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本編

6 狼獣人視点

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シュンットサッ

「…………」

目の前の景色が変わり、ベッドの上に降ろされた。

周りを見渡す。

自分の匂いに満ちた部屋に、一人戻ってきてしまった事を理解する。

部屋のどこを捜しても腕の中に閉じ込めていた愛しい番はいなかった。

「っ、くそっ!!!」

頭を抱え吐き捨てる。

すると「殿下ですか?」と声がして扉が開いた。

「おい、エンリケと気象予報士を呼べ」

「「?!、ハッ!!」」

常に扉の横に待機している護衛が先程の声で気付いたのだろう。

彼らにすぐに命令する。

護衛は今朝方から姿を消していたこの国の王太子が、突然何の気配もなかった部屋にいる事に驚いた。

だが、すぐに王太子の命令を遂行するべく駆けていく。

一人で部屋に残されるが、この世界で片手に入るくらい強い男は襲われても問題ない。

自分で鍛えた私兵も常に気配を消して王宮に潜んでいる。

主人が戻った事をもう分かっているだろう。

「みのり…」

突然送還された。

還し方が分からないと言っていたのに。

嘘か、時限式なのか、それとも別の存在からの干渉か。

ずっと側にいて愛し合っていようと思っていたのに。

「閉じ込めようとしたからか」

ふ、と自嘲が漏れる。

閉じ込める事は駄目だと分かっている。

みのりはそれを望んでいない。

だが離れると思うと抑えられなかった。

「…だから罰なのだろうな」

獣人は番と一緒になれないと魂が引き裂かれてしまう。

最悪廃人になってしまうのだ。

みのりと出会って愛し合った場所がどこかも分からない。

再び会えるのかも分からない。

だが諦めない。

自分が使える力をすべて使って捜す。

トントン

扉がノックされた。

「入れ」

「失礼します」

乳兄弟の男と気象予報士だろう男が入ってくる。

「エンリケ」

「マクシミリアン殿下におかれましてはご機嫌麗しく、まったくどこに行ってたんですかねぇ、仕事が溜まっていますよ」

髪をオールバックに整え、厳つい顔をしたエンリケが嫌味を言いながら近付いてくる。

この時間まで働いていたのだろう、その顔に疲れが見える。

はたと側で立ち止まり、気味の悪いような顔をしてくる。

「…また随分とすっきりした顔をされてらっしゃる」

「番を見つけ契約をした」

「これはまた、おめでとうございます殿下」
「それでその方はどちらに?」

「それを捜すのにお前を呼んだ」

「殿下が閉じ込められないお相手なのですか、とてもお強い方なのですねぇ」

「まぁな」

(本当に、どこまで俺を分かっているのか)


「殿下、こちらは気象予報学会のトーマス氏です」

一緒に部屋に入ってきた壮年の男をエンリケが紹介する。

「トーマス」

「マクシミリアン殿下に拝啓させていただきます」

「突然呼び立ててすまない、そなたは気象予報士の中で信頼できると選ばれたのだろう、他言無用で頼む」
「協力した暁には、望みをできる限り叶えよう」

トーマスは深く一礼した。

「勿体なきお言葉ありがとうございます」
「そして、番様のご発見誠におめでとうございます」
「私めへのご配慮など栓無き事、見返りなど無くとも全力で事に当たらせて頂きます」

「よろしく頼む、何かあれば遠慮なく言ってくれ」

「ありがとうございます」

トーマスが顔を挙げ、早速とエンリケが切り出す。

「殿下、本題に入らせて頂きます、番様の居場所の見当はございますか?」

「ああ、出会った場所の状況だが、彼女はそこにしばらく留まるようだった」

「お聞かせください」

以下の5つを話す。

①高さは300m程で、横幅は見ただけでは測れない断崖絶壁があり、そこに開いていた洞窟は壁も床もおそらくマグナ石で出来ている。
②一帯は森のある平地で、太陽は断崖絶壁の端から上がり反対端に落ちる。
③昼間は断崖絶壁に当たるように風が吹き、夜は反対側に風が吹く。
④一日中晴れていて初夏のような陽気である。
⑤ダナン木とトリツメ草の匂いがしていたため、おそらく500m内に群生地がある。

「どうだ、分かるか?」

トーマスを待たず、エンリケはすぐに答えを返してくる。

「そのような断崖絶壁は数多くありますが、マグナ石の産地は猿獣人国さるじゅうじんこくが有名ですね」
「ちょうどその地帯は初夏に入っていますから、間違いはないでしょう」
山谷風やまたにかぜが吹いていたようですし、断崖絶壁の近くに山があるのでしょう」
「ダナン木はそういった土地を好むと記憶しています。」
「なので魔力を含んだ綺麗な水を好むトリツメ草の群生地を調べれば、ある程度絞れるかもしれません」
「ですが、猿獣人国に20はそのような場所がありますでしょう」

隣で控えていたトーマスが驚いた顔をしている。

「どうした?」

「あ、いえ、エンリケ様の博識に驚いてしまいまして」

「こいつは変人だが俺の頭脳だからな、そなたも何か分かるか?」

「はい、私がお出しできる情報はもはやごさいませんが、おそらくさらに絞れるかと思います」
「猿獣人国の気象はこの国にも影響がありますので、いくつか心当たりがございまして、トリツメ草の群生地などを土地勘のある者にも聞いてみたいと思います」
「気象予報のお役目のために、他国の気象予報士と連絡を取ることは、殿下方よりも容易いでしょう」

「あぁ、ありがとう、すまないが早速頼む」

「いえ、恐悦至極にございます」
「至急に取り掛かりますので、これで私は御前を失礼させていただきます」

許可の意を示し、トーマスを下がらせる。




「それで、何があったのですか?」

トーマスが出て行った後、エンリケが真剣に聞いてくる。

「喚び出された」
「召喚魔法だとは思うが、国の結界をも越えたとなると世界が変わるな」

「…俄には信じられませんね」
「殿下程の力を持つ獣人を結界をいくつも突き抜けて、かつ感知されずに喚び出すなど、この世の理ではありえない事です」

「この世のか…『神の愛し子』…」

「いつからか巷で爆発的に流行っている小説ですか」
「失笑したい所ですが、作者たち・・がある時期からこぞって書き出した物ですね」
「内容や名称や性別は違いますが、この世の理から外れた力があるとか」
「始まりの作者がいないのも妙ですね、複数の作者が突然思い付いたとインタビューにあったかと」

「エンリケ、お前はどこまで知っているんだ?」

エンリケがクスッと笑う。

「私が知っている事なら何でも」

「そうかよ」





「エンリケ、その魔法陣を覚えていると言ったらどうする?」

「………世界を手中に治るのであれば、御心のままに」

真面目な男の言葉に可笑しくなる。

「はは!そんな事はしないさ、それに一度でもあの羊に見られればそれも終わりだ」
「召喚魔法を信頼できる者に研究させろ、絶対に漏れないようにな」
「二度と俺と番を離すな」

「御意に」

エンリケが目を伏せて軽く礼をとる。

指を鳴らし、覚えている魔法陣を空中に形作る。

彼ならば一目で覚えられる。

エンリケはそれをチラリと見た後、

「しかしながら殿下、仕事が溜まっています」
「たとえ番様の居場所が絞られたとしても、一つ一つご自身で捜す事は不可能でしょう」

そう進言してくる。

「あぁ、分かっている」
「あとで番の特徴を教えるから口の固い絵師を呼んでくれ、番の事を知らせるやつはお前が選べ」

「だが、捜すのは俺の私兵にやらせる」

ピクリとエンリケが反応する。

「厄介な……」

ぼつりと乳兄弟が重く呟いた。

「当たるのはやめていただきたい」

不機嫌になった彼に、ニヤリと笑う。

「カミラとはしばらく会えないだろうから、召喚魔法は早めに解決した方がいいだろうなぁ」
「一緒に番と離れる辛さを分け合おうじゃないか、兄弟よ」

「あなたという人は………貸しです」
「番様を見つけた暁には休暇をいただきますので」

「ああ、いいだろう」
「それと猿獣人国に入国の申請をしておけ、最近話題のその小説の売り込みと、ほかに幾つか交易の申し出目的とかで良いだろう」

「小説は番様が『神の愛し子』であった場合の下地ですか」

「そうだ、猿獣人国にはみのりの事は何も言うな、存在も知られるな」
「入国後速やかに動くが、バレた時の対策も考えておけ」
「みのりを自国に連れ帰った後、俺との婚約と共に『神の愛し子』の場合は発表する」
「あと手土産の準備も頼む」

エンリケははぁ、と溜息を吐いた。

「はいはい、いつも通りで」
「殿下の分の欠乏症抑制薬を用意しておきますよ」
「もう戻りますね、誰かのせいで仕事が山積みですから」

「ああ、すぐに俺も行く」

「当然ですよ、早く来てくださいね」
「あとカミラに無理しないように伝えてください、殿下は強いから少し休むくらい大丈夫ですと」

そんなことを言う乳兄弟に呆れる。

「分かったから行け」

一礼した後彼が出て行く。



「はぁ、」

溜息が出る。

(俺も少し疲れたようだ)

パチンと魔法を使う指とは別の指を使って鳴らす。

目の前に片膝を立て、跪き、頭を垂れた女が現れる。
私兵を纏めている者だ。

「カミラ」

「番様と出逢われた事、一同心よりお慶び申し上げます」

「ああ、話は聞いていただろう?」

「ハッ、番様の特徴を教えていただきたく存じます」

俺はみのりの特徴を話す。

「名前は『みのり』という」

①背は160㎝程で、猿獣人だろうが尻尾がない。
(始めは切られたのかと思ったが、そうではないようだ、尻にもそれらしい痕跡はなかったな)

②形のいいアーモンド型の目は奥二重で、瞳の色は焦げ茶色である。
(涙を溜めて歪む瞳が愛しくて、何度も眦を吸った)

③同じく焦げ茶色の髪は緩くウェーブが掛かり、腰までの長さがある。
(汗で顔に張り付くのを優しく退けてやった後一際激しく突き上げると、ドロドロの顔を晒しながら振り乱すのが堪らない)

④鼻と口は小さいが、唇は赤く色付いている。
(何度も口付けぽってりとした唇と、小さな舌と自分のそれとを擦り合わせると、達してしまうかと思うほど気持ちいい)

⑤肌は黄白色できめ細かく、太っている訳ではないが肉付きが良い。
(抱きしめながら突き入れると気持ち良くて際限がなくなってしまい、かなり無理をさせてしまった)

⑥声は少し低めで、落ち着いていて聞きやすい。
(喘ぎ声は最高だ)

「細かい所を挙げればキリがないが、六つ挙げた」
「この位で分かるだろう?」

「ハ、素晴らしい番様と分かりました」

カミラの肩が若干震えているような気がする。

「…後程トーマスが情報を持ってくる、頼むぞ」

「ハ、………主人よ、本日はお休みになられた方が宜しいかと」
「未知の召喚を受けたばかりですので、どのような影響が出るやも分かりません」
「エンリケには私から言いますので、どうぞゆっくりとお休みになってください」

「いや、だが、」

「私共は邪魔にならないよう離れておりますので、では」

シュッとカミラは消えてしまう。


「………」


ぼふっ、とベッドに仰向けに横たわる。

一人になるとみのりとの情事の事が脳裏に蘇り悶々としてくる。

「みのり…」

(いけないな…)

話している間もみのりとの事を考えてしまって顔がニヤけてくるし、正直股間が熱を持つ所だった。

「気を遣われたか、カミラにも後で休みをやらないとな」

しばらくは部屋で悶々としていたが疲れていたのだろう、いつの間にか眠っていた。



その後

「聞いたか!?あの殿下が恋する乙女みたいだったってよ!」

私兵の中でそんな噂が流れたとかいないとか。

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