初戀

槙野 シオ

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第九話 時は得難くして失い易し

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── 非常に気まずい。




都築さんは久御山のことが好きで、久御山とふたりきりがよかったんだろうけど……完全に僕おじゃま虫じゃないか……しかも久御山はバイトに行っちゃうし……僕なら安心だと思ってるんだろうけどさ……

「藤城くん、勉強中?」
「あ、うん、他にすることないから……」
「見ててもいい?」
「え……何を?」
「藤城くんが勉強してるとこ」
「い、いいけど……面白くもなんともないよ?」

ガラステーブルに広げた教科書と参考書と問題集を見ていた都築さんは、問題集を手に取りパラパラとめくりながら首を傾げて言った。

「大学への数学 数学Ⅲの入試基礎……藤城くん、何年生?」
「一年だけど……」
「数学、好き?」
「答えが決まってるから現代文よりは好きかな」
「藤城くんの指、細くて長くてきれいだよね」
「…!!」

いや、あの……いきなり手を握られるとか予測してない……だからっていきなり振り払ったり引っ込めたりするのも……すると都築さんは僕の左手に自分の手のひらを合わせ楽しそうに笑った。

「でもほら見て、手おっきいね、薫より全然おっきい」
「あ、ほんとだ……都築さん、手小さいね」
「えー薫は普通だもん!」
「ふふ、女の子って小さいんだね、手のひら」
「ね、薫も湊くんて呼んでいい?」
「うん」
「湊くん、眼鏡外してもいい?」
「えっ……」

なんか、いろいろと唐突な子だな都築さん……都築さんは僕の眼鏡を取ると、「わあ!」と弾んだ声をあげ、僕の頬を小さな手で包んだ。

「湊くん、コンタクトにすればいいのに!」
「な、なんで……」
「すごい、カッコイイ! 可愛い! 美少年、て感じ!」
「え、や、あの」
「コンタクトにしようよ! もったいないよ!」
「も、もったいないって……」

もったいない、の意味するところはわからないけど、都築さんがこんなにコンタクトを推して来る理由もわからない……眼鏡が煩わしくてコンタクトにしようと思ったこともあるけど、眼科での装着練習中に断念したんだよな……怖くて。それより、手離してくれないかな……

「湊くん、裸眼だとどこまで見えるの?」
「あ、もう全然見えないかな。都築さんの顔がぼやけるくらい」
「え、そうなの? この距離で?」
「うん、だから寝るとき以外は常に眼鏡掛けてる」
「そうなんだあ……ね、湊くん、ちょっと目つむってみて」
「え…? うん」

ま、また唐突だな……女の子ってこういうものなのかな……関わったことがないからよくわから

「……!!」

驚いて身体を引いたらバランスを崩し、そのまま都築さんを道連れに後ろへひっくり返ってしまった。

「ごめん! 大丈夫? どこかぶつけたりしなかった?」
「うん、薫は大丈夫……湊くんの身体の上だったから」
「よかった……」

それから僕は、もう一度都築さんにキスをされた。ちょっ……都築さん、久御山のことが好きなんじゃ……なんだろう、僕が思ってるより世の中って進んでて、もうキスなんて挨拶代わりの時代なのか? そんな話は聞いたこともないけど、久御山といい、こんな簡単にするものなのかな……

これ、どうやって離れればいいんだろう……顔を背けるのはなんだか失礼な気がするけど、あれか、肩を掴んでグイってすればいいのかな。久御山を押し返すのは無理だけど、都築さんなら小さいから僕の力でも…………ちょ、舌!!! 待って、え、え、え、舌!? これはもう挨拶なんかじゃないよな!?

こんなことなら……失礼に当たらないスマートな拒絶の仕方とか勉強しておけばよかった……ヤメテ! って言って突き飛ばしていい相手じゃないよな……女の子だし……

「湊くん……舌…ちょうだい?」
「えっ…いや、あの」
「薫の口の中…入れて」
「あの、僕は…」

……僕は? 何を言うつもりなんだ? ここでカムアウトでもするつもりか?

「…都築さん、そういうの好きなひととのほうがいいんじゃないかな」
「うん、だからちょうだい?」

どういう意味だよ……

「湊くん、薫はイヤ? 嫌い?」
「そ、そういうんじゃないけど」

ああ、もう、こんなとき久御山ならきっと上手にかわすんだろうな……いや、かわさずに受け入れるか……どっちにしろ格好良い振舞いを身に付けてるんだろうな……そうやって焦っていると腕を掴まれ、右手に柔らかいものを感じた。

……これって……

ヤバい。非常にマズい。普通の男としての振舞いがわからない。こ、こんな風になったら普通どうするんだ? まったく何もしなかったら草食系だとか絶食系だとか思ってもらえるかな……最悪、「わたしに興味ないのね」って思ってくれればいい……頼むから、女子に興味がない、ってことに気付かないでくれ……!

首筋に当たる都築さんの口唇に、ちょっと申し訳ないような気持ちになる。こんなに可愛いんだから、相手が僕じゃなければ……普通の男ならきっともう落ちてる。

「湊くんて」
「……うん」
「貞操観念しっかりしてるのね……」
「え?」
「いまどきの男の子って、もっとがっついてると思ってたけど」

いや、うん、がっついてないわけでは……ないけど……貞操観念も……ないけど……

都築さんは「また明日ね」と言って寝室に消えて行った。うん、なんかいい方向に誤解されたんじゃないかな……

はあ……疲れた……顔を洗ってこようと立ち上がり、あ、眼鏡ってどこだっけ、と探そうとした僕の足元で「バキッ」と軽快な破壊音が鳴った……




「はあああああ……ただいま」

夜中も一時を過ぎた頃、久御山が疲れた顔をしながらバイトから帰って来た。

「おかえり、遅い時間まで大変だったね」
「……いいね、可愛い新妻が出迎えてくれるって」
「誰が新妻だ、誰が」
「癒して……その舌で」
「むしろ疲れが増すんじゃないか……?」
「……あれ? 湊、眼鏡は?」
「踏んじゃって……折れちゃった……」
「は?」

するといきなり胸ぐらを掴まれ、思いきり引き寄せられた。

「なにするん」
「何これ」
「何って……何!?」

久御山に抱きかかえられソファまで運ばれると、いきなりシャツを脱がされ当然僕は慌てた。

「ちょ……都築さん隣で寝て」
「何されてんの?」
「は?」
「オレがいない間、何されてんだって訊いてんの」
「な……何って……」

いや、そこは「何してるんだ」じゃないのか。僕は何もしてないと言えばしてないけど……っていうか、なんでちょっと怒ってるんだ、久御山……

「…!!!」
「ほら、何されたのか全部言えよ」
「やめろ、隣の部屋に」
「言えって」

ちょ、久御山、無理無理無理……あ、無理……あ、あ、ダメだって!

「言えないの?」
「口開いたら……声が…」
「聞かせてやれよ」
「……!? 何言って」
「オレに乳首められてエロい声で鳴いてんの、聞かせてやれよ」
「やだ、ちょ、やめ……っ…久御山…!」

はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……あ、あ、あ、あ…くみや……あ、あ、あ……

「…手…握られ…て……っ…眼鏡、はず…外されて」
「…それから?」
「き…キスされ…た……」
「……それだけ?」
「舌……入っ…て……」
「……ふうん」
「や…めろ…っ…て…」
「…キスマークのくだりは言えないの?」
「なに…あああ…っ…あ」

キスマークってなんだよ! 思いっきり声出たじゃないか! もうほんとにやめろ久御山ヤバいから、もう、あ、あ、あ…くみ……あ、あ…隣で寝てるって…あああああ、ちょ、脱がすな!! 無理無理無理……あ、あ、あ…絶対都築さんに気付かれるって……見られたらどうするんだよ…ああ、あ…

声が漏れないように両手で口を押える僕の服をすっかり剥ぎ取ると、久御山は当たり前のように僕の両脚を持ち上げた。冗談だろ……隣で、仮にも、こ、婚約者が寝てるっていうのに、その状況で一体何するつもりなんだよ…

「久御山、やめて…やだ……!」
「やだ、じゃねえよ……」
「そこはやだ……久御山…」
「恥ずかしいから? 汚いから? 声出ちゃうから?」
「ぜ、全部……」
「……却下」
「ダメ…だっ…て…」
「恥ずかしい声、聴かせて」
「ひゃ……あああああ…っ…!」

やだ…久御山にそんなことさせたくない……!

隣の部屋で都築さんが寝てることより、声が我慢できなくなることより、久御山に汚いところをめさせることが何より耐え難かった。やめて…お願いだからやめて、久御山……

「…余計なこと考えてるだろ」
「う…あ……やめ…」
「やめないよ、オレのだから」
「…な…に……あ、あ、あ…っ…」
「ったく……無断で触られてんじゃねえよ…」
「あっ…あああっ…っ…」

やめて、久御山……久御山、久御山……いや…なのに……なんで…なんでこんなにイイんだろう……久御山の舌で掻き回されて、身体はもう逆らうことを諦め舌の動きに服従する。卑猥な音に紛れて聞こえる久御山の息急いきせき掠れる声が、僕の中にあるなけなしの貞操を砕く。

「く…みや……」
「したくなった?」
「ん…も……我慢できな…」
「もっと欲しがってみせて」
「は…っ…あ…ああ…挿れて…」
「ちゃんとオレを欲しがれって」
「久御山の…硬…いので…僕…を…ダメにして……」


ゆっくり挿し込まれた硬いモノが僕の内側を削るように動く。あ、あ、あ、あ……くびれた部分が引っ掛かって一番敏感な部分を刺激する……脚を抱え上げ腰を動かす久御山の姿が、更に僕を堪らない気持ちにさせる。

「ん……くみや…ま……」
「…どうした?」
「…気持ちい……いい…くみ…あああ…くみやまぁ……」
「やめたほうがいい?」
「やだ……もっと…久御山に…気持ちくされたい……」
「…またそんな可愛いことを……」

久御山に内壁を擦られて思考回路が止まる。

「くみや…ま……硬い……気持ちい……良過ぎておかしくなるよぅ…」
「いいよ……オレもおまえのカラダでおかしくなるから」
「くみや…ま……もっと…久御山のカタチ…覚えさせて…」
「…!!」
「もっと…して…気持ちい…」
「うっかりイきかけただろ……」




「リアルBL、いいねえ…いい眺め」

都築さんの…声が聞こえ……

「…薫、てめえ」
「わあ、湊くん可愛い……とろっとろになってる」
「だから泊めるの嫌だったんだよ……」
「そんな固いこと言わないで。はぁ、湊くん可愛い」
「触んな、埋めるぞ…」
「何よぉケチ……減るもんじゃなし……」

なに…なんで都築さん……あ、あ、あ……あ…

「くみや…イ…く……あ、あ……イイイイイ…あ…はぁ…っ…イく……っ」
「ふぁあああ! なんって可愛い顔してイっちゃうの、湊くん」
「見るんじゃねえ」
「何よぉ……減るもんじゃなし」
「向こう行け……オレがイけない…」




気付くとソファの上で、僕は久御山に抱えられていた。いつの間に眠ってしまったんだろう……なんだか疲れて寝落ちする直前のことを全然憶えてないな……

「お は よ」
「…!!!!!」

ソファの背もたれに肘を付き、都築さんが満面の笑みを浮かべ僕を見下ろす。ちょっと待て、服は……着てない……けどタオルケットが掛かってるから一応セーフか……いや、アウトだろ! 誰がどう見ても力一杯アウトだろ!! 待って都築さん、これには深いワケが……ワケなんてあるか!!

「湊くん、可愛くて興奮しちゃった…」
「……え?」
「あんな可愛い顔して……可愛い声でイっちゃうんだもん…」
「何の話!?」
「今度薫ともしようね♥」
「…させるわけねえだろ……」

目を覚ました久御山が不機嫌極まりない声でつぶやく。まったく話の見えない僕はただ硬直するしかなかった。

「おまえね、その悪いクセ早く直せよ……」
「えええっ! クセじゃないもん! もうこれは薫のライフワークだもん!」
「余計性質たち悪いだろうよ!」
「誰にも迷惑掛けてないもん!」
「いや一般的には迷惑にカテゴライズされるだろ…」


どういうことだってばよ。



「ごめんね? 湊くん」

都築さんが小首を傾げながら大きな瞳で僕を見上げる。服を着て少し余裕ができた僕は、おとなしく話を聞いていた。

「う、うん……ちょっと…驚いたけど…」

曰く、都築さんが久御山の婚約者だという話は本当で(久御山は頑なに否定するけど)、中学の頃から久御山の家に出入りし、家族とも良好な関係を築いているそうだ。

ある日、久御山の家に遊びに行った時……女の子を部屋に連れ込んでイタしている久御山を見掛け、その一部始終を見守ったあと、得も言われぬ胸のたかぶりを感じて……それが忘れられず、その後も久御山の情事を盗み見していた、と。

それに気付いた久御山は当然慌てたわけだけど……「毎回違う女の子を連れ込んでることをバラす」と脅され、弱味を握られた久御山は都築さんに逆らうことができず、観覧することを不本意ながら許していた、と。

「バレちゃうこともあったんだけど……中には3Pを許してくれる子もいたの」
「さ……さん…」
「やめろ、薫……」
「ケンソーの下半身に人格がないことくらい、湊くんも知ってるんでしょ?」
「あ、うん、まあ、えっと……そう…かな…?」
「薫、もう頼むから余計なこと言わないで……」
「だから、湊くんも3Pしよ?」
「させるわけねえだろ! 鴨川に沈めるぞ!」

その前におまえを東京湾に浮かべようか、久御山……




「こんなことさせてくれるの、ケンソーしかいないのになあ」と都築さんは頬を膨らませ、それから僕の顔を見て「いつでも連絡して!」とスマホを取り出した。LINEをしてないことを伝えると、僕のケータイをパッと取り上げあっという間にアプリをインストールして「薫との専用回線」と、とびきりの笑顔で言った。

「様子見に来たんだけど、安心しちゃった」
「は? なんで?」
「東京でどうしてるのかなあって思ってたから」
「いや、清く正しく高校生してるけど」
「清くも正しくもなさそうだけど、湊くんがいるから」
「…うん、そうだな」
「また来るからね!」
「二度と来んじゃねえ」
「湊くん、逢いたくなったら連絡してね!」
「絶対させねえ」

動き出した新幹線を追うように僕と久御山はホームを走り、新幹線の中から手を振る都築さんを大爆笑させた。新幹線じゃ速過ぎてドラマチックな別れは演出できねえな、と久御山が笑う。こんなことをしたのが初めてだった僕は、ただそれだけで楽しかった。


──


「さて、眼鏡直しに行こうかね」

ガムテープでなんとか掛けられるようにしたテンプルの折れた眼鏡は、夏の暑さも手伝いもう粘着することを諦めていた。片手で眼鏡を押さえながら歩いていると、「ほら」と久御山が手を差し出した。

「……なに?」
「手、寄越せよ」
「なんで!?」
「そんなフラフラ歩いてたら周りに迷惑だし、何より危ないだろ」
「え、いいよそんな……」
「…お姫さま抱っこされるのと、どっちがいい?」
「選択肢に悪意を感じる…」


久御山とつないだ手はひたすら熱く、冬だったらもっとロマンチックだったかな、と心の中で思った。
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