世界は変わる。どこまでも。

まっしろ。

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「まさか王子サマは停戦を終戦と勘違いしてないよな?停戦ってのはあくまで戦争中ってことだろ?」

「…痛いとこをつくね…」


ここラビス王国と隣国ゼブエラ王国との間に激しい戦争があったのは百年程前のこと。
開戦から二か月で停戦に持ち込み、それは今日まで続いていた。
両国の関係は常に良くもなく悪くもなかったけれど…ここ最近はその状況が変わりそうな雰囲気を醸し出している。


「戦争好きなあの国がいつまで停戦を続けてくれると思う?」

「…ついこの間」

「王女をゼブエラに嫁がせた。だから今後も停戦は続くだろう、とはまさか思ってないよな?」

「………」


ゼブエラ国王がアルフレッドの姉、ミシェルを七番目の妻にしたいと要求してきたのは二ヶ月程前の話。
ラビスに断れる力もなくミシェルはひと月前にゼブエラへと旅立っていた。


「ゼブエラの王は停戦を続けてやる変わりに王女を寄越せと言ってきたか?」

「…いや……」

「お前たちが勝手に憶測してるだけだろ?」


リードヒルの言葉に無意識にアルフレッドは唇を噛んでいた。


「ゼブエラの王が他国の嫁を要求するのはただ自分の力を誇示したいがためだ。この国が停戦を続けられていたのはあの国が他の国とも戦争をしてたからにすぎない。手の空いた今、間違いなくこの国を狙ってくる。そんな時に…お前はティナに求婚した。お前を最悪だと評価したのはそういうところに対してだよ」


アルフレッドがどんな王であろうとリードヒルには関係ない。
ただ、ティナベルを巻き込むのなら話は別だということ。

交際してなかろうと王子であるアルフレッドの弱みを握るためゼブエラがティナベルに手を出してくる可能性は十分にある。
だからリードヒルはアルフレッドを最悪な王子だと言ったのだ。


「戦は…起きない」

「ふんっ、何を根拠に…」

「ミシェルは…姉はゼブエラの弱みを見つけ出すと言って行ったんだ。姉は必ず何か」

「ゼブエラに弱みなどない」

「っ……」


アルフレッドの言葉はことごとくリードヒルに掻き消されてしまう。
握りしめている掌は行き場を探しているようだった。


「お前たちは自分の家族を一足先に死地に送っただけだ」


-死地……

ドンっ!と鈍い音の後、ハラハラと木の葉が落ちる。

アルフレッドが抑えきれない怒りをすぐ後ろに立つ木にぶつけたのだ。
怒りの先はリードヒルにではない。
リードヒルが言ったこと、全て分かっていて何もできなかった無力な自分に対して。
『大丈夫よ、必ずあの国の弱みを見つけて戻ってくるから!』そう笑顔で出て行ったミシェルを止めることが出来なかった自分に怒っていた。


「…殿下」


怒りを力で放ち切れなかったアルフレッドに小さな柔らかい声が届く。


「起きたのか」


ティナベルの額には舞い落ちてきた葉が一枚。
リードヒルはそれを取ってやり、起き上がったティナベルに渡す。


「…すまない、起こしてしまって…」

「いえ、実は少し前から起きてたんです。話を中断させるのもあれかなぁと思い寝たふりをしていました。手、貸してください」


手と言われ、アルフレッドが自分の手を見ると拳からは少量の血が垂れていた。

ティナベルは自分の手の平の上にアルフレッドの手を置き、その上にハンカチを置いて少し力を込めてまた自分の手で挟む。
大きなハンカチを持っていれば傷口ごと手を包み結ぶことも出来ただろうけど、手持ちのハンカチでは無理だったのでティナベルはこの方法をとっただけだったけ。
だけれどその行動はリードヒルにとっては不愉快でアルフレッドの心臓には良くなかった。


「殿下、ごめんなさい。リーの口が悪くて」


二人の気持ちなんて知らずにティナベルは言う。


「いや…それは私の方から楽に話していいと言ったことだから気にしていないよ」

「そうでしたか…でもリーは本当に口が悪いからその許可は取り止めた方がいいですよ?」

「ハハハハ」


アルフレッドの荒ぶっていた心はティナベルの声と手の温もりの力でどこかへ消え失せていた。
そして爽やかな笑顔がアルフレッドに戻った。


「間違ったことは何一つ言ってないだろ?」

「言葉遣いの話をしてるのよ。リーったら、殿下に向かってお前って言ってたでしょ?バカなの?」

「コイツが好きにしろって言ったんだ」

「ほら、また口悪い!殿下、やっぱりちゃんとした口の利き方に戻させた方がいいですよ?リーはやれば出来る子なので」

「お前……子って…」

「アハハハ、二人は本当に仲がいいんだね?」


その言葉は嫉妬でも嫌味でもないアルフレッドの素直な気持ちだった。

-彼が私を最悪だと表現したのは正しい。きっと例え今が酷い戦況下でも…私は彼女に声を掛けずにはいられなかっただろうから…

夜会のあった帰り道、どこに惹かれたんだろうかと自問自答した。顔?と思ったけどすぐに違うと感じた。
確かに顔も可愛いけれど、きっと惹かれたのはそこじゃない。結局どこか分からないけど、他の女性にはない魅力を本能で感じたんだろうと思う。だからやっぱりどんな状況でも出会ったからには声を掛けていただろう。

アルフレッドは改めて思った。


「リードヒル、私はやっぱり君とも友達になりたい」

「お断り致します」

「そこだけ丁寧語!?」

「アハハハハ!」


元気に笑うアルフレッド。
ティナベルは少し申し訳なく思いながらずっと聞きたかったことを聞いた。


「殿下は戦をする気はないんですか?」

「……ないよ」

「そうですか…」


ゼブエラの王族は代々強欲な戦争狂が王として君臨しているけれど、ラビスは真逆。
自分の代で戦は起こさせない。それがまず一つの心情。
その思想を次代へ次代へと引き継げば戦はずっと起こらないでいられると考えている。勿論それが甘い考えだと分かっていながら。

血が止まったのを確認してティナベルは手を離した。
和やかだった時間は戦争の話題で暗い影を落とし、またアルフレッドからは笑顔が消えている。


「戦を嫌うのも避けたいと思うのもいいことです。ですがゼブエラとの長い戦争で多くの死者を出し結果敗北し国土の半分以上取られた国がいくつありますか?戦をやらない条件で不条理な条約を突きつけられた国はいくつありますか?」

「…そうならない為には戦を受けろと言いたいの?相手は大陸一の大国だよ?他国に協力を頼みたくてもどの国も自分たちの生活で精一杯で共闘する力もない。そんな状況でどうやって戦えと?私はゼブエラ国王とは違う。無駄な戦は避け、民への犠牲を」

「本当にそうでしょうか?」

「……?」

「今戦う事は本当に無駄なんでしょうか?」


方法はある。勝算はある。
ティナベルの目は気を落としたアルフレッドの目とは真逆に強気にそう言っていた。


「殿下は私の家が、ノーストン家が周りから何と呼ばれているかご存知ですよね?」

「戦争屋…かい?」

自分の先祖のせいで酷い呼び名で呼ばれるようになってしまったね…とアルフレッドは申し訳なさそうに言った。


戦争屋。ノーストン家がいつからそう呼ばれるようになったかというと大陸全体が殺気立っていてどの国もどこかの国と戦争をしていた時代が終わろうとしていた頃に遡る。

当時、誰もが戦は無謀だと言っている中、一人やるべきだと進言し続けたノーストン。
結果的にノーストンの案が採用され戦が始まると…その戦で見事ラビスは独立を果たすことに成功した。
初代ラビス国王を筆頭に多くの者がノーストンを称賛したけれど、それを妬んだ誰かがこう言った。
『ノーストンはただの戦争狂だ』と。

それからある者は冗談混じりに、ある者は敬意を込めて、ある者は畏怖をこめてノーストン家を戦争狂と呼んだ。
その後、戦争仕掛け人、戦争回避人等と時代ごとに呼び名が変わり、今は総合してただの戦争屋と呼ばれている。


「ラビスが今まで大きな戦争を行わずにこれたのはノーストン家が代々宰相の一人として王家の頭脳として働いてくれていたからだ。ノーストン家の助言があったから先のゼブエラとの開戦でも大きな被害を受けることなく停戦に運ぶことが出来、今こうして暮らせてるというのに…」

「他人に何と呼ばれようと私たちは構いません。戦争を読むのがノーストン家です。父はもう宰相の任を降りましたが今でも”声”は入って来るんですよ、殿下」

「何か考えが…?」


ティナベルは目を逸らさず頷いた。


「殿下、私は戰を受け入れろとは言いません。ラビスは戦を仕掛けるべきです」

「!?!仕掛け…る…?」


開国以来、ラビスがどこかへ戦を仕掛けた事は一度もない。


「実は今日、父も一緒に来ているんです」

「えっ、そうなの?」

「ご存知なかったですか?」

「知らなかった」とアルフレッドは言う。


ここ最近、ゼブエラのことについて話し合うときは必ずアルフレッドの父であるラビス国王や他の宰相たちが『こんな時アイツがいてくれたら』と口にしていた。
それがノーストン家のことだというのは知っていたし、近い内力になって貰うため招集するつもりでいたこともアルフレッドは知っていたけれど、今日来ることになっていたのは聞かされていなかった。

「ゼブエラの話をしてるんだと思います」とティナベルは言ったけれど、それ以外の話もしているんだろうな、と心当たりのあるアルフレッドは思った。


「私たちもその話に参加させてもらいに行きませんか?」


ティナベルは言った。
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