あやかし温泉街、秋国

桜乱捕り

文字の大きさ
上 下
302 / 379

84話-2、続・駅事務所の見張り番

しおりを挟む
 大人の姿になったまといの撮影会が始まり、時間の流れを忘れて撮り続けていた花梨達は、急いで駅事務室へ向かうべく、建物の屋根を走っていた。

 纏は元の姿に戻り。座敷童子に変化へんげした花梨は、絶叫しているゴーニャを背負い、黒瓦の屋根を颯爽と駆け抜けていく。
 建物を三つほど飛び越し、人の少ない大通りへ下り、風やツバメよりも速く駆ける二人の座敷童子。
 しばらくしてから、地下鉄に続く入口が見えてくるも、二人は走る速度を緩めず、入口に飛び込んでいった。
 そして闇深い階段を落ちていくと、瞬間的に見えた地面に両足を向け、勢い任せでカカトから着地した。

「……とととっとっと」

 そのまま滑るように踏ん張りをきかせ、速度を落としながら電車に乗り、反対側の扉付近で止まる二人。
 すると、入ってきた側の扉が閉まり、電車全体に大きな振動が走り、アナウンスも無く発車し始めた。

「ふぃ~、なんとかギリギリセーフ」

「いい運動になった」

「ですねぇ。人が少なかったから、気持ちよく走れたや」

 全力疾走だったのにも関わらず、二人の座敷童子は息切れ一つも起こしておらず。落ち着いた様子の纏は、特製の葉っぱの髪飾りを頭に付け、駅員の制服を着た大人姿に変化へんげした。
 しかし、花梨がおんぶしているゴーニャは、意識がまだ秋国に居るのか。「いやぁ……。妖狐神社が、まだあんな遠くに……。空に、空にぶつかる……」と悲痛な唸り声を呟いていた。

「ゴーニャ、意識が乗車出来なかったみたい」

「つ、次の電車に乗ってくれてるといいんだけど……」

 意識が遅刻しているゴーニャを認めると、花梨は一旦ゴーニャを席に降ろし、「座敷童子さん、おやすみなさい」と唱え、元の姿に戻る。
 再びゴーニャを優しく抱っこすると、ようやく意識が追いついたようで。虚ろな青い瞳を瞼が覆い隠し、眠りへと就いていった。

「あっはは、どうやら叫び疲れて寝ちゃったみたいです」

「もしくは気絶したとか」

「うっ……、ありうるかも……」

 纏の鋭い指摘に、花梨は口元をヒクつかせつつ、ゴーニャを起こさないよう席に座る。纏も花梨の横に腰を下ろすと、「ふう」と一息ついた。

「それにしても、纏姉さんと仕事が出来る日が来るだなんて、思ってもみませんでした」

「私も。だから今日は嬉しい」

「ふふっ、私もです」

 いつも通りの無表情ながらも、纏の声はそことなく弾んでおり、そこから途切れる事のない会話に花を咲かせていく。
 体感的に、まだ十分も過ぎていない三十分後。漆黒を保っていた窓の景色が、高速で流れていく駅のホームに変わり。
 ずっと喋り続けていた花梨が、色付いた周りの変化に気付き、纏に合わせていた顔を窓にやった。

「あれ? もう着いちゃったんだ」

「本当だ。早かったね」

「ですね。さってと、仕事モードにならないと」

 気を引き締めた花梨が、上半身をグイッと伸ばし、ゴーニャを抱っこし直して、纏と共に扉へ向かう。
 扉の前まで来ると、丁度よく電車が停車し。凍てついた風を引き連れながら開くと、二人は誰も居ない物静かなホームに降りた。
 吐いた息は薄白く、秋の陽気に慣れていた体が寒さを感じ取ると、花梨と纏は揃って体を身震いさせた。

「来る度に毎回思い出すけど……、こっちは真冬だったんだっけ」

「秋国に居ると季節の感覚が狂うよね」

「ずっと秋ですからね。あ~あ、もう秋国が恋しくなってきちゃった」

「へ、へっ、へぷちっ」

 寒さで身震いが止まらず、白いボヤキを入れている中。半袖のワンピース姿のゴーニャが、腑抜けたクシャミを放ち、顔を花梨の胸元にうずめた。

「しゃ、しゃむい……」

「ああ、ごめんねゴーニャ。纏姉さん、早く駅事務室に行きましょう」

「そうしよう」

 自分の身震いが移ったゴーニャを、覆う形でギュッと抱きしめ、早足で駅事務室を目指していく。
 寒さが際立つ鈍色の通路を進み、突き当たりにある古ぼけた木の扉を開け、視覚的に暖かい駅事務室に到着し。
 整えている息が透明に戻るや否や。視線の先に、初めて来た時には無かった大型の電気ストーブがあり、花梨が「あっ!」と声を上げた。

「纏姉さん、電気ストーブがありますよ!」

「点けざるを得ない」

 どうやら、纏も初めて見たらしく。電気ストーブの元まで行くと、花梨はゴーニャを床に降ろし、ダイヤル式のスイッチを回して『強』に合わせる。
 それを合図に、中にある三本のヒータが煌々こうこうと眩い光を放ち始め、手を伸ばしている三人の全身をオレンジ色に染め上げていった。

「ふぃ~、生き返る~……」

「あったかぁ~い……」

「極楽」

 瞬間的に熱を帯びたヒータが、冷え切った体を包み込むように温めていくと、仕事モードのスイッチが再び入った花梨が、おもむろに携帯電話を取り出す。
 現在の時刻を確認してみると、七時五十五分と表示されていた。

「五分前か。三分ぐらい温まってから、扉の鍵を開けましょうか」

「そうだね。あ、ねえ花梨。一つお願いがある」

「はい、なんでしょう?」

「クロから聞いた話だけど。この近くのハンバーガー屋に、新商品で『あんこバーガー』っていうのが出たらしい。仕事が終わったら、みんなで一緒に食べに行こ」

 主食というよりも、甘味に近い商品名を聞くと、頭にあんパンを思い浮かべた花梨は「あんこバーガー、ですか」と、物珍しそうに反応を示す。

「バーガーというからには、バンズに挟まってるんですよね?」

「うん。美味しかったらしいし、私に刺さる味って言ってた」

「という事は、クロさん食べたんだ。ちょっと気になってきたなぁ」

 愛する母の一押しもあり。仕事よりも『あんこバーガー』に意識が向いた花梨は、食べたそうにしている瞳を天井へ持っていく。
 最早、食べないといけない使命感すら湧いてくると、欲の強そうな笑みを浮かべた花梨は、その顔をゴーニャへ移した。

「ゴーニャはどうする?」

「私も気になるけど、普通のハンバーガーも食べてみたいわっ」

「そういえば、食べた事がなかったね」

 体が温まってきたゴーニャも食べたい事が分かると、花梨は「ならば」と続ける。

「仕事が終わったら、みんなで行きましょうか」

「うん、行こ行こ」

「やったっ! 楽しみにしてよっと」

 まだ朝食を食べてから間もないというのに、夜ご飯が決まって腹がすいてきた三人は、温まった腹を『ぐぅ』と鳴らす。
 その部屋内に響く音は綺麗に重なり、三人は目をきょとんとさせるも、途端に笑い出し合っていった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 窓が設置されておらず、外の状況が分からないものの。現世うつしよへ続く扉から、人間に変化へんげしている妖怪の出入りがほとんど無くなり。
 その扉から流れてくる空気が、だんだん澄んだものへと変わってきた、夜の九時前。

 『あんこバーガー』を美味しく食べるべく、気合いを入れて昼飯を抜かした三人は、最後の客を見送った直後。
 花梨とゴーニャは、力尽きたようにテーブルへ頭を落とし、『ぐぅぅぅうう~』という、重低音の腹の虫を鳴らした。

「な、何事もなく終わってくれたけど……。お腹が減りすぎて、死にそう……」

「ご飯……、ごはぁ~ん……」

「死屍累々」

 飢えて瀕死状態になっている姉妹に対し、纏だけは涼しい顔をしていて、大人びたジト目で二人を見返していく。

「纏姉さん、よく平気でいられ、ますね……」

「元々食べなくても大丈夫」

「あれ? そうなんですか?」

 姉妹を筆頭に、三大食欲魔である纏の信じ難い言葉に、花梨は寝かせていた上体を起こした。

「うん。九十年ぐらい何も食べなかった時期があるけど平気だった」

「九十年!? ……えっ? 纏姉さんって、今何歳なんですか?」

「百は超えてる。正確な年齢は知らない」

「ひゃ、百歳……? はぇ~……」

 本来の姿こそは、ゴーニャとそれほど大差がなく、おおよそ五歳ぐらいの身長であるが。
 初めて纏の年齢を知った花梨達は、容姿とのギャップに衝撃を受け、大口を開いて固まってしまった。

「そういえば、かえでさんは千歳以上だったっけ……。妖怪さんって、本当に長寿なんだなぁ」

「とてもそんな風には見えないわっ」

「よく言われる。そんな事よりも、早く食べに行こ」

 三人にとって、本来の目的を思い出させると、姉妹は更に腹を大きく鳴らし、体から力が無くなっていく。

「そうだった! それじゃあ外は寒いですし、私が妖狐に変化して、みんなの服をこしらえますね」

「ありがとっ、花梨っ!」

「ありがとう」

 薄着の三人が真冬の季節に立ち向かうべく、花梨はリュックサックから葉っぱの髪飾りを取り出し、頭に付けて妖狐に変化する。
 そして、ゴーニャと纏、自分の服を変化術で用意すると、忘れ物がないか確認し合い、現世うつしよへ通ずる扉を開けて外に出ていった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

生贄の花嫁~鬼の総領様と身代わり婚~

硝子町玻璃
キャラ文芸
旧題:化け猫姉妹の身代わり婚 多くの人々があやかしの血を引く現代。 猫又族の東條家の長女である霞は、妹の雅とともに平穏な日々を送っていた。 けれどある日、雅に縁談が舞い込む。 お相手は鬼族を統べる鬼灯家の次期当主である鬼灯蓮。 絶対的権力を持つ鬼灯家に逆らうことが出来ず、両親は了承。雅も縁談を受け入れることにしたが…… 「私が雅の代わりに鬼灯家に行く。私がお嫁に行くよ!」 妹を守るために自分が鬼灯家に嫁ぐと決心した霞。 しかしそんな彼女を待っていたのは、絶世の美青年だった。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

ロボリース物件の中の少女たち

ジャン・幸田
キャラ文芸
高度なメタリックのロボットを貸す会社の物件には女の子が入っています! 彼女たちを巡る物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

処理中です...