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69話-5、培った握力で記憶を飛ばそうとする者
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秋の景色に囲まれた露天風呂に、三十分ほど浸かった後。
四人はのぼせる前に上がり、備え付けのドライヤーで萎んだ狐の尻尾と頭を乾かし、巫女服に着替えて脱衣場を後にする。
これから待望の夜ご飯にするのかと思いきや。妖狐の雅は食事処を素通りし、花梨達は不思議に思いながらも中央階段を上っていく。
そのまま雅の部屋まで戻ると、部屋の明かりを点けた雅は、キョトンとした顔をしている花梨達に体を向け、ニッと笑った。
「さーさー、夜更かしするよー! 何やる何やるー? おいちょかぶー? こいこいー? あっ、めんこやベーゴマーがいいー? それとも、けん玉とかおはじきー?」
「チョイスが渋っ! ちょっと雅、夜ご飯を食べてないけど、いいの?」
油揚げ料理を楽しみにしていた花梨が、腹の虫を豪快に鳴らしつつ、無邪気な表情をしている雅に質問を投げかける。
「あー、最初は食事処に行こうかと思ってたんだけどー……」
そう説明の途中で言葉を濁した雅は、花梨達から視線を逸らし、部屋の右側にある押し入れに向かい、スタスタと歩いていく。
狐火を一つだけ出し、明かりを確保しつつ押し入れを開け、パンパンに膨らんでいる六つのビニール袋を引っ張り出した。
そして、そのビニール袋を掲げて花梨達の元へ戻って来ると、隣に浮いている狐火よりも明るい笑みを浮かべる。
「ご飯を食べちゃうと、いっぱい用意したお菓子が食べられなくなっちゃうなーって、思ってさー。急遽止めにしたんだー」
「お菓子? もしかして、そのビニール袋に入ってるの、全部お菓子なの?」
「そだよー。さー、食いたまえー」
食事処に寄らなかった理由を明かした雅が、持っていたビニール袋を畳の上に置き、中身を取り出していった。
大量のポテトチップスやお煎餅。ポップコーン、キャラメル、飴玉、麩菓子などの、見慣れたお菓子が並べられていく。
他にも、パン菓子やカステラ。バームクーヘン、ビーフジャーキー、サラミ、干し芋、たたみいわし、小魚の詰め合わせなどなど、雅の好物らしき食べ物も次々に置かれていった。
「うわぁ~、すごい量だ。流石に半日だと時間が足りなくて、食べ切れないなぁ」
「無理して全部食べなくてもいいよー。あ、あとねー」
お菓子の山を作った雅が、今度は冷蔵庫に向かって歩き出し、低い稼働音を鳴らしている冷蔵庫を開ける。
ギッシリと何かが詰まっている中を漁り、そこから二リットルのペットボトルを数本取り出して、花梨達に見せびらかせていく。
「飲み物も沢山あるよー。お茶、オレンジジュース、リンゴジュース、炭酸類、清涼飲料水、牛乳、なんでも言ってー」
「飲み物も種類が豊富だね。じゃあ私は、ポテトチップスと合う炭酸類でお願い」
「私はリンゴジュースっ!」
「ほうじ茶」
「ほいほーい。コップは各自で用意してねー」
花梨は炭酸類。ゴーニャはリンゴジュース。座敷童子の纏がほうじ茶を指定すると、雅はその飲み物が入ったペットボトルを取り出していく。
自分用に普通のお茶も用意すると、冷蔵庫の上に置いてあった葉っぱを四枚手に取り、各々の飲み物と一緒に配っていった。
「ありがとう。ゴーニャと纏姉さんのコップは私が用意してあげますので、ちょっと葉っぱを貸して下さい」
葉っぱをを受け取り、すぐに透明のコップに変化させた花梨がそう言うと、二人は言葉に甘え、花梨に葉っぱを差し出す。
「私は花梨と同じコップがいいっ」
「湯呑みで」
二人がそれぞれの要望を出すと、花梨は両手に葉っぱを持ち、右手に透明のコップを。左手に熱いお茶が合いそうな湯呑みに変化させ、二人に手渡した。
「ありがとっ、花梨っ!」
「ありがとう。この湯呑みいいな」
「じゃあ明日にでも、その湯呑みを違う葉っぱで用意しますね」
「本当? わーい」
一目惚れした湯呑みが手に入ると知るや否や。纏は無表情ながらも両手を挙げて喜び、狐の尻尾をユラユラと揺らす。
本当の感情を顔ではなく、狐の尻尾で表現している纏の姿を見て、花梨が微笑むと、お茶をコップに注ぎ終えた雅が、そのコップを高々と掲げた。
「よーし、乾杯するよ乾杯ー。皆の者、用意せいー」
「おっ、いいねぇ。ちょっと待ってて」
「早くっ早くー」
ウズウズして待ちきれないでいる雅にせかされ、三人は急いでコップに飲み物を注いでいき、各々手に持ち、お菓子の山を囲むように座り直す。
「みんな準備はいいねー? それじゃあ、かんぱ―――」
全員の気分が最高潮に達し、はしゃいでいる雅が乾杯の音頭を叫ぼうとしている最中。不意に、扉が勢いよく開いた音が部屋内に鳴り響く。
その突如として鳴った音に驚き、花梨、ゴーニャ、纏が体を同時に波立たせると、間髪を入れずに聞き慣れた嬉々としている声が耳に入り込んできた。
「さあー、雅! 昨日のげぇむの続きをするぞー! 今日こそワシが勝つから、覚悟―――」
弾けている声が途中で途切れ、花梨が慌てて扉に顔を向けると、そこにはだらしなくはだけている巫女服姿で、顔面中を引きつらせた天狐の楓が立っていた。
何もかもが初めて見る姿に、呆然としていた花梨が、「か、楓……、さん?」と、呆気に取られた声を漏らす。
「あっ、お母さーん、おかえりー」
「お母さん!?」
雅の挨拶に思わず驚愕し、花梨が雅に顔を戻した瞬間。背後から、扉が割れんばかりの激しく閉まる音がした。
すぐさま扉の方へ顔を移すと、今度は扉が静かに開き、普段通りに巫女服を着こなしており、妖々しい表情でいる楓が部屋内に入り込んできた。
「さて雅、そろそろ寝るとするか……、おや? 花梨達ではないか。皆して狐につままれたような顔をしおって。なんでお主らがワシの部屋におるんじゃ?」
「イヤイヤイヤイヤ! か、楓さん、やり直しても、さっきのを無かった事には出来ませんよ……?」
花梨が高速で手を横に振ってツッコミを入れるも、とぼけている楓は、「はて?」と言いつつ首を傾げる。
「何を言っておる、ワシはたった今来たばかりじゃぞ? 変な事を言うでない」
「い、いやっ! 今までにないテンションで部屋に入って来たじゃないですか! それに楓さんって、雅のお母さんだったんですか?」
「花梨よ。お主、疲れているんじゃないかえ? 極度の疲労からくる幻を見たか、気づかない内に寝ていて、悪い夢でも見ていたんじゃろう。早急に忘れるがよい」
先ほどのあられもない醜態を、依然として頑なに認めようとしない楓に、花梨が口元をヒクつかせている中。
まったく空気を読もうとはしない雅が、葉っぱを深緑色の湯呑みに変え、扉の前で立っている楓に差し伸べた。
「仕事モードなんかさっさとやめて、お母さんも一緒に夜更かししようよー。もうみんなにガッツリ見られちゃったんだから、諦めなってー」
おどけた笑いを飛ばしている雅に対し、全ての目論見に勘付いた楓の顔が、再び引きつっていく。
「……雅よ、お主、謀ったな?」
「えへへへへー、花梨達とお母さんを同時に驚かせようと思ってねー。大成功だよー」
「……そうか、端から企んでいたワケか。なら、仕方ないのお」
諦めたように口にした楓が妖しく微笑し、花梨と雅の元に近づいて二人の頭を鷲掴み、その微笑に深みが増していった。
ワケの分からぬまま頭を掴まれた花梨が、目をパチクリとさせると、丸くなっている黄金色の瞳を楓に向ける。
「あ、あの、楓さん? いったい何を……?」
「雅の頬をつねって幾星霜。長年に掛けて培ったこの握力で、花梨はここ数分の記憶を飛ばし。雅、お主には罰を与える」
「……えっ? 記憶を、飛ばす?」
「あっ、ヤッバァ~……。お母さんの目、本気だ……」
楓の糸目から垣間見た瞳を目にし、雅が一滴の冷や汗を頬に伝わせると、楓は二人の頭を掴んでいる手にグッと力を込めた。
「イダッ!? あ、ちょっ、楓さん! や、やめっ! わ、分かりました! さっきのは見なかった事にす、ダッダダダダダダッ!!」
「んぎゃっ!? お、お母さん! 謝る、謝るから! やるならせめて頬に、アイダダダダダッ!!」
「もう遅い。さあ、どんどん力を入れていくぞ」
楓の合図と共に二人は更に叫び上げ、悲鳴から絶叫。絶叫を断末魔へと変えていく。そして、その断末魔はしばらく間止む事は無く、闇夜に佇む妖狐寮内に響いていった。
四人はのぼせる前に上がり、備え付けのドライヤーで萎んだ狐の尻尾と頭を乾かし、巫女服に着替えて脱衣場を後にする。
これから待望の夜ご飯にするのかと思いきや。妖狐の雅は食事処を素通りし、花梨達は不思議に思いながらも中央階段を上っていく。
そのまま雅の部屋まで戻ると、部屋の明かりを点けた雅は、キョトンとした顔をしている花梨達に体を向け、ニッと笑った。
「さーさー、夜更かしするよー! 何やる何やるー? おいちょかぶー? こいこいー? あっ、めんこやベーゴマーがいいー? それとも、けん玉とかおはじきー?」
「チョイスが渋っ! ちょっと雅、夜ご飯を食べてないけど、いいの?」
油揚げ料理を楽しみにしていた花梨が、腹の虫を豪快に鳴らしつつ、無邪気な表情をしている雅に質問を投げかける。
「あー、最初は食事処に行こうかと思ってたんだけどー……」
そう説明の途中で言葉を濁した雅は、花梨達から視線を逸らし、部屋の右側にある押し入れに向かい、スタスタと歩いていく。
狐火を一つだけ出し、明かりを確保しつつ押し入れを開け、パンパンに膨らんでいる六つのビニール袋を引っ張り出した。
そして、そのビニール袋を掲げて花梨達の元へ戻って来ると、隣に浮いている狐火よりも明るい笑みを浮かべる。
「ご飯を食べちゃうと、いっぱい用意したお菓子が食べられなくなっちゃうなーって、思ってさー。急遽止めにしたんだー」
「お菓子? もしかして、そのビニール袋に入ってるの、全部お菓子なの?」
「そだよー。さー、食いたまえー」
食事処に寄らなかった理由を明かした雅が、持っていたビニール袋を畳の上に置き、中身を取り出していった。
大量のポテトチップスやお煎餅。ポップコーン、キャラメル、飴玉、麩菓子などの、見慣れたお菓子が並べられていく。
他にも、パン菓子やカステラ。バームクーヘン、ビーフジャーキー、サラミ、干し芋、たたみいわし、小魚の詰め合わせなどなど、雅の好物らしき食べ物も次々に置かれていった。
「うわぁ~、すごい量だ。流石に半日だと時間が足りなくて、食べ切れないなぁ」
「無理して全部食べなくてもいいよー。あ、あとねー」
お菓子の山を作った雅が、今度は冷蔵庫に向かって歩き出し、低い稼働音を鳴らしている冷蔵庫を開ける。
ギッシリと何かが詰まっている中を漁り、そこから二リットルのペットボトルを数本取り出して、花梨達に見せびらかせていく。
「飲み物も沢山あるよー。お茶、オレンジジュース、リンゴジュース、炭酸類、清涼飲料水、牛乳、なんでも言ってー」
「飲み物も種類が豊富だね。じゃあ私は、ポテトチップスと合う炭酸類でお願い」
「私はリンゴジュースっ!」
「ほうじ茶」
「ほいほーい。コップは各自で用意してねー」
花梨は炭酸類。ゴーニャはリンゴジュース。座敷童子の纏がほうじ茶を指定すると、雅はその飲み物が入ったペットボトルを取り出していく。
自分用に普通のお茶も用意すると、冷蔵庫の上に置いてあった葉っぱを四枚手に取り、各々の飲み物と一緒に配っていった。
「ありがとう。ゴーニャと纏姉さんのコップは私が用意してあげますので、ちょっと葉っぱを貸して下さい」
葉っぱをを受け取り、すぐに透明のコップに変化させた花梨がそう言うと、二人は言葉に甘え、花梨に葉っぱを差し出す。
「私は花梨と同じコップがいいっ」
「湯呑みで」
二人がそれぞれの要望を出すと、花梨は両手に葉っぱを持ち、右手に透明のコップを。左手に熱いお茶が合いそうな湯呑みに変化させ、二人に手渡した。
「ありがとっ、花梨っ!」
「ありがとう。この湯呑みいいな」
「じゃあ明日にでも、その湯呑みを違う葉っぱで用意しますね」
「本当? わーい」
一目惚れした湯呑みが手に入ると知るや否や。纏は無表情ながらも両手を挙げて喜び、狐の尻尾をユラユラと揺らす。
本当の感情を顔ではなく、狐の尻尾で表現している纏の姿を見て、花梨が微笑むと、お茶をコップに注ぎ終えた雅が、そのコップを高々と掲げた。
「よーし、乾杯するよ乾杯ー。皆の者、用意せいー」
「おっ、いいねぇ。ちょっと待ってて」
「早くっ早くー」
ウズウズして待ちきれないでいる雅にせかされ、三人は急いでコップに飲み物を注いでいき、各々手に持ち、お菓子の山を囲むように座り直す。
「みんな準備はいいねー? それじゃあ、かんぱ―――」
全員の気分が最高潮に達し、はしゃいでいる雅が乾杯の音頭を叫ぼうとしている最中。不意に、扉が勢いよく開いた音が部屋内に鳴り響く。
その突如として鳴った音に驚き、花梨、ゴーニャ、纏が体を同時に波立たせると、間髪を入れずに聞き慣れた嬉々としている声が耳に入り込んできた。
「さあー、雅! 昨日のげぇむの続きをするぞー! 今日こそワシが勝つから、覚悟―――」
弾けている声が途中で途切れ、花梨が慌てて扉に顔を向けると、そこにはだらしなくはだけている巫女服姿で、顔面中を引きつらせた天狐の楓が立っていた。
何もかもが初めて見る姿に、呆然としていた花梨が、「か、楓……、さん?」と、呆気に取られた声を漏らす。
「あっ、お母さーん、おかえりー」
「お母さん!?」
雅の挨拶に思わず驚愕し、花梨が雅に顔を戻した瞬間。背後から、扉が割れんばかりの激しく閉まる音がした。
すぐさま扉の方へ顔を移すと、今度は扉が静かに開き、普段通りに巫女服を着こなしており、妖々しい表情でいる楓が部屋内に入り込んできた。
「さて雅、そろそろ寝るとするか……、おや? 花梨達ではないか。皆して狐につままれたような顔をしおって。なんでお主らがワシの部屋におるんじゃ?」
「イヤイヤイヤイヤ! か、楓さん、やり直しても、さっきのを無かった事には出来ませんよ……?」
花梨が高速で手を横に振ってツッコミを入れるも、とぼけている楓は、「はて?」と言いつつ首を傾げる。
「何を言っておる、ワシはたった今来たばかりじゃぞ? 変な事を言うでない」
「い、いやっ! 今までにないテンションで部屋に入って来たじゃないですか! それに楓さんって、雅のお母さんだったんですか?」
「花梨よ。お主、疲れているんじゃないかえ? 極度の疲労からくる幻を見たか、気づかない内に寝ていて、悪い夢でも見ていたんじゃろう。早急に忘れるがよい」
先ほどのあられもない醜態を、依然として頑なに認めようとしない楓に、花梨が口元をヒクつかせている中。
まったく空気を読もうとはしない雅が、葉っぱを深緑色の湯呑みに変え、扉の前で立っている楓に差し伸べた。
「仕事モードなんかさっさとやめて、お母さんも一緒に夜更かししようよー。もうみんなにガッツリ見られちゃったんだから、諦めなってー」
おどけた笑いを飛ばしている雅に対し、全ての目論見に勘付いた楓の顔が、再び引きつっていく。
「……雅よ、お主、謀ったな?」
「えへへへへー、花梨達とお母さんを同時に驚かせようと思ってねー。大成功だよー」
「……そうか、端から企んでいたワケか。なら、仕方ないのお」
諦めたように口にした楓が妖しく微笑し、花梨と雅の元に近づいて二人の頭を鷲掴み、その微笑に深みが増していった。
ワケの分からぬまま頭を掴まれた花梨が、目をパチクリとさせると、丸くなっている黄金色の瞳を楓に向ける。
「あ、あの、楓さん? いったい何を……?」
「雅の頬をつねって幾星霜。長年に掛けて培ったこの握力で、花梨はここ数分の記憶を飛ばし。雅、お主には罰を与える」
「……えっ? 記憶を、飛ばす?」
「あっ、ヤッバァ~……。お母さんの目、本気だ……」
楓の糸目から垣間見た瞳を目にし、雅が一滴の冷や汗を頬に伝わせると、楓は二人の頭を掴んでいる手にグッと力を込めた。
「イダッ!? あ、ちょっ、楓さん! や、やめっ! わ、分かりました! さっきのは見なかった事にす、ダッダダダダダダッ!!」
「んぎゃっ!? お、お母さん! 謝る、謝るから! やるならせめて頬に、アイダダダダダッ!!」
「もう遅い。さあ、どんどん力を入れていくぞ」
楓の合図と共に二人は更に叫び上げ、悲鳴から絶叫。絶叫を断末魔へと変えていく。そして、その断末魔はしばらく間止む事は無く、闇夜に佇む妖狐寮内に響いていった。
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