私、メリーさん。今、あなたと色んな物を食べているの

桜乱捕り

文字の大きさ
32 / 200

31話、熱々で柔らかな料理

しおりを挟む
「私、メリーさん……。今、アゴがとても疲れているの……」

『まさか、あの大きなスルメイカを完食しちゃうとはね。私も驚いちゃったよ』

「なるべく、アゴに負担が掛からない料理を所望するわ……」

『ちょうど、要望通りの料理を作ってるよ。もうちょっとだけ待っててねー』

 正直、私も驚いている。いつの間にか、あの大きなスルメイカを完食していた事実に。テレビを観ている間も、タブレットで料理について検索している時も。
 ほぼ無意識にスルメイカを一口大に割き、当たり前のように噛み続けていたんだからね。三時間以上も食べていたせいか、口に物を含んでいないと物寂しさを覚えている。
 けど、固い食べ物は、もういい。アゴを酷使し過ぎちゃったから、本当に疲れているのよ。なんなら痛みすら感じる。たぶんこの痛みは、筋肉痛ってやつね。今日はアゴを休めておかないと。

「アゴに優しい料理、お待ちどおさまー」

 アゴを摩りながらテレビを観ていると、すぐ近くでハルの声が聞こえたので、テーブルに顔を移してみる。変わった視界の先には、テーブルに皿を並べているハルが居た。
 皿が、いつもと違う形をしているわね。底が深いし、見た目的に厚そうな印象がある。とりあえず、皿の中身を確認してみよう。

「あ、グラタンだ」

 黄色がかった白い表面の所々に、おいしそうな焦げ目が付いたグラタン。そうか。ハルが言っていたチーズをふんだんに使った料理って、グラタンだったのね。
 供え物は、お店で売っている四角い食パン。もう、触らなくても分かる。どこからどう見ても、ふわふわな食パンだ。

「柔らかい物ばかりだから、これならアゴが疲れてても食べられるでしょ?」

「そうね、助かったわ」

 チーズが全てを覆い隠しているから、グラタンに使用されている食材は、まだ分からないけども。主に使わている食材に、そこまで固い物はなかったはず。
 気を付けるとするならば、弾力がある鶏肉ぐらいかしら。……鶏肉の弾力すら危ういなんて。相当弱っていそうね、私のアゴ。

「それじゃあ、いただきまーす」

「いただきます」

 アゴに負担を掛けないよう小声で食事の挨拶をし、スプーンを手に取る。
 グラタンをスプーンですくってみれば、太いチーズの糸が、すくった部分を逃がさまいと、細くなりつつ伸びていく。
 なんだか、チーズの伸び方がピザと似ているわね。そうだ。確かグラタンって、ピザ用のチーズが使われていたっけ。なら、この既視感は、あながち間違いじゃないわね。

「アチチッ、はふはふはふ……」

 熱々なホワイトソースから広がる、濃厚でコク深いクリーミーな風味。とてもまろやかで柔らかい舌触りだ。ほのかに感じる、牛乳の引き締まった甘さに。後を引く、バターの控えめな塩味。
 しかし、焼かれた事によって増した、チーズの香ばしさも負けていない。カリッとしていて、香ばしさが特に強く、ホワイトソースの甘さを引き立てるほろ苦さも感じるけど。これは焦げ目の部分かしら?

「あら? チーズとはまた違う、ぷにっとした食感が……」

 鶏肉の弾力じゃない。舌と上顎で挟めば簡単に形が変わるけど、離せば潰れずに戻っていく。形自体は、細長くて丸っこそう……。
 いや。何をやっているのよ、私は。わざわざ口の中で正体を探らなくてもいいじゃない。実際に、この目で確かめればいいのよ。

「ああ、マカロニね」

 該当しそうな食材が他にないので、先のぷにっとした食感は間違いなくこれだ。後は、小さめにカットされた鶏肉に、飴色をしたタマネギ。
 鶏肉は、ちょうどいい小ささね。あまり力を入れずとも、簡単に噛み切れる。身の方は、相変わらず何色にも染まらない淡泊さがあるけど。そのお陰で、皮から滲み出てくる甘さが際立つ。
 タマネギは言わずもがな。ホワイトソースがたっぷり染み込んでいるから、互いの異なる甘さが上手く絡み合い、良い部分だけを底上げしてくれている。

「さてと、パンに付けて食べてみようかしら」

 この食パン、やはりふわっふわね。真ん中から割いてみたけど、力なんてまったくいらないほど柔らかい。持ってみた感触もそう。あまりにもふわふわ過ぎて、弾力が皆無だ。
 押した箇所だけ、へこんだまま戻ってきてくれずに固くなってしまうから、気を付けて持たないと。グラタンの付け方は、どうしようかしら?
 スプーンで直接すくって、上にかけるのもありだけど。スプーンだけじゃ、どうしてもすくい切れない箇所があるのよ。
 ちょっとはしたないけど、グラタンを綺麗に完食したいし、食パンで皿の底をなぞって付けちゃおっと。

「う~ん。食パンとグラタン、合うじゃないっ」

 柔らかくて口溶けが良い食パンを噛む度に湧いてくる、芳醇で上品な甘味。食パン単体でも、十分に楽しめるぐらいおいしい。
 そして、食パンの香り高い甘さと上手く同居している、ホワイトソースのコク深い濃厚な甘さ。
 喧嘩するどころか、手を組んで更なる違う甘さを生み出し、私をとことん楽しませてくれる。食パンは今日初めて食べたけど、悪くない。食パンも、色んな料理に合いそうだ。

「ふうっ、おいしい」

「グラタンは初めて作ったけど、どうやら口に合ってくれたみたいだね。よかったよかった」

「え? とてもおいしかったけど……。初めて作ったの? このグラタン」

「うん。流石に作り方も分からなかったし、レシピを参考にして作ってみたんだ。なんとか形にはなったけど、少し塩コショウが足りなかったかな?」

 嘘? 十分おいしかったのに、自分が作った料理に対してダメ出しまでするの? ハルの向上心って、なかなか凄まじいわね。

「それはそうとさ、メリーさん。全部食べてくれたけど、スルメイカは美味しかった?」

「完食したんだから、聞くまででもないでしょ? けど、次用意する時は、もっと小さいのにして欲しいわ」

「ああ、ごめんごめん。実はあれ、兄貴の差し入れでね。産地直送物で、この辺では売ってない特大サイズのスルメイカなんだ。すごく美味しかったから、メリーさんにも食べて欲しくて出してみたんだ」

「あっ、そうなのね」

 だから、あんなにおいしかったんだ。……待って、産地直送物? つまり、あれ以上においしいスルメイカって、この辺じゃ売っていないって事?

「……ねえ、ハル? あのスルメイカ、もう食べられないの?」

「そうだなぁ。ネットで注文すれば、来週には食べられると思うよ」

「ね、ネット注文……? そう、分かったわ」

 ネット注文という言葉が出てきたという事は、やはりこの辺じゃ売ってない代物のようね。全部食べないで、半分ぐらい残しておけばよかったわ。勿体ない事をしたかも。

「そうそう、メリーさん。ちょっと、お願いがあるんだけどさ。聞いてくれない?」

 口調を改めたハルが、何かを企んでいそうな緩い笑みを浮かべた。この時のハルって、どうもつかみどころがないのよね。
 けど、どうせ断っても話を強引に進めてきそうだし。内容も内容で、いつも私にとって悪い話じゃない。まあ、とりあえず聞いておこう。

「なに?」

「また奢ってあげるからさ。今度の土曜日にでも、寿司屋に行かない?」

「寿司屋?」

「そう! 回転寿司だけど、メリーさんが食べたい寿司を自由に食べてくれていいよ。だからさ、一緒に行こ」

 回転寿司。CMでも、観ない日はないぐらいに出てくる料理だ。確か、握った酢飯にマグロやエビが乗っているのよね。
 そういえば、海鮮類はまだ生で食べた事がない食材だ。一体どんな味がするんだろう? ハルに誘われたせいで、だんだん気になってきちゃった。
 でも、私だってリクエストしたい料理がある。これを条件に出しつつ、ハルの誘いを受ければいいか。

「いいけど、一つ条件があるわ」

「条件?」

「辛くて本格的な麻婆豆腐丼が食べてみたいの。それを先に食べさせてくれたら、寿司屋に行ってあげるわ」

「辛くて本格的な麻婆豆腐丼? ああ~、調味料って何が必要だったっけ……?」

 条件を出した途端。ハルが難しい顔になり、スマホを手に持って操作し出した。困惑しているようにも見えるけど。あのハルでさえ、作るのが難しい料理なのかしら?

豆板醬トウバンジャン豆鼓醤トウチジャン……、山椒。ははっ、全部無いや」

 ヒクついたハルの口から出るは、なんとも乾いたから笑い。あの諦めがついた反応よ。もしかして、ハルでも作れないっていうの?

「こりゃ~、寿司屋へ行く前に、中華料理屋に行くしかないか」

「え? 中華料理屋?」

 思わずオウム返しをすると、ハルは右肘をテーブルに突き、握った拳に頬を置いて肩を落とした。

「そっ。店に行った方が、より美味しくてメリーさんが求めてる麻婆豆腐丼を食べられるしね。なんだか私も、久々にエビチリが食べたくなってきちゃったや」

「エビチリっ」

 エビチリって、真っ赤なチリソースがたんまりと掛かった、プリプリのエビがおいしそうな料理だったわよね? あれも、ご飯ととても合いそうなのよねぇ。
 どうしよう。ハルのせいで、食欲が浮気してしまいそうだわ。けど、ハルがエビチリを頼むであれば……。

「ね、ねえ、ハル?」

「んっ? どうしたの?」

「ハルのエビチリ、少しだけ分けてくれないかしら?」

「エビチリ? ああ、全然いいよ。どうせだし、一品料理でホイコーローも頼んじゃおうかなー」

「ホイコーローっ」

 ハル、なんて事を考えているの? それ以上頼んだら、いくらご飯があっても足らなくなっちゃうじゃない。麻婆豆腐丼とは別に、ライスも頼まないと───。

「あ、そうだ。明日の夕食は唐揚げにする予定だけど、明日中華料理屋に行っちゃう?」

「唐揚げっ! いや、行くのは明後日にしましょう。だから、明日は唐揚げにしてちょうだい」

「おおう、判断が早いね。分かった、明日は唐揚げね」

 やった! ハルが作った唐揚げを食べられるっ! なんだ、明日の夕食は唐揚げだったのね。もっと早く言って欲しかったわ。
 どれだけ凄まじくて強力な食欲の誘惑が来ようとも、ハルが作った唐揚げに勝るものは無い。それにしても、すごいラインナップになっちゃったわね。
 明日は、ハルが作った唐揚げ。明後日は、本格的な料理を求めて中華料理屋へ。そして土曜日に、回転寿司屋。
 これは、心してかかった方が良さそうだ。特に問題なのが、中華料理屋。当日までに、食べたい物が変わっていなければいいんだけども。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...