あやかし温泉街、秋国

桜乱捕り

文字の大きさ
上 下
331 / 379

88話-1、仏頂面でも隠し切れない親心

しおりを挟む
 温泉街の活気が眠りに就き始め、人通りよりも淡い提灯の灯火の方が多くなってきた、夜の十時頃。
 昨夜、女天狗のクロと飲む約束を交わした花梨達は、賑わいを極めた『居酒屋浴び呑み』に到着し、天狐のかえで達と合流していた。
 他にも、ぬらりひょんや茨木童子の酒天しゅてん、酒呑童子の酒羅凶しゅらきぬえも居り、全員が大部屋で待機している。
 自分達も含め、総勢十人が居る小規模の飲み会に、花梨の気分もだんだんと高揚していき、空いていたクロの隣に腰を下ろした。

「うわぁ~、大勢居るなぁ。こんな大勢で飲むのは初めてだから、なんだかワクワクしてきちゃったや」

「あれ? お前、この前花見に参加してたじゃないか」

「そうなんですけど。居酒屋で大勢で飲むのは、これが初めてでして。外と中では雰囲気も違いますし、居るだけで楽しくなってきちゃいました」

 まだ秋国へ来た事がなく、現世うつしよで鵺の派遣会社で働いていた頃。親密な関係と言えるのは、鵺だけしか居らず。
 飲む時は決まって二人で飲んでおり、十人規模かつ親しい人物のみで開かれた飲み会は、これが初めてな花梨にとって、気分が自然と舞い上がっていた。
 そんな浮かれ気味の花梨に、向かい側の席に居た酒羅凶は、「おい、秋風」とドスの効いた低い声で呼び掛けた。

「お前、いつになったら俺が上げた特別券を使うんだ?」

「特別券、ですか?」

 圧が強い突然の問い掛けにも関わらず、最早、酒羅凶の雰囲気に慣れていた花梨は、苦笑いしながら後頭部に手を当てる。

「あれを使っちゃいますと、居酒屋浴び呑みが大赤字になっちゃいますので……。まだちょっと控えてます」

「大赤字って、どれだけの金額を叩き出すつもりなんだよ?」

「え~っと。控えめに見積もっても、数十万円ぐらいですかね?」

 多く見積もれば、三桁台も夢じゃない花梨の予想に、酒羅凶は内心戦慄するも強面顔には出さず。獣染みた瞳を瞑り、鼻から豪快にため息を漏らした。

「そんぐらいで売上が傾くほど、うちはヤワじゃねえ。扉の修繕費に比べりゃあ、可愛いもんだ」

「ちなみになんスが。扉の修繕費は、年に六百万円以上掛かってるっス」

「げっ……。そ、そんなに掛かってるんですか?」

 酒羅凶の横で、あっけらかんと補足を挟んできた酒天に、驚いた花梨の顔が強張っていく。その、余計な補足を入れた酒天のひたいへ、軽いデコピンをかました酒羅凶が、「でよ」と続ける。

「秋風。今度は、いつ酒天と遊んでくれるんだ?」

「酒天さんとですか? えと、確か酒天さんのお誘いは、いつでも大丈夫なんですよね?」

「ああ。その日の誘いでも、どんなに忙しい時でも、俺が全部許す」

「分かりました! では、ちょっと待ってて下さい」

 親心が垣間見える酒羅凶と、また花梨達と遊べる期待が膨らんできた酒天の眼差しを浴びつつ、花梨は一旦やんわりと断りを入れ、楓と談笑している雅に顔をやった。

「ねえ、雅。ちょっといい?」

「んー? なにー?」

「次遊べるとしたら、いつ頃になる?」

「次ー? 明日は、満月が出るから無理でしょー? だからー……」

 明日を除き、次の休日をいつか計算し出した雅が、眠たそうな金色のジト目を天井へやる。
 そのまま指を折りながら数えていくと、次の正確な休日を導き出したのか。口角を緩く上げた雅は、答えを待っている花梨に視線を戻した。

「次の休日は三日後だねー。予定も特に無いし、朝から遊べるよー」

「そっか! ならさ、また酒天さんを誘って、みんなで遊ぼうよ」

「おお、いいねー。だったらー」

 花梨からの誘いに好感触な反応を見せると、雅は耳を大きくして二人の会話を聞いていた酒天に顔をやり、手をヒラヒラと大きく振った。

「酒天さーん。今度、私の部屋にお泊まりしませんかー?」

「んえっ!? 雅さんの部屋にっスか!?」

「そうでーす。妖狐寮に部屋があるんで、妖狐になってもらわないと泊まれませんが、朝まで夜更かしして遊びましょー」

「夜更かしして、遊ぶ……!」

 今まで仕事の虫を一貫していて、起きている時の大半を仕事に費やしていた酒天にとって、夜更かしだけならまだしも、遊ぶ為となるとまったくの未知なる領域であり。
 是非とも体験したくなってきた酒天が、反応をうかがい横目で見つめている酒羅凶へ、眩く輝いた獣の瞳を合わせた。

「あ、あのっ、店長!」

「いちいち、俺の許可を取ろうとすんじゃねえ。泊まってくりゃあいいじゃねえか」

 まだ何も言ってないのに対し、全てを分かっているていで即答してきた酒羅凶に、酒天は「本当っスか!?」と声を荒らげ、胡座あぐらかいている酒羅凶の太ももに両手を置き、食い気味に詰め寄っていく。
 中々拝む事が出来ない酒天の初々しい反応に、酒羅凶は内心ほくそ笑むも、仏頂面を保ったまま酒天の頭に手を置いた。

「泊まりたくて疼いてんだろ? なら雅の部屋に泊まって、ぶっ倒れるまで遊んでこい。が、迷惑だけは掛けんなよ? ついでだ、秋風」

「は、はいっ」

「更に次の休みは、お前の部屋にこいつを泊まらせてやってくれねえか?」

「酒天さんを、私の部屋にですか?」

 雅の誘いにあやかり、酒天を皆と遊ばせてやりたい一心で頼み込む酒羅凶に、花梨は目をきょとんとするも。
 楽しい未来しか見えない酒羅凶の誘いに、花梨もすぐその気になっていき、柔らかくと微笑んだ。

「はい! もちろん、いつでもいいですよ」

「ふおっ!? ほ、本当にいいんスか!?」

 花梨が気持ちよく快諾するも、酒羅凶によって事が勝手に進んでいく酒天は、イマイチ信じられておらず。テーブルに乗り上げる勢いで、花梨に詰め寄っていく。

「はい。ゴーニャとまとい姉さんも、いいですよね?」

「うんっ! 私も、酒天と一緒に朝まで遊んでみたいわっ」

「酒天の反応って面白いから、大富豪とか神経衰弱やってみたい」

「み、皆さん……!」

 静かに目で会話を追っていた妹達も、ここぞとばかりに遊びたい旨を伝えると、喜びに打たれて感無量になり、表情を明るくさせつつ花梨達の顔を見返していく。

「そ、それじゃあ、飲み物やおつまみ類を大量に用意して、今度お邪魔させてもらうっス!」

「ええー、酒天さんだけずるーい。私も花梨の部屋に泊まりたーい」

「もちろんいいよ。ふふっ、楽しみだなぁ。私も何か用意しとかないと」

 花梨を筆頭に、雅や酒天の予定もみるみる埋まっていくと、とうとう酒羅凶の仏頂面が僅かにほころび、薄紙がたなびくかも怪しいため息を漏らす。
 そして、おもむろに「よいしょ」と言いながら立ち上がると、今度は豪快に息を吸った。

「てめえら、よく聞け! 今日は俺の奢りだッ! 躊躇う事は許さねえッ! 食いたい物や酒を選び、満足するまで喰らい尽くせえッ!!」

 皆の不意を突く、窓ガラスが割れかねない怒号染みた宣言に、その場に居た全員が耳鳴りに襲われて、顔を歪める。
 数秒して耳鳴りが収まると、満足した酒羅凶が胡座をかくと同時、部屋内が歓喜と驚きにざわめき出し。現状をまったく理解していないぬえが、「よっしゃー!!」と高らかに声を上げた。

「なんかよく分からねえけど、とりあえずビールをピッチャーで沢山持ってこーい!」

「あっははは……。鵺さんってば、容赦ないなぁ」

「まさか、酒羅凶が私達に特別券を渡してきた理由って……」

「どうやら、そのようじゃな。クロ」

 早速タガが外れた鵺が、店員に大量の注文をしている中。かつて、理由も明かさず人数分の特別券を渡してきた酒羅凶の行動に、今日の今日まで謎に思っていたクロと楓が、ボソリと呟く。
 謎の答え合わせが済むと、クロは楓側に身を寄せ、顔をピンと立っている狐の耳に近づけていった。

「酒羅凶も、案外私達と似てる一面があるな」

「子を溺愛する、子煩悩な一面がかの?」

「まあ、そんな感じだ」

 密談を終わらせると、クロと楓は顔を見合せ、共に母性を含んだ苦笑いをクスリとする。そして、二人もメニュー表を手に取り、周りに遅れを取らまいと、各々食べたい料理を選び始めた。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

生贄の花嫁~鬼の総領様と身代わり婚~

硝子町玻璃
キャラ文芸
旧題:化け猫姉妹の身代わり婚 多くの人々があやかしの血を引く現代。 猫又族の東條家の長女である霞は、妹の雅とともに平穏な日々を送っていた。 けれどある日、雅に縁談が舞い込む。 お相手は鬼族を統べる鬼灯家の次期当主である鬼灯蓮。 絶対的権力を持つ鬼灯家に逆らうことが出来ず、両親は了承。雅も縁談を受け入れることにしたが…… 「私が雅の代わりに鬼灯家に行く。私がお嫁に行くよ!」 妹を守るために自分が鬼灯家に嫁ぐと決心した霞。 しかしそんな彼女を待っていたのは、絶世の美青年だった。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

ロボリース物件の中の少女たち

ジャン・幸田
キャラ文芸
高度なメタリックのロボットを貸す会社の物件には女の子が入っています! 彼女たちを巡る物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

処理中です...