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・・・『集結』・・・
・・昼と夜と・・・
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「・・今日は珍しく残業になりまして・・買物もしましたので、遅くなりました・・お待たせしてすみません・・」
「・・大丈夫です・・気にしていません・・お知らせしていませんでしたし、気になさらないで下さい・・」
「・・ありがとうございます・・今日来られる事を、シエナさんには伝えているのですか・・?・・」
「・・はい、伝えてありますし・・彼女も間も無くここに来るでしょう・・」
「・・はい?・・どうしてシエナさんも来るんですか・・?・・」
「・・私がアドルさんを襲わないように見張る為でしょう・(笑)・・」
「・・はあ?・何ですか・?・それは・・?・・」
「・・冗談です(笑)・・彼女は彼女でお話もあるようですよ・・」
「・・そうですか・・」
と、そう答えた所で私の携帯端末にメッセージが入る。
「・・失礼・・」そう言ってから観ると、リサさんからだ。
全員集合会議の開催場所と言う事で、ある住所が記されている。
この住所に視憶えがあるような気がして登録している連絡先の中を検索してみると、リサ・ミルズの自宅だった。
「・・リサさんからですか・・?・・」
「・・ええ、会議の開催場所としてこの住所を送って来たのですが、この住所は彼女の自宅ですよ・・そこに多人数で集まったりしたら、彼女のご両親にご迷惑になるでしょうにねぇ・・ちょっと失礼しますね・・」
そう言いながらリサ・ミルズの携帯端末に通話を繋ごうとしたのだが、ハンナ・ウエアーが私のその手を押さえて止める。
「・・お待ち下さい、アドルさん・・実は昨日私達は、リサさんの自宅に寄せさせて頂きました・・リサさんの自宅ですが、ご実家ではありません・・ご両親とは別居されておられますし、充分な広さもあると確認できましたので・・ここを全員集合会議の開催場所としてはどうかと彼女に勧めました・・」
「・・それでリサさんの返答は・・?・・」
「・・躊躇はしていましたが、諒承して頂きました・・」
「・・そうでしたか・・分かりました・・ハンナさんがそう言われるのなら、私がこれ以上口を出すのもどうかとは思いますが、彼女は毎朝お母様お手製のブレンドハーブティーを持参して出勤しますので、同居はされていなくてもお近くにお住まいなのだろうとは思います・・集まる際には静かに集まるようにしましょう・・」
「・・分かりました・・その旨、そのように伝えます・・」
「・・あっ、あの・・ところでハンナさん・・夕食はまだですか・・?・・私・・食材を買って来ましたので、シエナさんと3人で夕食にしませんか・・?・・すぐに作りますから・・」
と、まだハンナ・ウエアーと手を触れ合わせている事に気付いて、ドギマギしながらそう言って手を離そうとしたのだが、ハンナは私の右手を握って離さない・・。
「・・アドルさん・・それでしたらシエナがすぐに食べられるお惣菜を幾つか買って来るからと言っていましたので、それで夕食にしましょう・・」
「・・そ、そうですか・・じゃあ、スープでも作りましょう・・スープストックが置いてありますので、すぐに出来ますから・・」
「・・アドルさん・・キッチンの事を教えて頂ければ、私が作ります・・シエナももうすぐ来ますので、お風呂に入って温まって下さい・・」
「・・ハンナさん・・冷えているのは何時間も待っていた貴女じゃないですか・・こんなに冷えている手の貴女に、料理なんかさせられませんよ・・」
そう言って彼女の手を温めるように握り直す。
「・・大丈夫です・・アドルさん・・手は冷えていますが、何枚も着ていますから暖かいですよ・・それに、私の手をこんなに握って下さってありがとうございます・・でも、もう離して下さい・・これ以上握られていると私も気持ちが抑えられなくなって、アドルさんを襲っちゃいますよ(笑)・・」
そう言われて私は、ゆっくりと手を離した。
「・・あ、・それじゃ、キッチンをご案内しますね・・こちらです・・」
そう言ってハンナをキッチンに案内し、一通りを説明し終わった頃合いでドアチャイムが鳴ったので、インターモニターを通じてシエナ・ミュラーの訪問を確認してから、ドアを開ける。
「・・今晩は、アドルさん・・遅くなりました・・寒いですね・・」
「・・今晩は、シエナさん・・寒いですね・・どうぞ、お上がり下さい・・」
「・・ありがとうございます・・お邪魔します・・素敵なお宅ですね・・」
「・・ありがとうございます・・食材を買って来て頂いて、ありがとうございます・・キッチンはこちらです・・ハンナさんがもういらしています・・ポットにコーヒーが淹れてありますので、飲んで温まって下さい・・」
「・・お気遣い、ありがとうございます・・アドルさん・・あら、ハンナ・・遅くなってゴメンね・・何してるの・・?・・」
「・・お疲れ・・シエナ・・スープを作っているのよ・・ホラ、アドルさん・・ここはもう2人で大丈夫ですから、お風呂に入って温まって来て下さい・・上がったらすぐに食べられるように、準備しておきますからね・・」
「・・そうですよ、アドルさん・・お仕事、お疲れ様でした・・取り敢えずお風呂で温まって、疲れを取ってリラックスして下さい・・私達2人でちゃんと準備しておきますから・・」
2人にそこまで言われたら、もう従う他にはないだろう・・それに、もう時間も遅くなりつつある・・観念して私は風呂に入る事にした。
私が着換えを携えて脱衣場に入ると、ハンナ・ウエアーは鼻歌を歌いながらスープの準備を続け、シエナ・ミュラーは買って来た惣菜を出して包装を解き、簡単に調理するか温めるなどして夕食の料理としての体裁を調え、皿に盛り付けてライスとサラダの準備に入る。
「・・随分楽しそうじゃない・?・何かあったの・・?・・」
「・・あんたが来る少し前にね・・手を握って温めて貰ってたのよ・・」
「・!えっ・?・何でそんな事して貰ってたのよ・?!・」
「・・今日アドルさん、残業でさ・・あたしが暫くの間、玄関の前で待っていたんだからってさ・・」
「・・ハンナ・・あんた、本当にアドルさんを誘惑しないでよ・・」
「・・あたしはそんなつもり、無いけどね・・」
「・・アドルさん・・今頃お風呂の中で頭を抱えているわよ・・あんまり困らせるのはマズいわよ・・本当に・・」
「・・分かったわよ・・少し控えますよ・・」
「・・この前も、そう言ったけどね・・それにしてもさ、ハンナ・・男の1人所帯にしちゃ綺麗に片付いているわね・・」
作業を続けながらシエナ・ミュラーが言う。
「・・そうね・・ちょっと不思議なくらいだよね・・ねえシエナ、ちょっとこれの味を観て・・?・・」
ハンナ・ウエアーがそう言ってシエナ・ミュラーを呼ぶ。
「・・何よ?・、ハンナ・・スープ・?・・」
「・・スープストックよ・・」
「・・スープストック・?・どれどれ・・?!?・これは・!・市販の既製品じゃないわね・・」
「・・そう思う・?・これ多分、奥様の手造りよ・・・」
「・・スープストックでこの味が出せるって事は、奥様の料理スキルは一流の域だね・・」
「・・あたし達・・張り合う相手を、最初から間違えてるね・・」
その後は、2人とも無言で作業を続けた。
(・・どうしてこんな事になったんだ・?!・これならマーリー・マトリンとどうにかなった方がマシだったか・?!・いやいやいや、そんな事は考えるな・!!・全く在り得ない・・この年になって今更モテ期だなんて冗談じゃない・!!・・)
バスに浸かりながら私は頭をブルブル振って、その考えを振り払う。
(・・とにかく・・流されるな・・溺れるな・・これは罠だ・・冷静に自分を保って何とか乗り切るんだ・・事を荒立てて関係を悪くするなよ・・解ったな!・アドル・エルク!!・・)
自分で自分の心を叱り付けて、ノロノロとバスから上がる。
頭と身体を洗いながら、ハイラム・サングスターに連絡してみようと思い付いた。
風呂から上がり、身体を拭いて部屋着を着て出て行くと、ダイニングテーブルの上にはもうしっかりと夕食の支度が仕上がっていて、2人はテーブルの片側に神妙な顔付で座っている。
「・・どうも・・お先にお風呂を頂きました・・」
と、自分の居宅なのにそう言いながら2人の向かいに座る。
「・・アドルさん・・アドルさんの奥様は、料理がお上手なんですね・?・」
と、シエナ・ミュラーが訊く。
「・・そうですね・・自分で言うのも何ですが、かなり旨いと思っています・・」
「・・スープストックの味を観させて頂いて分かりました・・奥様の料理スキルは一流の域ですね・・土曜日にお会いするのが楽しみです・・」
「・・ありがとう・・冷めますから、取り敢えず頂きましょう・・」
「・・そうですね・・頂きます・・」
「・・頂きます・・」
3人とも食べ始める。
「・・スープ、美味しいですね・・女房とはまた違った味のまとめ方が、新鮮です・・」
「・・ありがとうございます・・恐縮です・・」
と、ハンナ・ウエアーが頬を染める。
「・・あの、シエナさん・・今日、購入された食材の代金は、お支払いしますので請求して下さいね・・」
「・・アドルさん・・もう3人で一緒に食べているんですから、要らないですよ・・でも・・どうしても払いたいと言うんでしたら、3時間のデートで手を打っても良いですよ(笑)・・」
「・・あ・・いえ・・それでしたら、結構です・・(苦笑い)・・」
「・・アンタも言うもんだね、シエナ・・デート3時間だなんてマジで引くわ・・」
ハンナ・ウエアーが呆れたように言う。
「・・あら、そう・・?・・あたし、結構本気だよ・・開幕までには、まだ時間もあるし・・3時間のデートぐらいでガタガタ言う方がおかしいよ・・もしも見付かって何か訊かれたって・・艦長と副長で打ち合わせでしたって言えば良いもの・・」
「・・分かりました、シエナさん・・それじゃあ先日の宿題に正解を出せたら、善処しましょう(笑)・・どうですか・・?・・」
「・・分かりました・・頑張ります・・」
と、切り返されて顔を赤くして俯くシエナ・ミュラーである。
「・・アンタもアタシと同じで15才だね・・」
「・・うるさいわよ・・」
「・・ああ、シエナさん・・今日はメッセージをありがとうございました・・助かりました・・明後日の全員集合会議が楽しみです・・」
「・・全員への連絡と対話を終えるのに、そんなに時間は掛かりませんでした・・それと・・土曜日のご近所様廻りのお手伝いとしてアドルさんのお宅に伺うのと・・22日の番組制作発表会見と・・25日の総合共同記者会見にも、全員で出席できるとの確約を取り付けました・・」
「・・シエナさん・・それは、ありがとうございます・・助かります・・すごいですね・・正直、そこまでスムーズに組織が進むとは思っていませんでした・・ご苦労様でした・・改めて、感謝します・・」
「・・いえ、総てを含めて・・皆で手分けして、連絡と対話を進めただけです・・私一人でやっていません・・」
「・・分かりました・・明後日の会議の場で・・皆さんの労を労いたいと思います・・皆さんから、何か特徴的に共通するような・・お話はありましたか・・?・・」
その質問には、ハンナ・ウエアーが答えた。
「・・皆、アドルさんに感謝していますし・・アドルさんの事を知りたがっていますし・・アドルさんに会いたがっていますし・・アドルさんの話を聴きたがっています・・」
「・・皆さんが私に対して興味津々であるのは分かりました・・またそこまで強く、皆さんに想われて・・望まれているのも解りましたので、私としても・・誠心誠意誠実に・・皆さんに相対して対話、会話するように心掛けたいと思います・・あと、ハンナさん・・何でも質問して良いですよ・・」
「・・では、アドルさん・・貴方はごく最近まで、ご自身の魅力に気付いていませんでした・・それは、ご自身の魅力に無頓着だったのでしょうか・?・或いは、無関心だったのでしょうか・?・または、興味が無かったからなのでしょうか・?・或いは、知りたくなかったからなのでしょうか・?・」
「・・ハンナ・・その訊き方は、ちょっと失礼なんじゃないの・・?・・」
「・・ああ、シエナさん・・大丈夫ですよ・・率直に訊いて貰って結構です・・ハンナさん・・こんな話でどうでしょうか・?・今日、後輩の同僚にこう言われました・・話をするだけでファンを増やせるのは、先輩だけですよってね・・また、これはもっと以前にリサさんに言われたのですが・・私の妻が、私にそれを気付かせないように仕向けていたと・・それが私の妻の戦略なのだと言っていました・・」
この話には、2人とも少なからず驚いたようだった。
「・・その話が本当だとしたら、奥様はやっぱり凄いと言うか・・少し怖いですね・・ますます土曜日にお会いするのが楽しみになって来ました・・」
シエナ・ミュラーが手を止めて感歎したように言う。
「・・奥様も凄いし怖いとも思いますけど、それに気付いたリサさんも凄いと思います・・私も土曜日にお宅に伺うのが楽しみです・・また、リサさんからそう言われた時に何を感じて、どう思われましたか・・?・・」
ハンナ・ウエアーも手を止めて訊く。
「・・その時にはちょっと突飛な考えのように感じて、あまり深くは考えませんでしたね・・深く考えるとリサさんに対して悪い感情が出そうでしたから・・」
「・・アドルさんから観て奥様はどんな方ですか・・?・・」
「・・ウチでは優しくて、明るくて、暖かくて、思い遣りがあって、気配りが出来て、よく気が付く出来た女房・・・気配りと気付きが・・強いのかも知れませんね・・?・・彼女と出会ったのは大学時代・・私が3年で彼女が2年・・学内のイベントで知り合って話をして・・その後、彼女が私の所属するシミュレーションゲームサークルに入って来ました・・結婚は私が就職して3年後でしたから、付き合いは5年でしたね・・すみません、馴れ初めなんか話しちゃって・・」
「・・いいえ、大丈夫ですよ・・」
「・・今考えれば、彼女の感受性は広範囲で鋭敏ですね・・昔も今も・・料理のスキルは、私が大学を卒業してから急上昇しました・・結婚の決め手の8割は料理と、私の健康への気遣いだったと言っても良いでしょう・・次の質問に移りましょうか・・?・・」
「・・あ・・いいえ・・暫く時間を置きましょう・・」
僅かに虚を衝かれたようだったが、ハンナ・ウエアーはそう応えた。
「・・そうですか・・何だか私も、まだ会えていないメンバーに無性に会いたくなって来ましたよ・・因みにお二人から観て、この人のこのような性格的側面は・・頭に入れて置いた方が良いよ・・と言うようなお話はありますか・・?・・」
「・・そうですね・・今の時点でお知らせして置いた方が良い程の特徴的な性格的側面と言うのは・・無いだろうと思います・・皆アドルさんが好きですから・・もっと馴れた関係にならないと、そう言う特徴的な側面は見せないでしょうし、観えて来ないでしょう・・」
「・・なるほど・・例え上下の関係であってもフレンドシップであるべし・・と言う訳ですね・・・」
その後、様々な他愛も無い話を10数分続ける内に、夕食も終わりに近付く。
「・・安い物で宜しければ、ロゼがあるのですが如何ですか・・?・・」
「・・今日は呑まないで帰ります・・」
「・・分かりました・・デザートに出来るようなものも無くてすみません・・」
「・・いいえ、大丈夫です・・ご馳走様でした・・」
「・・ご馳走様でした・・」
ほぼ同時に食べ終わり、3人で片付けて3人で食器を洗い、拭き上げて収納する。
終って3人でリビングルームに居る・・それぞれの前にコーヒーを置いて・。
「・・シエナさん・・他にお話はありますか・・?・・」
「・・いいえ・・特にはありません・・」
「・・ハンナさん・・他に質問はありますか・・?・・」
「・・また次回にお願いします・・」
「・・分かりました・・それでは今日の報告・質問・食事会は、この辺でお開きですね・・こんな男の1人所帯にわざわざ来て頂いて、ありがとうございました・・」
「・・あの・・最後にお願いがあるんですが・・」
「・・ハンナさん・・個人的には残念ですし、申し訳ないとも思いますが・・ハグもキスもする訳にはいきません・・」
少し思い詰めたような表情でそう言い掛けるハンナ・ウエアーをやれやれと言った感じで見遣りながら、完全に先回りして言ってしまう。
「・・どうして、それを望んでいると思うんですか・・?・・」
「・・いや・・ちょっと勘が働いただけです・・」
(・・今日、職場の女の子に迫られて押し切られちまったなんて、口が裂けても言えないな・・)
「・・どうしてもダメですか・・?・・」
「・・ハンナ、やめなさい・!・」
「・・何よ!、シエナだってキスして欲しいんでしょ・!?・」
「・・そうだけど・・我慢しなきゃダメでしょ・!?・ハンナ・・あなた、アドルさんを困らせたいの・?・」
そう言われるとハンナ・ウエアーはグッと堪えた様子で俯くと涙を零した。
「・・こりゃあ、15才どころの話じゃないね・・」
シエナ・ミュラーが溜息を吐いてそう言う。
「・・ハンナさん・・分かって欲しいんですが、クルーメンバーはまだ全員が決定してはいませんし、司令部は成立していますが全員の顔合わせさえまだです・・この時点で個人的な感情を優先させて・・差別的な関係を作ってしまうのは、本当にマズいんです・・分かってくれませんか・・?・・」
「・・分かりました・・ツラいですけど・・分かりました・・」
3分程動かなかったが、ゆっくり顔を上げるとそう言った。
「・・ありがとう・・開幕して3ヶ月経っても、まだディファイアントが無事だったら・・3人でここでお祝いしましょう・・立てますか・?・ハンナさん・・」
私は立ち上がり、ハンナ・ウエアーの右手を取って立ち上がらせる。
「・・これは私からのお礼の気持ちと・・4ヶ月後を見据えての・・約束です・・これで4ヶ月間・・我慢して下さい・・」
そう言うと彼女の背に手を廻してハグをする・・彼女は驚いて眼を見開き、身体を2秒固くしたがその後直ぐに眼を閉じて、私の背に手を廻して来た。
シエナ・ミュラーは眼を見開いて口を両手で押さえている。
そのまま90秒ほど、私はハンナを抱いて眼を閉じていたが、眼を開いて顔を離すと彼女の眼を5秒見詰め、肩を抱いて唇に唇を重ねた。
シエナがガタっと音を立てて立ち上がる。
20秒ほどで唇を離して彼女を座らせる。
そのまま間を置かずに、私はシエナにも同じようにした。
終っても、2人はポカンとして座っている。
眼は開いているが、何処を観ているようでも無い。
「・・これで4ヶ月間・・我慢して下さいね・・?・・今、タクシーを呼びますから・・」
そう言うとコーヒーを飲み干して立ち上がる。
「・・シエナ・・?・・何・・?・・今夜は泊まらせて・・?・・良いわよ・・」
タクシーの車内で2人は口を開かなかった。
シエナ・ミュラー居宅の寝室で、2人は同じベッドに寝ている。
「・・この前ここで寝たの・・いつだっけ・・?・・」
「・・半年ぐらいかな・・?・・」
「・・あの時は、まさかこんな事になるなんて・・・」
「・・誰にも考えられやしないわよ・・」
「・・あたし、もう絶対に彼を困らせない・・」
「・・4ヶ月は頼んだわよ・・」
「・・もしもそんな事を言い出しそうになったら、容赦なく殴って・・?・・」
「・・ええ、思いっ切りイカせて貰うわよ・・」
「・・あと・・エドナとアリシアだけど・・」
「・・ええ・・」
「・・2人とも絶対・・アドルさんにベタ惚れになるわね・・?・・」
「・・そうだね・・アナタはアリシアを観て・・?・・私はエドナを観るから・・」
「・・分かった・・でも4ヶ月の約束ってさ・・?・・」
「・・何よ・・?・・」
「・・アタシ達だけじゃ・・ダメなんじゃないかな・・?・・」
「・・う・・ん・・そうかも知れないけど・・今は言わないで置こうよ・・?・・」
「・・そうだね・・最初の4ヶ月・・いや半年は勝ち続けたいよね・・」
「・・うん・・そうだね・・それよりハルやエマに気付かれないようにしてよ・・?・・」
「・・うん・・分かってるよ・・でも、ちょっとシエナ!・あの3時間デートの話って、まだ生きているの・・?・・」
「・・さあ・・?・・生きてるんじゃないの・・?・・」
「・・ずっるいわよ!・シエナ・アンタだけ・!・・」
「・・あなただって、ちゃんと宿題を仕上げれば、きっと3時間デートして貰えるわよ・・」
「・・分かったわよ・・頑張るわよ・・」
「・・これじゃ、12才だね・・」
「・・うるさいわよ・・」
それから程無くして会話が途切れて途絶え、替わりに寝息が聴こえて来た。
少し時間を戻す。
2人が乗り込んで動き出したタクシーのテールランプを見送り、夜の闇に消えたのを見届けてから部屋に戻る。
使い捨ての携帯端末を取り出し、モリー・イーノスの個人クラウドデータ格納庫をブラウジングさせてアクセスし、パスワードを入力してその中に入る。
そして彼女が設置した特別格納庫にアクセスして前回、その中で取得したパスワードとパスコードを入力して、特別格納庫の中に入る。
中にはデータベースのアイコンと『要望は?』の文字と、次回この特別格納庫に入る為のパスワードとパスコードがあった。
パスワードとパスコードをメモ帳に書き留めてからデータベースを開くとそれは、彼女が現時点までに探り出した20隻の参加艦に於ける、乗員配置名簿だった。
率直に凄いと思う・・ソースが何処かは分からないが・・貴重な情報には違いない・・早速ダウンロードする・・。
『要望は?』に対するコメントとして、先ず『ディファイアント』全乗員配置案を貼付して、(評価を請う)と書き込み、次いで(現時点で君が総合的に判断する強敵艦はどれか?)と、問うた。
そして暫く考えてから、もう一つコメントとしてこのように書き込んだ。
(制作サイドがこの番組をどのように終了させるつもりなのか調べて欲しい。例えば、艦同士の遭遇を制作サイドが仕組む可能性があるのかどうか?また、制作サイドが意図的に異常に強力な艦を送り込む可能性があるのかどうか?)
最後にこの一文を書き込んで二つの格納庫から出ると、閲覧履歴とクッキーを消去してブラウザーを閉じる。
(・・君に『ディファイアント』外部情報部長への就任を要請する・・)
使い捨ての携帯端末を社宅の固定端末と接続させ、ダウンロードしたデータベースを送り込む。
早速開いて観てみたが、1人1人の芸能人の内実を知らないので当然ながらよく分からない。
これは調査結果を待つしかないようだ。
リサ・ミルズに向けて、今夜副長とカウンセラーの訪問を受け、副長からはスタッフの参加組織状況についての報告を受け、カウンセラーからは心理動向データベース作成の為の質問を受けた旨のメッセージを送付する。
次にハイラム・サングスター氏に向けて、通話にて対話したい旨と、どの時間帯で繋いだら宜しいか?とメッセージにて送付した。
妻のアリソンがチーフ・カンデルからの親書を読んだかどうか気になっているが、まだ月曜日だから焦って訊く事も無いだろう。
ああ、クリーニングサービスに行くのを忘れた・・明日にしよう・・。
ベランダでスコッチを含みながらプレミアムシガーを燻らせようかとも思ったが、湯冷めしそうなのでやめた。
ちょっとメンタルが疲れている・・もう寝よう。
「・・大丈夫です・・気にしていません・・お知らせしていませんでしたし、気になさらないで下さい・・」
「・・ありがとうございます・・今日来られる事を、シエナさんには伝えているのですか・・?・・」
「・・はい、伝えてありますし・・彼女も間も無くここに来るでしょう・・」
「・・はい?・・どうしてシエナさんも来るんですか・・?・・」
「・・私がアドルさんを襲わないように見張る為でしょう・(笑)・・」
「・・はあ?・何ですか・?・それは・・?・・」
「・・冗談です(笑)・・彼女は彼女でお話もあるようですよ・・」
「・・そうですか・・」
と、そう答えた所で私の携帯端末にメッセージが入る。
「・・失礼・・」そう言ってから観ると、リサさんからだ。
全員集合会議の開催場所と言う事で、ある住所が記されている。
この住所に視憶えがあるような気がして登録している連絡先の中を検索してみると、リサ・ミルズの自宅だった。
「・・リサさんからですか・・?・・」
「・・ええ、会議の開催場所としてこの住所を送って来たのですが、この住所は彼女の自宅ですよ・・そこに多人数で集まったりしたら、彼女のご両親にご迷惑になるでしょうにねぇ・・ちょっと失礼しますね・・」
そう言いながらリサ・ミルズの携帯端末に通話を繋ごうとしたのだが、ハンナ・ウエアーが私のその手を押さえて止める。
「・・お待ち下さい、アドルさん・・実は昨日私達は、リサさんの自宅に寄せさせて頂きました・・リサさんの自宅ですが、ご実家ではありません・・ご両親とは別居されておられますし、充分な広さもあると確認できましたので・・ここを全員集合会議の開催場所としてはどうかと彼女に勧めました・・」
「・・それでリサさんの返答は・・?・・」
「・・躊躇はしていましたが、諒承して頂きました・・」
「・・そうでしたか・・分かりました・・ハンナさんがそう言われるのなら、私がこれ以上口を出すのもどうかとは思いますが、彼女は毎朝お母様お手製のブレンドハーブティーを持参して出勤しますので、同居はされていなくてもお近くにお住まいなのだろうとは思います・・集まる際には静かに集まるようにしましょう・・」
「・・分かりました・・その旨、そのように伝えます・・」
「・・あっ、あの・・ところでハンナさん・・夕食はまだですか・・?・・私・・食材を買って来ましたので、シエナさんと3人で夕食にしませんか・・?・・すぐに作りますから・・」
と、まだハンナ・ウエアーと手を触れ合わせている事に気付いて、ドギマギしながらそう言って手を離そうとしたのだが、ハンナは私の右手を握って離さない・・。
「・・アドルさん・・それでしたらシエナがすぐに食べられるお惣菜を幾つか買って来るからと言っていましたので、それで夕食にしましょう・・」
「・・そ、そうですか・・じゃあ、スープでも作りましょう・・スープストックが置いてありますので、すぐに出来ますから・・」
「・・アドルさん・・キッチンの事を教えて頂ければ、私が作ります・・シエナももうすぐ来ますので、お風呂に入って温まって下さい・・」
「・・ハンナさん・・冷えているのは何時間も待っていた貴女じゃないですか・・こんなに冷えている手の貴女に、料理なんかさせられませんよ・・」
そう言って彼女の手を温めるように握り直す。
「・・大丈夫です・・アドルさん・・手は冷えていますが、何枚も着ていますから暖かいですよ・・それに、私の手をこんなに握って下さってありがとうございます・・でも、もう離して下さい・・これ以上握られていると私も気持ちが抑えられなくなって、アドルさんを襲っちゃいますよ(笑)・・」
そう言われて私は、ゆっくりと手を離した。
「・・あ、・それじゃ、キッチンをご案内しますね・・こちらです・・」
そう言ってハンナをキッチンに案内し、一通りを説明し終わった頃合いでドアチャイムが鳴ったので、インターモニターを通じてシエナ・ミュラーの訪問を確認してから、ドアを開ける。
「・・今晩は、アドルさん・・遅くなりました・・寒いですね・・」
「・・今晩は、シエナさん・・寒いですね・・どうぞ、お上がり下さい・・」
「・・ありがとうございます・・お邪魔します・・素敵なお宅ですね・・」
「・・ありがとうございます・・食材を買って来て頂いて、ありがとうございます・・キッチンはこちらです・・ハンナさんがもういらしています・・ポットにコーヒーが淹れてありますので、飲んで温まって下さい・・」
「・・お気遣い、ありがとうございます・・アドルさん・・あら、ハンナ・・遅くなってゴメンね・・何してるの・・?・・」
「・・お疲れ・・シエナ・・スープを作っているのよ・・ホラ、アドルさん・・ここはもう2人で大丈夫ですから、お風呂に入って温まって来て下さい・・上がったらすぐに食べられるように、準備しておきますからね・・」
「・・そうですよ、アドルさん・・お仕事、お疲れ様でした・・取り敢えずお風呂で温まって、疲れを取ってリラックスして下さい・・私達2人でちゃんと準備しておきますから・・」
2人にそこまで言われたら、もう従う他にはないだろう・・それに、もう時間も遅くなりつつある・・観念して私は風呂に入る事にした。
私が着換えを携えて脱衣場に入ると、ハンナ・ウエアーは鼻歌を歌いながらスープの準備を続け、シエナ・ミュラーは買って来た惣菜を出して包装を解き、簡単に調理するか温めるなどして夕食の料理としての体裁を調え、皿に盛り付けてライスとサラダの準備に入る。
「・・随分楽しそうじゃない・?・何かあったの・・?・・」
「・・あんたが来る少し前にね・・手を握って温めて貰ってたのよ・・」
「・!えっ・?・何でそんな事して貰ってたのよ・?!・」
「・・今日アドルさん、残業でさ・・あたしが暫くの間、玄関の前で待っていたんだからってさ・・」
「・・ハンナ・・あんた、本当にアドルさんを誘惑しないでよ・・」
「・・あたしはそんなつもり、無いけどね・・」
「・・アドルさん・・今頃お風呂の中で頭を抱えているわよ・・あんまり困らせるのはマズいわよ・・本当に・・」
「・・分かったわよ・・少し控えますよ・・」
「・・この前も、そう言ったけどね・・それにしてもさ、ハンナ・・男の1人所帯にしちゃ綺麗に片付いているわね・・」
作業を続けながらシエナ・ミュラーが言う。
「・・そうね・・ちょっと不思議なくらいだよね・・ねえシエナ、ちょっとこれの味を観て・・?・・」
ハンナ・ウエアーがそう言ってシエナ・ミュラーを呼ぶ。
「・・何よ?・、ハンナ・・スープ・?・・」
「・・スープストックよ・・」
「・・スープストック・?・どれどれ・・?!?・これは・!・市販の既製品じゃないわね・・」
「・・そう思う・?・これ多分、奥様の手造りよ・・・」
「・・スープストックでこの味が出せるって事は、奥様の料理スキルは一流の域だね・・」
「・・あたし達・・張り合う相手を、最初から間違えてるね・・」
その後は、2人とも無言で作業を続けた。
(・・どうしてこんな事になったんだ・?!・これならマーリー・マトリンとどうにかなった方がマシだったか・?!・いやいやいや、そんな事は考えるな・!!・全く在り得ない・・この年になって今更モテ期だなんて冗談じゃない・!!・・)
バスに浸かりながら私は頭をブルブル振って、その考えを振り払う。
(・・とにかく・・流されるな・・溺れるな・・これは罠だ・・冷静に自分を保って何とか乗り切るんだ・・事を荒立てて関係を悪くするなよ・・解ったな!・アドル・エルク!!・・)
自分で自分の心を叱り付けて、ノロノロとバスから上がる。
頭と身体を洗いながら、ハイラム・サングスターに連絡してみようと思い付いた。
風呂から上がり、身体を拭いて部屋着を着て出て行くと、ダイニングテーブルの上にはもうしっかりと夕食の支度が仕上がっていて、2人はテーブルの片側に神妙な顔付で座っている。
「・・どうも・・お先にお風呂を頂きました・・」
と、自分の居宅なのにそう言いながら2人の向かいに座る。
「・・アドルさん・・アドルさんの奥様は、料理がお上手なんですね・?・」
と、シエナ・ミュラーが訊く。
「・・そうですね・・自分で言うのも何ですが、かなり旨いと思っています・・」
「・・スープストックの味を観させて頂いて分かりました・・奥様の料理スキルは一流の域ですね・・土曜日にお会いするのが楽しみです・・」
「・・ありがとう・・冷めますから、取り敢えず頂きましょう・・」
「・・そうですね・・頂きます・・」
「・・頂きます・・」
3人とも食べ始める。
「・・スープ、美味しいですね・・女房とはまた違った味のまとめ方が、新鮮です・・」
「・・ありがとうございます・・恐縮です・・」
と、ハンナ・ウエアーが頬を染める。
「・・あの、シエナさん・・今日、購入された食材の代金は、お支払いしますので請求して下さいね・・」
「・・アドルさん・・もう3人で一緒に食べているんですから、要らないですよ・・でも・・どうしても払いたいと言うんでしたら、3時間のデートで手を打っても良いですよ(笑)・・」
「・・あ・・いえ・・それでしたら、結構です・・(苦笑い)・・」
「・・アンタも言うもんだね、シエナ・・デート3時間だなんてマジで引くわ・・」
ハンナ・ウエアーが呆れたように言う。
「・・あら、そう・・?・・あたし、結構本気だよ・・開幕までには、まだ時間もあるし・・3時間のデートぐらいでガタガタ言う方がおかしいよ・・もしも見付かって何か訊かれたって・・艦長と副長で打ち合わせでしたって言えば良いもの・・」
「・・分かりました、シエナさん・・それじゃあ先日の宿題に正解を出せたら、善処しましょう(笑)・・どうですか・・?・・」
「・・分かりました・・頑張ります・・」
と、切り返されて顔を赤くして俯くシエナ・ミュラーである。
「・・アンタもアタシと同じで15才だね・・」
「・・うるさいわよ・・」
「・・ああ、シエナさん・・今日はメッセージをありがとうございました・・助かりました・・明後日の全員集合会議が楽しみです・・」
「・・全員への連絡と対話を終えるのに、そんなに時間は掛かりませんでした・・それと・・土曜日のご近所様廻りのお手伝いとしてアドルさんのお宅に伺うのと・・22日の番組制作発表会見と・・25日の総合共同記者会見にも、全員で出席できるとの確約を取り付けました・・」
「・・シエナさん・・それは、ありがとうございます・・助かります・・すごいですね・・正直、そこまでスムーズに組織が進むとは思っていませんでした・・ご苦労様でした・・改めて、感謝します・・」
「・・いえ、総てを含めて・・皆で手分けして、連絡と対話を進めただけです・・私一人でやっていません・・」
「・・分かりました・・明後日の会議の場で・・皆さんの労を労いたいと思います・・皆さんから、何か特徴的に共通するような・・お話はありましたか・・?・・」
その質問には、ハンナ・ウエアーが答えた。
「・・皆、アドルさんに感謝していますし・・アドルさんの事を知りたがっていますし・・アドルさんに会いたがっていますし・・アドルさんの話を聴きたがっています・・」
「・・皆さんが私に対して興味津々であるのは分かりました・・またそこまで強く、皆さんに想われて・・望まれているのも解りましたので、私としても・・誠心誠意誠実に・・皆さんに相対して対話、会話するように心掛けたいと思います・・あと、ハンナさん・・何でも質問して良いですよ・・」
「・・では、アドルさん・・貴方はごく最近まで、ご自身の魅力に気付いていませんでした・・それは、ご自身の魅力に無頓着だったのでしょうか・?・或いは、無関心だったのでしょうか・?・または、興味が無かったからなのでしょうか・?・或いは、知りたくなかったからなのでしょうか・?・」
「・・ハンナ・・その訊き方は、ちょっと失礼なんじゃないの・・?・・」
「・・ああ、シエナさん・・大丈夫ですよ・・率直に訊いて貰って結構です・・ハンナさん・・こんな話でどうでしょうか・?・今日、後輩の同僚にこう言われました・・話をするだけでファンを増やせるのは、先輩だけですよってね・・また、これはもっと以前にリサさんに言われたのですが・・私の妻が、私にそれを気付かせないように仕向けていたと・・それが私の妻の戦略なのだと言っていました・・」
この話には、2人とも少なからず驚いたようだった。
「・・その話が本当だとしたら、奥様はやっぱり凄いと言うか・・少し怖いですね・・ますます土曜日にお会いするのが楽しみになって来ました・・」
シエナ・ミュラーが手を止めて感歎したように言う。
「・・奥様も凄いし怖いとも思いますけど、それに気付いたリサさんも凄いと思います・・私も土曜日にお宅に伺うのが楽しみです・・また、リサさんからそう言われた時に何を感じて、どう思われましたか・・?・・」
ハンナ・ウエアーも手を止めて訊く。
「・・その時にはちょっと突飛な考えのように感じて、あまり深くは考えませんでしたね・・深く考えるとリサさんに対して悪い感情が出そうでしたから・・」
「・・アドルさんから観て奥様はどんな方ですか・・?・・」
「・・ウチでは優しくて、明るくて、暖かくて、思い遣りがあって、気配りが出来て、よく気が付く出来た女房・・・気配りと気付きが・・強いのかも知れませんね・・?・・彼女と出会ったのは大学時代・・私が3年で彼女が2年・・学内のイベントで知り合って話をして・・その後、彼女が私の所属するシミュレーションゲームサークルに入って来ました・・結婚は私が就職して3年後でしたから、付き合いは5年でしたね・・すみません、馴れ初めなんか話しちゃって・・」
「・・いいえ、大丈夫ですよ・・」
「・・今考えれば、彼女の感受性は広範囲で鋭敏ですね・・昔も今も・・料理のスキルは、私が大学を卒業してから急上昇しました・・結婚の決め手の8割は料理と、私の健康への気遣いだったと言っても良いでしょう・・次の質問に移りましょうか・・?・・」
「・・あ・・いいえ・・暫く時間を置きましょう・・」
僅かに虚を衝かれたようだったが、ハンナ・ウエアーはそう応えた。
「・・そうですか・・何だか私も、まだ会えていないメンバーに無性に会いたくなって来ましたよ・・因みにお二人から観て、この人のこのような性格的側面は・・頭に入れて置いた方が良いよ・・と言うようなお話はありますか・・?・・」
「・・そうですね・・今の時点でお知らせして置いた方が良い程の特徴的な性格的側面と言うのは・・無いだろうと思います・・皆アドルさんが好きですから・・もっと馴れた関係にならないと、そう言う特徴的な側面は見せないでしょうし、観えて来ないでしょう・・」
「・・なるほど・・例え上下の関係であってもフレンドシップであるべし・・と言う訳ですね・・・」
その後、様々な他愛も無い話を10数分続ける内に、夕食も終わりに近付く。
「・・安い物で宜しければ、ロゼがあるのですが如何ですか・・?・・」
「・・今日は呑まないで帰ります・・」
「・・分かりました・・デザートに出来るようなものも無くてすみません・・」
「・・いいえ、大丈夫です・・ご馳走様でした・・」
「・・ご馳走様でした・・」
ほぼ同時に食べ終わり、3人で片付けて3人で食器を洗い、拭き上げて収納する。
終って3人でリビングルームに居る・・それぞれの前にコーヒーを置いて・。
「・・シエナさん・・他にお話はありますか・・?・・」
「・・いいえ・・特にはありません・・」
「・・ハンナさん・・他に質問はありますか・・?・・」
「・・また次回にお願いします・・」
「・・分かりました・・それでは今日の報告・質問・食事会は、この辺でお開きですね・・こんな男の1人所帯にわざわざ来て頂いて、ありがとうございました・・」
「・・あの・・最後にお願いがあるんですが・・」
「・・ハンナさん・・個人的には残念ですし、申し訳ないとも思いますが・・ハグもキスもする訳にはいきません・・」
少し思い詰めたような表情でそう言い掛けるハンナ・ウエアーをやれやれと言った感じで見遣りながら、完全に先回りして言ってしまう。
「・・どうして、それを望んでいると思うんですか・・?・・」
「・・いや・・ちょっと勘が働いただけです・・」
(・・今日、職場の女の子に迫られて押し切られちまったなんて、口が裂けても言えないな・・)
「・・どうしてもダメですか・・?・・」
「・・ハンナ、やめなさい・!・」
「・・何よ!、シエナだってキスして欲しいんでしょ・!?・」
「・・そうだけど・・我慢しなきゃダメでしょ・!?・ハンナ・・あなた、アドルさんを困らせたいの・?・」
そう言われるとハンナ・ウエアーはグッと堪えた様子で俯くと涙を零した。
「・・こりゃあ、15才どころの話じゃないね・・」
シエナ・ミュラーが溜息を吐いてそう言う。
「・・ハンナさん・・分かって欲しいんですが、クルーメンバーはまだ全員が決定してはいませんし、司令部は成立していますが全員の顔合わせさえまだです・・この時点で個人的な感情を優先させて・・差別的な関係を作ってしまうのは、本当にマズいんです・・分かってくれませんか・・?・・」
「・・分かりました・・ツラいですけど・・分かりました・・」
3分程動かなかったが、ゆっくり顔を上げるとそう言った。
「・・ありがとう・・開幕して3ヶ月経っても、まだディファイアントが無事だったら・・3人でここでお祝いしましょう・・立てますか・?・ハンナさん・・」
私は立ち上がり、ハンナ・ウエアーの右手を取って立ち上がらせる。
「・・これは私からのお礼の気持ちと・・4ヶ月後を見据えての・・約束です・・これで4ヶ月間・・我慢して下さい・・」
そう言うと彼女の背に手を廻してハグをする・・彼女は驚いて眼を見開き、身体を2秒固くしたがその後直ぐに眼を閉じて、私の背に手を廻して来た。
シエナ・ミュラーは眼を見開いて口を両手で押さえている。
そのまま90秒ほど、私はハンナを抱いて眼を閉じていたが、眼を開いて顔を離すと彼女の眼を5秒見詰め、肩を抱いて唇に唇を重ねた。
シエナがガタっと音を立てて立ち上がる。
20秒ほどで唇を離して彼女を座らせる。
そのまま間を置かずに、私はシエナにも同じようにした。
終っても、2人はポカンとして座っている。
眼は開いているが、何処を観ているようでも無い。
「・・これで4ヶ月間・・我慢して下さいね・・?・・今、タクシーを呼びますから・・」
そう言うとコーヒーを飲み干して立ち上がる。
「・・シエナ・・?・・何・・?・・今夜は泊まらせて・・?・・良いわよ・・」
タクシーの車内で2人は口を開かなかった。
シエナ・ミュラー居宅の寝室で、2人は同じベッドに寝ている。
「・・この前ここで寝たの・・いつだっけ・・?・・」
「・・半年ぐらいかな・・?・・」
「・・あの時は、まさかこんな事になるなんて・・・」
「・・誰にも考えられやしないわよ・・」
「・・あたし、もう絶対に彼を困らせない・・」
「・・4ヶ月は頼んだわよ・・」
「・・もしもそんな事を言い出しそうになったら、容赦なく殴って・・?・・」
「・・ええ、思いっ切りイカせて貰うわよ・・」
「・・あと・・エドナとアリシアだけど・・」
「・・ええ・・」
「・・2人とも絶対・・アドルさんにベタ惚れになるわね・・?・・」
「・・そうだね・・アナタはアリシアを観て・・?・・私はエドナを観るから・・」
「・・分かった・・でも4ヶ月の約束ってさ・・?・・」
「・・何よ・・?・・」
「・・アタシ達だけじゃ・・ダメなんじゃないかな・・?・・」
「・・う・・ん・・そうかも知れないけど・・今は言わないで置こうよ・・?・・」
「・・そうだね・・最初の4ヶ月・・いや半年は勝ち続けたいよね・・」
「・・うん・・そうだね・・それよりハルやエマに気付かれないようにしてよ・・?・・」
「・・うん・・分かってるよ・・でも、ちょっとシエナ!・あの3時間デートの話って、まだ生きているの・・?・・」
「・・さあ・・?・・生きてるんじゃないの・・?・・」
「・・ずっるいわよ!・シエナ・アンタだけ・!・・」
「・・あなただって、ちゃんと宿題を仕上げれば、きっと3時間デートして貰えるわよ・・」
「・・分かったわよ・・頑張るわよ・・」
「・・これじゃ、12才だね・・」
「・・うるさいわよ・・」
それから程無くして会話が途切れて途絶え、替わりに寝息が聴こえて来た。
少し時間を戻す。
2人が乗り込んで動き出したタクシーのテールランプを見送り、夜の闇に消えたのを見届けてから部屋に戻る。
使い捨ての携帯端末を取り出し、モリー・イーノスの個人クラウドデータ格納庫をブラウジングさせてアクセスし、パスワードを入力してその中に入る。
そして彼女が設置した特別格納庫にアクセスして前回、その中で取得したパスワードとパスコードを入力して、特別格納庫の中に入る。
中にはデータベースのアイコンと『要望は?』の文字と、次回この特別格納庫に入る為のパスワードとパスコードがあった。
パスワードとパスコードをメモ帳に書き留めてからデータベースを開くとそれは、彼女が現時点までに探り出した20隻の参加艦に於ける、乗員配置名簿だった。
率直に凄いと思う・・ソースが何処かは分からないが・・貴重な情報には違いない・・早速ダウンロードする・・。
『要望は?』に対するコメントとして、先ず『ディファイアント』全乗員配置案を貼付して、(評価を請う)と書き込み、次いで(現時点で君が総合的に判断する強敵艦はどれか?)と、問うた。
そして暫く考えてから、もう一つコメントとしてこのように書き込んだ。
(制作サイドがこの番組をどのように終了させるつもりなのか調べて欲しい。例えば、艦同士の遭遇を制作サイドが仕組む可能性があるのかどうか?また、制作サイドが意図的に異常に強力な艦を送り込む可能性があるのかどうか?)
最後にこの一文を書き込んで二つの格納庫から出ると、閲覧履歴とクッキーを消去してブラウザーを閉じる。
(・・君に『ディファイアント』外部情報部長への就任を要請する・・)
使い捨ての携帯端末を社宅の固定端末と接続させ、ダウンロードしたデータベースを送り込む。
早速開いて観てみたが、1人1人の芸能人の内実を知らないので当然ながらよく分からない。
これは調査結果を待つしかないようだ。
リサ・ミルズに向けて、今夜副長とカウンセラーの訪問を受け、副長からはスタッフの参加組織状況についての報告を受け、カウンセラーからは心理動向データベース作成の為の質問を受けた旨のメッセージを送付する。
次にハイラム・サングスター氏に向けて、通話にて対話したい旨と、どの時間帯で繋いだら宜しいか?とメッセージにて送付した。
妻のアリソンがチーフ・カンデルからの親書を読んだかどうか気になっているが、まだ月曜日だから焦って訊く事も無いだろう。
ああ、クリーニングサービスに行くのを忘れた・・明日にしよう・・。
ベランダでスコッチを含みながらプレミアムシガーを燻らせようかとも思ったが、湯冷めしそうなのでやめた。
ちょっとメンタルが疲れている・・もう寝よう。
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だがこの配信会社は、艦長役演者に当選した20名を開幕前に発表しなかった。
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彼の目的はこのゲーム大会を出来る限りの長期間に亘って楽しむ事。
会社からの給与とボーナス・艦長報酬と配信会社からのギャラ・戦果に応じた分配賞金で大金持ちになる事と、自分が艦長として率いる『ディファイアント』に経験値を付与し続けて、最強の艦とする事。
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