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【5章】二度目の恋
新しい命1
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平日の休みに、千歳はかかりつけの医師へ体調不良の件を相談した。千歳がオメガだと判明してから、お世話になっている先生だ。定期的にもらう抑制剤の他に、風邪を引いたときなども診てもらっている。
「前回の発情期は七月末だったんだね。確かに、二週間だけど少し早まっている」
「はい」
「医師としての質問だから気を悪くしないで欲しいのだけれど。最近、アルファの男の人との性交渉は?」
千歳は思わず口を噤んでしまった。少し間を空けて、千歳は「……ありました」と正直に答える。
先生は他の科で一度診てもらったほうがいいと告げ、その日のうちに近くのバース科へ受診できるよう紹介状を持たせてくれた。問診と採血を受けた後、千歳の担当医師は喜色を混ぜた表情で言った。
「妊娠されていますね」
「……えっ」
千歳の項に噛み跡がないことや、反応を訝しげに思ったのか、医師はオメガの一人親のためのパンフレットを手渡そうとした。千歳はそれを断る。
「できれば次は、パートナーの方とご一緒にいらしてくださいね」
「あ、あの……! 本当に、僕のお腹の中に赤ちゃんが、いるのでしょうか?」
「ええ。恐らく夏風邪のような症状は悪阻……つわりでしょうね」
「この子は……オメガなのでしょうか」
「アルファと性交渉を持ったのなら、アルファの可能性が高いですよ。現在の医学では、生前にバース性を診断する方法はありませんので確実とは言えませんが」
その後、どうやって帰ったのかはっきりと覚えていない。最近から続いている体調不良は、バース科の先生の診断で説明がつく。初めてレグルシュに抱かれたときも、避妊具はつけていなかった。行為自体が初めてであったので、妊娠しているのは間違いなくレグルシュとの子供だ。
──どうしよう……レグルシュに言うべきか。
母親はアルファの父親との間に千歳をもうけたが、自分はオメガだった。自身の性に疑問を持ったことは何度かあったが、男体で妊娠できたのだから、千歳は正真正銘のオメガだ。
そして、今お腹の中にいる子も、オメガかもしれない。そう思うと、レグルシュにこの事実はとても告げられない。
──レグルシュとは番でもないし、あの人はオメガが嫌いだ……僕も、この子も、オメガだから。
認知どころか、俺の子じゃないと白を切られる可能性もある。最悪の場合、堕ろしてくれ、と言われでもしたら?
まだはっきりとした形にもなっていない新しい命は、千歳にとって希望だ。邪魔だとも不幸とも思わない。この子を、産みたいと思っている。
レグルシュは今日も在宅の仕事中だ。千歳がリビングに着くと、レグルシュが出迎えてくれた。
「体調は大丈夫か」
打ち明けるなら今だ。千歳は震える唇を開いた。
「大丈夫、でした。ただの夏風邪だろうって」
「たかが風邪でも甘く見ないほうがいい。しばらくは無茶をしないことだな」
言えなかった。言えるわけがない。だって、千歳が発情期さえ起こさなければ、レグルシュの子を身籠ることはなかったのだから。あの夜、ヒートを起こした彼の、裏切られて酷く傷ついたような顔が、今でも頭から離れない。
レグルシュは千歳の体調を気遣ってか、卵粥をつくってくれていた。吐き気で一口食べるのがやっとだ。
「……本当に夏風邪か? 食べないと体力もつかないぞ」
勘繰られ、千歳は咄嗟に謝った。
「すみません……」
「謝らなくていい。治すことだけ考えろ。仕事に行けそうにないなら、柚弦に俺から言ってやるから無理をするな」
「そ、それは……迷惑をかけるわけにはいきません。本当にすみません」
──つわりは、どのくらいでなくなってくれるだろう。
いつまでもこのままでは、レグルシュに怪しまれる。調べれば、男体のオメガが妊娠した場合、腹囲はそれほど大きくはならないらしい。けれど、部屋を間借りしている以上、このまま子供を産むわけにもいかない。結局、レグルシュが用意した食事にはほとんど手がつけられず、千歳は自室に籠もった。シーツの中で、まだ胎動も感じない腹をそっと撫でる。
──この子は、きっと育ててみせる……一人でも。
千歳は腹の中にいる我が子に「大丈夫だよ」と囁いた。眠りにつこうとした頃、部屋にノックの音が響いた。
「入るぞ」
千歳は起き上がろうとしたが、そのままでいい、とレグルシュが制した。
「お食事、せっかく作ってくれたのに、残してしまってごめんなさい」
「別にいい。俺が全部食べておいた」
「夏風邪が……移りますよ」
「俺は丈夫だから気にするな」
温かな手が千歳の頭を撫でる。そうして千歳の冷たい手に触れた。
「冷たい。氷に触っているみたいだ」
レグルシュはそう溢すと、千歳のベッドに入り込んできた。妊娠が知られてしまうのではないかと、千歳は腹を庇うようにして背を丸めた。
レグルシュは後ろに回ると、自分の手足を千歳のものに重ねた。彼の体温がじんわりと、温度を失った四肢に移っていくみたいだ。温かくて、心地いい。
レグルシュに抱きしめられ、そちらに意識が取られているおかげか、吐き気はあまり感じられない。レグルシュの手が、ゆっくり千歳の腹へとまわってきて、千歳は身体を固くさせた。
「前回の発情期は七月末だったんだね。確かに、二週間だけど少し早まっている」
「はい」
「医師としての質問だから気を悪くしないで欲しいのだけれど。最近、アルファの男の人との性交渉は?」
千歳は思わず口を噤んでしまった。少し間を空けて、千歳は「……ありました」と正直に答える。
先生は他の科で一度診てもらったほうがいいと告げ、その日のうちに近くのバース科へ受診できるよう紹介状を持たせてくれた。問診と採血を受けた後、千歳の担当医師は喜色を混ぜた表情で言った。
「妊娠されていますね」
「……えっ」
千歳の項に噛み跡がないことや、反応を訝しげに思ったのか、医師はオメガの一人親のためのパンフレットを手渡そうとした。千歳はそれを断る。
「できれば次は、パートナーの方とご一緒にいらしてくださいね」
「あ、あの……! 本当に、僕のお腹の中に赤ちゃんが、いるのでしょうか?」
「ええ。恐らく夏風邪のような症状は悪阻……つわりでしょうね」
「この子は……オメガなのでしょうか」
「アルファと性交渉を持ったのなら、アルファの可能性が高いですよ。現在の医学では、生前にバース性を診断する方法はありませんので確実とは言えませんが」
その後、どうやって帰ったのかはっきりと覚えていない。最近から続いている体調不良は、バース科の先生の診断で説明がつく。初めてレグルシュに抱かれたときも、避妊具はつけていなかった。行為自体が初めてであったので、妊娠しているのは間違いなくレグルシュとの子供だ。
──どうしよう……レグルシュに言うべきか。
母親はアルファの父親との間に千歳をもうけたが、自分はオメガだった。自身の性に疑問を持ったことは何度かあったが、男体で妊娠できたのだから、千歳は正真正銘のオメガだ。
そして、今お腹の中にいる子も、オメガかもしれない。そう思うと、レグルシュにこの事実はとても告げられない。
──レグルシュとは番でもないし、あの人はオメガが嫌いだ……僕も、この子も、オメガだから。
認知どころか、俺の子じゃないと白を切られる可能性もある。最悪の場合、堕ろしてくれ、と言われでもしたら?
まだはっきりとした形にもなっていない新しい命は、千歳にとって希望だ。邪魔だとも不幸とも思わない。この子を、産みたいと思っている。
レグルシュは今日も在宅の仕事中だ。千歳がリビングに着くと、レグルシュが出迎えてくれた。
「体調は大丈夫か」
打ち明けるなら今だ。千歳は震える唇を開いた。
「大丈夫、でした。ただの夏風邪だろうって」
「たかが風邪でも甘く見ないほうがいい。しばらくは無茶をしないことだな」
言えなかった。言えるわけがない。だって、千歳が発情期さえ起こさなければ、レグルシュの子を身籠ることはなかったのだから。あの夜、ヒートを起こした彼の、裏切られて酷く傷ついたような顔が、今でも頭から離れない。
レグルシュは千歳の体調を気遣ってか、卵粥をつくってくれていた。吐き気で一口食べるのがやっとだ。
「……本当に夏風邪か? 食べないと体力もつかないぞ」
勘繰られ、千歳は咄嗟に謝った。
「すみません……」
「謝らなくていい。治すことだけ考えろ。仕事に行けそうにないなら、柚弦に俺から言ってやるから無理をするな」
「そ、それは……迷惑をかけるわけにはいきません。本当にすみません」
──つわりは、どのくらいでなくなってくれるだろう。
いつまでもこのままでは、レグルシュに怪しまれる。調べれば、男体のオメガが妊娠した場合、腹囲はそれほど大きくはならないらしい。けれど、部屋を間借りしている以上、このまま子供を産むわけにもいかない。結局、レグルシュが用意した食事にはほとんど手がつけられず、千歳は自室に籠もった。シーツの中で、まだ胎動も感じない腹をそっと撫でる。
──この子は、きっと育ててみせる……一人でも。
千歳は腹の中にいる我が子に「大丈夫だよ」と囁いた。眠りにつこうとした頃、部屋にノックの音が響いた。
「入るぞ」
千歳は起き上がろうとしたが、そのままでいい、とレグルシュが制した。
「お食事、せっかく作ってくれたのに、残してしまってごめんなさい」
「別にいい。俺が全部食べておいた」
「夏風邪が……移りますよ」
「俺は丈夫だから気にするな」
温かな手が千歳の頭を撫でる。そうして千歳の冷たい手に触れた。
「冷たい。氷に触っているみたいだ」
レグルシュはそう溢すと、千歳のベッドに入り込んできた。妊娠が知られてしまうのではないかと、千歳は腹を庇うようにして背を丸めた。
レグルシュは後ろに回ると、自分の手足を千歳のものに重ねた。彼の体温がじんわりと、温度を失った四肢に移っていくみたいだ。温かくて、心地いい。
レグルシュに抱きしめられ、そちらに意識が取られているおかげか、吐き気はあまり感じられない。レグルシュの手が、ゆっくり千歳の腹へとまわってきて、千歳は身体を固くさせた。
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