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34話、意志が弱い二人
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「私、メリーさん。今、中華料理屋さんの前にいるの」
『ありゃ、もうそんな時間か。分かった、今からそっちに行くね』
「え? 今から?」
今から行く? 合流時間は夕方の五時にしようって、ハルが決めたというのに。
だから私は、わざわざ時間を調節して、五分前に集合場所へ来たのよ? それなのにハルは、まだ洋服屋に居るっていうの?
「あんた。この私を待たせるなんて、いい度胸してるじゃない」
「私が合流時間を決めたっていうのに、待たせる訳ないでしょ?」
「へっ……?」
あれ? 今、ハルの声が、電話越しと後ろから同時に聞こえてきたような? また背後を取られたのかと思いつつ、恐る恐る背後に顔を移してみれば。
私と目が合うや否や。右手に持っていたスマホをポケットにしまい込み、左手に持っている紙袋を軽く掲げたハルが、緩い笑みを浮かべた。
「やっほー、メリーさん。お待たせー」
「は、ハル? あんた、どこに居たの?」
「五秒もあればここに来れる、すぐそこの洋服屋だよ」
そう説明したハルが、顔を後ろへやったので、私も先の景色に注目してみる。すると、ここから二件先に、洋服屋らしきレトロな看板を見つけた。
なるほど。ハルは、あそこに居たのね。瞬間移動を使って来たのかと思ったから、少し驚いちゃったじゃない。
「ああ、そう。どうやら、服はちゃんと購入したようね」
「室内着ばかりだけどね。これで、ダルダルTシャツの私とはおさばらさ」
「なら、今まで着てたTシャツは全部捨てなさいよ?」
「ねえ、メリーさん? 一言一句が、マジでお母さんなんだけど……?」
だらしないハルにトドメを刺し、中華料理屋の自動ドアをくぐり、店内へと入る。
何かを炒めているような音が鳴り響く店内は、まだ夕方の五時ともあってか、客足は少ない。全員黙々と料理を食べている。これなら、私達もゆっくり料理を堪能出来そうだ。
それなりの広さがある店内を眺めていると、不意に視界外から「いらっしゃいませー、何名様ですか?」というおっとりとした声が聞こえてきた。
「二名です」
「では、こちらの席へどうぞ」
声がした方へ顔をやってみると、既にハルが歩き出していたので、私もその背中を追う。
歩みを止めたハルの隣に付くと、白いエプロンをした店員らしき人間が、氷入りのコップに水を注いでいた。
椅子は、背もたれが無い丸椅子で、座る部分が赤い。テーブルも、これまたまん丸ね。両方とも、テレビで出てくる中華料理屋で、よく見る物だ。
「注文が決まったら、声を掛けて下さい」
「分かりました、ありがとうございます」
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
ペコリと軽く会釈した店員が、厨房だと思われる場所へ歩いていった。透明な仕切りがあるだけなので、ここからでも厨房内を見渡せる。
あの人間が大袈裟に振っているのは、まさしく中華鍋! 生で拝むのは初めてだわ。熱そうな火柱も上がっているし、これなら本格的な中華料理が期待出来そう!
「ふふっ、今から楽しみでしょうがないわ」
「おっ、もう食べる気マンマンだね。さてと、一応メニュー表を見ておこうかな」
一つ隣の椅子に紙袋を置いたハルが、腰を下ろしたので、私も対面の椅子に座った。座り心地は、見た目通りね。まあまあ固い。
メニュー表を見る前に、結露して水滴が滴っているコップを持ち、二口ほど水を飲んだ。うん、氷のお陰でしっかり冷えている。爽快感のある喉越しが気持ちいい。
「うわぁ~、酢豚も美味しそう。え? チャーハンが四百円で、ギョーザが五個で二百円? 量もそれなりにあるのに、めちゃくちゃ安いじゃん。やっば、めっちゃ目移りする」
「中華丼、あんかけかた焼きそば、天津丼に五目タンメン……。ああ、全部おいしそう~」
他にも、カリカリの皮に包まれていそうな春巻き。相反し、みずみずしい皮を纏った水餃子。肉肉しさを隠し切れていない、とてもジューシーそうな肉シュウマイ。
野菜がこれでもかって盛られている、味付けされたあんがおいしそうな中華丼。見るからにご飯が進みそうな、山盛りの肉野菜炒め。
定番のチンジャオロースもあれば、ホイコーロー、レバニラ炒めだってちゃんとある。そして、私がもっとも食べたかった麻婆豆腐丼も───。
「……嘘? 唐揚げが、ある……」
若鳥の唐揚げ? 嘘でしょ? どこまで私を誘惑してくるの、このお店は? いくらなんでも反則よ。こんなの、食べたくなるに決まっているじゃない!
「どうしよう、ハル。食べたい物が、秒で変わってくんだけど……」
「ねー、もう全部食べたいもん」
「いっそ、全部頼んでみる?」
「一時のテンションに任せて、小規模な満漢全席をやるのも、アリか……?」
睨みつける様にメニュー表を眺めていたハルの目が、更に細くなっていく。しかし、諦めてしまったのか。肩を落としたハルが、メニュー表を戻し、鼻からため息を漏らした。
「本当に頼んじゃいたいけど。財布が早めの冬を迎えちゃうから、昨日決めた奴を頼みますか」
残念そうに呟いたハルが、テーブルに肘を突き、手の平に顔を置く。
「メリーさんも、麻婆豆腐丼だけでいい?」
「いやっ、ハル。ちょっと、これを見てほしいんだけど」
ハルにも見えやすいよう、メニュー表をテーブルの中央へ置き、若鳥の唐揚げに指を差す。
「若鳥の唐揚げじゃん。十個以上あって六百円か。結構安いし、絵からしてカリジュワッてしてそうだね」
「でしょ? ハルにも分けて上げるから、これを追加で注文してもいいかしら?」
「え、マジで? メリーさん、昨日唐揚げを三十個以上食べてたじゃん。まだ食べたいの?」
「前に言ったでしょ? 私は毎日三食、三百六十五日唐揚げでもいいとね」
そう豪語するも、ハルの口元が呆れ気味にヒクつき出していく。
「三百六十五日ってのは、今初めて聞いたけど……。まあいいや。それじゃあ、麻婆豆腐丼と若鳥の唐揚げでいい?」
「ええ、お願い」
「分かった。んじゃ、注文しちゃうね」
まさか、ここでも唐揚げが食べられるだなんて。当初の予定が少し狂っちゃったけど、私にとっては嬉しい誤算だわ。
それに、ハルが頼むであろうエビチリとホイコーローも食べられる訳でしょ? 今日の夕食は、おかずがたんまりあるわね。
麻婆豆腐丼、若鳥の唐揚げ、エビチリ、ホイコーロー。ふふっ、どれから食べようかしら? 今から頭を悩ませる、中華三昧よ。楽しみでしょうがないわ。
『ありゃ、もうそんな時間か。分かった、今からそっちに行くね』
「え? 今から?」
今から行く? 合流時間は夕方の五時にしようって、ハルが決めたというのに。
だから私は、わざわざ時間を調節して、五分前に集合場所へ来たのよ? それなのにハルは、まだ洋服屋に居るっていうの?
「あんた。この私を待たせるなんて、いい度胸してるじゃない」
「私が合流時間を決めたっていうのに、待たせる訳ないでしょ?」
「へっ……?」
あれ? 今、ハルの声が、電話越しと後ろから同時に聞こえてきたような? また背後を取られたのかと思いつつ、恐る恐る背後に顔を移してみれば。
私と目が合うや否や。右手に持っていたスマホをポケットにしまい込み、左手に持っている紙袋を軽く掲げたハルが、緩い笑みを浮かべた。
「やっほー、メリーさん。お待たせー」
「は、ハル? あんた、どこに居たの?」
「五秒もあればここに来れる、すぐそこの洋服屋だよ」
そう説明したハルが、顔を後ろへやったので、私も先の景色に注目してみる。すると、ここから二件先に、洋服屋らしきレトロな看板を見つけた。
なるほど。ハルは、あそこに居たのね。瞬間移動を使って来たのかと思ったから、少し驚いちゃったじゃない。
「ああ、そう。どうやら、服はちゃんと購入したようね」
「室内着ばかりだけどね。これで、ダルダルTシャツの私とはおさばらさ」
「なら、今まで着てたTシャツは全部捨てなさいよ?」
「ねえ、メリーさん? 一言一句が、マジでお母さんなんだけど……?」
だらしないハルにトドメを刺し、中華料理屋の自動ドアをくぐり、店内へと入る。
何かを炒めているような音が鳴り響く店内は、まだ夕方の五時ともあってか、客足は少ない。全員黙々と料理を食べている。これなら、私達もゆっくり料理を堪能出来そうだ。
それなりの広さがある店内を眺めていると、不意に視界外から「いらっしゃいませー、何名様ですか?」というおっとりとした声が聞こえてきた。
「二名です」
「では、こちらの席へどうぞ」
声がした方へ顔をやってみると、既にハルが歩き出していたので、私もその背中を追う。
歩みを止めたハルの隣に付くと、白いエプロンをした店員らしき人間が、氷入りのコップに水を注いでいた。
椅子は、背もたれが無い丸椅子で、座る部分が赤い。テーブルも、これまたまん丸ね。両方とも、テレビで出てくる中華料理屋で、よく見る物だ。
「注文が決まったら、声を掛けて下さい」
「分かりました、ありがとうございます」
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
ペコリと軽く会釈した店員が、厨房だと思われる場所へ歩いていった。透明な仕切りがあるだけなので、ここからでも厨房内を見渡せる。
あの人間が大袈裟に振っているのは、まさしく中華鍋! 生で拝むのは初めてだわ。熱そうな火柱も上がっているし、これなら本格的な中華料理が期待出来そう!
「ふふっ、今から楽しみでしょうがないわ」
「おっ、もう食べる気マンマンだね。さてと、一応メニュー表を見ておこうかな」
一つ隣の椅子に紙袋を置いたハルが、腰を下ろしたので、私も対面の椅子に座った。座り心地は、見た目通りね。まあまあ固い。
メニュー表を見る前に、結露して水滴が滴っているコップを持ち、二口ほど水を飲んだ。うん、氷のお陰でしっかり冷えている。爽快感のある喉越しが気持ちいい。
「うわぁ~、酢豚も美味しそう。え? チャーハンが四百円で、ギョーザが五個で二百円? 量もそれなりにあるのに、めちゃくちゃ安いじゃん。やっば、めっちゃ目移りする」
「中華丼、あんかけかた焼きそば、天津丼に五目タンメン……。ああ、全部おいしそう~」
他にも、カリカリの皮に包まれていそうな春巻き。相反し、みずみずしい皮を纏った水餃子。肉肉しさを隠し切れていない、とてもジューシーそうな肉シュウマイ。
野菜がこれでもかって盛られている、味付けされたあんがおいしそうな中華丼。見るからにご飯が進みそうな、山盛りの肉野菜炒め。
定番のチンジャオロースもあれば、ホイコーロー、レバニラ炒めだってちゃんとある。そして、私がもっとも食べたかった麻婆豆腐丼も───。
「……嘘? 唐揚げが、ある……」
若鳥の唐揚げ? 嘘でしょ? どこまで私を誘惑してくるの、このお店は? いくらなんでも反則よ。こんなの、食べたくなるに決まっているじゃない!
「どうしよう、ハル。食べたい物が、秒で変わってくんだけど……」
「ねー、もう全部食べたいもん」
「いっそ、全部頼んでみる?」
「一時のテンションに任せて、小規模な満漢全席をやるのも、アリか……?」
睨みつける様にメニュー表を眺めていたハルの目が、更に細くなっていく。しかし、諦めてしまったのか。肩を落としたハルが、メニュー表を戻し、鼻からため息を漏らした。
「本当に頼んじゃいたいけど。財布が早めの冬を迎えちゃうから、昨日決めた奴を頼みますか」
残念そうに呟いたハルが、テーブルに肘を突き、手の平に顔を置く。
「メリーさんも、麻婆豆腐丼だけでいい?」
「いやっ、ハル。ちょっと、これを見てほしいんだけど」
ハルにも見えやすいよう、メニュー表をテーブルの中央へ置き、若鳥の唐揚げに指を差す。
「若鳥の唐揚げじゃん。十個以上あって六百円か。結構安いし、絵からしてカリジュワッてしてそうだね」
「でしょ? ハルにも分けて上げるから、これを追加で注文してもいいかしら?」
「え、マジで? メリーさん、昨日唐揚げを三十個以上食べてたじゃん。まだ食べたいの?」
「前に言ったでしょ? 私は毎日三食、三百六十五日唐揚げでもいいとね」
そう豪語するも、ハルの口元が呆れ気味にヒクつき出していく。
「三百六十五日ってのは、今初めて聞いたけど……。まあいいや。それじゃあ、麻婆豆腐丼と若鳥の唐揚げでいい?」
「ええ、お願い」
「分かった。んじゃ、注文しちゃうね」
まさか、ここでも唐揚げが食べられるだなんて。当初の予定が少し狂っちゃったけど、私にとっては嬉しい誤算だわ。
それに、ハルが頼むであろうエビチリとホイコーローも食べられる訳でしょ? 今日の夕食は、おかずがたんまりあるわね。
麻婆豆腐丼、若鳥の唐揚げ、エビチリ、ホイコーロー。ふふっ、どれから食べようかしら? 今から頭を悩ませる、中華三昧よ。楽しみでしょうがないわ。
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