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【5章】二度目の恋
優しいレグルシュ
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「ユキくん。ご家族の元に戻ったんだってね。和泉さんにすごく懐いてたから、ホームシックになってないといいけど」
「そう……ですね」
「レグは清々した、なんて俺にわざわざ言ってきたけどね。あれは寂しいの裏返しだよね」
ユキがレグルシュの元へ預けられた当初、どうしても外せない用事があるとき、ユキはこのロフトで過ごしていたと、宇野木は懐かしみながら語った。
「レグも俺も子育てなんてしたことないからさ、ちょっと泣かれたりしたらてんやわんやでね……。こんなに泣くものだから病気かもしれないって、レグが慌てて病院に連れて行くんだけど、ユキくんはそれでさらに泣いちゃうしね」
「レグ……レグルシュさんが。僕が初めて会ったときは、すごく手慣れている印象でした」
衝突することは多少あったものの、ユキの本音というか本性は、ほとんどレグルシュに向けられていた。むしろ、千歳の前でユキはいい子であり過ぎて、息苦しかったのではないかと、今になって思う。どちらも我が強く、それでいていいコンビだった。
「レグルシュさんが四苦八苦していたなんて、意外です」
「ふふ。でしょでしょ? やっと酒が飲めるって嬉しそうにしてたよ」
「お酒?」
「ユキくんに何かあったとき、すぐに動けないようじゃダメだからって、節制してた。俺は大丈夫だと言ったんだけど、レグはそこらへんはちゃんとしていたかったみたい」
千歳とワインを飲んだ日は、確か宇野木がユキについていたのだった。ユキに素っ気ないふりをしながらも、レグルシュはきっと誰よりもユキを気にかけていたのだ。
「レグルシュさんは、優しいのですね」
「本人が一番気付いてないけどね」
宇野木と顔を合わせて笑った。それから接客とレジをこなし、午後四時頃、タイムカードに打刻して、千歳はLa・Rucheを出た。駅までの道を歩いていると、男の声で呼び止められる。
「あ、あの……どうして」
「買い物のついでだ。乗れ」
レグルシュは素っ気なく言い、助手席のドアを開けた。自然にエスコートされ、千歳は気恥ずかしくなる。そこそこ人通りの多い駅前で、貴公子然とした風貌はかなり目立っていた。後ろの座席には、食料品の入ったスーパーの袋がある。この辺りにはない店のもの……La・Rucheとは反対方向だ。
「わざわざすみません」
「だから別に。ついでだ。ついで。謝られると気が悪い」
「……すみません」
ミラー越しにきつく視線を寄せられて、千歳は思わず俯いてしまった。赤信号に差しかかると、レグルシュは先ほどの言葉を優しいものに変える。
「久しぶりの仕事で疲れたんじゃないか」
ブロンドの髪をかき上げながら、レグルシュは言った。千歳は気丈に答えようとしたが、レグルシュと同じように素直になることにした。彼の前なら、弱音を吐いてもそれを責められることはない。
「少し。疲れました」
「今晩はゆっくりすればいい」
「ありがとうございます」
ユキがいた頃は、その日の夜も風呂に入れたり遊び相手になったりしたものだ。思い返せば大変な毎日だったが、無邪気なユキに元気を分けてもらい、シッターの仕事も楽しんでいた。
「今日は何が食べたい?」
「僕が決めてもいいのですか?」
「お前はどうしてそう……遠慮癖が直らないんだ。俺が聞いてるのだから、何でも食いたいものを言え。ここ一週間、ろくに食べられていなかったから痩せただろ」
「痩せ……ました?」
レグルシュは溜め息をつくと、「かなり」と答えた。気遣ってくれているのだと気がつく。このところ、夏の盛りで気温も高く、夏バテ気味だった。
「中華が食べたいです」
「中華か。それにする。ユキがいるときは、辛いものはつくれなかったからな」
「こっそり食べたりとかは……」
レグルシュはふっと笑った。
「匂いで気付かれるだろ。あいつの食い意地の恐ろしさを、お前は知らないんだ」
不満そうにくしゃっと顔に皺をつくるユキを想像して、千歳も笑った。レグルシュの唯一の弱点というか恐れているものが、ユキの可愛いところだなんて。確かにユキには中華は辛すぎて、少し早いかもしれない。レグルシュの運転する車の中で、雑談を交わしていたはずなのに、千歳はうとうとと少し眠ってしまっていた。
その日の夜は、二人だけというのにテーブルいっぱいに料理が並んだ。天津飯に、エビチリと春巻き、麻婆豆腐。レグルシュは「つくりすぎたな」と苦笑した。昼食をあまり食べられなかった分、千歳はレグルシュのつくってくれた中華料理を堪能した。
……────。
お盆休みが過ぎ、月が変わると幾分か過ごしやすい季節になった。今年は雨期も少なく、あまり傘の出番もない。レグルシュとの関係は特に進展もなく、穏やかな生活が続いていた。心配事といえば、夏が終わってもなかなか体力が戻らないことだった。食欲がわかず、酷いときには食べたものを吐き戻してしまう。気持ち悪くなるのが嫌で、食事を抜く日も多くなった。同居しているレグルシュには誤魔化しようがなく、心配をかけてしまった。
「そう……ですね」
「レグは清々した、なんて俺にわざわざ言ってきたけどね。あれは寂しいの裏返しだよね」
ユキがレグルシュの元へ預けられた当初、どうしても外せない用事があるとき、ユキはこのロフトで過ごしていたと、宇野木は懐かしみながら語った。
「レグも俺も子育てなんてしたことないからさ、ちょっと泣かれたりしたらてんやわんやでね……。こんなに泣くものだから病気かもしれないって、レグが慌てて病院に連れて行くんだけど、ユキくんはそれでさらに泣いちゃうしね」
「レグ……レグルシュさんが。僕が初めて会ったときは、すごく手慣れている印象でした」
衝突することは多少あったものの、ユキの本音というか本性は、ほとんどレグルシュに向けられていた。むしろ、千歳の前でユキはいい子であり過ぎて、息苦しかったのではないかと、今になって思う。どちらも我が強く、それでいていいコンビだった。
「レグルシュさんが四苦八苦していたなんて、意外です」
「ふふ。でしょでしょ? やっと酒が飲めるって嬉しそうにしてたよ」
「お酒?」
「ユキくんに何かあったとき、すぐに動けないようじゃダメだからって、節制してた。俺は大丈夫だと言ったんだけど、レグはそこらへんはちゃんとしていたかったみたい」
千歳とワインを飲んだ日は、確か宇野木がユキについていたのだった。ユキに素っ気ないふりをしながらも、レグルシュはきっと誰よりもユキを気にかけていたのだ。
「レグルシュさんは、優しいのですね」
「本人が一番気付いてないけどね」
宇野木と顔を合わせて笑った。それから接客とレジをこなし、午後四時頃、タイムカードに打刻して、千歳はLa・Rucheを出た。駅までの道を歩いていると、男の声で呼び止められる。
「あ、あの……どうして」
「買い物のついでだ。乗れ」
レグルシュは素っ気なく言い、助手席のドアを開けた。自然にエスコートされ、千歳は気恥ずかしくなる。そこそこ人通りの多い駅前で、貴公子然とした風貌はかなり目立っていた。後ろの座席には、食料品の入ったスーパーの袋がある。この辺りにはない店のもの……La・Rucheとは反対方向だ。
「わざわざすみません」
「だから別に。ついでだ。ついで。謝られると気が悪い」
「……すみません」
ミラー越しにきつく視線を寄せられて、千歳は思わず俯いてしまった。赤信号に差しかかると、レグルシュは先ほどの言葉を優しいものに変える。
「久しぶりの仕事で疲れたんじゃないか」
ブロンドの髪をかき上げながら、レグルシュは言った。千歳は気丈に答えようとしたが、レグルシュと同じように素直になることにした。彼の前なら、弱音を吐いてもそれを責められることはない。
「少し。疲れました」
「今晩はゆっくりすればいい」
「ありがとうございます」
ユキがいた頃は、その日の夜も風呂に入れたり遊び相手になったりしたものだ。思い返せば大変な毎日だったが、無邪気なユキに元気を分けてもらい、シッターの仕事も楽しんでいた。
「今日は何が食べたい?」
「僕が決めてもいいのですか?」
「お前はどうしてそう……遠慮癖が直らないんだ。俺が聞いてるのだから、何でも食いたいものを言え。ここ一週間、ろくに食べられていなかったから痩せただろ」
「痩せ……ました?」
レグルシュは溜め息をつくと、「かなり」と答えた。気遣ってくれているのだと気がつく。このところ、夏の盛りで気温も高く、夏バテ気味だった。
「中華が食べたいです」
「中華か。それにする。ユキがいるときは、辛いものはつくれなかったからな」
「こっそり食べたりとかは……」
レグルシュはふっと笑った。
「匂いで気付かれるだろ。あいつの食い意地の恐ろしさを、お前は知らないんだ」
不満そうにくしゃっと顔に皺をつくるユキを想像して、千歳も笑った。レグルシュの唯一の弱点というか恐れているものが、ユキの可愛いところだなんて。確かにユキには中華は辛すぎて、少し早いかもしれない。レグルシュの運転する車の中で、雑談を交わしていたはずなのに、千歳はうとうとと少し眠ってしまっていた。
その日の夜は、二人だけというのにテーブルいっぱいに料理が並んだ。天津飯に、エビチリと春巻き、麻婆豆腐。レグルシュは「つくりすぎたな」と苦笑した。昼食をあまり食べられなかった分、千歳はレグルシュのつくってくれた中華料理を堪能した。
……────。
お盆休みが過ぎ、月が変わると幾分か過ごしやすい季節になった。今年は雨期も少なく、あまり傘の出番もない。レグルシュとの関係は特に進展もなく、穏やかな生活が続いていた。心配事といえば、夏が終わってもなかなか体力が戻らないことだった。食欲がわかず、酷いときには食べたものを吐き戻してしまう。気持ち悪くなるのが嫌で、食事を抜く日も多くなった。同居しているレグルシュには誤魔化しようがなく、心配をかけてしまった。
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