてやったら父親は悲しむかなとも思ったけど可愛くなっちゃって他の奴に触らせるのが惜しくなった」
 目を伏せて綾乃の手を掴むとその甲にキスをする。
「好きになった」
 抱きしめて綾乃の額にキスをする。綾乃の手を握りながら綾乃の目を見て言う。
「このまえ綾乃ちゃんが俺のこと聞きに行ったあの店、本当に悪い奴らがいるんだよ。オーナーがどっかの偉い奴と繋がってるから摘発されないで済んでるけど本当に危ない所だからもう絶対行ったら駄目だよ。俺も行かないし」
 綾乃の耳にキスをする。気持ちよくてぼんやりしているといつの間にかベッドの上に寝かされて押さえ付けられている。
「なっちゃん」
「大丈夫、三十分だけ」
 ナツは言いながらズボンのベルトを外してファスナーを下ろすので慌てた。ナツの胸を押して離れようとする。
「大丈夫だよ、しないから」
 舌を絡めるキスをしてくる。固くなった股間を綾乃の股間に強く押し付ける。先端を当てたり全体を擦り付けたりしてくる。
 ナツがトレーナーを脱ぐ。上半身を裸にして綾乃の顔に手を伸ばしてキスをする。キスに夢中になっているとナツの手が綾乃の腰やお尻に移動してずるりと綾乃の下着を剥ぎ取るので驚いた。
「待って」
「しないよ」
 信用してはいけなかった。彼は嘘吐きである。しっかり中に入ってきた。綾乃のセーターを脱がせてキスをしながらゆっくり腰を押し込んでくる。キスで口を塞いで非難させてくれない。
 もう深夜である。横に寝かされて後ろから激しく突かれる。脚を大きく開かれて陰核を擦られてディープキスをされている。もう片方の手で綾乃の乳房をまさぐる。快感と羞恥心が限界を超えている。わけがわからない。体がおかしくなっている。無理矢理何度も絶頂させられる。経験値が違いすぎる。今までは手加減されていたのかもしれない。綾乃には過激すぎる。

 土曜日の昼、ナツの部屋でパスタを茹でてクリームソースをかけてテーブルに並べる。サラダを摘んで水を飲む。
 食器を洗っているとナツが後ろに立って綾乃の左右の手首を掴んだ。綾乃の首にキスをする。
「なっちゃん、今日はこういうのなしにしようよ。健全に過ごそうよ。私の体にしか興味ない? エッチなしで一緒にいちゃ駄目?」
「駄目じゃないよ」
「映画、見たいのがあるの。散歩に行ったりして。公園とか行ってみる?」
「でもそれだと恋人なのか友達なのかわからなくない?」
「恋人だよ」
「エッチしたいな」
「もうちょっと回数減らそうよ」
「なんで? 嫌なの?」
「わけわからなくなるの。変になるの。怖いの」
「大丈夫だよ」
「もう私おかしくなっちゃってるの。お父さんの言いつけ破って毎日なっちゃんに会いたくなっちゃう。これ以上は本当に駄目。自分が自分じゃなくなる感じ。止められない。制御できない。ちょっと友達みたいに過ごす時間も作ろうよ」
 ナツは少し笑って言う。
「やらしてよ」
「なっちゃんは本当に私のこと好き?」
 ナツが黙るので泣いてしまった。ナツは綾乃を抱き寄せる。頭上からナツの優しい声が降ってくる。
「泣かせたくないと思ってるんだけどな。綾乃ちゃんの泣き顔好きなんだよ。見てると可哀想でムラムラする。こんなのに好かれて災難だね。ごめん。映画、何が見たいの?」
 ジュラシックパークを見た。ナツが立ち上がって空っぽになったマグカップを片付けてくれる。
 戻ってきたナツはベッドに腰かける綾乃の前で床に膝をついて綾乃を見上げた。青いジュエリーケースを綾乃の手に握らせて言う。
「綾乃ちゃんに似合うと思う」
「誕生日じゃないよ」
 開くと指輪が入っていた。ダイヤモンドかもしれない。
「こんな高そうなの似合わない」
 ナツの表情は変わらない。まっすぐに綾乃を見つめて言う。
「どんなのが欲しい? どうしたら喜んでくれる? どうしたら好きになってくれる?」
「何もいらない。好きって言って」
 日曜日は朝から散歩に出かけた。近所の小さな喫茶店でホットサンドを食べてコーヒーを飲んだ。コンビニでナツが買ってくれたグミを食べながら大きな公園まで歩いた。
 イチョウの葉が地面に降り積もっている。何重にも重なってふかふかである。黄色い絨毯のようで綺麗に見える。
 人が少ない。くるくる回る円形の遊具の中に綾乃が乗って座るとナツが片足を乗せてもう片方の足で地面を蹴って勢いを付けて遊具に乗っかる。
 遊具は慣性でくるくる回る。
 夕方に着替えを取りに家に戻ると父に早く別れなさいと迫られて喧嘩になった。家出をしてナツのアパートに転がり込んだ。





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