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【2章】マヌルネコ

新しい仕事1

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……────。


翌朝、ユキは十時頃と、遅い時間に起きてきた。マヌルネコと一緒だ。レグルシュは何度か咳払いをしてから、ユキと同じ身長になるように屈んだ。

「……昨日は、悪かったな」
「……ユキも、ごめんなさい」

ユキはぺこりと頭を下げた。千歳もレグルシュもまた朝食をとっていないので、お腹はぺこぺこだ。

ユキは自分の椅子ではなくて、何故か千歳の膝へ「うんしょ」と登ろうとする。

「ゆ、ユキくん?」
「ちーとずっといるんだ……」

朝食をとるときも歯磨きをするときも、ユキは片時も千歳から離れようとしなかった。見かねたレグルシュが、「出かけるぞ」とユキに声をかけた。

「やだーっ! レグ一人でいいのっ!」
「そいつも連れて行ってやる」
「え? どこにですか?」
「まだ仕事は見つかっていないんだろう。無理にとは言わないが、紹介だけはしてやる」
「……実は、昨日決まりまして」
「はあ!? お前……どうしてそれを早く言わないんだ」

千歳はユキを抱きつかれたまま、低頭した。

「すみません……言いそびれていました。一応、ファミレスのアルバイトに」
「話だけでも聞いてみないか? 俺の友人が人手を欲しているから、受けてくれるとありがたい」

その提案に、千歳は頷いた。このまま未経験のアルバイトを始めるのには不安があったし、何よりも初めから冷たい態度を取っていたレグルシュが、こう言ってくれているのだ。レグルシュの厚意に、千歳は素直に甘えることにした。

車で三十分程走らせた場所は、駅からそれほど遠くない、小洒落たストリートだった。白い漆喰に玉砂利やビー玉が敷き詰められており、晩夏の日差しで煌めいている。古家が並んでいるように見えるが、一軒一軒見てみると全て店のようだ。手作りの雑貨屋や、食事処で賑わっている。

レグルシュはその通りの中で、木造の大きな倉庫へと入っていった。

「わあ……」

外観と同じく、内装もログハウスのような造りになっており、吹き抜けの天井には、太い丸太の梁がある。ニメートルくらいの黒いファンが、優雅に回っていた。

レジカウンターには眼鏡をかけた男が座っている。レグルシュの姿を見るなり、その名前を叫んだ。

「レグー! はあぁ……ユキちゃんも! ユキちゃん可愛い抱っこさせて!」
「ちゃんじゃないっ!」

ユキは大きな身体のレグルシュを盾にして、うー、と威嚇している。

「ごめんごめんっ。ユキくんこっちおいで。お兄さんがお菓子をあげよう」
「お菓子をくれるおじちゃんにはついていきませんっ」
「ええぇ、おじちゃんて。まだ二十八なのに!」

おじちゃんと呼ばれた男はがっくりと肩を落とした。

ユキを客のいない二階のロフトへ預け、千歳の面接が始まった。

「俺は宇野木 柚弦といいます。和泉 千歳さんね。レグルシュとはこのLa Rucheラ・リュッシュという雑貨屋を共同経営していて……。レグ、和泉さんにどこまで話した?」
「何も」
「えぇ! 適当だなぁ、もう。俺は実店舗……といっても今はここだけなんだけど。店長をしています。レグはオンライン業務を主にしているから、店にはあまり出ないかな」

宇野木は甘栗色の髪を一房摘まむ仕草をしながら、話を続ける。

「バイトで雇っている子二人が大学四年生でね。新しい子を入れなきゃーとは思っていたんだけど。張り紙だけじゃなかなか集まらなくて」
「僕は二十五で接客系は未経験なのですが……大丈夫でしょうか?」

千歳の正直な告白に、宇野木は笑った。

「和泉さんって馬鹿正直だよね。あ、もちろんいい意味で! アルバイトごときで海外留学とかサークルリーダーとか。何でもかんでも脚色する意識高い系にも聞かせてやりたいよ」

ひとしきり笑うと、宇野木はレグルシュに「ねぇ」と声をかける。

「世間話はいい。で、どうなんだ。雇うのか雇わないのか」
「俺は大賛成。店は和泉さん一人に任せることはないし」

時給は千百円。千歳がオメガであることも考慮してくれ、休暇の日数も多めに取ってくれていい、と承諾してくれた。飲食バイトより時給はいいし、何より宇野木の人柄に安心出来る。

さらに千歳が簿記資格を持っていると申告すると、宇野木に「絶対うちに来て!」と念押しされた。

「帳簿も任せていいかな? 経理関係もざっくりでいいから見てもらいたい」
「はい、もちろんです」

宇野木は履歴書を見て感嘆する。

「へー、三科目取ってあるんだ。すごいね。俺も一時期、税理士資格取ろうとしてたんだよ。口だけで終わったけど」

宇野木の冗談に、千歳はくすっと笑った。税理士は一科目ずつの受験が可能で、最終的に五科目合格すればいい。働きながらの受験は難しく、合格した科目数は在学中のときから増えていない。

話は纏まり、シフトは後でトークアプリに送られることになった。

ロフトの柵の間から、ユキがひょこっと顔を出す。千歳が手を振ると、むくれたユキはぱあっと花が咲いたような笑顔になり、小さな手を振り返してくれる。その様子を見ていた宇野木が「いいなぁ」とぼやいた。
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