私、メリーさん。今、あなたと色んな物を食べているの

桜乱捕り

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48話、シュワシュワの再来と、失うアイデンティティ

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「おっ、メリーさん。待ってたよー」

 脱衣場の扉を開けてみれば、部屋の涼しい空気と、テレビを観ていたであろうハルが出迎えてくれた。
 この熱々に火照った体を、撫でる様に冷やしていく空気も気持ちいい。

「お風呂ありがとう。とても気持ちよかったわ」

「でしょ? 明日以降も入っていいから、後で給湯器の使い方を教えてあげるね」

「あら、いいの? ……なら、お願いするわ」

 きっと、また何か企んでいるんだろうと詮索する前に、欲に目が眩んでしまった。だって、これから毎日お風呂に入れるのよ? まず、断るという選択肢すらない。

「オッケー。で、さっき言った美味しい飲み物が、こちらになりまーす」

 グイグイ話を進めていくハルが、テーブルに一本のペットボトルを置いた。透明度が水のそれだけども、大量の気泡が混じっている。

「これって、サイダーじゃない」

「正解。風呂上がりって言ったら、やっぱこれっしょ!」

 ペットボトルに巻かれている、緑と赤が目立つラベルを見て、ようやく正体が分かった。確かサイダーって、ハルが初めて私に振る舞ってくれた、デザートのみかんゼリーに使用されていた飲み物だ。
 コーラと同じく、炭酸がウリだけど。サイダーは爽快感が抜群で、かつ甘さは控えめ。それに、テレビでよくやっているシチュエーションのせいで、暑い夏の日に飲むイメージが定着している。
 ああ。だったら、風呂上がりも条件が似ているかも。お風呂上がりの体は、まるで日差しを浴び続けたかの様に熱くなっている。そんな状態の体へ、キンキンに冷えた爽やかな炭酸を流し込めば───。

「確かに、おいしそうね」

「マジで美味いよ。ちなみに! ちょびちょびとじゃなくて、一気にゴクゴク飲む事をオススメするよ」

「一気にゴクゴク、ねえ」

 飲み方の指定までしてくるなんて。まあ、いいわ。ハルが言うからには、そっちの方がおいしく飲めるんでしょうね。

「じゃあ、飲んでみようかしら。ハル、コップをちょうだい」

 そうお願いするも。ハルは、なんとも鼻がつく澄ました顔で、「チッチッチッチッ」と舌を鳴らしながら人差し指を左右に振る。

「メリーさんったら、なっちゃいないねぇ~」

 やれやれといった呆れた表情で、肩をすくめるハル。……なんだか久々ね。ここまで癪に障るハルって。

「いいかい、メリーさん? お風呂上がりに飲むサイダーは、コップに移して飲むよりも、ペットボトルから直に飲んだ方が断然美味しいんだ」

「そうなの?」

「まあ、私個人の感想だけどね。一応、ペットボトルとコップで飲み比べをした事があるけど。やっぱペットボトルからの直飲みが、コップで飲むより美味しく感じたかな」

「あ、両方試したのね」

 だったら、ハルの言っている事に信憑性が持てる。おいしく感じる方で飲みたいし、私もペットボトルで飲んじゃおっと。

「それじゃあ、このまま頂くわ」

「ささっ、グイッとどうぞ」

 陽気に催促されたので、固く閉じた蓋を、力を込めてグイッと開ける。すると『プシュッ』と、なんとも心躍る景気の良い音が鳴り。
 早く飲んでくれとせがんでくる様に、これでもかってぐらいに泡が連続で弾けて、『シュワシュワ』と耳をくすぐる音を鳴らしてきた。
 匂いは、ほんのりと甘味を含んでいそうな清涼感がある。さてと、お風呂上がりの一杯、思いっ切り飲むわよ。

「ん、んっ、んんっ……!」

 冷たいサイダーが喉を通っていく度に、弾ける炭酸が強力になっていく! けど、その喉がもっと流し込んでこいと命令してくる!
 喉越しは、炭酸が暴れるも爽快感は抜群。クドみが一切無く、サラリとしていてスパッと切れる爽やかな甘さ。
 この、あまり主張して来ずとも、確かな存在感がある甘さが良い。火照った体との相性が、最高にマッチしている! ああ、おいしいっ。

「……ぷはぁっ! くぅ~っ、炭酸が全身に染み渡っていくぅ~」

「いや~、いい飲みっぷりっスねぇ。見てて気持ちよかったよ」

 サイダー、余韻も凄まじいわね。なんだか、暑い日差しを浴びながら飲みたくなってきたわ。

「ふうっ。いいわね、お風呂上がりのサイダー。クセになりそう」

「いいでしょう? これも週一の楽しみにしてるんだ」

「あら、毎日飲んでる訳じゃないのね」

「そうだね。毎日飲んじゃうと、この楽しみにすぐ慣れちゃうじゃん? そんなの勿体ないしイヤだから、週一ぐらい間隔を空けてるんだ」

「……なるほど」

 ハルの言っている事は、ものすごく分かる。私の場合は慣れるというよりも、飽きるなんだけどもね。夜になり、鉄塔や鉄橋の上で見る夜景なんかが、いい例だわ。
 そんなのは、私も嫌だ。この楽しみは、何度も味わってみたい。楽しみが薄れていくだなんて、勿体ないにも程がある。

「確かに、あんたの言う通りね」

「でしょ? 私は、毎週土曜日に飲んでるけど。メリーさんも、そうする?」

「そうね。また飲ませてくれるなら、ハルと一緒の日でお願い」

「りょーかい」

 嬉しそうにはにかんだハルが、テーブルに肘を突き、手の平に顔を置いた。ハルって笑う時は、本当に無邪気な顔になるわね。
 裏表が無く、感情を前面に押し出した丸わかりな顔に。っと。ずっとタオル姿でいるのも、色々とあれだし、そろそろ服を着ないと。

「ねえ、ハル。私の服は、どこに置いたの?」

「メリーさんの服? 今、洗濯機で洗ってる最中だよ」

「えっ? ……洗濯機で、洗ってる?」

「うん。メリーさんが洗っていいって言ったから、下着も含めて全部ね」

 私が着ていた服と下着を、全部洗った? ……嘘? 私、服はあれしか持っていないのよ?

「……私、そんな事、言った?」

「言ってたよ。覚えてないの?」

「まったく……」

 私は、一体そんな事をいつ言ったの? そもそも、ハルにいつ聞かれた? それすら覚えていない。
 ハルが嘘をついている様にも見えないし、私が言ったのは間違いないのだろうけど……。どうしよう、着る服が無くなってしまった。

「は、ハル? 洗った服って、いつ乾くの?」

「部屋干し脱水をするから、明日の昼までにはって感じかな?」

「明日の昼!? そんな……」

「大丈夫だよ。代わりの服は、ちゃんと用意してあげてるから!」

 明日の昼まで、タオル一枚生活が確定し、初めて味わう絶望感と羞恥心に襲われた矢先。
 ハルがテーブルの下に隠していた、綺麗に畳まれた衣服類を取り出して、テーブルの上に並べた。

「……これは?」

「この前買ったばかりのルームウェアさ。私のパジャマにしようと思ってたんだけど、メリーさんにあげるよ」

「パジャマ……」

 この、ハルが用意してくれたルームウェアが、私の新しい服? まだ現状が理解出来ず、真っ白に呆けた頭のまま、落ち着いたネイビー色をした上着を両手で持ってみる。
 肌触りはとても柔らかく、前はボタンで留められる仕様。私でも着られるМサイズのようだけど、なんだかゆったりとしていて大きく感じる。
 ズボンもそう。丈が気持ち長い。下を捲らないと、引きずってしまいそうだ。後は、真っ白な下着に、あまり見ない形のブラジャーらしき物が一つずつ。

「これ、本当にくれるの?」

「うん。ワンピース一着だけじゃ、何かと不便でしょ? 室内着はいくらでもあるし。メリーさんがいいって言うなら、タンスやクローゼットに入ってる服は、好きに着ていいよ」

「はぁ……」

 私の正装とも言える衣服は、白のワンピースに、つばが広い白の帽子。ハルから貰った衣服は、男性が着ていそうなシック調のネイビー色。
 上下は分かれていて、上着は前がボタンで留められるタイプ。ズボンの方は、これといった印象は無し。極々普通のズボン。
 帽子も無いので、私のアイデンティティを完全に失う衣服だ。でも、なんでだろう。不思議と不快感は無く、嬉しいとさえ思っている自分が居る。
 私は、今どんな表情をしているんだろう。分かっているのは、唇が勝手に緩んだり力が入っている事のみ。ハルに変な詮索をされてしまいそうだから、上着で口元を隠してしまおう。

「……ありがとう。着させてもらうわ」

「どうぞー」

 朝昼晩の食事が約束された生活。毎日入れるお風呂。新しい衣服類。そして、暇を持て余さない夜。今日だけで、今まで無かった物が全て手に入ってしまった。
 ハルに感謝の言葉を言った時、私の声は若干震えていた。たぶん、相当嬉しかったのかもしれない。口元は、もう少しだけ隠しておこう。
 貰ったパジャマよりも、柔らかく笑っているハルに、私の感情を読み取られたくないから。
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